2月26日、「国際スポーツ栄養学会(ISSN) 東京大会」がオンラインでおこなわれ、 「サプリメントの効果と安全性」をテーマに海外のスポーツニュートリション関係者がグローバルスタンダードな視点から基本的な考え方や最新知見などを披露した。

マサチューセッツ大学で運動科学の博士号を取得したエリック・ローソン氏は、約20年にわたって栄養摂取と骨格筋合成に関する研究を行ってきた。近年は、クレアチンサプリメントの摂取に関して、骨格筋・脳機能・高齢者のエイジング対策など幅広い研究に従事し、科学的根拠を見出す活動を行う。米国スポーツ医学会(FACSM)フェロー。

講演では、海外のスポーツニュートリションにおいてベース成分として根づいているクレアチンについて、脳機能関連の研究動向、将来性について解説した。

クレアチン研究の今昔

クレアチンは1832年に発見されて以来、200年近く研究されている栄養素。ヒトを対象にした研究が1926年に初めておこなわれ、「ヒトがクレアチンを摂取すると、すべて尿として排泄されるわけではなく、一部が体内にとどまること」が証明された。1930年以降、クレアチンキナーゼ、アデノシン三リン酸(ATP)が次々に発見され、クレアチンキナーゼ反応の全容が明らかになった。1960年初頭には画期的な検査方法が編み出され、今日に続くクレアチン、クレアチンリン酸のエネルギー代謝に関する研究が可能になった。

クレアチンの代謝は、酵素であるクレアチンキナーゼによって触媒されるクレアチンとクレアチンリン酸の相互交換によっておこなわれる。エネルギーが必要になった時、クレアチンはアデノシン二リン酸(ADP)からATPへの変換に使用され、エネルギーを産出させる。その後、クレアチン、クレアチンリン酸はクレアニチンに分解され、尿から体外へと排泄される。

近年の研究では、クレアチンの経口摂取によって、骨格筋・脳内のクレアチンを増加させることがわかっているが、それぞれで貯蔵される量や反応は異なってくる。クレアチンは主に肝臓、すい臓、腎臓で合成され、その95%以上は血液を介して骨格筋に貯蔵されてエネルギー代謝に利用される。一方、脳は自らでクレアチンを合成できるため、5%程度しか貯蔵されない。

体内のクレアチン濃度は、運動やトレーニングに反応して変化することはなく、安静時に安定している。脳のクレアチン濃度・量は、経口摂取によって反応しないことも示唆されており、認知トレーニングなど脳への刺激によって増加させている可能性がある。

クレアチンは脳に届きにくい成分!?

クレアチンはほとんどの場合、多くの燃料を供給することで筋肉活動を向上させる。クレアチンサプリメントの摂取は筋中のクレアチンリン酸値を高め、炭水化物の多い食事と組み合わせることで、筋グリコーゲン量を効果的に高めることにつながる。特に、クレアチン・モノハイドレートは汎用性の高い栄養素として期待できる。

効果が見込める摂取量の目安は1日約20gを5日間、もしくは1日3~5gを30日間摂取し続けることで、ほとんどの人が筋中のクレアチン量を増やすことができる。脳も筋肉と同様に、1日約20gを5日間摂取することでクレアチン量が増加する可能性があるものの、いまだ解明は半ばとなっている。

これまでに、脳内のクレアチン、またはクレアチンリン酸に対するサプリの効果を検討した研究は12報あり、9報で脳内クレアチン値の上昇を示した。また、クレアチン摂取と脳機能と関連の深い認知処理について、16報のうち13報で脳のいずれかの領域に改善がみられた。

一方、2017年におこなわれた研究1)では、クレアチンの摂取によって脳の組織や部位ごとに反応が増加したり、減少したりしているため、外因性のクレアチン摂取よりもむしろ、主に脳内でクレアチンが合成することによって効果が表れているのではないかと示唆されている。

研究を続けているローソン氏によれば、摂取したクレアチンを脳細胞へ輸送する「クレアチン・トランスポーター(運搬役)」は、脳の特定の場所にしか存在しない可能性がある。外部から取り込んだクレアチンは血液脳関門(脳に入る血液を選別する関所のようなもの)を通過しにくい物質で、機能的に外部から取り込まないように設計されているかもしれないとしている。筋肉への効果が知られるクレアチンに対して、脳への効果が見込める摂取法について検討されており2)、パフォーマンスやQOL(生活の質)向上に寄与するほどのデータは得られていないものの、日々研究は進んでいる。

クレアチンと脳に関する研究は、動物実験の結果では参考にならないと、ローソン氏は指摘している。クレアチン摂取による筋中・脳内のクレアチン量を種族間で比較したところ、筋中ではヒト・馬は20%増、犬は50%増とばらつきがあり、脳内ではモルモット・マウス・ラットでそれぞれ54、32、30%増だが、ヒトは5~10%にとどまるもよう。したがって、エビデンスからクレアチン(サプリ)摂取の検討をする場合、「ヒト試験の結果」かどうかを論文などで読み解く必要がある。

解明進むクレアチン摂取と脳の相関、脳へのダメージ軽減では有効性も

クレアチン摂取による脳への効果を示す研究は世界中でおこなわれている。中でも、「脳損傷によるダメージ軽減」「損傷からの回復」の観点から、脳震とうや軽い外傷性脳損傷をテーマにした研究は、有効性が期待できるデータがそろい始めた。

脳震とうを起こしたり、軽い外傷性脳損傷を受けたりすると、カルシウムの流出・炎症・ミトコンドリアの機能不全などに加え、神経保護作用のあるクレアチン(脳内)の量が減少する。これらは、クレアチン量を増やすことで軽減することがわかっている。

接触が多く、脳へのダメージリスクが高いスポーツ分野では予防、治療の面で解明が進む。脳震とうの症状がある、引退したアメリカンフットボール選手を長期的に観察した記録によれば、現役時代に繰り返された頭部への衝撃は、引退後の脳内クレアチン濃度の減少(=頭痛、めまいなどの後遺症に悩まされる)と関連しており、クレアチンサプリの摂取によって症状が改善される可能性が示唆されている。

外傷性脳損傷を負った子供(を対象にした研究)では、コミュニケーション能力・行動の改善・頭痛、めまいなどの後遺症・疲労の軽減といった効果がクレアチン摂取で確認されている。参考外ではあるが、クレアチン摂取によって、マウスで36%、ラットで50%、外傷性脳損傷が減少した結果もある。このほかに、意図的に低酸素状態をひき起こし、認知機能を低下させたところにクレアチンを摂取すると、症状が抑えられるとする報告もあり、認知機能とクレアチンに言及した研究は数多い。

骨格筋への効果が多数示されているクレアチンは、認知症やアルツハイマー病など世界的に関心の高い脳機能に関する研究に移行している。また、脳のパフォーマンスを高めることで、競技力向上を示すといったスポーツ分野での研究も進めているもようで、多機能なクレアチンの研究成果報告が待たれる。

1) Merege-Filho etal.: Does brain creatine content rely on exogenous creatine in healthy youth? A proof-of-principle study, Appl Physiol Nutr Metab42(2) 128-134 (2017)

2) Eimear Dolan etal.: Beyond muscle: the effects of creatine supplementation on brain creatine, cognitive processing, and traumatic brain injury, Eur J Sport Sci19(1) 1-14 (2019)

スポトリ

編集部