目先の金より長期的なビジョン。”キング”が持つけた違いの自己プロデュース力 ~レブロン・ジェームズ (NBA) 後編~ 【海外トップ選手のコンディショニング術 #02】

第1回目に続き、今回もNBAを代表するスーパースター、レブロン・ジェームズを取り上げる。前回は、プレーヤーとして進化を続ける裏に、綿密なコンディショニングがあることを紹介した。今回はトップアスリートに求められる自己表現の仕方、「セルフプロデューサー」としてのレブロンに関する話題。

大金を目の前にレブロンが考えたこと

高校卒業後、2003年のNBAドラフトにアーリーエントリーしたレブロンは、地元のオハイオ州クリーブランドに本拠地を構えるクリーブランド・キャバリアーズから全体1位で指名された。少し前まで高校生だった少年が全米、世界中が注目する「時の人」になれば、環境は一変する。

当時、レブロンは人生初のシューズ契約を結ぶため、リーボック、ナイキ、アディダスとの交渉に臨んだ。金額的には、約1億ドル(現在のレートにして約108億円)を提示したリーボックに対し、ナイキは8700万ドル(約94億円)を提示したといわれている。結局、レブロンと契約を結んだのは、リーボックよりも提示額の低いナイキだった。

まだあどけなさの残る少年だったレブロンは、リーボックとの交渉の際、誰もが驚くような決断を下している。この時の状況を、ビジネスパートナーであるマーベリック・カーターと立ち上げた新興メディア「Uninterrupted」でこう語った。

「リーボックと交渉した時、見たこともないくらい大きなテーブルがある部屋で、1000万ドル(約10億8000万円)の小切手を渡された。その時に、『もしこの小切手を受け取ってくれるのなら、ナイキ、アディダスの話を聞かないと約束してもらいたい』といわれた。言葉を失ったよ。

それから頭に浮かんだのは、『今、目の前に1000万ドルの小切手があるけれど、もしかするとナイキやアディダスは2000万ドル(約21億円)、3000万ドル(約32億円)の小切手を渡そうとするかもしれない』とね。だから、目先のお金だけがすべてじゃないと思った。それに、叔父からも常に、誰にでもチャンスを与えるべきだと教えられていたし、僕たちは3社のプランを聞きたかった」

18歳の少年でなくても、大半は目先の大金をつかんでしまうかもしれない。しかし、レブロンには、この時から選択肢を前にして冷静に考えられる落ち着きが備わっていたのだ。

ただの広告塔に甘んじない考え方

プロ入り前から「選ばれし者」というニックネームをつけられながら、コート上で毎シーズン期待を上回るパフォーマンスを続けているレブロンが、コート外での活動に求めるものは「中・長期的なビジョン」だ。

一般的なスター選手であれば、広告塔に起用されるとクライアントの商品をPRすることだけに力を注ぐ。しかし、レブロンは少し異なる。クライアントと共同でプロジェクトに参加し、次なる展開へ進むことを好む。2010年からマクドナルドと結んでいたエンドースメント契約を2015年に解消した理由の一つは、自らものづくり、ブランディングに参画したいという彼の考え方が関係している。

マクドナルドとの契約を解消したレブロンは、2012年から投資していたフランチャイズのピザ店「Blaze Pizza」に多額の追加投資を行い、シカゴとサウスフロリダでフランチャイズ展開できる権利を手にした。もし、マクドナルドとの契約を続けていたら、数年で1400万ドル(約15億円)の収入を手に入れられた。それでも投資に力を注いだ理由を、レブロンは「自分たちで何かを築き上げられる」と「Uninterrupted」で明かしている。

「目先のお金のことは考えなかった。もし失敗しても、自分を責めればいい。それだけの魅力があるピザだった。味も格別だったし、ピザを嫌いな人なんてどこにもいない」

レブロンは本分であるバスケットボール選手としても超一流だが、優れたパートナーを選ぶ眼力、先見の明を持ち、ビジネス分野でも成功を収めている。巨万の富を築いたセレブが社会に還元するというのは珍しい話ではないものの、彼のやり方は周囲の想像を超えている。

ロサンゼルス・レイカーズに移籍した2018年秋には、地元オハイオ州アクロンに学校「I PROMISE School」を立ち上げ、大きな反響を呼んだ。「底辺の中の底辺」と幼少期の家庭の経済事情を表現した彼は、同じように低所得の家庭に生まれた子供たちのため、授業料無料、全生徒に朝食、昼食、軽食付きで、食費を捻出するのも難しい経済状態の両親が利用できるフードバンクも設置するなど、これからの時代を担う子供たちのことを第一に考え、環境を整備した。

自分の名を冠した財団「レブロン・ジェームズ・ファミリー・ファウンデーション」を通じて、自分と似た境遇の子供たちをサポートしている彼は「子供たちには、『昔は僕も君たちと同じ立場だった』と言える」と話している

「彼らと同じストリートを歩いていたし、僕だって『どうして自分がこういう目に遭うんだ?』と考える夜もあった。自分が幼いころは、競走馬のように視野が狭かった。だから、子供たちにはもっと広い視野、360°見渡せるような視野を与えたい。幅広い想像力や考え方を持ってもらいたい。

まだ世の中に知られていなかったころのレブロン・ジェームズが自分たちと同じ立場にいたのなら、自分にも可能性があると思ってもらいたい。プロのアスリートではなくても、料理人だって、デザイナーだっていい。もちろん、アメリカ合衆国大統領だって構わない。子供たちには可能性を与えたい」

近年では人種差別撲滅を訴える運動や、昨秋の大統領選挙に向けて黒人に投票を呼びかける非営利団体を設立するなど、その活動はアスリートの域をはるかに超えている。こんなことが可能なのも、プロアスリートになってから本業で結果を残し、自身のブランディングを高め続けているからこそ。

これからもレブロンは、自分にしかできない形で、「未開の地」を歩んで行くのではないだろうか。

<前編を読む>

<次回へ続く>


菅野貴之 / Takayuki Kanno

海外スポーツ関連の媒体に翻訳記事、コラムを寄稿。

ファーザータイムを迎えてもなお最強誇る”キング” ~レブロン・ジェームズ (NBA) 前編~ 【海外トップ選手のコンディショニング術 #01】

プロ入りから18年。今でも輝き続ける“キング”

八村塁(ワシントン・ウィザーズ)、渡邊雄太(トロント・ラプターズ)がNBAのコートでプレーするようになり、日本でも世界最高峰のプロバスケットボールリーグへの関心が高まっている。

現在NBAの現役選手の中でナンバーワンは、何といってもレブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)だ。2003年、高校卒業後にアーリーエントリー(早期志願)したNBAドラフトでクリーブランド・キャバリアーズから全体1位で指名されたジェームズは、高校時代にスポーツイラストレイテッドの表紙を飾った際、「The Chosen One(選ばれし者)」と題された通り、1年目からスターダムを駆け上がった。

シーズンMVP受賞4回、NBAファイナルMVP受賞4回、これまでに所属した3チーム(キャバリアーズ、マイアミ・ヒート、レイカーズ)で優勝4回という実績により、今ではNBA歴代最高選手(G.O.A.T:Greatest Of All Time)に彼の名前を挙げる識者も多い。

通説を信じるのなら、ジェームズのように超がつくスーパーアスリートであっても、30歳を境にパフォーマンスレベルが低下し始める。ところが昨年の12月30日に36歳の誕生日を迎えたジェームズは、NBAキャリア18年目の2020-21シーズンも名門レイカーズのリーダーとしてチームを引っ張っている。精神的な柱としてだけではなく、36歳という年齢で出場時間、得点、リバウンド、アシスト、スティールの平均値でチーム最高の数字を残していることからわかるように、彼に通説は当てはまらない。

30歳を境にパフォーマンスレベルが落ちるどころか、ジェームズの場合は肉体、技術、精神のどれもがレベルアップし続けている。その根幹を支えているのは、当然ながらトレーニング、食事、生活スタイルのルーティンだ。

コンディションを上げるための「食」と「鍛錬」

元来ケガにも強いジェームズだが、キャバリアーズからレイカーズへ移籍した2018年の12月25日に行われたクリスマスゲーム(ゴールデンステイト・ウォリアーズ戦)で鼠蹊部を痛めた。この負傷によって1月末までの間、キャリア最長となる17試合連続欠場を経験。欠場していた間、ジェームズはリハビリの一環として減量に取り組んだ。

2019年、ジェームズのトレーナーを長年務めているマイク・マンチアスは、「GQ」とのインタビューで、鼠蹊部を痛めてからは身体への負担を軽減させるために減量することを決め、余分な炭水化物と糖分の摂取を控えるように指導したと答えている。

ジェームズは試合後に赤ワインを嗜むことで知られているが、マンチアスによれば、2019年1月1日から復帰するまではアルコールも断ったという。抗酸化物質のポリフェノールを多く含む赤ワインは、試合後の疲労回復に役立つ。リラックス効果もあり、良質な睡眠に繋がるというメリットもある。

マンチアスは、厳しいリハビリを終えて復帰を果たした時のご褒美になるからと、ジェームズと一緒に1カ月間の断酒を行った。最近は見かけないが、ジェームズ自身がワインをソーシャルメディアで紹介することもある。

ジェームズの1日は、前日の夜からすでに始まっている。前日の夜にその日を総括し、翌朝のトレーニングに気持ちを向ける。マンチアスは、2019年に「Men’s Health」でジェームズが実践しているトレーニングメニューを紹介している。

ウォームアップとして行っている運動から、バーベル、ケーブル、バーサクライマーと呼ばれる器具を使っての運動など、上半身と下半身をバランスよく鍛えるメニューが組まれている。特に腕、肩、背中、腹筋、尻、大腿四頭筋、下腿部が鍛えられる全身運動が可能なバーサクライマーを好むジェームズは、フットボールフィールドでのスプリントも好きなトレーニングメニューに挙げている。その理由は、屋外で気持ちをリフレッシュさせられるのと、高校時代にアメリカンフットボールをプレーしていたことが関係している。

2018年、ポッドキャスト番組の「THE BLOG OF AUTHOR TIM FERRISS」で、ジェームズは「屋外での有酸素運動という以外にも、フットボールフィールドでの運動は、個人的に意味があるもの」と話している。

もちろん、彼は身体を動かす燃料となる栄養にもこだわるアスリートだ。オフの身体のケアに100万ドル(約1億円)もの金額を費やすといわれているジェームズは、ヒートに所属していた2014年のNBAファイナル第1戦で足の筋肉が痙攣してプレーを続行できなくなってから、摂取するサプリメントにもいっそう気を配るようになった。

はじめはマンチアスと市販されている物を吟味して選んでいたようだが、求めているパフォーマンスレベルに繋がる製品が市場で見つからなかったため、安全で高品質のサプリメントを開発するブランド「LADDER」を自ら立ち上げた。

商品数は少ないものの、いずれもプレワークアウト、水分補給と摂取タイミング、シーンごとに訴求されている。商品に配合されている原料も世界標準になりつつあるプラントベース(植物性)のほか、メンタルヘルスに効果が期待されるカフェイン、コリンを採用したり、日本ではほぼ知られていないイワベンケイ由来の原料を使用したりしているあたり、ジェームズのこだわりが感じられる。

加齢による衰え、いわゆる「ファーザータイム」がいつかやってくるとはいえ、今のジェームズを見ていると、今後数年は現状を維持できるように思えてしまう。コートでのパフォーマンスはもちろん、コンディショニングとトレーニングに対する意識の高さ、取り組む姿勢が伴っているからこそ、彼はNBAの「キング」にふさわしい。

<驚きの進化を遂げるレブロン・ジェームズ>

(クリックで画像拡大)キャリアを通じて全試合先発出場を続けるレブロン・ジェームズ。19~29歳の1試合平均出場時間は39.5分(20歳時の1試合平均42.4分出場がキャリアハイ)に上り、毎試合ほとんどコートに立っていたことになる。30~36歳の1試合平均出場時間は35.8分と20歳代より減少したものの、代えの利かない選手とあって依然としてコートに立つ時間は長い。パフォーマンスの衰えは一向に見られず、主要3部門のうち、PPG(得点)のキャリアハイこそ30.0を記録した23歳時のものだが、RPG(リバウンド)は32、33歳、APG(アシスト)は35歳と、いずれも30歳代で最高の成績を残し、得点型の万能選手からバランス型の万能選手へとさらに進化した。ちなみに、シュートの正確性を示す「FG%」、3Pシュートの正確性を示す「3P%」も、20歳代より30歳代の方が向上している。プロ生活18年で大きなケガもなく、新人からトップレベルの成績を残し続けている選手は、スポーツの歴史上でも簡単には見つからない。レブロンはそれほど偉大で稀有な存在なのだ。

<後編へ続く>


菅野貴之 / Takayuki Kanno

海外スポーツ関連の媒体に翻訳記事、コラムを寄稿。

チームワークで勝ち取った世界タイトル、花開いた自信力 ~WBO女子世界スーパーフライ級王者・奥田朋子~

2020年12月13日、WBO女子世界スーパーフライ級タイトルマッチ(10回戦)が行われ、東洋太平洋&日本女子バンタム級王者の奥田朋子(ミツキボクシングジム)が、チャンピオン・吉田実代を破り、王座に就いた。

日本、東洋太平洋のタイトル2冠を達成してから約1年。同世代の女性に向けて年齢関係なくできることを証明し、自分の生きざまをリングで表現する奥田が、実力、自信をさらに上積みして世界の頂点に立った。

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古武術で体の使い方を「最適化」

コロナ禍で揺れた2020年、ボクシング界も大きな影響を受けた。3月以降、試合はすべて中止になり、無観客での試合が可能になったのが7月。10月以降もPCR検査で陽性が認められた場合、試合が即中止になるなど厳しい措置がとられた。いつもなら当たり前にできたことできない環境になったが、選手たちは感染予防に努めつつ、頂点を目指して日々努力を続けた。

制限がある中で自分を磨き続けた奥田

「普通ではない状況になってしまったので、試合を運営する側はものすごく気を使ったと思います。その中でも試合ができたことはありがたかったですね」と、奥田はボクシング関係者の努力への感謝を口にした。世界タイトル戦に臨む奥田と対戦相手は念のため、2週間前、5日前、計量当日と3度のPCR検査を行い、健康面、安全面で万全を期した。

世界タイトル戦までの臨戦過程について、奥田は「実はそれほどコロナの影響は受けませんでした。厳しい時期はジムに行くことができませんでしたし、集まって練習をするのもどうかと思って控えていました。ただ、一人でできる練習はあるので、結果的にこれまで通りのトレーニングが詰めました」と語る。

練習では力を出せても、試合になると緊張してしまう――大事なところで力を発揮できない自分を変えようと、学生時代から取り組み始めたメンタルトレーニングは続けている。今の奥田があるのもメンタル強化の賜物といっても過言ではない。

自分の向上につながることを求め、常にアンテナを張っている奥田は今回、古武術を本格的に取り入れることにした。古武術は、桑田真澄氏(読売ジャイアンツ1軍投手チーフコーチ補佐)が現役時代、投球フォームやトレーニングに取り入れて結果を残したことで話題になった。

体の使い方を最適化・効率化が期待できる古武術を体得することで、「小さな力で大きなパワーを生み出す」「余計な動きを少なくし、エネルギー消費を抑える」。奥田はこの2点を求めた。

実は、前回の試合(2冠タイトル戦)前に取り組み始めたが、期間が短くて効果測定ができなかった。古武術に触れて1年以上経った今回の試合で、明らかな効果が認められたようだ。

奥田は、「初動(パンチの打ち初め)がわかりにくいため、相手が反応できず、明らかにパンチが当たりやすくなったと感じました。試合後の筋肉痛も軽かったので、疲労感もなくダメージは最小限。バッチリでしたね」と、効果を実感する。

2冠タイトル戦では、食のコンディショニングに努めて結果を残した奥田だが、今回は体の使い方を工夫してのタイトル奪取。来たる防衛戦に向けて、自分をさらに高めてくれる何かをすでに見つけているに違いない。

同僚のリベンジを果たした世界タイトル戦

世界戦を実現した春木氏(左)と奥田を全面サポートした河村選手(右)

初めての世界タイトル戦で見事勝利した奥田。日々の努力が成果に結びついたことはいうまでもないが、大きな力となった人物が2人いる。ミツキジム会長代行でプロモーターの春木博志氏と、スーパーバンタム級・フェザー級の河村真吾選手だ。

春木氏は、対戦相手を探していた前世界王者陣営と交渉し、今回の試合を実現させた。河村選手は過去に、全日本フェザー級新人王を獲得したことのあるプロ歴10年のベテラン。

世界タイトル戦に臨むにあたり、諸事情でセコンドにつけない春木氏に代わり、河村選手がセコンド入りすることになり、奥田のトレーニング面も含めて試合当日まで全面サポートすることになった。

奥田と河村選手は日ごろから一緒に練習している仲間。選手の心を理解し、プロボクサーの先輩で経験豊富な河村選手のサポートは奥田にとって心強かった。奥田は、「気心が知れた仲なので、思っていることをぶつけやすいというか。河村君はやりづらかったかもしれませんが(笑)。ボクサー同士、通じる物があるのでやりやすかったですね」と話す。

今回の試合は、本来のバンタム級から階級を一つ下げることになり、減量の不安があった。減量は作業と捉えているため、奥田にとって苦ではない。ただ、今回は通常よりもさらに1.4kg減らすことになり、話が違った。それでも、河村選手から受けた「しっかり食べて減量しましょう」のアドバイスで、無理のない減量に成功。見事計量をクリアした。

「いろいろと効果的なアドバイスをもらって助かりました」と奥田がたたえれば、河村選手は「練習でも試合でも、自分が定めたことをきっちり遂行できる」と評価する。互いに過ごした時間が信頼関係を深めていった。

今回初の世界タイトル戦とはいえ、奥田が勝ちにこだわる理由があった。王座に就く1カ月以上前、“トレーナー”の河村選手が一足先に東洋太平洋タイトルマッチに挑むも惜敗。河村選手の相手と試合を控える奥田の相手が同門ともあって、さながらリベンジマッチの様相を呈した。

河村選手のサポート、古武術による体さばきと消費効率の向上、メンタルトレによる平常心で臨んだ奥田は、「体が軽くて、緊張もせず、力を出せたと思います。序盤は少し動きが硬かったんですが、それは十分に体が温まっていなかったから。すぐにダウンを奪えたので、勢いに乗れました」と、試合を振り返った。“セコンド”の河村選手も「相手が予想通りの動きをしてきたこと、奥田選手との動きに違いがあったことから、かなり早い段階で勝ちを意識しましたね」と、分析する。

試合は、奥田の負傷により6Rで中断されたが、終始優勢に進めた奥田が判定勝ちを収めた。「相手選手が対戦したかったのは外国人選手と聞いている。来日が難しい状況だったため、私に出番が回ってきた」と話す通り、今回に限ってはコロナ禍によってめぐってきた運も味方した。それでも、初世界戦でタイトル奪取という結果が色あせることはない。

奥田を全面サポートした河村選手は試合後、「ただただ勝ってうれしかった。でも、すぐに戦いたくなりましたね。今度は自分の番ですよ」と、奥田の活躍に触発され、自身のタイトル奪取を誓った。

大舞台で発揮する「自信力」が花開く

春木氏は、世界の頂点に立った奥田の強さの秘訣について「体の強さ」と「自信力」を挙げる。体の強さが土台にあって、それに体力、スピード、相手との距離感、気持ちの強さが乗って「自信」に変わり、この「自信力」が選手本来の強さの源になる。多くの選手を育ててきた春木氏はこのように見ている。

2冠タイトル奪取から約1年で世界の頂点へ

奥田も長い間、柔道で培った体の強さ、トレーニングによって培った体力、スピード、相手との距離感、メンタルトレで培った気持ちの強さ、そして多くの大きな試合を経験して培った自信力。これが、奥田のこれまでの人生に積み重なって花開き、世界王者へと導いた。

春木氏は「年末年始、ゴールデンウィーク、お盆と休まず練習したことでモチベーションが維持され、すべてにおいてパワーアップしました。年齢的な肉体の衰えも全く見られませんし、むしろまだまだ伸びしろはあります」と、これからの活躍に大きな期待を寄せる。

次戦はおそらく前王者とのリターンマッチになる。前王者もチャンピオンベルトを奪い返すため、必死で挑んでくるはずだ。春木氏は「前王者との防衛戦をクリアすれば、海外での試合も含めて強い相手との対戦も現実味が帯びてくる。どの相手でもどんな試合でも結果を残して、実力を証明してもらいたいですね」と語れば、奥田も「コロナ禍でどうなるかわかりませんが、試合が決まったら全力で臨むだけです」と意気込む。

「30歳を過ぎても、全力でできることを同年代の女性に証明したい」と、ボクシングを通じてメッセージを送り続ける奥田。衰えるどころか進化を続けている。人の心を揺さぶるのに男女は関係ない。リングで生き様を見せつけ、結果を出す。奥田の戦いぶりを見て勇気づけられる人も少なくないはずだ。

<完>


奥田朋子選手のSNS :ブログ】【YouTube

奥田朋子選手所属ジム: ミツキボクシングジム

【対談】才賀紀左衛門(格闘家)×杉本健勇(サッカー) ~メンタル編~

アスリートはコンディショニングやパフォーマンスを上げるために、日ごろどのようなことを考えているか。プロ格闘家・才賀紀左衛門選手とプロサッカー・杉本健勇選手が対談する。

共に大阪府出身でプライベートでも仲がいい2人は、プロが持つ思いや苦労を共有し、互いの競技生活に生かしている。今回は、メンタルを中心に2人の考えを探る。

ゲン担ぎよりも食事のルーティーン

杉本健勇選手(以下、杉本) 食事とつながってくるんですが、試合前に何を食べるか、試合時までに何を食べるかとか、そういう物はだいたい同じですね。ただ、スタジアムに入ってから何かをやる、例えば右足からピッチに入るとか、そういうのはありません。細かくやっている選手はいるんですが、僕は一切なくて、それこそ食事の部分だけですね。

これ食べたら得点取れたとかありますけど、そういうのは本当にたまたまだと思っているので。以前は僕もゲンを担いでやっていた時期もあるんですが、トレーニングでも食事でも継続することが力になってくるので、今はそういうのはありません。

ラグビー日本代表の五郎丸歩選手の活躍でルーティーンが脚光を浴び、いろいろな人が取り入れました。もちろん僕もいい手法だと思っていますけど、それより自分の感覚を信じたいですね。

才賀紀左衛門選手(以下、才賀) 格闘技は1人で目の前の相手を倒さないといけないので、メンタルが物をいうスポーツだと思っています。試合に向けていくらみっちりトレーニングを積んでいても、気持ちが入っていなければパフォーマンスも発揮できません。

健勇と一緒で、気持ちを高めるための”食事のルーティーン”はありますね。計量が終わった後は、年齢を重ねて知識や情報が入ってきて多少変わってきますけど、基本的には食べる物は変わっていませんね。

個の結果とチームの結果

杉本 格闘技って、もちろんサッカーとは全然違うし、年間通して試合数も少ない。僕の場合は毎週試合があって、そのたびに良くなかったこととか、反省点をすぐに検証して、いろいろな方法を試しながら改善していくことができるんですけど、なかなか難しいですよね。どうやって対応しているんですか?

それに、減量って言葉でいうのは簡単だけど、本当にしんどいと思うんですよ。僕はやったことないんですけど、モン君を見ていると本当にすごいと思います。

才賀 パフォーマンスを発揮できる時は、「いつでも試合できるぞ」って気持ちも入っているし、体重もベストをキープできている。反対に、パフォーマンスが発揮できない時は、体重のブレもあるし、ストレスもかかってくる。経験を積むごとに自分なりにポイントっていうのはわかってきていて、自分でコントロールしているって感じかな。

格闘技は個人競技だから自分との闘いに集中すればいいけど、サッカーの場合、出場できる人数も限りがあって、ポジション争いから始めないといけない。大変だと思うわ。

杉本 確かにそうなんですけど、個人競技って自分のパフォーマンスがもろに結果に出るじゃないですか。サッカーは、パスを出してくれて自分が得点できるとか、共同作業があって成り立つ競技。勝っても負けてもチーム全体の評価になってくる。僕は個人競技をしたことがないので、その点はシビアだと思っていますけど。

才賀 団体競技って、1人がいいパフォーマンスを発揮できたとしても、例えばパサーの調子が悪くてタイミングが合わなくて得点できないとか、チーム全体で気持ちを合わせないと崩れてくると思うし、結果にも反映されない。そういった難しさはあるよね。

杉本 本当にそうです。自分が好調でも結果に必ずつながるわけではないですし。FW(フォワード)は点を取るのが仕事なので、「3点取られても、俺が4点取ってやる!」って意気込むんですけど、そんなにうまくいかない。

やっぱり、チームが試合に勝てなければうれしくないし、悔しい。ただ、試合に勝ったとしても自分が得点を決められなければ、気持ち的にも沈んでしまいますね。「自分が得点を取って勝ちたい」というのは常に持っています、やっぱり。

才賀 健勇が出ている試合を見てても、「今のは健勇に渡せよ! フリーだろ!」みたいなのがあるじゃない。いいポジションを取っていてもパスが来なかった場合、結構フラストレーションはたまるよね。

そこで、不満を表に出すと、チーム全体に悪影響を及ぼすし、自分をうまくコントロールしないといけないんかなと思う。俺なんかは、目の前の相手を倒すことで、ある程度解消されるんだけど。

杉本 いいポジショニングしていても、パスが出てこないなんてことは日常茶飯事なんで。練習でも絶対ありますし。

才賀 健勇が相性いいなと思っている選手とプレーすると、そういうのはないの?

杉本 相性っていうのはもちろんありますし、いつも相性のいい選手とプレーできればいいんですけど、それは自分では決められないじゃないですか。出場する選手を決めるのは監督なんで。

だから、出場する選手同士でコミュニケーションをとるんです。「俺がこう動いたときは、ここにパスを出してくれ」とか。求め合いっていうんですかね、そういうのはすごくやっていますね。それでも、合わないことの方が圧倒的に多いんです。

メンタルを強くするのではなく、考え方を変えてみる

杉本 僕はメンタルが弱いと思っていて。

才賀 え、そうなんだ。

杉本 今でこそいろいろな経験を積んできて、心の切り替えができるようになってきたんですけど、若い時はシュートを1本外しただけであとのプレーに影響して全くダメになるとか。そんなのばっかりでしたよ。だから、メンタルは、トレーニング、食事と同様、とても大事だと思っています。

才賀 俺の場合は、パフォーマンスを発揮できるメンタルの状態っていうのは、いかに日常のストレスを減らすかということかな。

杉本 僕はプロサッカー選手をやっていますけど、そのほかの競技を含めて「メンタルが弱い」という選手の方が断然多いと思っています。「メンタルを強くする」という思考を持つより、「考え方を変えてみる」という発想の方がいいんじゃないかと。

僕自身、いろいろな経験をした後にそこに気づいて、それからは自分の中で気持ちの整理がつくようになりましたし、パフォーマンスも良くなってきました。

才賀 何に対してメンタルが強い、弱いというのもあるよね。

杉本 確かに。

才賀 俺は個人競技だけど、子供にはチーム競技をやらせたいね。社会に出た時に1人で生きていくってなかなか大変。健勇はメンタルが弱いっていうけど、その点をチームメイトが補ってくれたり、健勇自身も補ったりする時もあるわけじゃない。

みんなでチームを理想の形に作っていく過程で、協調性とかサポート意識とか、うまくいかなかった時の対応の仕方、それこそメンタルが培われるわけで。そういう点を学ぶ経験をさせたいよね。俺もそういうのもっとやっとけば良かったんだけど(笑)。

杉本 メンタルって本当に難しいです。僕もめちゃくちゃ落ち込んだ時期もあるんで。それでも喜怒哀楽を表に出さず、いかに平常心を保つかってことも大事だと思います。

才賀 ま、そうだね。人それぞれ、周囲の環境とか生まれ育ってきた背景とか違うし、俺はとにかく何でもプラスに考えるようにしているわ。

<完>


杉本健勇(すぎもと・けんゆう)

1992年11月18日、大阪府生まれ / プロサッカー選手

所属クラブ:セレッソ大阪→川崎フロンターレ→セレッソ大阪→浦和レッズ

高校2年時にセレッソ大阪(下部組織)でクラブユース選手権優勝を経験し、大会MVPに選出。2017年シーズンには日本代表初選出を果たし、リーグ戦得点ランキング2位を記録。恵まれた体格と高い決定力を武器にする大型FW(フォワード)。

 

才賀紀左衛門(さいが・きざえもん)

1989年2月13日、大阪府生まれ / キックボクサー、総合格闘家

高校時代から格闘家として活躍し、数々のK-1ビッグマッチに出場。2013年にはプロレス、2014年には総合格闘家デビューを果たした。30歳代に入り、ジム経営と選手の2足のわらじで日々奮闘している。

【対談】才賀紀左衛門(格闘家)×杉本健勇(サッカー) ~食事・栄養編~

アスリートはコンディショニングやパフォーマンスを上げるために、日ごろどのようなことを考えているか。プロ格闘家・才賀紀左衛門選手とプロサッカー・杉本健勇選手が対談する。

共に大阪府出身でプライベートでも仲がいい2人は、プロが持つ思いや苦労を共有し、しばしば議論することもあるようだ。今回は、プロ生活を送る上での食事・栄養について、2人の考えを聞いた。

すぽとり編集部(以下、すぽとり) 小さい頃の食の思い出を教えてください。

杉本健勇選手(以下、杉本) 身長が187cmあるんですけど、僕以外の家族はそんなに大きくないんですよ。サッカーやり始めてからなんですけど、練習から帰ってきたら温かいご飯が用意してあるのが当たり前でした。

今考えてみると、そのおかげで体が大きくなれたと思いますし、毎日毎日(お母さんが)ご飯を作ってくれたことには感謝の気持ちでいっぱいですね。

才賀紀左衛門選手(以下、才賀) 才賀家も僕を含めて身長が大きくなくて、母が150cm以下で父も165cmなかったんです。だから、僕は大きくなりたくて、(成長期は)毎日牛乳を2ℓ飲んで空手の練習から帰ったら肉を食べて。

結構しっかり食べていましたね。身長は伸びませんでした(笑)が、食事をしっかり摂っていたおかげで、他の子と比べれば頑丈だったと思います。

すぽとり 牛乳の話が出ましたが、お二人はよく飲みました?

杉本 小学生のころたくさん飲んでいましたね。よく言いますよね、「成長期には牛乳がいいんだ」って。ただ、僕が聞いた話では、アジア系の人は欧米の人に比べて牛乳の吸収率がそんなに高くないようで。

才賀 そう思うわ。日本人と欧米の人って波長が違うというか。俺、2ℓ飲んだけど全然伸びひんかったもん(笑)。

杉本 体が大きくなったのはたくさん牛乳を飲んだ影響もあるかもしれませんが、食事に依るところが大きいのかな。

才賀 そうかもね。体質とか人それぞれなんやと思うわ。

すぽとり 小さい頃、食卓に出てきてうれしかった物はありますか?

杉本 食事の思い出はいっぱいありますけど、クリームシチューですね。大人になってから母の味を思い出してクリームシチューを食べに行くんですが、おいしいお店ってあんまりないんですよね、ホンマに。自分で専門店を開きたいなって(笑)。それくらい好きです。

才賀 クリームシチューとかカレーライスもですけど、僕はハンバーグですね。健勇と一緒でお店に行っても気に入る物がなくて。母のハンバーグはこだわって作っていたというか、オーブンを使った本格的なものだったので、すごくおいしかったです。

すぽとり お二人はいつから競技を始めたんですか?

杉本 僕はサッカーを始めるのが遅くて、小学3年生の終わりくらいからですね。それまでは空手とかいろいろなスポーツを経験して、野球かサッカーのどちらをやろうか迷った末に、結局サッカーにたどり着きました。

才賀 僕も健勇と一緒で、テニス、サッカー、野球、体操といろいろなスポーツを経験しました。小学3年生で空手を始めてからはそれ1本ですね。

今思うと、サッカーをやっていたころにずいぶん走らされたので、体力がついたという意味では空手に役立ったのかなと思っています。

すぽとり お二人とも小学生から競技を始め、長く活躍されていて、技術の向上も当然ですが、体作りも大切な要素になってきます。体作りやコンディショニングに対する食事や栄養摂取への意識はいつごろから芽生えたのでしょうか?

杉本 僕は高校2年生から寮生活で、朝・昼・夕の3食は寮で出される物を食べていました。食事に関しては寮長さんが管理してくださっていたので、自分で何か考えるという意識はあまりなかったかもしれません。

プロ入り後3年間も寮生活だったので、食事で困ったことはありませんでした。4年目に寮を出て独り暮らしをするようになってから考えるようになりましたね。

才賀 僕は18、19歳くらいで独り暮らしを始めたので、自然と意識するようになりました。当時、線が細く体を大きくしたかったので、プロテインとか肉を意識的に食べるようにしていました。

すぽとり 食を意識することは、運動パフォーマンスやコンディショニングに影響するのでしょうか?

杉本 間違いなく影響を及ぼします。運動パフォーマンスの向上はもちろんですし、筋肉系のケガは食事で防ぐことができると思っています。

僕は天ぷらとか揚げ物とかが好きなんですが、体に良くないイメージもあったので、独り暮らしを始めてから「自分が良くないと思う物は摂らない」と決めました。

食の決まり事を作ってから、たまたまかもしれませんが、パフォーマンスを含めて結果もついてきたんですね。だから、食が関係あるんだなと。

それから、いろいろな人に出会ってアドバイスを受けながら自分なりに勉強をしています。いい物は何でも試したいと思っているので、情報収集は欠かしていません。

才賀 これまでの経験上、何を食べればパフォーマンスが上がるかとかは何となくわかっています。体が資本のプロとして、炭水化物やタンパク質、良質な脂質とか、摂る物にこだわりをもって向き合うのは大切だと思っていますが、僕はその点、あまりこだわり過ぎないようにしています。

心と体はつながっていると思っていて、好きな物が食べられない、節制しすぎて必要な物が十分摂れていなかった影響で、一時体調やメンタルを崩したことがあったんです。

だから、自分の体に合った物をストレスなく摂ることが、結果的にパフォーマンスを上げることになるのではないでしょうか。

すぽとり 脂質について、「一切摂らない」「体のキレが違う」とよくうかがいますが、お二人は競技生活の中でどのように向き合っていますか。

杉本 それぞれで体質に合う、合わないがありますからね。僕は最初、体に良くないイメージから脂質、油物を控えていました。ただ、それは独学だったし、「本当にそうなのか」というのもあったので考えました。

いろいろと調べてみたら体に必要な物もあるので、脂質も含めて一つ一つ食べた物の記録を取ることにしました。それで、翌日の体調と照らし合わせながら取捨選択をするようにしました。これは今も続けています。

僕の好きな油物、揚げ物も栄養士さんに聞いたら、「週に1回だったら全然問題ない」と言われたので、たまに食べていますね。

才賀 格闘技は減量があるので、結構気を使います。僕は油物が苦手なので、翌日お腹の調子が悪くなったり、ムカムカすることがあったりします。体のキレとかパフォーマンスの面を考えると、良くないのかなと思っています。

ただ、その代わりにナッツ、アーモンド、フィッシュオイルと良質な脂質は摂るようにしています。魚はタンパク質も脂質も摂れるので、減量中とか試合の2週間前くらいから魚中心の食生活に切り替えています。

杉本 僕も魚はよく食べますね。独り暮らしをしていて外食をするんですが、どうしても肉食が多くなってしまい、油、塩分も多くなりがちになるので。

すぽとり 食に関してこだわっていることはありますか?

杉本 食が偏るのは良くないと思うので、全体的なバランス、3食のバランスですかね。好きな物やおいしい物を食べるとリラックスできるし、自分の決まり事を守りつつ、意識するようにしています。

才賀 僕は食べ過ぎてしまうんで(笑)。食べることでストレスを解消していたこともあって、その時はパフォーマンスが落ちたので、気をつけるようにしています。健勇が言ったバランスもそうですし、食べる時間も大事かなと思います。

杉本 そうですね。僕は朝、昼、夕と3食必ず食べるようにしていますね。

才賀 僕も基本はそうですが、減量中は補食も含めて6回くらいに分けています。

杉本 僕は3食しっかり摂るので、お腹が減ったりするとかはあまりないんですが、練習の途中で栄養価の高いプロテインバーとかで補うことはあります。

すぽとり 最後に食の重要性について、改めてお話しいただけますか。

才賀 食生活が乱れると、成績やパフォーマンスに響くことを身をもって経験しました。試合で勝つためには質の良いトレーニングを積むこと、そのためには食事のコントロールが大切だと思っています。

杉本 僕は食事を意識するまでは、本当に結果が出なくて。期待はされているけど、結果が出ない選手みたいな状況が続き、自分が一番もどかしくて。

「ここで何かを変えないとこのまま終わってしまう」と危機感を持ったときに、自分なりに考えてトレーニングや食事と真剣に向き合うことで、結果がついてきました。だから、食事は大切だと思っています。

現役生活もそれほど長くないし、引退したら好きな物が好きな物が食べられます。今は長く活躍するためにできる限り我慢しようと思っています(笑)。

<メンタル編に続く>


杉本健勇(すぎもと・けんゆう)

1992年11月18日、大阪府生まれ / プロサッカー選手

所属クラブ:セレッソ大阪→川崎フロンターレ→セレッソ大阪→浦和レッズ

高校2年時にセレッソ大阪(下部組織)でクラブユース選手権優勝を経験し、大会MVPに選出。2017年シーズンには日本代表初選出を果たし、リーグ戦得点ランキング2位を記録。恵まれた体格と高い決定力を武器にする大型FW(フォワード)。

 

才賀紀左衛門(さいが・きざえもん)

1989年2月13日、大阪府生まれ / キックボクサー、総合格闘家

高校時代から格闘家として活躍し、数々のK-1ビッグマッチに出場。2013年にはプロレス、2014年には総合格闘家デビューを果たした。30歳代に入り、ジム経営と選手の2足のわらじで日々奮闘している。