東京農業大学客員教授で、米穀メーカー大手「東洋ライス株式会社」代表取締役社長の雜賀慶二氏は、戦後間もないころから米とともに歩み、無洗米、金芽米といった革命的な米を次々と開発してきた。日本で最も米を研究し、進化させてきた人物といってもいい過ぎではないだろう。

本稿では雜賀氏の考え方、開発にかける熱意など半生をたどりながらお送りする。後編は、さらなる健康米の開発推進、雑賀氏が持つ健康に対する強い思いなどを紹介する。

ぬかの栄養素を残しつつ、おいしい健康米を開発

環境に配慮したBG無洗米の発明・販売開始から十数年経った2004(平成16)年。雜賀氏はさらなる米の改良に着手する。それが、栄養素とうまみ成分の多い層を残し、米の舌触りの良くない胚芽の表層部を取り除いた「金芽米」だ。金芽米は、無洗米でありながら健康にも寄与する美味な米として市民に定着している商品でもある。ちなみにこのころ、金芽米を製造・販売する「トーヨーライス株式会社」が発足している。

雜賀氏が金芽米を発明しようと思ったきっかけは「医療費の高騰」にある。1955(昭和30)年以降、日本人の医療費は急上昇しており、2018(平成30)年には45兆円に達するほどになっている(図1)。雜賀氏はこの膨れ上がる医療費と国民の健康の関連性、医療制度は異なるものの、医療費がほとんどかかっていなかった昭和30年以前と比較して何が起きていたのかを考えた。

図1 平成30年度 国民医療費の概況と推移(厚生労働省)

一つはモータリゼーション(自動車の一般化)。人々が日常で歩く頻度が減り、身体活動レベルが低下したこと。一つは化学肥料の普及で食べ物(栄養)の質が変わってしまったこと。そして、雜賀氏の専門分野である精米機の進化だ。

「昭和30年以前の精米機は、機械の中で米と米をこすり合わせる形でぬかを取っていましたが、すべて取り除けるほどの精度はなかったので、ある程度ぬかが残っている状態で出荷されていました。結果的に、ぬかに含まれるビタミンB1などの栄養素も日常の食生活で自然と摂取できていました。

ところが、噴風式精米機が開発されてからは、ぬかがしっかり取り除かれ、見た目も真っ白な米が広く流通するようになりました。皮肉なことに精米機の性能が向上したことで、米から必要以上の栄養素が取り除かれてしまった。これが、栄養不足によって病気をする人が増加し、医療費の高騰につながっているのではないかと仮説を立てました。

100年以上前に『江戸患い』というのが流行しましたが、これは、栄養豊富な玄米食が主流の地方の人が、精米技術の進んでいる関東に来て白い米を食べると体調不良(ビタミンB1不足からの脚気など)に陥り、地元に帰って再び玄米食にすると体調が良くなったという話。昭和30年以降に起こっていることは、まさに『第二の江戸患い』だと思いました。これは何とかしなければと。

私は生来病弱で体にいいとされる玄米食を試してみたことがあるんですが、消化不良になって3日と続かなかった。だから、健康のために、ぬかが持つ栄養素を削り過ぎることなく、消化が良くておいしい、白く炊き上がる米があれば、人々の健康に役立ち、医療費の削減にも結びつくのではないかと考えたわけです」

雜賀氏は米の構造(図2)を改めて分析し、でんぷん層(米の白い部分)とぬか層(栄養素が最も多いが、味が悪くなる原因になる)の間にある、うまみ成分と栄養素の豊富な「亜糊粉層(あこふんそう)」に目をつけ、米の持つ良い部分だけを残す精米方法を確立した。金芽米の誕生だ。

図2 米の層構造と金芽米

雜賀氏は自ら金芽米を食べ続けるとみるみる体調が良くなっていくのを感じ、社員の健康のためにも金芽米食を推奨した。金芽米食を実践している社員が多い東洋ライスに関する興味深いデータがある。

全国健康保険協会(協会けんぽ)から提供されたデータで、東洋ライスの社員一人当たりの年間平均医療費は、全国平均、和歌山県平均、同業態平均のいずれと比べても約6割にとどまっていることを知った。そこで、経済産業省が進めている「次世代ヘルスケア産業協議会」の和歌山県版の取り組みとして、地元企業2社の従業員と家族の協力を得て、一定期間金芽米、または後述する金芽ロウカット玄米を常食してもらい、同様に年間医療費の変化を検証したところ、わずか1年で約6割に減少したことがわかった。検証成果は2021年5月、世界的に著名な学術誌に査読付き論文として掲載されている。

「米を食べると太るとか、糖尿病になるとか、炭水化物をとにかく減らせという風潮がありますが、これは白米だからそうなってしまうんですね。白米というのは栄養素が取り除かれた完全なる炭水化物。日ごろ体を動かしている人が食べる分にはちょうどいいエネルギー源になりますが、体をあまり動かさない(エネルギーを消費しない)現代人が炭水化物を摂り過ぎるから体に良くないということになるわけです。

しかし、金芽米は白米(炭水化物)にぬか(栄養素=ビタミンBほか)の成分が加わって、栄養状態をコントロールしてくれますから、むしろ薬に近い。米ぬかには米にしかない栄養素が詰まっていて、とても貴重。日本人は伝統的に米を食べており、米と相性のいい細菌も腸内に存在するので、健康に寄与する可能性は非常に高い。こういった観点から、金芽米は『医食同源』が当てはまる食品だと考えています」

海外で金芽米を販売する時、「安い米があるのに、なぜ金芽米を買う必要があるのか」と問われたことがあるそうだ。雜賀氏は決まって「われわれが売っているのは、ただの炭水化物ではない。米に栄養を付加した薬だ」と答えているという。健康になる米ならば遠慮なく食べられるし、毎日食べ続ければ健康に近づく。健康になるための米に進化させた金芽米を多くの人に食べてもらうことで、結果的に米食文化が国内外で維持・発展していくきっかけになればと、雜賀氏は期待している。

実は未解明部分の多い「米」、成分分析・健康機能性の研究を進めていく

金芽米は大ヒットを記録し、健康米としての訴求、商品の機能性、ビジネスともに完成を見た。しかし、雜賀氏は、国民が健康になるためには、金芽米だけでは足りない物があると感じていた。それは食物繊維。食物繊維は、食後血糖値の急上昇を抑制したり、血中コレステロールを低下させたりする上、整腸作用も期待できる。

そうなると、玄米を食べた方がいいとなるが、いくら栄養素が豊富といっても味や消化が悪ければ、毎日食べるのはなかなか難しい。雜賀氏は白米感覚で玄米の栄養素はそのままに食べられる米はできないかと考えた。

図3 ロウ層と金芽ロウカット玄米

玄米には水分をはじくロウ層(図3)があって、意図しない時にイネが水分を吸って発芽しないようにする役割がある。ただ、ごはんを炊く時に水分がしっかり吸収されないとおいしく炊き上がらないので、水分をはじくことはデメリットにもなる。つまり、ロウ層はイネにとって都合が良いが、人間にとっては都合が悪いものになる。

ごはんをおいしく炊くにはロウ層を均等に薄く除去する必要があり、ロウ層の薄さが均等でないと炊き上がりにムラができたり、味が悪くなったりする。球体でない玄米からロウ層を均等にそぎ落とす技術の発明は困難を極めたが、これまで不可能とされたことを実現してきた雜賀氏。玄米の持つ食物繊維、ビタミンB1など豊富な栄養素はそのままに、ロウ層を均等にカットすることにより消化しやすい、“健康になる米”をさらに進化させた金芽ロウカット玄米を2015(平成27)年に発表する。

金芽ロウカット玄米は魚沼産コシヒカリなどブランド米でも精製可能で、産地や品種を問わず(一部を除く)、多くの都道府県産米の金芽ロウカット玄米が存在する。また、病院食としての活用例が増加。患者によっては金芽米、金芽ロウカット玄米を選択できるようになっており、健康米としてのブランド価値は高まっている。

さらに、SDGsを数十年も前から実践している雜賀氏は、玄米の栄養そのものであるぬかを捨てずに再利用したサプリメント「金芽米エキス」を開発。免疫賦活作用が期待されるLPS(リポポリサッカライド)や認知症予防が確認されているγ-オリザノールなどが含有されている。

「栄養豊富でも捨ててしまうぬかの部分を集めたら健康にいいに決まっている。実は試作品はかなり前にできていて、体感アンケートも上々でした。本当は内輪で試してもらうつもりでしたが、新型コロナウイルスの蔓延で『免疫』へのニーズがものすごく高まっていたので、何か皆様のお役に立てないか、ということで販売に踏み切りました」

これまで紹介した以外にも、さらに進化した米「酵素金芽米」の開発、日本の米事業を守るために確立した「世界最高米」ブランド、精米過程で出た肌ぬかを畑の肥料として再利用する試みなど、日本の米文化の推進・保護のために雜賀氏が行っている活動は数えきれない。

日本人と密接なかかわりを持つ米だが、実は不明な部分が多い。米があるのが当たり前で、これまで深く研究する人がいなかったというのが実情である。したがって、米の健康的価値、含有成分の研究はまだまだ途上で、今後新しく発見される可能性がある。

将来の可能性を見越して、2020年4月、雜賀氏は「一般財団法人 医食同源生薬研究財団(代表理事:米井嘉一・同志社大学 生命医科学部 教授)」を有志とともに立ち上げた。米をはじめとする医食同源食の調査・研究を推進し、長期的、かつ継続的な食品摂取による健康への影響や効果を社会と共有していくのが使命だ。

「現在40数兆円に膨れ上がっている医療費が20年後にはさらに増えていくといいます。高年齢化によって介護費も増えていく。これから先、人口が減って納税額も働く人もグッと減っていくことを非常に危惧していて、社会を支える現役世代の健康をいかに守っていくか、老後も健やかに過ごす人をいかに増やしていくか。最近、そればかり考えています。

米を通じて日本を何十年と見てきて、米と食から国民の健康のために活動できるのは自分しかいないと思いました。商売を考えれば、健康米で独自の物を続けていれば安定して売れていくけれど、もうそういうことではない。何より全国民の健康を願っています」

日本における米研究・開発の第一人者ともいえる雜賀慶二氏。戦後から米とともに生き、「人のために」を第一に年月を過ごしてきた。しかし、まだまだやらなければいけないこと、新しくやりたいことはたくさんあるという。87歳の雜賀氏の目は常に先を見据え、胸に秘めた強い意思が前進する原動力になっているのだ。

スポトリ

編集部