スポーツ先進国で知識・経験培ったスポーツダイエティシャン、エビデンス重視の日本を目指して【ニュートリションな人々 #07 讃井友香さん】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。7回目の主人公は、エビデンス重視の米国で十分な知識や経験を培ったスポーツダイエティシャン・讃井友香さん。スポーツニュートリション先進国でしっかりと教育を受け、厳しい資格試験をパス。現在、プロのスポーツダイエティシャンとして活躍中だ。長い米国生活を経て2019年に帰国してからは、スポーツ選手への栄養サポートはもちろん、日本に足りない「エビデンス」の概念を根づかせるべくさまざまな活動を行っている。


国家資格を取得するまでの長くて険しい道のり

すぽとり編集部(以下、すぽとり) 讃井さんは米国暮らしが長くて2019年に帰国したそうですね。久々の日本はいかがですか。

讃井友香さん(以下、讃井) 米国暮らしが長くてほとんど日本らしさを感じずに過ごしてきました。これから取り戻していこうと思います(笑)。若いうちに帰国して日本のいい所を感じつつ、米国で培った知識を生かして日本のスポーツニュートリション分野の発展に少しでも貢献していきたいです!

すぽとり 米国にはどのくらいいたんですか?

讃井 自動車メーカーに勤めていた父の仕事の関係で海外赴任が多く、私は米国で生まれました。ただ、1歳の時に帰国したので米国のことはほとんど覚えていませんでした。小学3年生の時に再び渡米することになって、それからずっとオハイオ州が生活の拠点になっていました。

すぽとり 米国でかなり厳しい国家試験をクリアして資格を取得されていますが、RD(Registered Dietitian:管理栄養士)を目指したきっかけを教えてください。

讃井 高校生のころ、一家でカナダへ引っ越さなければならなくなったんですが、米国とカナダでは学習プログラムが異なっていて複雑なので、私だけ米国に残って高校の寮で生活していました。まぁ、一人暮らしをするとだいたい好きな物ばかり食べるようになりますよね。米国はフライドチキンとか揚げ物王国ですから、ヘルシーな物がない(笑)。

最初のうちは楽しんでいたんですけど、だんだん飽きてきて。良くない物を食べているわけですから、当然体調にも変化が表れました。高校ではバレーボール部に所属していたんですが、プレーにも影響するようにもなりました。その時ですかね、健康や運動パフォーマンスと食事が密接にかかわっていると実感したのは。

食べることが好きでしたし、もともと栄養関係の仕事をしようとは思っていて、スポーツ分野志望ではあったものの、自分がどの分野に適性があるのかを見極める必要があったので、勉強をして知識や経験を蓄えてから進む分野を決めようと考えていました。

すぽとり 高校卒業後にオハイオ州立大学へ進学して、RDの国家資格取得のためにスタートするわけですが、日本とはだいぶカリキュラムが違うようですね。

讃井 簡単にいえば、大学1、2年生時は基礎、大学3年生時は臨床中心のエビデンスに基づいた栄養の基礎を学ぶ期間になっています。ここまでは日本と近いものがあるかもしれませんが、大学4年生になると一気に実践的になって、1年間で1200時間の管理栄養研修が義務づけられます。

研修先は病院(9週間)、老人ホーム(3週間)、フードサービス(6時間)、外来患者クリニック(6週間)、ウェルネス関連(6週間)、フリーランス栄養士(6週間)で、いろいろな栄養現場へ赴きました。月~木曜日はフルタイムの研修、金曜日は授業、空いている時間にバイトとかなり忙しい毎日でしたが、本当に勉強になりました。

さまざまな現場で経験を積むことで、どのようなことを求められる仕事なのかが理解でき、自分に向いている分野はどこなのかが見極められるようになるのです。私の場合、ウェルネス関連の研修を受けていた時に「やっぱり、スポーツがやりたいな」と感じ、進むべき道が定まりました。

自分の将来を左右する研修先ですが、実は自由に選択できるわけではありません。自分が希望する分野、現場に“採用”してもらえるように自分をPRしなければならないのでプレゼンテーション能力も問われます。そして、研修先がこちらの熱意や姿勢、スキルを評価して初めて受け入れてもらえるのです。

しかも、研修先を選択・決定する期間というのは1年に1回しかなく、入学時から高い意識をもって準備をしておく必要があります。私の場合は、大学側がいろいろな分野の栄養士の働いているところにコーディネートしてくれましたが、そうでない環境だとかなり大変かもしれませんね。

すぽとり 1200時間のさまざまな現場での研修、研修先への自己PRと売り込み、疑似就職活動といえばいいでしょうか。かなり自分が鍛えられるシステムですね。でも、これはRDの資格を取得するための前段階の話ですよね。

讃井 そうです。RDの受験資格は2024年から「大学で修士号取得」が必須条件になるので、大学へ行ってきちんと勉強して経験を身につけないと、そもそも資格取得のスタートラインにすら立てません。国家試験に合格して初めてRDを名乗ることが許されますが、一生モノの資格ではなく、5年ごとに更新期があります。その間も大学院で勉強したり、新たな資格を取ったりするなどして、継続的に学習して知識を蓄積していかなければ現場で活躍することはできないのです。

RDができることは、「スポーツやメディカルなどの現場で専門的な栄養指導や教育を施すこと」になります。米国では、栄養に関するアセスメント、診断、栄養介入などはRDの資格を持つ人しかできません。RDの資格がなくても、フィットネス愛好家や一般人へのビジネスとして参画することはできますが、プロや大学などが専門家を雇用する場合、資格がなければ雇わないという土壌ができあがっています。膨大な時間をかけて、苦労して資格を取得しているわけですから、私たち有資格者の職域はしっかり守ってくれているといえます。また、州ごとに資格を守る法律も定められています。

すぽとり なるほど、日本とはだいぶ違う印象です。スポーツでいえば、日本では資格が乱立していて、極端な話、素人でも指導ができてしまう環境です。例えば、とても発信力のある人が話した内容がいかにも正しいように伝わって、本当は間違っている情報なのにどんどん拡散されていく。こうなると、せっかく苦労して国家資格を取り、知識や現場経験をしっかり積んだ人が活躍できる機会が減り、正しい情報が伝わらなくなります。そもそも、スポーツ分野で活躍できる機会がそれほど多くないという大きな問題は置いておきますが。

讃井 米国ではありえない話ですね。RDが活躍できる分野、現場はたくさんあって、スポーツ分野も同様です。プロフェッショナルが多くいればいるほどサポートが充実し、選手のパフォーマンスが上がっていくので、どんどん強くなっていきます。競技を取り巻く環境、有資格者の保守についてはしっかりと整備されているといえるでしょう。

すぽとり スポーツ大国たるゆえんはこういったところにも表れるわけですね。

 

トップスポーツ現場で指導・サポート経験を積む

すぽとり 研修先でいろいろな現場を経験してRDを取得しましたが、スポーツニュートリションのスペシャリストになるためにどんなことをしたのでしょうか。

讃井 「ベストな自分を目指すためのニュートリション」というのがスポーツ分野で問われることですが、私の性格に合っていると思いました(笑)。ただ、私が大学で専攻していたのは臨床栄養学といって病気の人が少しでも良くなるための栄養学です。臨床栄養にも興味はありましたが、スポーツ分野へ進みたい思いと学んできたことが少し交わらない感じでした。だから、スポーツ分野で必要な栄養学、運動生理学、サプリメンテ―ションなどを一から学び直そうと思って、コロラド州立大学(UCCS)大学院(健康科学部スポーツ栄養学科)に進むことにしました。

すぽとり コロラド州といえば、高地トレーニングのメッカですよね。世界中のスポーツ選手が合宿で利用する場所としても有名です。

讃井 まさにそうですね。UCCSのあるコロラドスプリングスにはオリンピック・パラリンピックトレーニングセンター(OPTC)があって、ボクシング、レスリング、空手、柔道などのコンバットスポーツ、ダイビング、サーフィンなど、さまざまなタイプの競技・選手が合宿に来ます。UCCSはOPTCとも接点があるので、うまいこと現場で勉強する機会がないかなと。実際、狙い通りになったわけですが。

すぽとり すぐにトップレベルで勉強できる機会が得られるのは恵まれていますし、学ぶことができれば貴重な体験になりますよね。

讃井 大学院2年生の時にOPTC専属のスポーツダイエティシャンの下についていろいろな経験をさせていただきました。運動生理学者、トレーナー、科学者などで構成されるスポーツサイエンスチームの手伝いをしながら、彼らが議論する会合にも参加させてもらって、トップレベルの世界を垣間見た気がします。

OPTCは選手の強化はもちろんですが、選手を被験者にしたデータ取得が頻繁に行われていて、研究の要素もある施設といえます。例えば、東京五輪の暑さ対策。五輪出場予定の選手を対象に東京の暑さと同じ環境を作れる疑似空間を作ってトレーニングさせ、選手が流した汗を分析して電解質やナトリウムがどれだけ消失したのかなど、ありとあらゆるスポーツサイエンスの研究が行われていました。

すぽとり スポーツ研究の最前線という感じですね。

讃井 まさにそうです。それで、私がOPTCで主に行っていたことは、選手への栄養カウンセリングや講習などのアウトプットですね。一方、RD同士で文献をシェアしてディスカッションしたり、考察して見解を掘り下げたりして、最新の情報・見解をインプットすることも盛んに行っていました。

米国は何よりエビデンスが重視されますので、当然、自分が持っている情報をアップデートし続けなければ、話についていけません。数人のRDで一つテーマを決めて、「これはネガティブな情報だから、現場では使えないね」とか、「この情報を現場で使うにはもう少し議論の必要がある」とか、エビデンスベースの話を頻繁にしました。

こうしたディスカッションを通して得られた情報は、選手にできる限りかみ砕いて説明し、食への理解を深めてもらうようにしていました。ただ、選手への伝達の仕方はかなり気を使うところで、簡単に伝えた方がいいのか、エビデンスを絡めて伝えた方がいいのか。いかに誤解されないように正しく伝えるかが大事と、コミュニケーションに関することは指導されましたし、強く意識しなければならないんだと思いました。

選手たちにはとにかくトレーニングに集中してもらって、選手のパフォーマンス向上、コンディショニングにかかわる必要な栄養情報を取得して提供するのが、私たちRDの仕事です。だから、エビデンスに基づいた情報や知識は最新で最低限のことは頭の中に入れておく必要があるのです。

すぽとり なるほど、日本でも米国のようにエビデンス重視の考えが浸透するといいと思います。ところでUCCSではスポーツ分野での“修行”以外に、ユニークな活動をされていたそうですね。

讃井 地元食材を活用して食への理解を深めてもらう「フード・ネクスト・ドア(FND)」という活動です。私の大学院生活はOPTCでの修行、UCCSウェルネスセンターで栄養士としての講習、そして、FNDの活動と大きく3つありました。この活動も非常にいい勉強になりました。

米国は「大きな農場で大量生産を」といった考えで、日本のように一つの食材を丹念に育てるような文化がありません。コロラド州は比較的農業が盛んな地域で、いろいろな物が豊富に生産され、米国内では珍しく食材を大切に扱います。コロラド州の地域特性を理解しているUCCSは、学生にも地産地消の大切さを教育する意欲が高く、学内でも積極的に推進しています。

FNDは、農協や大学が運営している農場から食材を取り寄せて大学院生たちが栄養バランスや目的に応じた献立を考えて調理し、大学の施設で提供するものです。米国人は野菜を食べない、栄養バランスが悪いなど、ご存じの通り食に関する問題がいろいろあるんですが、FNDでは食への理解を深めるために「どうやったら食べてもらえるのか」「どうしたら健康的な食生活を送ってもらえるのか」。そういった観点から常にメニューを考えなければならないFNDの活動で、食のプロモーション能力を培うことができました。

米国の生活では、日本人の私がやりたいことを後押ししてくれて、知っておきたいことを学ばせてくれる環境や人に恵まれました。本当にそれがありがたかったですね。

 

エビデンス重視の日本、スポーツダイエティシャンが活躍できる日本を目指して

すぽとり 充実の米国生活を終えて日本へ帰国。現在は「Athlete Food Connection(アスリートフードコネクション)」を設立し、フリーランスのスポーツダイエティシャンとして活動していらっしゃいます。スポーツ関連企業との提携、東京五輪ラグビー米国代表選手への栄養サポート、エビデンス情報の蓄積など幅広いですね。

讃井 日本に帰ってきたのは、「一度日本で暮らしてみたい」といった私の興味からで(笑)。ただ、自分が培った知識や経験を生かして日本のスポーツニュートリションのレベルアップに一役買いたいという思いは持っています。

すぽとり 先ほども触れましたが、日本では資格を持っていてもスポーツ現場で活躍する機会があまりない環境ではあります。

讃井 帰国後にいろいろと調べてみたんですが、RDの資格を生かしてスポーツ現場で仕事をしようとしても、求人というか、機会がほとんどないという状況でした。「あれ、私が日本でやれることがない…」みたいな。

すぽとり その背景として、スポーツニュートリションが現場で重要視されていないため、専門家が介入しにくいという現状が挙げられます。また、現場にかかわるには独特の徒弟制度というか、縦の関係も大きいと思います。エビデンスを構築するということもなかなか難しい環境なので、少し面食らうことがあるかもしれませんね。

讃井 帰国してからある会合に参加したんですが、実践研究やエビデンスの話は確かに不足しているなと感じましたし、私と同じように海外で資格を取得した人も同様の感想を持っていました。

すぽとり この海外との格差というか、もっと発展させるために何が必要なんでしょうか

讃井 おそらく「英語が読めない」「英語が話せない」ということが影響しているのかなと思います。英語に対して距離感があると、海外の最新情報を自分で取りに行くこともしないのではないでしょうか。英語を身近に感じれば、興味が沸いてくると思いますし、日本にはない情報を取得できる点で知識の蓄積には一役買うと思います。

それで、英語に強い専門家が一人でも多く増えてほしいと思い、私の会社で英会話レッスンのサービスを始めました。初級~中級を私、中級~上級を外国人と2人のスポーツダイエティシャンが担当し、基礎英語はもちろん、専門用語や現場での経験談を踏まえてレッスンを進めます。スポーツ分野に進みたい学生さん、海外志向の有資格者の方などを対象にしています。

もう一つ、スポーツニュートリションに関するエビデンスを重視し、志を同じくする専門家の方たちと「スポーツ栄養の図書館 LOUNGE」を運営しています。エビデンスが絶対的に足りない日本にもっと必要な情報を残していこうという試みです。それこそ、OPTCで行っていたような議論や考察を行っています。あまり多く話すと宣伝になるので(笑)、詳細はアスリートフードコネクションのHPでご確認していただければと思います。もちろん、スポーツ選手などへの栄養サポートも行っています。

すぽとり とても素晴らしい取り組みだと思います。若手の専門家の方々が新しい視点でどんどん日本のスポーツニュートリションの在り方を変えていってほしいですね。今後の目標ややっていきたいことはありますか。

讃井 スポーツダイエティシャンが活躍できる場所をもっと増やしていきたいですね。先ほどご指摘されたように、今日本では「スポーツ栄養士」の人数がとても多い一方で働く場所がないという問題があります。いろいろな競技やチームがあるのに、それで本当にいいのかなと思っています。これを変えるには、私たちができることをいろいろな形で知ってもらい、必要な存在であることを地道に証明していくだけです。

そのためには、繰り返しになりますが、最新の情報を蓄積しておくこと、エビデンスに基づいたスポーツ栄養学の教育、栄養サポートを進めていくことだと思います。問題点や志を共有する仲間たちとともに世界を変えていくくらいの気持ちで取り組んでいきたいですね。

すぽとり 東京五輪もいよいよ始まります。ラグビー米国代表のサポートを担当されていますが、コロナ禍でのサポートも難しかったでしょう。

讃井 この1年間は、決まっていた現場サポートの仕事がなくなってしまいました。ただその代わりに、私しかできないことを見つめ直し、アスリートフードコネクションを設立して新しいことを始められたので、結果的に前進したと捉えています。

代表選手たちとはリモートでのサポートがほとんどでやりにくい部分もありましたが、無事にここまできました。あとは選手たちがパフォーマンスを発揮して、無事に帰国してくれることを願っています。

すぽとり ぜひ、五輪中の讃井さんの活動も「すぽとり」でレポートさせていただければと思います。ありがとうございました!

【あとがき】エビデンスが足りない日本に、スポーツニュートリション研究が進んだ海外で知識や経験を蓄えた専門家、研究者が増えてきている。スポーツニュートリション新世代というべきか。東京五輪のホスト国に決定してからはや10年近くが経ち、業界の注目度と懐は温まったものの、増加する志望者と職域の少なさのギャップ、研究データの圧倒的な少なさなど、根本的な問題は依然として残っている。これから前に進むためにも、新しい考えを持った人たちが業界を変え、どんどん改革を進めていってもらいたい。

※秋以降、讃井友香さんの連載がスタートする予定です。難しい話題から軽い話題まで、スポーツニュートリションの奥深さをお伝えできるように企画を展開していきます。お楽しみに!

料理家でトライアスリート!? 食×スポーツ・運動で生き生きとする人を増やしたい!【ニュートリションな人々 #06 高橋善郎さん】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。6人目は、料理家でありながら、世界クラスのトライアスリートでもある高橋善郎さんが主人公。トライアスリート、料理家の視点から「食×スポーツで元気に!」を合言葉に、スポーツ、料理両分野での活躍が目覚ましい。

料理人でも研究家でもなく「料理家」

高橋さんが料理に興味を持ったきっかけは、父親が和食料理店を経営していたことだった。「小さいころから料理をしている父を見て育ちましたから、ほかの家庭より料理が身近でした。父の頼もしい調理姿にあこがれた半面、毎日帰宅が遅くて料理人は大変だなという思いもありましたね」と、当時を思い出す。

学生時代は、飲食店でアルバイトをするなどした程度で料理とは程遠い生活で、就職してキャリアを積んでいく将来を思い描き、まして家業を継ぐことも全く考えていなかったという。その考えが改まり、料理家になる決意をしたのは東日本大震災。食品メーカーへの就職が決まり、入社を控えていた時期に未曽有の大災害が日本を襲った。困っている人のために何かをしたくて、高橋さんはボランティア活動に積極的に参加した。ボランティアには高橋さんと同年代も多く参加し、将来への希望や不安を一緒に語り合ううちに、「自分の本当にやりたいことは何だ?」と考えるようになった。

「育ってきた環境などを振り返って、父親が人生をかけて作り出した味を後世へ残す使命みたいなものが芽生え、結局それが自分らしく生きることになるのかなと。この思いを実現できるのが料理家だと直感して退社後、必要な資格・知識を得るために勉強を始めました」

父の経営する料理店の手伝い、テレビ出演などのメディア露出、レシピ監修と、腕を磨き、経験を積んだ高橋さんは現在、父から受け継いだ味を守るべく、経堂(東京都世田谷区)で和食料理店「凧 HANARE (はた はなれ)」を切り盛りしている。

高橋さんはあくまで、「自分は料理家」という。料理研究家や料理人は技を追求したり、道を極めたりするイメージが先行する。そうではなく、料理の楽しさ、すばらしさをもっと身近に、もっと気軽に伝えていきたいと思っている。

 

世界を知るトライアスリート、実はバスケ少年

高橋さんは幼いころから活発で、運動神経も悪くなかったことから、小学校になるとサッカー、野球、バドミントン、バレーボールとさまざまなスポーツを経験。「バッシュをあげるから」と誘われたバスケットボールが最も性に合っていたらしく、みるみる夢中になった。中・高と部長を務め、選抜チーム(川崎市)にも選出された。

大学に入ってからはサークルに所属し、体育会系並みの練習頻度でバスケの腕を磨いた。アルバイトにも力を注ぎ、学業、バイト、バスケと大学生活を楽しんだ。「このころ、男子学生には珍しく、週2~3回は弁当を持参して友人と食べていましたね。若かったですし、知識もないですから、栄養よりも量といった感じのタッパー弁当がほとんどでしたけど(笑)」。社会人になってからは定期的に楽しんだり、中学生に教えたりと、バスケとは切っても切れない生活が続いていた。そんな高橋さんが、なぜトライアスロンをすることになるのか。始まりは、「先輩の一言」だった。

「今でも覚えているんですけど、先輩に『一緒に大会へ出よう』って言われてその気になって練習を始めたんですが、言い出しっぺの先輩は結局大会に出ず。わけもわからないまま、試合に出て惨敗しました。あれはいったい何だったのか(笑)」

トライアスリートとしてのスタートはほろ苦いものになったが、スイム、バイク、ランと3種目を行う競技自体には魅力を感じていた。その後、ビジネスマンが本気でスポーツに取り組むアスリートチーム「ダブルサバイバー」に加入。魅力的なパーソナルトレーナーとの出会いもあって、トライアスロンに本気で取り組むようになり、スタンダードディスタンス1)、アイアンマン2)に参加するようになった。

2017年からは強豪エイジとして積極的に大会へ出場し、18年にはITU(世界トライアスロン連合)世界トライアスロンシリーズグランドファイナルのエイジグループ3)日本代表として初めて出場権を獲得。19、20年(未開催)も出場権を得て、競技開始から約4年で世界レベルのトライアスリートに成長した。

1) 合計:51.5km(スイム1.5km・バイク40km・ラン10km)

2) 合計:約226km(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km)

3) アマチュア・一般の意味。エイジグループの出場選手は、24歳以下、25~29歳、35~39歳など5歳ごとにグループ分けされ、同年代で順位を競うことになる。ちなみに、プロやオリンピックを目指す選手は「エリートクラス」と呼ばれる。

 

「食×スポーツ」で幸せになる人を増やしていきたい!

トライアスロンはニュートリションコントロールがカギともいえる競技。レース前後、当日の食事・栄養摂取には特に気を使う。高橋さんは、自分の体調と相談しながら食事・栄養摂取を考え、自ら調理することができる。料理家とトライアスリートの視点をもつ強みといっていい。

「トレーニングに気を取られて食を意識しなければパフォーマンスは落ちるし、食への意識が高くてもトレーニングしなければ、競技に耐えうる体は作れない。ですから、『食べてやせる』というのはあり得ないと思っています。基本は『食べて、動いて』ですね。どちらかに偏るのも良くない。つまりはバランスです」

高橋さんはトライアスリート仕様の体を保つために、たんぱく質の使い分けをする。体にキレがないと感じた時は魚系、筋肉をしっかりつけたい時などは肉系と、いろいろな食品からたんぱく質を摂取することで、栄養の偏りを防いでいる。ただ、栄養量や成分に気を取られ過ぎるのは良くないとも語る。

「基本的には好きな物を食べています。体が欲する物というべきか。栄養学の数字的なものも大事なんですが、選手としての感覚的な部分も大事。料理家とトライアスリート、両方の目線から感覚的な部分を伝えられるのではないかと思っています」。高橋さんが持つ独特の目線は、スポーツ現場でも評価されている。来たる東京パラリンピックのパラ卓球日本代表公認アスリートフードコーチに就任し、食の面から選手を応援している。

競技スポーツ、健康づくりのための運動、余暇としてのアクティビティ。スポーツの考え方が多様化する中、食も一緒に楽しむことで健康寿命が延びたり、リラックスできたり、パフォーマンスが上がったり、それぞれの目的が達成できるのではないかと、高橋さんは考えている。「食とスポーツ・運動が身近になって、生き生きする人が増えればいいと思いますね。そんな世の中になるために、僕自身もできることはやっていきたい」。

また、日本料理、和食を特に強みとしているため、外国人に認知されている「和食=ヘルシー」を絡めて、食(和食・日本料理)×スポーツをいずれは広めていけるようにしていきたい考えをもっている。

2020年はコロナ禍によって、高橋さんの店舗は少なからず打撃を受けた。トライアスリートとしての活躍も限定的になり、食×スポーツ・運動を結びつける活動ができなかったが、日本中が復活を目指している今こそ、高橋さんの持っている視点、考え方は大切になってくる。

※3月3日から月1回、トライアスリート、料理家の2つの視点を持つ高橋さんの連載コラムがスタートします!

 


高橋善郎 / Yoshihiro Takahashi

1988年神奈川県生まれ

得意料理:和食料理 / 魚料理全般 / 和菓子 / アスリート系ごはん

ジャンル:和食 / 魚料理全般 / おつまみ / 健康・スポーツ / おもてなし / 酒類(日本酒、ビール 、ワイン)

モットー:「もっと料理を楽しく、身近に」

趣味:書道 / スポーツ(トライアスロン・バスケットボール)

【公式HP】   【ブログ】 【YouTube  【Facebook】 

【Twitter】 @yoshiro_food

【Instagram】 yoshiro_takahashi 


和食料理店「凧 HANARE」

住所:東京都世田谷区経堂1-19-7 セントラル経堂 B1F

TEL:03-6413-0790

Z世代からプロまで、サッカーニュートリションならお任せあれ!【ニュートリションな人々 #05 ~鈴木いづみさん 後編~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。久々となる第5回目の主人公は、博士(スポーツ健康科学)で日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士の鈴木いづみさんです(全2回)。

サッカーは血で戦う競技、体脂肪と鉄がカギになる

明治在籍時代に培った経験からサッカー栄養のベースを作った鈴木さんは、2000年からJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉の選手寮の栄養アドバイザーとなる。2010年よりクラブと正式契約を交わし、計18年にわたって、トップから育成年代まで多くの選手へ指導・サポートし、コンディショニング面からチームを支えた。

「長くサッカーに携わってきた中でわかったことは『サッカーは血で戦う』です。体重と体脂肪率の管理に加え、血の中身をいかに管理するかが最も重要。つまり、持久力をサポートするヘモグロビンの量とフェリチン(貯蔵鉄)を長いシーズンにわたっていかに高値で維持するか。これがすべてといっていいと思います。体内で鉄が不足すると走れなくなりますからね。走ることが生業のサッカー選手が意識すべき点だと思います」

鈴木さんは現在、チーム契約のほかに、個人のプロサッカー選手と契約し、試合日程に合わせて1週間単位の栄養マネジメントを行っている。試合が日曜日の場合、前日(土曜日)、当日は高糖質食、試合後24時間(日、月曜日)は運動による筋損傷をケアするために、フェノール化合物(アントシアニンなど)、ω-3多価不飽和脂肪酸(α-リノレン酸、EPAなど)、ビタミンDなど抗炎症が期待されるエレメンツを含む食品の摂取を促す。その翌日(火曜日)はオフのためリフレッシュデーとして好きな物を食べてよい。ただし、翌日(水曜日)からチーム練習なので試合でロスした体重を元に戻す作業も同時に行う。体重が戻っている状態で、試合に向けて鉄を貯蔵するための食生活を試合前日まで続ける。週2で試合がある場合はさらにタイトなマネジメントになるものの、基本的には年間を通じてこの工程を踏み、厳しくチェックしている。

選手個人へのマネジメントは、労力がかかるうえに管理能力も問われる。そして、何より求められるのは「成果」だ。例えば、鈴木さんのサポートを受けた選手が「1年間ケガをしなかった」「出場時間がチームトップ」「スプリントパフォーマンスが前年より向上した」など、具体的な成果が出なければ次の仕事につながらず、ビジネスにもならないシビアな世界。鈴木さんは、あくまで成果を強調する。

「指導・サポートしたからには、絶対に結果を残さなければならない。これがフリーランサーとしての私の信条です。2020年はコロナ禍ということもあり、とても難しい仕事を余儀なくされました。強行日程による選手への負担は大きく、気を抜くとあっという間に体重が落ちる。外部との接触が制限されたことで採血もままならず、血液指標の動態がわからない。そういった中でとにかく体重管理には例年以上に細心の注意を払いました。それでも、シーズンを通じてベスト体重を一定に保てたことや、ケガをしなかったこと、安定的にハイパフォーマンスを発揮してシーズンを無事に乗り切ったことで、結果は出せたかなと思っています」

教育と研究、人とのつながりを大事に

鈴木さんが現在、ライフワークにしていることが2つある。「育成年代への教育」と「学び」だ。スポーツ栄養関係者に問われる、相反する課題に対して真剣に向き合っている。

育成年代への教育は、ジェフ千葉時代の同志でアカデミーコーチをしていた武田雄哉さんと連携し、選手・保護者への栄養教育を施す。武田さんはジェフ千葉を退団後、東京都世田谷区に本拠を置く「駒沢サッカークラブ」で副理事長に就き、未来のトップ選手への指導を行う。同クラブは、育成年代の男女サッカー、男女フットサルチームがあり、都内でも上位の成績を誇る古豪。鈴木さんをはじめとする各分野の専門家もチームにかかわっている。

「昨年4月から月1回、選手に向けてオンラインの栄養講習会を実施しました。サッカー選手に必要な栄養摂取、食品の選び方、さらには特殊な状況が続いている中で、免疫力を上げる食事や自粛期間中の食事に関することと、アドバイスは多岐にわたりました」

本来なら選手たちの顔を見ながら講義をして、理解の深化を促すが、オンラインが主になっている昨今、なかなか難しい。画面を見ただけでは選手が本当に理解してくれているのかもわかりづらい。選手の理解度を図るためにどうすればいいか。武田さんと鈴木さんは一計を案じ、「おにぎり選手権」を企画した。

「練習後に食べるおにぎり」をテーマに、選手たちが講習で学んだサッカー選手に必要な栄養を含む具材を使って、おにぎりを自作するというもの。そして、鈴木さんが専門家の立場から「おいしさ」「うんちく(食材の栄養情報)」「見ため」など、さまざまな角度から審査してランキングをつけた。詳細は後報するが、選手、保護者を巻き込んだおにぎり選手権は、選手たちの理解度を確認するのに大いに役立った。

「武田さんとは馬が合うというか(笑)。長い雑談の中でいろいろと話しているうちに、この企画が浮上しました。ほとんど武田さんのアイディアです(笑)。今後は他チームとの対抗戦とか、プロ選手との対決とか、幅を広げていければと思っています。選手が楽しく、競いながら参加できるスポーツ食育として普及させたいですね。オンライン時代でも工夫次第で、きちんと教育できることも示せたと思います」

育成年代への教育をする一方、スポーツ栄養研究の向上も忘れない。トップスポーツ現場での経験が豊富で、スポーツ栄養の発展に情熱を注ぐ鈴木さんだが、行き詰まりを感じた時期があったという。「対エリートアスリートでは現場経験だけでは勝負できない、しっかりとしたサイエンスがなくては」と。

一念発起した鈴木さんは順天堂大学院でスポーツ健康科学を学び直し、博士号を取得。企業との共同研究に携わったり、海外のスポーツニュートリションに関する最新情報を有志とともに翻訳したり、研究分野での実績を着々と積んでいる。

また、スポーツ関係者が集まる私的勉強会「すぽべん(SPOBEN」の活動も熱心に行う。すぽべんは栄養分野だけでなく、スポーツ医科学に関するさまざまな分野の研究者と実践者が集まり、自身の研究や活動内容を発表してディスカッションする場だ。

「少人数から始まったすぽべんですが、今では数十人規模になりました。いろいろな研究内容を聞くことで刺激されますし、とても参考になります。また、スポーツ医科学分野のHUB機能を持たせ、人と人、仕事と仕事をコネクトすることにも注力しています。興味のある方はぜひご参加いただきたいですね。参加要件はすぽべんメンバーの紹介があること、加入1年以内に自身の研究に関するプレゼンの意思があることです。多様なパッションに触れるとともに求める情報がきっと見つかるでしょう」

スポーツの先行きが不透明な中でも「とにかく楽しく仕事をさせていただいています」と、笑顔で話す鈴木さん。自身が組み立てた栄養マネジメントが成果につながった時の達成感は他では味わえないという。

鈴木さんは、厳しさもやりがいも感じながら、スポーツ栄養の最前線で活躍を続けている。「10年後はスポーツ栄養分野がもっと発展しているはずなので、その時にいい仕事ができるように常に勉強を続けています」と、その目は未来を見据えている。

<完>


鈴木いづみ / Izumi Suzuki

博士(スポーツ健康科学)、日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士、順天堂大学スポーツ健康科学部 協力研究員、とちぎスポーツ医科学センター 協力栄養士

1990年 女子栄養大学栄養学部栄養学科 卒業。1990~1998年 明治製菓(株)ザバススポーツ&ニュートリション・ラボ。2004~2013年 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科 准教授。2015年 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士前期課程修了。

アトランタ大会(1996年)女子バスケットボール日本代表、ロンドン大会(2012年)競泳日本代表・萩野公介選手など、五輪選手への指導・サポート歴多数。ジェフユナイテッド市原・千葉の全年代の栄養教育に携わった。現在は、Jリーグ 北海道コンサドーレ札幌、および個人のプロサッカー選手との契約のほか、、地域のタレント発掘育成事業など育成年代の教育に力を注いでいる。

Z世代からプロまで、サッカーニュートリションならお任せあれ!【ニュートリションな人々 #05 ~鈴木いづみさん 前編~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。久々となる第5回目の主人公は、博士(スポーツ健康科学)で日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士の鈴木いづみさんです(全2回)。

「いい仕事をすれば必ず次につながる」

全世代のサッカー選手へ指導・教育に力を注ぐ鈴木いづみさん(クリックで画像拡大)

育成年代からトップのサッカー選手へのサポート・指導に強みをみせる鈴木いづみさん。研究、現場の両方で経験が豊富なスポーツニュートリショニストの一人だ。

プロ意識を常に持ち、チームやプロ選手から課されたミッションに対し、経験に裏打ちされた知識・ノウハウを駆使して成功に導くための任務を遂行する。プロとしての矜持を鈴木さんはこう言い切る。

「スポーツ栄養の仕事はブーメランなんですよね。いい仕事をしていれば、良い結果が自分に帰ってきて、それが必ず次につながる。逆もありますけどね(笑)。でも、独立してからも途切れることなく仕事をいただけているのは、この思いでずっとやってきたからです」

幼いころから活発だった鈴木さんは、スポーツ中心の学生時代を過ごしたという。高校生になるころには、体育教師になることを思い描いていた。ところが、担任の教諭に進路を相談したところ、「体育大学を出て、地元(長野県)に戻って教員採用試験に受からなかったら、つぶしがきかないよ」と、現実を突きつけられた。日ごろから気の置けない間柄の恩師の言葉に、鈴木さんは「確かに」と納得してしまった。そして、スポーツの次に興味のあった「栄養」の道を志すことにした。

進学した女子栄養大学で、栄養学の基礎を学ぶかたわらで、運動生理学も学んだことから、自分の経験・興味、スポーツと栄養学が合わさってスポーツ栄養の道へ。当時は、「スポーツ栄養」「スポーツニュートリション」という言葉がほとんど知られていなかったにもかかわらず、鈴木さんは突き進んでいく意思を固めるのだった。

スポーツ栄養がやりたんだけど…

鈴木さんは大学卒業後、「ザバス」ブランドを立ち上げて間もない明治製菓(現:明治)に入社。健康産業事業部に配属され、顧客に健康・栄養情報を提供するニュートリションセンターで仕事をすることになった。

「上司はどうも、私の外見や雰囲気からスポーツとは無縁だと思っていたようで(笑)。それで、同期がザバスに配属されて、私がセンターに。その後、私がスポーツ分野に強い関心があるとわかって、ザバスへ異動することになったんです。そこがすべてのスタートになりました」

思わぬところで道は開け、晴れてスポーツニュートリショニストの第一歩を踏み出した。入社2年目の夏に、日本陸連長距離マラソンブロック日本代表選手団の高地トレーニング合宿へ科学委員会からの派遣というかたちで帯同することになり、選手への栄養指導と食事管理を任された。ちなみに、当時の代表にはスポーツ医科学分野の研究者が帯同しており、日本でも医科学の観点から選手を強化する取り組みが始まっていた。まさに、スポーツ医科学の黎明期。研究者たちに交じり、入社2年目の鈴木さんは研究のためのデータ取得、方法論を0から確立していった。

選手のエネルギー摂取量、各栄養素の摂取量をすべて把握し、高地環境の下でヘモグロビン量がどう変化するのか。カロリーとの関係性はどうなっているのか。きちんとデータを取って分析し、世に出してスポーツの強化につなげる。それがミッションだと思い、懸命に取り組んだ。

「毎日の栄養データの管理もそうですし、三食数十人分の食事を用意するのも大変でした。それでも、とにかく楽しかったですね。今思えば、当時一緒に過ごした選手たちがのちのメダリストだったり、実業団や代表の指導者になったりしていて、今でもつながりがある。本当に貴重な経験をさせていただきました」

毎夏の高地トレ帯同を3年続けた後、プロサッカーチームの指導・サポートに携わる。折りしも、Jリーグが産声を上げた時。当時の明治はプロチームを積極的にサポートしており、栄養の知識・現場経験を持つ管理栄養士は重宝された。鈴木さんは、プロサッカーの誕生と歩を合わせて指導・サポートを通じた栄養の重要性をプロに浸透させ、スポーツ栄養学の価値を高めていったのだった。

<後編へ続く>


鈴木いづみ / Izumi Suzuki

博士(スポーツ健康科学)、日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士、順天堂大学スポーツ健康科学部 協力研究員、とちぎスポーツ医科学センター 協力栄養士

1990年 女子栄養大学栄養学部栄養学科 卒業。1990~1998年 明治製菓(株)ザバススポーツ&ニュートリション・ラボ。2004~2013年 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科 准教授。2015年 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士前期課程修了。

アトランタ大会(1996年)女子バスケットボール日本代表、ロンドン大会(2012年)競泳日本代表・萩野公介選手など、五輪選手への指導・サポート歴多数。ジェフユナイテッド市原・千葉の全年代の栄養教育に携わった。現在は、Jリーグ 北海道コンサドーレ札幌、および個人のプロサッカー選手との契約のほか、、地域のタレント発掘育成事業など育成年代の教育に力を注いでいる。

<特集:スポーツ貧血 ~応用編③~>貧血の解決はパフォーマンスアップにつながる【スポーツ栄養の果たす役割 #15】

今回は<特集:スポーツ貧血>と銘打って、選手のパフォーマンスを妨げるスポーツ障害について、基礎編は神戸女子大学・坂元美子先生、応用編は松本先生と、2人のスポーツ栄養学の専門家が解説する。今回でスポーツ貧血の特集は最終回となります。

「スポーツ貧血」について、「聞いたことがない」「復習したい」という人は基礎編

予防のキーワードは「貯蔵鉄」

貧血に対する対策としては、赤血球をつくるための材料を日頃からたくさんとっておくことが重要です。そのためには、「鉄欠乏性」という用語からもわかるように、身体活動の増加に伴い、増加する鉄(赤血球の構成成分)の需要に対応するため、日常的に食事から摂取する鉄を増量しなければなりません。

同時に、体内で鉄を速やかに輸送するたんぱく質や、肝臓や脾臓などに貯蔵されている鉄(貯蔵鉄)と結合するたんぱく質を確保するためにも、たんぱく質の栄養状態も良好に保つことが鉄欠乏性貧血の予防には重要。つまり、鉄とたんぱく質とはセットで考えることがポイントになってくるというわけです。

体内の鉄分布と鉄欠乏状態の変動(クリックで画像拡大)

体内の鉄分布は、「貯蔵鉄」、「組織鉄(筋肉)」、「血清鉄」、そして「機能鉄(赤血球)」によってそれぞれ構成されています(図)。図の左端が、体内に必要な鉄が十分にある正常な状態です。ところが、練習やトレーニングによって生じる溶血や食事からの鉄の摂取量が少ないと、まず貯蔵鉄が欠乏してきます。ただ、この時点ではそれほど自覚症状はなく、そのままにしていることがほとんどです。

しかし、食事を改善しないまま練習のみに邁進していると、機能鉄が減り始め、貯蔵鉄は底を尽き始めます。いわゆる、その状態が潜在性鉄欠乏であり、もはや立派な貧血予備軍といえるでしょう。実際に、血液検査をしてみれば、ヘモグロビン値も顕著に下がっているはずです。この時点までくると、「眠い」「だるい」、あるいは練習についていけなくなる、練習後、頭が痛くなるといった自覚症状が出始めてきます。

正常な状態から貯蔵鉄欠乏を経て、潜在性鉄欠乏、鉄欠乏性貧血の状態に至るまでには、数カ月の期間を要してジワジワと具合が悪くなってきています。この間に、本人も具合の悪さに“慣れ”が出てしまい、「何かおかしい」とは思っていても放置したままにした結果、鉄欠乏性貧血を発症していたというケースも少なくありません。ここまで状態が悪化してしまうと、病院での治療が必要になってきます。

スポーツ貧血予防のために一日の鉄摂取量はどのくらい?

一般人の鉄摂取量の目安は、推定平均必要量が女性で一日9㎎、男性で6.5㎎、推奨量が女性で一日10.5㎎、男性で7.5㎎といわれています。一方、スポーツ選手の場合は、スポーツ活動に伴って貧血が発現しやすいため、10~15㎎が必要とされています。

ところが、近年の研究・協議によって、スポーツ選手はさらにその倍、すなわち対応上限量である20~30㎎が必要といわれています。スポーツ選手の場合、もともと貧血になりやすいうえに、強度の高いトレーニングを実施することによって筋肉痛をひき起こしやすいからです。

実は、筋肉痛とは身体の中で炎症をひき起こしているということであり、そういった状態では鉄の吸収が悪くなるから。加えて、発汗にともなう鉄の損失もある。したがって、従来からいわれてきた数値だけでは足りないのではないか、ということなのです。

一方で、鉄には毒性があり、とりすぎると今度は肝毒性をひき起こしてしまうという弊害もあります。結局のところ、鉄の摂取は少なすぎても多すぎても身体にはよくないわけで、非常にさじ加減が難しいというわけです。

では、20~30㎎というスポーツ選手にとって必要十分量の鉄を摂るためには何を食べればいいのでしょうか。いうまでもなく、鉄を多く含む食品を日々たくさん食べるよう心がけることが大切です。野菜類では小松菜、ほうれん草、魚類ではいわし、カツオ、マグロ赤身、貝類ではアサリの佃煮、そしてなんといっても、皆さんご存じの通り、レバー類(豚・鶏)が最強。また、素干しの桜エビには鉄とともにカルシウムが含まれ、栄養価がとても高く豊富なので、自宅に常備しておいてご飯にかけて食べることなどもお勧めしています。

ただ、どれだけ頑張って食べても、食事からだけではスポーツ選手の必要十分量には至りません。そこで鉄補強食品——例えば、鉄分ヨーグルト、鉄ビスケット、あるいはドライフルーツなどにも鉄分が多く含まれているので、プルーンとかレーズンなどをおやつ替わりに食べるのもよいでしょう。一方、サプリメントや錠剤の場合には、今度は逆に過剰摂取による弊害も考えられるので、取り入れる際には十分に注意が必要です。

貧血を抱えている選手は、身体がだるくて朝もなかなか起きれないもの。すると、指導者の方は往々にして「お前はやる気があるのか!」となってしまいがちです。だからこそ、そういう選手に対しては「やる気がみられない」「勝負に対する意識が低い」など精神面の弱さを指摘する前に、まずはヘモグロビン値を測ってあげてほしい。すると、実は鉄欠乏性貧血の疑いがあったりするものなのです。そして、そういう選手に対しては栄養状態の改善を図ってあげれば必ずや元気になります。

ヘモグロビン値が基準値以下にもかかわらず、練習に参加している選手を見ていると、むしろ精神的に強いのではないかと思ってしまうほどです。その上、さらに夏場には走り込みをしている姿などを目の当たりにすると、マスクを何重にもして走っているようなもので、「本当によく頑張っているね」「辛かったでしょう」と思わず声をかけてあげたくなってきます。そして「貧血を治せば、もっと楽に練習ができるのよ」と。

<参考文献>

田口素子, 樋口 満 編著 : 体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学, 市村出版 (2014)


松本恵/まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。