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2022.01.05
ニュートリションな人々
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初志貫徹! プロ野球界を目指し、夢を実現させた管理栄養士の物語【ニュートリションな人々 #09 河南こころさん】
Kiyohiro Shimano

小さいころからの夢を実現できる人は世の中にどのくらいいるのだろうか? 今回の主人公・河南こころさんは、プロ野球界で仕事をするのを目標にスキル・経験を身につけ、今季25年ぶりのリーグ優勝を果たしたオリックス・バファローズの専属栄養士の任に就いた。永続企画「ニュートリションな人々」第9回は、思い続けた夢を実現した管理栄養士の物語。プロ野球界で活躍することを目標にする学生、有資格者の人たちは、前進し続けた河南さんの歩みや思いをぜひ参考にしてほしい。

いつかはプロ野球選手を食から支える仕事に!

家族の影響で、小さいころから阪神タイガース戦の野球中継に目が釘付けになっていた河南こころさん。憧れの目で見ていた野球界がいつしか仕事をする目標の舞台と考えるようになり、高校2年生の時に自分の意思をはっきりと確認した。

「好きな選手やいい選手がケガで早くに引退してしまったり、試合に出られなくなったりするのをたくさん見てきて、とても残念に思っていました。体が資本のプロ野球選手が1日でも長く現役を続けられるように、食から選手を支えられるような仕事ができればなと、漠然と考えていたのを覚えています。

当時は、スポーツ栄養学の言葉もなく、どうやったらなれるのか、どんな仕事をするのか。それすらもわからず、とりあえず管理栄養士の資格を取得する必要があると考えていました」

今も昔も、日本で最も人気のあるプロ野球。高い人気を誇るがゆえに関連の仕事に就くのは難しい。まして、当時認知もされていなかった栄養分野で仕事をする可能性は限りなく低かった。河南さんは何も動かなければ前進しないと思い、連絡先のわかる球団に片っ端から連絡した。だが、学生の連絡に反応するチームはなかった。それでもあきらめず目標に向かって行く強い意思が河南さんにはあった。

「目標を持ったからには突き進む性格なので(笑)。周囲には『プロ野球の栄養士になる』と言って回っていました。口にしていると、不思議と前に進んでいくんですよね。誰かが『プロ野球チームの栄養サポートをしている人がいるよ』と教えてくれて、すぐに連絡を取りました。それが、(現:神戸女子大学の)坂元美子先生(関連記事)でした。

坂元先生はすでにオリックスで活躍していらして、それこそ何もないところからノウハウを構築されました。私がやりたいことをすでに実践していて、見ず知らずの学生だった私にも、とても優しく現場の話を教えてくれました。何でこんなに親切にしてくれるんだろうと。とても縁を感じましたね。

坂元先生のお話を聞いて、知らなかったことを知ることができ、何が必要なのかがわかり、何よりプロ野球の栄養士になるのは不可能ではないんだと、道が広がった気がしましたね」

スポーツ関係者との縁が運命を変える

スポーツ現場への就職はかなわなかったが、給食会社に就職することができ、まずは調理や現場経験を積むことにした。その後、管理栄養士の資格を取得し、スポーツクラブで働きながら進むべき道を模索していた。栄養情報を発信するために新聞を作ってクラブの会員に周知を促したり、トレーナーの講習会を聴講して知識を身につけたり、できることは何でもやった。この修行時代に行った小さな積み重ねが、多くのスポーツ関係者とつながりを持つことになり、運命を変えることにもなった。

あるスポーツ従事者からNSCA(ストレングス&コンディショニング:S&C)の資格取得を促され、事務局に連絡したところ、森永製菓㈱が運営するウイダートレーニングラボ(当時)で栄養士を募集していたことを知る。絶好のチャンスが到来したと思った河南さんはすぐに応募。熱意が通じたのか、トントン拍子で話が進み、ラボの一員になった。

ご存じの方も多いと思うが、ラボは五輪出場選手らトップスポーツ選手のトレーニング・栄養双方でのサポートを行っている。高度な知識、豊富な現場経験を持つ専門家が数多く在籍し、ラボ出身の専門家がスポーツ界で活躍している(関連記事)。河南さんはスペシャリスト集団に加わり、2010年バンクーバー五輪フィギュアスケート銀メダリスト、プロラグビーチームなどの専属栄養士として選手たちのコンディショニングを担当した。

2013年までラボに在籍した後、フリーランスになると、スポーツ現場で選手たちと長く過ごした中で、「調理のできる栄養士さんがいるといいですよね」といわれたことを思い出す。スポーツ現場でのサポートを行いながら、レストランのホールに入って2年間修業し、培った知識・経験に加え、調理技術も磨いた。

河南さんが目標としている「プロ野球」の現場。夢の実現まであと少しまで迫っているが、何も道がないところから自力で開拓し、努力した結果、これまで途切れることなくスポーツ現場での仕事が続いている。その秘訣について、河南さんは「選手のやることを否定しないこと」と話す。

「選手から相談があった時に『ダメ』といっては話にならないので、意図や目的を話してもらったうえで、自分の考えを踏まえてアドバイスするようにしています。賛否両論のある糖質制限に興味がある選手も中にはいて、『やるのはいいけど、疲労が取れなくなるかもしれないよ』『おにぎり一つくらいは(体に)入れておいたら』と、やんわりとけん制しつつも、最終的には選手の自主性・考えを尊重する。このスタンスで仕事をしてきました。

いくら有益な知識・情報を持っていても選手に受け入れてもらわなければ意味がありませんから、彼らの耳に届くような言葉の工夫が求められます。そのためには、何でも言い合える関係性を日ごろから作り、親身に話を聞いたりする姿勢を崩さないことが大事だと思います。それを常に心がけてきました」

どんな仕事でも人とのかかわりがないものはなく、この根底の部分を河南さんは大事にしてきた。この姿勢こそが、夢を実現する決め手になるのだった。

念願のプロ野球界へ、食環境の整備でチームに貢献

フリーランスになり、生まれ故郷の兵庫県を拠点に活躍する河南さんにある日、オリックス・バファローズでトレーナーを務めるラボ時代の同僚から連絡が入る。「球団専属栄養士の相談に乗ってあげてくれないか」。チームや選手のサポートではなかったが、仕事を受けることにした。河南さんは普段から、スポーツ現場での活動を目標とする学生や栄養士からの相談を受けたり、同業者と意見・情報交換をしたりしており、後進の育成にも目を向けていた。そうした思いもあり、メンターの立場ではあったものの、プロ野球界との接点が生まれた。

そして、前任者の退職に伴って、2017年7月にオリックスの専属栄養士の任に就く。故・野村克也監督はヤクルト・スワローズの監督就任時を振り返り「見ている人は必ずいる※)」と語っていたが、河南さんの人を大事にする姿勢、熱意が評価され、夢が現実になった。学生時代から目標としていた舞台にようやくたどり着いた河南さん。うれしさは人一倍だったものの、すぐにプロとしての冷静さを取り戻した。

※)桑原潤オーナー(当時)から熱烈なオファーを受けた時のエピソード(本人談)。「一生懸命やっている人こそ果報を受けられるようになっている」という趣旨の言葉

「夢ってかなうんだなと思いましたね。いろいろなスポーツ現場で活動してきましたけど、やはり感情が高ぶりました。でも、浮かれてばかりもいられないし、頑張らなくっちゃという気持ちの方が強かったですかね。意外と落ち着いていました(笑)」

プロのスポーツ栄養士は、希望する競技や選手に“近づくこと”がゴールではない。選手やチームに栄養の意識づけをして強化し、結果を残すことが求められ、それに対価が支払われる。非常に厳しい世界だ。河南さんもそれがわかっているからこそ、喜びを上回る使命感を覚えたのだろう。

結果からいえば、河南さんはプロに求められるミッションをクリアしている。オリックスは2021年シーズン、開幕から徐々に調子を上げていき、中島聡監督の下で25年ぶりのリーグ優勝を果たした。奇しくも、「プロ野球の栄養士になる」と誓ってから、現場のありさまを丁寧に教えてくれた坂元さんと同じ経験をすることになった。

近年のオリックスは若手選手の台頭が目覚ましく、育成面での成功が好成績につながったといえる。河南さんは、1軍はもちろん、2軍選手を中心に見ていたこともあって体づくりの面で貢献。1軍へ昇格する選手の背中を数多く見てきた。

「オリックスで仕事をするようになってから、特に2軍の選手と接する機会が非常に多く、一緒に頑張っていた選手がどんどん1軍に上がって活躍する姿を見ると、栄養士冥利につきるというか。チームとして結果は残りましたが、自分自身貢献できたかは評価できませんし、どんなに結果が出ても満足することはないと思います」

オリックスでは以前、選手が球団に対して食環境の変化を求めた「菓子パン騒動」があり、ちょっとした話題になった。選手の要望を受けて球団はすぐに改善したものの、栄養の専門家から見ると、それでも十分ではなかったと河南さんは振り返っている。特に、補食には気を使った。

「夏場になると、水分を大量にとり食事量が落ち、どうしても選手の体重が減ってしまいます。補食としておにぎりを置いておくんですが、食欲がないから誰も手をつけません。

どうしたら食べてくれるかなと考えた末、ひと口サイズのおにぎりに行き着きました。練習の合間や準備中のちょっとした時間に食べてもらえればいいので、そんなに大きくなくてもいいんじゃないかと。

そうしたら、選手たちからも好評で食べてくれるようになったんです。さらに工夫して、昆布だしをごはんに混ぜて焼きおにぎりにしたら、風味が食欲をそそるみたいで。ほんのささいな気づきから、夏場に食べられない問題を解決することができました」

栄養トラブルが頻出する夏場には、水分補給の面でも改善を図った。水と氷の中間物(≒フローズン、≒過冷却水)「アイススラリー」を導入することで、選手の体への負担軽減を考えた。アイススラリーは近年、深部体温を下げる効果が見込まれるなどスポーツ現場でも有効性が示唆されている。河南さんは他競技から情報を得て、関連論文から科学的根拠を見出し、活用することにした。

「私たちの仕事は選手を第一に考えることは当然として、選手が食べられない問題を解決したり、より良い食環境を整えたりするために、チーム運営側と交渉していかなくてはなりません。

アイススラリーの件も、口で説明するだけでは納得してもらえないので、スポーツ現場での効果・使用例、科学的根拠を示しながらプレゼンし、製造機(グラニタマシーン)を導入してもらいました。選手のためになる情報を常にチェックし、実際に動いていくことも大事な仕事です」

河南さんは4年にわたって2軍から多くの1軍選手を‟送り込み“、優勝という最高の結果を手土産にチームから卒業した。オリックスは過去、多くの栄養の専門家が介入しているが、連綿と受け継がれてきたニュートリション文化を大切にしながら、来季以降も好結果を残していくに違いない。

「心のリセット」をコンセプトにした定食屋を

大仕事がひと段落した河南さんだが、今後やっていきたいことが2つある。一つは他分野の専門家との連携・協業、もう一つは栄養食堂の運営だ。

河南さんが多くの経験を積んだラボ(前述)は、トレーナーと栄養士ら専門家が密に連携してトップスポーツ選手の結果にこだわったサポートを信条としている。河南さんも経験上、連携の必要性を感じながらも、チームに入ると栄養士単体で動くことが多かったという。

「例えば、増量したいという選手に対して、S&Cが立てた練習メニューに合わせて食事量、栄養素量をコントロールするとか、ケガした選手が早期復帰を果たすための長期的な食事メニューを考えるとか、できることはたくさんあったかなと。

同業の栄養士さんに聞いても、他の専門家と組んで選手やチームで活動するというのはあまり聞きませんので、その点がもっと確立されていけば、スポーツ現場での栄養士の役割がよりはっきりするのではないでしょうか。

何をもって連携・協業なのか、私自身模索している最中ですが、他の専門家と一緒に動いていくために、栄養士もトレーニングや運動生理学などの勉強をしっかりしていく必要がありますし、栄養以外の情報を持っておいた方がいいのかなと思っています」

栄養食堂の運営は、実現したプロ野球栄養士に続く新たな夢といっていい。近々実現させていく見込みだ。

「スポーツ関係者専用の会員制定食屋を開きたいんです。選手やチーム関係者の中でも、食・栄養に対して高い意識を持つ人たちに会員になってもらい、栄養への理解を深める場、人と人とをつなげる場として提供できたらと考えています。

また、仕事の中で自炊を余儀なくされる若い選手や2軍選手を数多く見てきました。彼らは練習に集中していますし、1軍へ上がろうと必死に毎日を生きているので、食事のことを考える時間や余裕がありません。だったら、食事(栄養面)のことは全部うち(の店)に任せて、身一つでフラッと食べに来られるような、そんなお店にしていきたいと思います。

会員制なので、気心の知れた人ばかりですから、ストレスなく食事を摂ることができますし、いろいろな悩みを吐き出して『心のリセット』をしてもらいたいです。彼らが前進するための手助けはいといませんし、これまでの経験が生かせる場所を自ら作っていくのも魅力的ですね」

一つ夢を実現させ、次の夢に向かってすでに進んでいる河南さん。スポーツ栄養の未来を案じながら、自分の経験を最大限に生かすキャリアを積んでいく。<了>

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Kiyohiro Shimano

スポーツ新聞社勤務を経て、テレビ、ネット、雑誌とすべての媒体でライター・記者、編集職を経験。前職の食品関連メディアでは編集記者として取材活動する中でスポーツニュートリション分野を開拓し、日本初の一般向けスポーツニュートリション専門誌を創刊(運営母体の事業悪化により休刊)。企画立案から営業、制作まですべてを担当した。スポーツ関係者・従事者ら、食品・栄養業界の研究者や開発者らへ数多く取材しており、双方の分野に通じる。

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