2年越しの大会を終えて

本来は2020年に開催予定でした日本国内初の国際スポーツ栄養学会(ISSN:International Society of Sports Nutrition)東京大会ですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で延期を余儀なくされました。それから2年後の2022年2月26日。ISSN東京大会はオンライン形式での開催が実現しました。

日本スポーツ栄養協会、NSCAジャパン、日本臨床栄養協会、日本スポーツ推進機構、LGC社の後援、DNS社の特別協賛、さらに17社の協賛を得て、250名の栄養士、トレーナー、学生、企業の方々にご参加いただきました。

内容については、すでに「スポトリ」で5回にわたって詳細にまとめていただいていますので、当方からは外国人講師によるレクチャーに補足という形で、裏話も含めて総括したいと思います。

本大会のテーマは「スポーツサプリメントの効果と安全性」で、グローバルスタンダードのエビデンスを我が国に紹介するのが趣旨でした。私が米国におけるISSNの学術大会に参加し始めた5年程前、ISSNの創設者のホセ・アントニオ博士と「ぜひ、ISSN東京大会を開催しよう!」と男の契りを交わしました。今回オンライン形式ではありましたが、実現したのは誠に嬉しい限りです。

アントニオ博士のプレゼンは、ISSNが2018年に発表した「ISSN exercise & sports nutrition review update: research and recommendations」1)というランドマーク的な論文から抜粋した内容で、大会テーマそのものでした。この論文は私の所属するスポーツ栄養勉強会(通称:すぽべん)のメンバーによって完全和訳されていて、ご自由にダウンロードいただけます。サプリメントに関して、法規制も含めて詳細に書かれているので、ぜひご一読されることをお勧めします。

とにかく、スポーツ栄養だけでなくサプリメント一般にいえることですが、エビデンスがなさすぎる現状で、それでも巧みなマーケティングでマユツバ物が高価で売られています。ISSNの論文では、エビデンスがしっかりとしている(カテゴリーⅠ)スポーツサプリメントは筋肉増強ではEAAやHMBを含む4つ、パフォーマンス向上ではβ-アラニンやクレアチンを含む7つしかないのは衝撃的であります。

エビデンスが限定的で相反している(カテゴリーⅡ)サプリメントも数は少ないのですが、アントニオ博士は、「とりあえず使ってみて、その効果に納得したなら使い続ければいい」と、とても現実的なお考えには「目からうろこ」でした。詳しくは論文をお読みください。

2人目のアーニー・フェルナンド博士のEAAに関する講演ですが、実は3年程前に似た内容を聞いております。それがきっかけで、フェルナンド博士らが開発して特許を取得した「EAAlpha」という新処方のEAAのライセンスをDNS社が受けて、近々発売いたします。

従来のEAAが筋タンパク合成率を55%促進するのに15g必要ですが、EAAlphaは同等の効果をたった3.6gで達成できます2, 3)。つまり効果は4倍あるということです。この処方に辿りつくのには17年間のEAAの研究と、数多くの臨床試験を行った賜物と力説されていました。発売開始まで、もう少しお待ちください。

3人目のラルフ・イエーガー博士は何度も来日されているので、サプリメント業界ではご存じの方も多いかと思います。ISSNの中でも活発に論文やポジションペーパー(学会の公式見解)を執筆されていて、ISSNのプロバイオティックスに関するポジションペーパー4)の筆頭著者です。この分野もマーケティングがエビデンスを先行している風潮があるので、真のエビデンスをまとめた有益な講演でした。

イエーガー博士によると、本当に効果が確認できている菌株は、感染症予防効果では4株、リカバリーをサポートするのは3株程度しかありません。しかし、運動パフォーマンスの向上に効果が確実にあるといえる菌株については、さらなる検討が必要(現状では存在していない)とのことで、この分野の複雑さを物語っていました。特に忘れてはならないのは、口から入った乳酸菌やビフィズス菌は、胃酸と胆汁酸という2つの‟殺菌剤”でほぼ死に絶えるということです。「生きて腸に届く」のエビデンスを菌株ごとに問う必要はあると思います。

4人目のエリック・ローソン博士はクレアチンと脳機能の研究の第一人者で、東京大会と時を同じくして2月のNutrients誌にレビューペーパー5)を発表されています。特に、アスリートにおける軽度の脳しんとうに対するクレアチンの予防的な利用は、期待が寄せられている分野です。

経口摂取したクレアチンが筋肉以外の組織にある程度蓄積して、アスリートにとって筋肉増強以外の重要な役割を果たす「一石二鳥」的なサプリメントはあまり例を見ないと思います。脳損傷に対するクレアチンの治療的な摂取効果に関してはすでにエビデンス6)がありますが、予防的な効果についてはその臨床試験の難しさから確固たるエビデンスはいまだないものの、理論的には期待ができます。コンタクト系スポーツでは、プロテインと合わせて必須なサプリメントと思います。詳細は連載7回目の記事をご覧ください。

5人目のテランス・オローク氏は、インフォームドチョイス(IC)を運営するLGC社の事業開発マネージャーで、私が2016年にICを日本に持って来た際、いろいろな‟前仕込み”でお世話になりました。当時、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が運営していたサプリメント認証プログラム(通称:JADAマーク)の利益相反な点、分析能力の不十分さなどをスポーツ庁に訴え、制度の是正を促しました。あれから6年経ちますが、ICやインフォームドスポーツ認証を受けた我が国のスポーツサプリメントは400品目(86社)に及び、いわばゴールドスタンダードになっています。

オローク氏の講演内容は、アンチ・ドーピング業界におけるLGC社のグローバルスタンダードな優位性をあらためて強調する形になりましたが、追加でみなさんにぜひ知っておいていただきたい日本の現状を私からご紹介いたしました。

スポーツ栄養学の最先端をけん引するISSN。21か国に3万5000人の会員が所属する学会で、今回の東京大会を通して、我が国での知名度がもっと上がればと願っております。

ISSNでは、スポーツ栄養スペシャリスト(ISSN-SNS)という資格認定も行っております。世界中で多くのトレーナーや栄養士が受講しています。このたび、日本語でも資格認定(オンディマンド講義と試験)が受けられるようになるそうです。「グローバルスタンダードなスポーツ栄養学」を目指す方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか? 詳細はこちらからご確認ください。

【引用文献】
1) Kerksick CM et al.: JISSN, 15, 38 (2018)
2) Ferrando AA et al.: JPEN, 19, 47-54 (1995)
3) Church DD et al.: Exp Gerontol, 41, 215-219 (2006)
4) Jaeger R et al.: JISSN, 16, 62 (2019)
5) Forbes SC et al.: Nutrients, 14(5) 921 (2022)
6) Sakellaris G et al.: Acta Paediatr, 97(1) 31-34 (2008)

青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。