日米ニュートリション対談では、日米の栄養関係者が毎回テーマを決めて議論し、栄養に関する考え方・認識の違いなどから新しいことや知らなかった情報を得て、読者のみなさんに日常生活やスポーツ現場で生かしてもらおうという企画。

対談のホストを務めるのは、米国で管理栄養士の資格を取得し、スポーツ現場での栄養指導・サポートを行うアスリートフードコネクション代表・讃井友香さん。ゲストは、米国・カリフォルニア州で個人向けの栄養コーチング事業を行っているエミリー・ゾーンさん。

第1回目は、「栄養情報の根拠になるものは何か」がテーマ。ともにクライアントを持つ立場で、情報を伝達する際、頼みになるのは「根拠」。どこから根拠を得て、情報の正しさを担保するのか。今回は、米国の栄養士事情とエミリーさんの紹介を踏まえて進めていく。

栄養の専門家として生きていくこと

讃井友香(以下、讃井):対談初回のトピックスは「栄養情報は何を根拠にしているか」。日米で栄養現場を経験したことから、違いや差を感じることがありました。米国でバリバリ活躍をしているエミリー・ゾーンさんと一緒に日米の栄養に関する話題を掘り下げていきたいと思います。エミリー、まずは自己紹介をお願いできますか。

エミリー・ゾーン(以下、エミリー):はい、私は米国の管理栄養士・栄養コーチで、もともとはスポーツ栄養に興味があってこの世界に入りました。オハイオ州立大学で管理栄養士になるために必須の栄養士インターンと大学院で経験を積んだ後、プロレベルの野球現場やイリノイ大学などのビッグ・テン・カンファレンス※)で、栄養指導・サポートをしていました。

1年ほど前にカリフォルニア州で独立・起業し、スポーツ選手を含め、一般の人を中心とした個人向けのオンライン栄養コーチングをしています。これまでのスポーツ栄養とはフィールドが全く違いますが、とても楽しくやっています。

※) 米国北東部の大学で構成されるディビジョン1(日本でいうところの1部)のスポーツリーグ。ちなみに、八村塁選手(NBA ワシントン・ウィザーズ)出身のゴンザガ大学は、ウエスト・コースト・カンファレンス ディビジョン1に属している。

讃井:どのようなコンセプトで事業を進めていますか。

エミリー :私の考えとして、「健康に食べること」とは「人生をエンジョイしながら楽しく食べること」だと思うんです。この何気ないことにクライアントが気づくよう一緒に考え、実践できるようにお手伝いをしていきます。

例えば、「ダイエットしたい」というクライアントがいるとしましょう。現代のダイエット文化は、決まった物を食べ、決まった形でトレーニングをして…といったルールが固定化され、それに従って進めなければいけないといった風潮があります。でも、このルールって、全員に当てはまるわけではないんです。

私は、「ダイエット」という目的があるならもっと深く考え、意味を理解しなければ長続きしないし、目標を達成することができないと思っています。だから、クライアントに対して「(達成のために)何が大切なのか?」「どこを目標とするのか?」「どうしたらライフスタイルにあった健康で持続可能な食事になるか?」などを深く考えてもらい、納得いく結果を導くために共に歩んでいくことにしています。

讃井 :その考え方は素晴らしいですね。何でも一律に考えるのではなく、それぞれに合った目標と方法論を見つけていく。まさに、パーソナル栄養士ですね。

エミリー:そうですね。多種多様な人がいて、生活環境、感じ方など一人として同じものはないのだから、固定概念にこだわる必要は全くないと考えています。

讃井 :スポーツ栄養から離れて一般の人を対象にした個人向けの栄養コーチング事業を始めた理由を教えていただけますか。

エミリー :昨年以降、社会や環境が激変して自分自身と向き合う時間があって、その時に「私は何がしたいのか?」と自問自答していました。

スポーツ現場で5年間活動していましたが、選手と一緒に働くことは今でも大好きですし、目が回るほど忙しい現場は仕事とは思えないくらい楽しかったです。ただ、私がやりたかったのは1対1のコーチングで、クライアントにかかわる食の問題などを一緒に深く考えたいと思いました。私の仕事は対面でもオンラインでもできるので、場所を選ばす、クライアントとつながれるメリットがあります。

オンライン栄養コーチングを起業した理由はもう一つあります。実は、私の夫がアメリカンフットボールのスポーツ栄養士で、シーズンに入ると遠征、残業が続き、かなりハードな日々を送ることになって、スケジュールの柔軟性も利きません。

もし、夫が異動になったり、転職したりして生活環境を変えなくてはならなくなった時、新しい職場を探さなくてもパソコン1台あればコーチングの仕事ができるとわかったからです。1対1で場所を選ばずにクライアントとつながれる事業形態は、今の私の生活スタイルにマッチしていると思います。

讃井 :この1年、オンラインで済ませられることの多さに気づきましたからね。スポーツ栄養から一般の人への栄養コーチングで何か違いはありますか?

エミリー :はい、だいぶ違います。スポーツ栄養の場合、チームに帯同して全選手の食事を毎回モニターすることができました。それこそ、試合前後の食事、間食(補食)のタイミング、何をどのくらい食べるのかなどを“コントロール”していました。選手と現場で顔を合わせた時にコミュニケーションをとって状態を知ることも可能でした。

今の事業は、食事をコントロールするというよりも、クライアントに対して「教育する」ことに主眼を置いていて、食のモチベーションを維持させるためのヒントやアドバイスを提供しています。スポーツ現場と違って、毎日クライアントと一緒にいるわけでなく、1~2週間に1回程度オンラインで会う形なので、クライアントの自己管理能力も問われますし、こちらのアドバイスを実践してもらえるように、根拠のある情報をわかりやすく伝えるように努力しています。

こうなると、専門家として栄養の知識を与えるだけでは足らず、コーチングやモチベーションによる行動の変化などについても考える必要があります。スポーツ栄養と比べると、かなり広い視点で物事を捉えなければなりません。

讃井:私自身、オンラインでのコーチングはとても難しいと感じています。栄養士とクライアントが信頼関係を築くためにはコミュニケーションが大事ですが、SNS、Eメール、Zoomになると、毎日現場で会えていた時と比べて全く違う感覚なので大変だと思います。

エミリー :コミュニケーションという点ではオンラインは対面と比べると異なりますからね。

コーチングするためには根拠のある情報を

讃井 :先ほど、クライアントに「教育をする」と話していましたが、教育をするための情報源として重視していることは何ですか?

エミリー :「科学的根拠(エビデンスベース)」です。今、インターネット上にはたくさんの情報があふれています。「Googleで検索すると、こんなダイエット方法が出てきた」とか、「○○がInstagramであんなこと書いていた」とか、いろいろな人が多くの情報に接する機会が非常に多いです。

でも、その情報って確かなのでしょうか? 何か根拠があるのでしょうか? 甚だ疑問ですし、正しい情報の方が圧倒的に少ないと私は感じます。プロとして私がそのような情報に惑わされることは当然ありませんが、間違った情報を鵜吞みにして間違った方向に進んでしまうケースが無数にありますよね。

讃井 :困ったことにそうなんですよね。嘘が本当になるというか…

エミリー :だから、私がクライアントに伝える情報はエビデンスベースのものです。そもそも、米国では「栄養士は、科学的根拠に基づいた指導・サポートをするように」と教育されていますから、当然私たちの活動の基本になりますね。

エビデンスベースの情報は、科学的な方法で一定の集団でテストされ、効果があることが証明されていますから、情報としては重要で強力なものだと思います。栄養や食事に対して何か変えるということは、誰にとっても難しいことです。そんな重要なことを、科学的根拠のない、わけのわからない新しいダイエット方法でやってみよう!では、絶対成功しません。

そうではなく、効果が実証されているものを用いて食事や栄養を変える試みは、クライアントの時間、お金、努力を無駄にしないためにも価値のあるものになると考えていますし、栄養士として正しくコーチングしたいと心がけています。

讃井 :そうですね。私もそう思います。日本では、この「エビデンスベース」という言葉やコンセプトにとても大きな壁があるように思えます。日本の栄養士は「エビデンスベースの情報を知る必要があるのは知っている。でも忙しいし、私にとってはとても難しすぎる」と、エビデンスベースの情報入手に難色を示すことがあります。

エミリー :えぇ!? それは米国ではありえませんね。個人の感覚や経験談で選手に指導やサポートをしているということですか? 自分の考えの根拠になるものがないのにどうやって選手と接するのですか?

讃井 :これには、日本独自のスポーツ栄養研究がほとんど進んでいないという背景があり、どうしても海外の研究データを基に理論を組み立てざるを得ないのです。ところが、海外の研究論文は英語で書いてあって、特に論文レベルの英語は難解なので、エビデンスベースの情報を得るためのハードルが非常に高くなるわけです。

エミリー :なるほど。研究の遅れと言語の壁ですか。

讃井 :教育機関で研究論文を読む文化がないというのも理由として挙げられるかもしれません。教材は今でも1990年代~2010年代に出版された物を使っているようで、当然最新の論文などを目にする機会はないようです。

仮に今、2010年出版の教科書を授業で使っていたとしてもすでに10年経っているわけですから、当然新しい見解や研究成果に進展があるわけです。中には、情報をそれほどアップデートしないまま、出版日と表紙を変えて再版しているケースもあると聞いています。

とにかく、これから現場で活躍したい、栄養士になりたい人は古い情報で勉強するのではなく、情報を取りに行く、最新の情報に触れていくことをしないともったいないです。

エミリー :日本では栄養学やスポーツ栄養学の情報が少ないのですか? それでは、根拠を得るのも難しいですね。それに、最新の情報を得るには論文検索は欠かせないと思います。

讃井 :例えば、学校の教材とは別に、エビデンスベースの情報をもっと入手して勉強したい人や論文を読めるように努力したい人などは、どこで情報を取ればいいと思いますか。アドバイスをお願いします。

エミリー :私は普段、PubMedGoogle Scholarで研究論文や記事などを探します。でも、検索した論文や記事がいつ書かれた物なのか、目当ての物を見つけられて研究内容を全部読んだとして、その研究はどのような方法で行われているのかを知らなければいけないと、最近私も学びました。

例えば、被験者が2人しかいない研究結果では有意性を示すのは十分ではないかもしれませんし、現場で活用する情報としては薄すぎると思います。だから、研究デザインを理解することも必要になってきます。

私がスポーツ現場にいたころ、スポーツ栄養に関する統括的なガイドラインを使っていました。現在は一般の人を対象にした事業を行っているので、米国人の栄養ガイドラインを基にしています。日本にも同じような物はありますよね?

讃井 :日本にも日本人を基準とした栄養ガイドラインがあります。

エミリー :ガイドラインなのであくまで参考情報になるのですが、それを頭の中に入れつつ、研究論文、文献などの最新情報を得るように心がけています。初歩的なことを知りたかったり、まとまっている物が欲しかったりする場合は、統括的なガイドラインを読むことで過去の研究結果の中で何が一番大事なのかを理解することができると思います。

讃井 :毎日のように新しい論文が出ている中で、文献を読んですべてを自分の中にインプットするのは不可能です。エミリーが言ったように、「基本のキ」といっていいほど重要なガイドラインは絶対に抑えておいた方がいいですよね。英語が読めても読めなくても理解すべきことだと思います。

日本でも今後、せめてスポーツ栄養のトピックで定められている日本人用のガイドラインは欲しいですし、スポーツ栄養に関する論文読解の授業があると資格を取った時に苦労しないのではないかと思います。 

Yuka Sanui & Emily Zorn

讃井 友香(米国Registered Dietitian:管理栄養士)、アスリートフードコネクション 代表
小学生の頃から米国で過ごし、オハイオ州立大学卒業後にRD取得後、コロラド州立大学大学院でスポーツニュートリションの世界へ進む。東京五輪では7人制ラグビー米国代表のリエゾン・栄養サポートを担当した。スポーツ栄養の本場で培った知識と経験を生かし、海外の最新エビデンスを発信できるプラットフォームを作るため、日本で同社を設立。世界とのネットワークを使って、日本のスポーツ栄養界を盛り上げていく。

Emily Zorn(米国Registered Dietitian:管理栄養士)、EMILY RD NUTRITION COACHING 代表
シカゴ・カブス、カレッジスポーツで栄養サポートを担当。現在はカリフォルニア州で「EMILY RD NUTRITION COACHING」を設立し、スポーツ選手を含め、一般の人を対象に栄養コーチングを行っている。