2月26日、「国際スポーツ栄養学会(ISSN) 東京大会」がオンラインで行なわれ、 「サプリメントの効果と安全性」をテーマに海外のスポーツニュートリション関係者がグローバルスタンダードな視点から基本的な考え方や最新知見などを披露した。

ISSNプロバイオティクス部門のポジションペーパー(見解書)執筆者であるラルフ・イェーガー氏は多くの関連研究・原料開発に携わっており、世界のスポーツニュートリションに関するマーケット事情にも精通している。講演では、主にプロバイオティクスに関する将来的なエルゴジェニック効果の可能性についてエビデンスを交えて解説した。

プロバイオティクスは属・種・株を理解する必要がある

プロバイオティクスとは「腸内細菌叢(フローラ)のバランスを改善することによって宿主の健康に好影響を与える生きた微生物」と定義され、ビフィズス菌や乳酸菌が特に有名である。

腸内フローラの構成は、治療薬や抗生物質の投与によって変化させることが可能だが、中でも運動は大きな影響を及ぼす。日常的にトレーニングを重ねるスポーツ選手は身体活動の少ない人と比べて、腸内に存在する細菌の種類と量が多く、タンパク質・運動量の多さは細菌の多様性を広げる要因にもなっている。

プロバイオの呼称・命名方法には決まりがあり、「ラクトバチルス・ラムノサス・GG」といったように属・種・株で構成される。プロバイオの摂取による健康上のメリットは強度や用量によってもたらされるが、菌株レベルで確認する必要がある。乳酸菌、ビフィズス菌でも違いが生じ、乳酸菌の中でもラクトバチルス・アシドフィルス、エンテロコッカス・フェカリスなど無数に細分化されており、それぞれで研究成果や得られる効果も異なってくる。

腸内フローラの構成を変化させる方法は主に「善玉菌を増やす」「プレバイオティクスなどの摂取」が挙げられる。ヒトの善玉菌のエサになるプレバイオはアスパラガス、玉ねぎ、バナナなど特定の食品に含まれる。化学的に合成されたプレバイオは、イヌリン、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、ラクチュロースがあり、サプリメントや加工食品で目にすることが多い。

プロバイオを摂取することで得られる健康上のメリットは、主に消化器系と免疫系といわれており、世界中で関連商品が販売されていることからも非常に関心が高い。特定のプロバイオでは気分の改善や不安、抑うつ作用も確認され、他にもアレルギーなど皮膚の健康に関するデータ、炎症抑制など世界中で多くの分野にわたって研究の成果が上げられている。

スポーツ選手が免疫の健康を損なうと生じるリスク

スポーツ選手はさまざまな栄養摂取方法で体重をコントロールし、筋量を増やすためにハードなトレーニングを行う。スポーツと免疫の観点からいえば、運動によって腸内フローラが活性化されるため、スポーツ選手は健康的といったイメージがある。一方で、高強度、または休憩が極端に短いトレーニングを続けていると、乳児や高齢者と同等のレベルまで免疫力は弱まるといわれている。

トップのスポーツ選手になれば、国外遠征による生活環境の変化、不安やプレッシャーによる睡眠障害、長時間移動・トレーニングによる食事時間の不均等など、免疫力を弱めてしまう原因がいくつも加わる。重症化すると、腸壁にダメージを受ける「運動誘発性リーキーガット」をひき起こすことにもなる。

免疫系に目を向けることで健康上のメリットが得られるが、それを怠ることがスポーツ選手にとってリスクになるといったデータが示されている。2016年リオデジャネイロ五輪では、出場選手中の5.4%が体調不良を訴え、そのうち47%が上気道感染症(かぜ症候群)、21%が胃腸の疾患でいずれも免疫系に関連する症状に見舞われ、18%がパフォーマンスの低下に陥っている。冬季五輪ではさらに数字が悪化し、上気道感染症発症数、それに伴う欠場数は夏季の2倍に上る。また、大記録がかかっている選手でも、免疫系の健康を損なうことで大会の欠場を余儀なくされる例は多数ある。

トップスポーツ選手は全人生をかけてトレーニングをしている一方で、体調不良を招く恐れもある。免疫系の健康が伴っていなければ、パフォーマンスを発揮できず、出場や勝利のチャンスを逃すことになるため、競技をしている間は免疫系の健康にも常に注意を払うべきである。

世界中で進む‟スポーツプロバイオティクス”研究

プロバイオティクスと免疫系の健康に関する研究は多数ある。スポーツ選手のパフォーマンスに直結するエルゴジェニックな効果は現在のところ確認されていないものの、サプリメントとの併用、間接的なデータ、スポーツ選手の健康を守るために転用できる研究データはいくつか存在している。

週に100キロのトレーニングをしている長距離選手を対象にした試験では、冬季トレーニング期間の4カ月にわたってプロバイオを摂取させたところ、上気道感染症の症状を呈する日数の短縮(症状の改善=治癒するまでにかかる時間の短縮)が見込め、重症化を防ぐことも確認されている。

ISSNの中でプロバイオ関連の見解を述べる立場にあるイェーガー氏によれば、スポーツ選手の免疫系の健康に生かせるさまざまな研究を精査したところ、「ラクトバチルス・ファーメンタム・VRI-003株」「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」「ビフィドバクテリウム・ラクティス・BI-04株」「ヘルベティカス・ラフティ・L10株」は、将来的に有望としている。また、「ラクトバチルス・ラムノサス・GG株」は、スポーツ選手の消化管の健康増進の面から効果がすでに確認されている。

免疫とも関連がある「抗炎症」の観点から、イェーガー氏が最も評価するのが「ビフィドバクテリウム・ブレべ・BR03株」で、スポーツ分野への間接的な活用の可能性を示唆している。プラセボ群と摂取群に分けて筋損傷を伴う運動後に負ったダメージからの回復具合について、(バイアスのかかりにくい)無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー比較試験を用いて効果を確認した1)。その結果、運動直後は両群とも筋肉へのダメージは同じだったが、時間が経つにつれて摂取群の方がプラセボ群よりもダメージが軽くなる(回復が早かった)ことがわかった。また、プラセボ群と比較して、摂取群の方が筋肉の可動域が広くなる(損傷ダメージが軽減されることで筋肉の伸縮がスムーズになる)ことも確認された。

プロバイオティクスの持つ抗炎症作用が、運動で誘発された炎症を抑制し、筋損傷を抑え、リカバリーを早めることで、高強度のトレーニングを続けておこなうことにつながり、試合でのパフォーマンスを発揮する助けにもなる。「バチルス・コアギュランス・BC30株」とカゼインを併用した試験でも、プロバイオティクスが消化酵素の分泌を促すことでたんぱく質を効率的に消化・吸収し、筋損傷を伴う運動下では回復力が大幅に向上する(筋損傷のダメージを軽減する)ことが明らかになっている。

「感染症予防」の観点でもスポーツ分野での研究はおこなわれている。10歳代の水泳選手にプロバイオを摂取させると、呼吸器感染症や耳の感染症抑制に効果的であることが確認されている。同試験では、プロバイオ摂取群で記録が短縮したとする結果が得られたが、有意ではなかった(特筆すべき差はみられなかった)。ただし、さらに研究を進めればエルゴジェニック効果が解明される可能性もある。「ラクトバチルス・プランタラム・TWK10株」は、運動パフォーマンスの向上に寄与する可能性を示すデータがある3)

スポーツニュートリション先進国・米国では、トップスポーツ選手の腸内フローラから固有の菌株を採取し、サプリメントとして商品化するほか、イェーガー氏自身も持久系スポーツ選手から採取した菌株を使用した研究をおこなっている。”スポーツプロバイオティクス”をめぐる研究・開発は、世界中で驚くほどの速さで進んでいる。

【引用文献】
1) Ralf Jäger etal.: Probiotic Streptococcus thermophilus FP4 and Bifidobacterium breve BR03 Supplementation Attenuates Performance and Range-of-Motion Decrements Following Muscle Damaging Exercise, Nutrients8(10) 642 (2016)

2) Nahid Salarkia etal.: Effects of probiotic yogurt on performance, respiratory and digestive systems of young adult female endurance swimmers: a randomized controlled trial, Med J Islam Repub Iran, 27(3) 141-6 ( 2013)

3) Wen-Ching Huang etal.: Effect of Lactobacillus Plantarum TWK10 on Improving Endurance Performance in Humans, Chin J Physiol61(3) 163-170 (2018)

スポトリ

編集部