料理家でトライアスリート!? 食×スポーツ・運動で生き生きとする人を増やしたい!【ニュートリションな人々 #06 高橋善郎さん】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。6人目は、料理家でありながら、世界クラスのトライアスリートでもある高橋善郎さんが主人公。トライアスリート、料理家の視点から「食×スポーツで元気に!」を合言葉に、スポーツ、料理両分野での活躍が目覚ましい。

料理人でも研究家でもなく「料理家」

高橋さんが料理に興味を持ったきっかけは、父親が和食料理店を経営していたことだった。「小さいころから料理をしている父を見て育ちましたから、ほかの家庭より料理が身近でした。父の頼もしい調理姿にあこがれた半面、毎日帰宅が遅くて料理人は大変だなという思いもありましたね」と、当時を思い出す。

学生時代は、飲食店でアルバイトをするなどした程度で料理とは程遠い生活で、就職してキャリアを積んでいく将来を思い描き、まして家業を継ぐことも全く考えていなかったという。その考えが改まり、料理家になる決意をしたのは東日本大震災。食品メーカーへの就職が決まり、入社を控えていた時期に未曽有の大災害が日本を襲った。困っている人のために何かをしたくて、高橋さんはボランティア活動に積極的に参加した。ボランティアには高橋さんと同年代も多く参加し、将来への希望や不安を一緒に語り合ううちに、「自分の本当にやりたいことは何だ?」と考えるようになった。

「育ってきた環境などを振り返って、父親が人生をかけて作り出した味を後世へ残す使命みたいなものが芽生え、結局それが自分らしく生きることになるのかなと。この思いを実現できるのが料理家だと直感して退社後、必要な資格・知識を得るために勉強を始めました」

父の経営する料理店の手伝い、テレビ出演などのメディア露出、レシピ監修と、腕を磨き、経験を積んだ高橋さんは現在、父から受け継いだ味を守るべく、経堂(東京都世田谷区)で和食料理店「凧 HANARE (はた はなれ)」を切り盛りしている。

高橋さんはあくまで、「自分は料理家」という。料理研究家や料理人は技を追求したり、道を極めたりするイメージが先行する。そうではなく、料理の楽しさ、すばらしさをもっと身近に、もっと気軽に伝えていきたいと思っている。

 

世界を知るトライアスリート、実はバスケ少年

高橋さんは幼いころから活発で、運動神経も悪くなかったことから、小学校になるとサッカー、野球、バドミントン、バレーボールとさまざまなスポーツを経験。「バッシュをあげるから」と誘われたバスケットボールが最も性に合っていたらしく、みるみる夢中になった。中・高と部長を務め、選抜チーム(川崎市)にも選出された。

大学に入ってからはサークルに所属し、体育会系並みの練習頻度でバスケの腕を磨いた。アルバイトにも力を注ぎ、学業、バイト、バスケと大学生活を楽しんだ。「このころ、男子学生には珍しく、週2~3回は弁当を持参して友人と食べていましたね。若かったですし、知識もないですから、栄養よりも量といった感じのタッパー弁当がほとんどでしたけど(笑)」。社会人になってからは定期的に楽しんだり、中学生に教えたりと、バスケとは切っても切れない生活が続いていた。そんな高橋さんが、なぜトライアスロンをすることになるのか。始まりは、「先輩の一言」だった。

「今でも覚えているんですけど、先輩に『一緒に大会へ出よう』って言われてその気になって練習を始めたんですが、言い出しっぺの先輩は結局大会に出ず。わけもわからないまま、試合に出て惨敗しました。あれはいったい何だったのか(笑)」

トライアスリートとしてのスタートはほろ苦いものになったが、スイム、バイク、ランと3種目を行う競技自体には魅力を感じていた。その後、ビジネスマンが本気でスポーツに取り組むアスリートチーム「ダブルサバイバー」に加入。魅力的なパーソナルトレーナーとの出会いもあって、トライアスロンに本気で取り組むようになり、スタンダードディスタンス1)、アイアンマン2)に参加するようになった。

2017年からは強豪エイジとして積極的に大会へ出場し、18年にはITU(世界トライアスロン連合)世界トライアスロンシリーズグランドファイナルのエイジグループ3)日本代表として初めて出場権を獲得。19、20年(未開催)も出場権を得て、競技開始から約4年で世界レベルのトライアスリートに成長した。

1) 合計:51.5km(スイム1.5km・バイク40km・ラン10km)

2) 合計:約226km(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km)

3) アマチュア・一般の意味。エイジグループの出場選手は、24歳以下、25~29歳、35~39歳など5歳ごとにグループ分けされ、同年代で順位を競うことになる。ちなみに、プロやオリンピックを目指す選手は「エリートクラス」と呼ばれる。

 

「食×スポーツ」で幸せになる人を増やしていきたい!

トライアスロンはニュートリションコントロールがカギともいえる競技。レース前後、当日の食事・栄養摂取には特に気を使う。高橋さんは、自分の体調と相談しながら食事・栄養摂取を考え、自ら調理することができる。料理家とトライアスリートの視点をもつ強みといっていい。

「トレーニングに気を取られて食を意識しなければパフォーマンスは落ちるし、食への意識が高くてもトレーニングしなければ、競技に耐えうる体は作れない。ですから、『食べてやせる』というのはあり得ないと思っています。基本は『食べて、動いて』ですね。どちらかに偏るのも良くない。つまりはバランスです」

高橋さんはトライアスリート仕様の体を保つために、たんぱく質の使い分けをする。体にキレがないと感じた時は魚系、筋肉をしっかりつけたい時などは肉系と、いろいろな食品からたんぱく質を摂取することで、栄養の偏りを防いでいる。ただ、栄養量や成分に気を取られ過ぎるのは良くないとも語る。

「基本的には好きな物を食べています。体が欲する物というべきか。栄養学の数字的なものも大事なんですが、選手としての感覚的な部分も大事。料理家とトライアスリート、両方の目線から感覚的な部分を伝えられるのではないかと思っています」。高橋さんが持つ独特の目線は、スポーツ現場でも評価されている。来たる東京パラリンピックのパラ卓球日本代表公認アスリートフードコーチに就任し、食の面から選手を応援している。

競技スポーツ、健康づくりのための運動、余暇としてのアクティビティ。スポーツの考え方が多様化する中、食も一緒に楽しむことで健康寿命が延びたり、リラックスできたり、パフォーマンスが上がったり、それぞれの目的が達成できるのではないかと、高橋さんは考えている。「食とスポーツ・運動が身近になって、生き生きする人が増えればいいと思いますね。そんな世の中になるために、僕自身もできることはやっていきたい」。

また、日本料理、和食を特に強みとしているため、外国人に認知されている「和食=ヘルシー」を絡めて、食(和食・日本料理)×スポーツをいずれは広めていけるようにしていきたい考えをもっている。

2020年はコロナ禍によって、高橋さんの店舗は少なからず打撃を受けた。トライアスリートとしての活躍も限定的になり、食×スポーツ・運動を結びつける活動ができなかったが、日本中が復活を目指している今こそ、高橋さんの持っている視点、考え方は大切になってくる。

※3月3日から月1回、トライアスリート、料理家の2つの視点を持つ高橋さんの連載コラムがスタートします!

 


高橋善郎 / Yoshihiro Takahashi

1988年神奈川県生まれ

得意料理:和食料理 / 魚料理全般 / 和菓子 / アスリート系ごはん

ジャンル:和食 / 魚料理全般 / おつまみ / 健康・スポーツ / おもてなし / 酒類(日本酒、ビール 、ワイン)

モットー:「もっと料理を楽しく、身近に」

趣味:書道 / スポーツ(トライアスロン・バスケットボール)

【公式HP】   【ブログ】 【YouTube  【Facebook】 

【Twitter】 @yoshiro_food

【Instagram】 yoshiro_takahashi 


和食料理店「凧 HANARE」

住所:東京都世田谷区経堂1-19-7 セントラル経堂 B1F

TEL:03-6413-0790

Z世代からプロまで、サッカーニュートリションならお任せあれ!【ニュートリションな人々 #05 ~鈴木いづみさん 後編~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。久々となる第5回目の主人公は、博士(スポーツ健康科学)で日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士の鈴木いづみさんです(全2回)。

サッカーは血で戦う競技、体脂肪と鉄がカギになる

明治在籍時代に培った経験からサッカー栄養のベースを作った鈴木さんは、2000年からJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉の選手寮の栄養アドバイザーとなる。2010年よりクラブと正式契約を交わし、計18年にわたって、トップから育成年代まで多くの選手へ指導・サポートし、コンディショニング面からチームを支えた。

「長くサッカーに携わってきた中でわかったことは『サッカーは血で戦う』です。体重と体脂肪率の管理に加え、血の中身をいかに管理するかが最も重要。つまり、持久力をサポートするヘモグロビンの量とフェリチン(貯蔵鉄)を長いシーズンにわたっていかに高値で維持するか。これがすべてといっていいと思います。体内で鉄が不足すると走れなくなりますからね。走ることが生業のサッカー選手が意識すべき点だと思います」

鈴木さんは現在、チーム契約のほかに、個人のプロサッカー選手と契約し、試合日程に合わせて1週間単位の栄養マネジメントを行っている。試合が日曜日の場合、前日(土曜日)、当日は高糖質食、試合後24時間(日、月曜日)は運動による筋損傷をケアするために、フェノール化合物(アントシアニンなど)、ω-3多価不飽和脂肪酸(α-リノレン酸、EPAなど)、ビタミンDなど抗炎症が期待されるエレメンツを含む食品の摂取を促す。その翌日(火曜日)はオフのためリフレッシュデーとして好きな物を食べてよい。ただし、翌日(水曜日)からチーム練習なので試合でロスした体重を元に戻す作業も同時に行う。体重が戻っている状態で、試合に向けて鉄を貯蔵するための食生活を試合前日まで続ける。週2で試合がある場合はさらにタイトなマネジメントになるものの、基本的には年間を通じてこの工程を踏み、厳しくチェックしている。

選手個人へのマネジメントは、労力がかかるうえに管理能力も問われる。そして、何より求められるのは「成果」だ。例えば、鈴木さんのサポートを受けた選手が「1年間ケガをしなかった」「出場時間がチームトップ」「スプリントパフォーマンスが前年より向上した」など、具体的な成果が出なければ次の仕事につながらず、ビジネスにもならないシビアな世界。鈴木さんは、あくまで成果を強調する。

「指導・サポートしたからには、絶対に結果を残さなければならない。これがフリーランサーとしての私の信条です。2020年はコロナ禍ということもあり、とても難しい仕事を余儀なくされました。強行日程による選手への負担は大きく、気を抜くとあっという間に体重が落ちる。外部との接触が制限されたことで採血もままならず、血液指標の動態がわからない。そういった中でとにかく体重管理には例年以上に細心の注意を払いました。それでも、シーズンを通じてベスト体重を一定に保てたことや、ケガをしなかったこと、安定的にハイパフォーマンスを発揮してシーズンを無事に乗り切ったことで、結果は出せたかなと思っています」

教育と研究、人とのつながりを大事に

鈴木さんが現在、ライフワークにしていることが2つある。「育成年代への教育」と「学び」だ。スポーツ栄養関係者に問われる、相反する課題に対して真剣に向き合っている。

育成年代への教育は、ジェフ千葉時代の同志でアカデミーコーチをしていた武田雄哉さんと連携し、選手・保護者への栄養教育を施す。武田さんはジェフ千葉を退団後、東京都世田谷区に本拠を置く「駒沢サッカークラブ」で副理事長に就き、未来のトップ選手への指導を行う。同クラブは、育成年代の男女サッカー、男女フットサルチームがあり、都内でも上位の成績を誇る古豪。鈴木さんをはじめとする各分野の専門家もチームにかかわっている。

「昨年4月から月1回、選手に向けてオンラインの栄養講習会を実施しました。サッカー選手に必要な栄養摂取、食品の選び方、さらには特殊な状況が続いている中で、免疫力を上げる食事や自粛期間中の食事に関することと、アドバイスは多岐にわたりました」

本来なら選手たちの顔を見ながら講義をして、理解の深化を促すが、オンラインが主になっている昨今、なかなか難しい。画面を見ただけでは選手が本当に理解してくれているのかもわかりづらい。選手の理解度を図るためにどうすればいいか。武田さんと鈴木さんは一計を案じ、「おにぎり選手権」を企画した。

「練習後に食べるおにぎり」をテーマに、選手たちが講習で学んだサッカー選手に必要な栄養を含む具材を使って、おにぎりを自作するというもの。そして、鈴木さんが専門家の立場から「おいしさ」「うんちく(食材の栄養情報)」「見ため」など、さまざまな角度から審査してランキングをつけた。詳細は後報するが、選手、保護者を巻き込んだおにぎり選手権は、選手たちの理解度を確認するのに大いに役立った。

「武田さんとは馬が合うというか(笑)。長い雑談の中でいろいろと話しているうちに、この企画が浮上しました。ほとんど武田さんのアイディアです(笑)。今後は他チームとの対抗戦とか、プロ選手との対決とか、幅を広げていければと思っています。選手が楽しく、競いながら参加できるスポーツ食育として普及させたいですね。オンライン時代でも工夫次第で、きちんと教育できることも示せたと思います」

育成年代への教育をする一方、スポーツ栄養研究の向上も忘れない。トップスポーツ現場での経験が豊富で、スポーツ栄養の発展に情熱を注ぐ鈴木さんだが、行き詰まりを感じた時期があったという。「対エリートアスリートでは現場経験だけでは勝負できない、しっかりとしたサイエンスがなくては」と。

一念発起した鈴木さんは順天堂大学院でスポーツ健康科学を学び直し、博士号を取得。企業との共同研究に携わったり、海外のスポーツニュートリションに関する最新情報を有志とともに翻訳したり、研究分野での実績を着々と積んでいる。

また、スポーツ関係者が集まる私的勉強会「すぽべん(SPOBEN」の活動も熱心に行う。すぽべんは栄養分野だけでなく、スポーツ医科学に関するさまざまな分野の研究者と実践者が集まり、自身の研究や活動内容を発表してディスカッションする場だ。

「少人数から始まったすぽべんですが、今では数十人規模になりました。いろいろな研究内容を聞くことで刺激されますし、とても参考になります。また、スポーツ医科学分野のHUB機能を持たせ、人と人、仕事と仕事をコネクトすることにも注力しています。興味のある方はぜひご参加いただきたいですね。参加要件はすぽべんメンバーの紹介があること、加入1年以内に自身の研究に関するプレゼンの意思があることです。多様なパッションに触れるとともに求める情報がきっと見つかるでしょう」

スポーツの先行きが不透明な中でも「とにかく楽しく仕事をさせていただいています」と、笑顔で話す鈴木さん。自身が組み立てた栄養マネジメントが成果につながった時の達成感は他では味わえないという。

鈴木さんは、厳しさもやりがいも感じながら、スポーツ栄養の最前線で活躍を続けている。「10年後はスポーツ栄養分野がもっと発展しているはずなので、その時にいい仕事ができるように常に勉強を続けています」と、その目は未来を見据えている。

<完>


鈴木いづみ / Izumi Suzuki

博士(スポーツ健康科学)、日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士、順天堂大学スポーツ健康科学部 協力研究員、とちぎスポーツ医科学センター 協力栄養士

1990年 女子栄養大学栄養学部栄養学科 卒業。1990~1998年 明治製菓(株)ザバススポーツ&ニュートリション・ラボ。2004~2013年 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科 准教授。2015年 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士前期課程修了。

アトランタ大会(1996年)女子バスケットボール日本代表、ロンドン大会(2012年)競泳日本代表・萩野公介選手など、五輪選手への指導・サポート歴多数。ジェフユナイテッド市原・千葉の全年代の栄養教育に携わった。現在は、Jリーグ 北海道コンサドーレ札幌、および個人のプロサッカー選手との契約のほか、、地域のタレント発掘育成事業など育成年代の教育に力を注いでいる。

Z世代からプロまで、サッカーニュートリションならお任せあれ!【ニュートリションな人々 #05 ~鈴木いづみさん 前編~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。久々となる第5回目の主人公は、博士(スポーツ健康科学)で日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士の鈴木いづみさんです(全2回)。

「いい仕事をすれば必ず次につながる」

全世代のサッカー選手へ指導・教育に力を注ぐ鈴木いづみさん(クリックで画像拡大)

育成年代からトップのサッカー選手へのサポート・指導に強みをみせる鈴木いづみさん。研究、現場の両方で経験が豊富なスポーツニュートリショニストの一人だ。

プロ意識を常に持ち、チームやプロ選手から課されたミッションに対し、経験に裏打ちされた知識・ノウハウを駆使して成功に導くための任務を遂行する。プロとしての矜持を鈴木さんはこう言い切る。

「スポーツ栄養の仕事はブーメランなんですよね。いい仕事をしていれば、良い結果が自分に帰ってきて、それが必ず次につながる。逆もありますけどね(笑)。でも、独立してからも途切れることなく仕事をいただけているのは、この思いでずっとやってきたからです」

幼いころから活発だった鈴木さんは、スポーツ中心の学生時代を過ごしたという。高校生になるころには、体育教師になることを思い描いていた。ところが、担任の教諭に進路を相談したところ、「体育大学を出て、地元(長野県)に戻って教員採用試験に受からなかったら、つぶしがきかないよ」と、現実を突きつけられた。日ごろから気の置けない間柄の恩師の言葉に、鈴木さんは「確かに」と納得してしまった。そして、スポーツの次に興味のあった「栄養」の道を志すことにした。

進学した女子栄養大学で、栄養学の基礎を学ぶかたわらで、運動生理学も学んだことから、自分の経験・興味、スポーツと栄養学が合わさってスポーツ栄養の道へ。当時は、「スポーツ栄養」「スポーツニュートリション」という言葉がほとんど知られていなかったにもかかわらず、鈴木さんは突き進んでいく意思を固めるのだった。

スポーツ栄養がやりたんだけど…

鈴木さんは大学卒業後、「ザバス」ブランドを立ち上げて間もない明治製菓(現:明治)に入社。健康産業事業部に配属され、顧客に健康・栄養情報を提供するニュートリションセンターで仕事をすることになった。

「上司はどうも、私の外見や雰囲気からスポーツとは無縁だと思っていたようで(笑)。それで、同期がザバスに配属されて、私がセンターに。その後、私がスポーツ分野に強い関心があるとわかって、ザバスへ異動することになったんです。そこがすべてのスタートになりました」

思わぬところで道は開け、晴れてスポーツニュートリショニストの第一歩を踏み出した。入社2年目の夏に、日本陸連長距離マラソンブロック日本代表選手団の高地トレーニング合宿へ科学委員会からの派遣というかたちで帯同することになり、選手への栄養指導と食事管理を任された。ちなみに、当時の代表にはスポーツ医科学分野の研究者が帯同しており、日本でも医科学の観点から選手を強化する取り組みが始まっていた。まさに、スポーツ医科学の黎明期。研究者たちに交じり、入社2年目の鈴木さんは研究のためのデータ取得、方法論を0から確立していった。

選手のエネルギー摂取量、各栄養素の摂取量をすべて把握し、高地環境の下でヘモグロビン量がどう変化するのか。カロリーとの関係性はどうなっているのか。きちんとデータを取って分析し、世に出してスポーツの強化につなげる。それがミッションだと思い、懸命に取り組んだ。

「毎日の栄養データの管理もそうですし、三食数十人分の食事を用意するのも大変でした。それでも、とにかく楽しかったですね。今思えば、当時一緒に過ごした選手たちがのちのメダリストだったり、実業団や代表の指導者になったりしていて、今でもつながりがある。本当に貴重な経験をさせていただきました」

毎夏の高地トレ帯同を3年続けた後、プロサッカーチームの指導・サポートに携わる。折りしも、Jリーグが産声を上げた時。当時の明治はプロチームを積極的にサポートしており、栄養の知識・現場経験を持つ管理栄養士は重宝された。鈴木さんは、プロサッカーの誕生と歩を合わせて指導・サポートを通じた栄養の重要性をプロに浸透させ、スポーツ栄養学の価値を高めていったのだった。

<後編へ続く>


鈴木いづみ / Izumi Suzuki

博士(スポーツ健康科学)、日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士、順天堂大学スポーツ健康科学部 協力研究員、とちぎスポーツ医科学センター 協力栄養士

1990年 女子栄養大学栄養学部栄養学科 卒業。1990~1998年 明治製菓(株)ザバススポーツ&ニュートリション・ラボ。2004~2013年 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科 准教授。2015年 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士前期課程修了。

アトランタ大会(1996年)女子バスケットボール日本代表、ロンドン大会(2012年)競泳日本代表・萩野公介選手など、五輪選手への指導・サポート歴多数。ジェフユナイテッド市原・千葉の全年代の栄養教育に携わった。現在は、Jリーグ 北海道コンサドーレ札幌、および個人のプロサッカー選手との契約のほか、、地域のタレント発掘育成事業など育成年代の教育に力を注いでいる。

<特集:スポーツ貧血 ~応用編③~>貧血の解決はパフォーマンスアップにつながる【スポーツ栄養の果たす役割 #15】

今回は<特集:スポーツ貧血>と銘打って、選手のパフォーマンスを妨げるスポーツ障害について、基礎編は神戸女子大学・坂元美子先生、応用編は松本先生と、2人のスポーツ栄養学の専門家が解説する。今回でスポーツ貧血の特集は最終回となります。

「スポーツ貧血」について、「聞いたことがない」「復習したい」という人は基礎編

予防のキーワードは「貯蔵鉄」

貧血に対する対策としては、赤血球をつくるための材料を日頃からたくさんとっておくことが重要です。そのためには、「鉄欠乏性」という用語からもわかるように、身体活動の増加に伴い、増加する鉄(赤血球の構成成分)の需要に対応するため、日常的に食事から摂取する鉄を増量しなければなりません。

同時に、体内で鉄を速やかに輸送するたんぱく質や、肝臓や脾臓などに貯蔵されている鉄(貯蔵鉄)と結合するたんぱく質を確保するためにも、たんぱく質の栄養状態も良好に保つことが鉄欠乏性貧血の予防には重要。つまり、鉄とたんぱく質とはセットで考えることがポイントになってくるというわけです。

体内の鉄分布と鉄欠乏状態の変動(クリックで画像拡大)

体内の鉄分布は、「貯蔵鉄」、「組織鉄(筋肉)」、「血清鉄」、そして「機能鉄(赤血球)」によってそれぞれ構成されています(図)。図の左端が、体内に必要な鉄が十分にある正常な状態です。ところが、練習やトレーニングによって生じる溶血や食事からの鉄の摂取量が少ないと、まず貯蔵鉄が欠乏してきます。ただ、この時点ではそれほど自覚症状はなく、そのままにしていることがほとんどです。

しかし、食事を改善しないまま練習のみに邁進していると、機能鉄が減り始め、貯蔵鉄は底を尽き始めます。いわゆる、その状態が潜在性鉄欠乏であり、もはや立派な貧血予備軍といえるでしょう。実際に、血液検査をしてみれば、ヘモグロビン値も顕著に下がっているはずです。この時点までくると、「眠い」「だるい」、あるいは練習についていけなくなる、練習後、頭が痛くなるといった自覚症状が出始めてきます。

正常な状態から貯蔵鉄欠乏を経て、潜在性鉄欠乏、鉄欠乏性貧血の状態に至るまでには、数カ月の期間を要してジワジワと具合が悪くなってきています。この間に、本人も具合の悪さに“慣れ”が出てしまい、「何かおかしい」とは思っていても放置したままにした結果、鉄欠乏性貧血を発症していたというケースも少なくありません。ここまで状態が悪化してしまうと、病院での治療が必要になってきます。

スポーツ貧血予防のために一日の鉄摂取量はどのくらい?

一般人の鉄摂取量の目安は、推定平均必要量が女性で一日9㎎、男性で6.5㎎、推奨量が女性で一日10.5㎎、男性で7.5㎎といわれています。一方、スポーツ選手の場合は、スポーツ活動に伴って貧血が発現しやすいため、10~15㎎が必要とされています。

ところが、近年の研究・協議によって、スポーツ選手はさらにその倍、すなわち対応上限量である20~30㎎が必要といわれています。スポーツ選手の場合、もともと貧血になりやすいうえに、強度の高いトレーニングを実施することによって筋肉痛をひき起こしやすいからです。

実は、筋肉痛とは身体の中で炎症をひき起こしているということであり、そういった状態では鉄の吸収が悪くなるから。加えて、発汗にともなう鉄の損失もある。したがって、従来からいわれてきた数値だけでは足りないのではないか、ということなのです。

一方で、鉄には毒性があり、とりすぎると今度は肝毒性をひき起こしてしまうという弊害もあります。結局のところ、鉄の摂取は少なすぎても多すぎても身体にはよくないわけで、非常にさじ加減が難しいというわけです。

では、20~30㎎というスポーツ選手にとって必要十分量の鉄を摂るためには何を食べればいいのでしょうか。いうまでもなく、鉄を多く含む食品を日々たくさん食べるよう心がけることが大切です。野菜類では小松菜、ほうれん草、魚類ではいわし、カツオ、マグロ赤身、貝類ではアサリの佃煮、そしてなんといっても、皆さんご存じの通り、レバー類(豚・鶏)が最強。また、素干しの桜エビには鉄とともにカルシウムが含まれ、栄養価がとても高く豊富なので、自宅に常備しておいてご飯にかけて食べることなどもお勧めしています。

ただ、どれだけ頑張って食べても、食事からだけではスポーツ選手の必要十分量には至りません。そこで鉄補強食品——例えば、鉄分ヨーグルト、鉄ビスケット、あるいはドライフルーツなどにも鉄分が多く含まれているので、プルーンとかレーズンなどをおやつ替わりに食べるのもよいでしょう。一方、サプリメントや錠剤の場合には、今度は逆に過剰摂取による弊害も考えられるので、取り入れる際には十分に注意が必要です。

貧血を抱えている選手は、身体がだるくて朝もなかなか起きれないもの。すると、指導者の方は往々にして「お前はやる気があるのか!」となってしまいがちです。だからこそ、そういう選手に対しては「やる気がみられない」「勝負に対する意識が低い」など精神面の弱さを指摘する前に、まずはヘモグロビン値を測ってあげてほしい。すると、実は鉄欠乏性貧血の疑いがあったりするものなのです。そして、そういう選手に対しては栄養状態の改善を図ってあげれば必ずや元気になります。

ヘモグロビン値が基準値以下にもかかわらず、練習に参加している選手を見ていると、むしろ精神的に強いのではないかと思ってしまうほどです。その上、さらに夏場には走り込みをしている姿などを目の当たりにすると、マスクを何重にもして走っているようなもので、「本当によく頑張っているね」「辛かったでしょう」と思わず声をかけてあげたくなってきます。そして「貧血を治せば、もっと楽に練習ができるのよ」と。

<参考文献>

田口素子, 樋口 満 編著 : 体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学, 市村出版 (2014)


松本恵/まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

<特集:スポーツ貧血 ~応用編②~>赤血球の役割とメカニズムを理解しよう【スポーツ栄養の果たす役割 #14】

今回は<特集:スポーツ貧血>と銘打って、選手のパフォーマンスを妨げるスポーツ障害について、基礎編は神戸女子大学・坂元美子先生、応用編は松本先生と、2人のスポーツ栄養学の専門家が解説する。

「スポーツ貧血」について、「聞いたことがない」「復習したい」という人は基礎編

赤血球は酸素運搬能力と関連

赤血球の寿命は通常120日程度で、2~3週間から1カ月の半減期に生成と破壊(老廃物として体外に排出)が繰り返されています。ところが、ジャンプなどの物理的衝撃によって赤血球の圧迫破壊が繰り返されると、必然的に生成と破壊のターンオーバーが早まり、それに伴って成長した赤血球よりも未成熟の小さな赤血球の数ばかりが増えてくるということになってきます。

このメカニズムを赤血球を「車」、ヘモグロビンを「イス」、そして酸素を「人」に例えて解説してみましょう。

赤血球は酸素を筋肉や各組織の細部、さらには脳により多く、また速く運搬するための車。したがって、車(赤血球)とイス(ヘモグロビン)がたくさんあると、たくさんの人(酸素)を運べます。ところが、車の数が減る、あるいは車の数は同じでもイスの数が減ってしまうと、たくさんの人を運ぶことができません。つまり、車の積載量が小さくなってしまうと、酸素運搬能力も、それに伴って低下してくるというわけです。

ただ、積載量が減っても(小さい赤血球であっても)台数がたくさんあれば、一つ一つの積載量は少なくてもなんとかなるもの。ところが、急いでつくらなければならない緊急事態においては、そのための材料も通常の倍以上求められるということでもあります。つまり、小さな赤血球であってもその材料が潤沢にあれば問題はないけれども、ない場合には生成が追い付かずに赤血球は減少し、結果として鉄欠乏性貧血に陥っていくというわけなのです。

赤血球数の減少と運動パフォーマンス

では、赤血球の絶対数が少なくなり酸素がスムーズに運べなくなってしまうとどうなるのでしょうか。筋肉や脳にそれが十分に運べないということは、いわゆる酸欠状態。すると、筋肉に対しては筋持久力の低下や疲労の回復がネガティブに作用し、傷害のリスクが高まるようになり、一方、脳に対しては思考力・判断力の低下、ひどい場合には慢性的な頭痛からトレーニングや競技に対する意欲の低下の原因にもなったりします。

ちなみに、貧血というと、‟朝礼で倒れる女子”というイメージが定着していますが、基本的には、「動機・息切れ」「めまい」「たちくらみ」「だるい」「眠い」「疲れた」となるのがスポーツ貧血の症状です。貧血の子がたまたま長時間立たされていると、もともとの赤血球が足りていないので脳に酸素が回らなくなってフラフラッと倒れてしまうことがありますが、倒れること自体は低血糖でも脱水でも起こり得るので、貧血がすべての要因ではないことも一つの知識としてインプットしておくとよいでしょう。

また、酸素こそが原動力そのものである持久系競技では、赤血球の減少はまさに危機的状況といっても過言ではなく、競技力の低下が顕著となります。なぜなら、赤血球によって酸素がスムーズに運べない状態で無理をすると、心臓が頑張って心拍数を上げるようになるからです。拍数を増やしてあげれば、それだけ酸素を運べるようになります。でも、それはパフォーマンスの発揮においては持久能力の著しい低下を意味します。だからこそ持久系競技では、前回述べたように過剰なまでの貧血対策に腐心するのです。もちろん、それ以外の競技であっても、貧血は絶対に起こさないほうがいいことはいうまでもありません。

長期的な貧血症状では胃腸の不良を来すことが知られ、食欲不振や嚥下困難などにより、大きく体調を崩す原因になります。また、慢性的な貧血は女性において、月経不順や無月経症候群の原因となることも報告されています。すなわち、スポーツ選手にとって貧血は、競技におけるパフォーマンスの低下の原因となるだけでなく、将来にわたって健康を害す原因となる危険性があることをしっかりと認識しておくことが大切です。

<次回に続く>


松本恵/まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。