虫歯に対する薬物塗布治療
虫歯治療というと、キーンと甲高い音がする切削機器を使って虫歯を削り、そこに詰め物や被せ物を入れるイメージがあるのではないでしょうか。
しかし、虫歯をまったく削らずに、塗るだけで虫歯が進行するのを抑制できる特別な薬剤があるのをご存じでしょうか?
代表的な商品として「サホライド」があります(図1)。38%という高濃度のフッ化ジアンミン銀を含有する透明の液体で、初期う蝕(虫歯)や知覚過敏の治療を中心に用います。
この治療法は歯を削る必要がないので、幼児や障害がある方など、一般の虫歯治療が困難なケースに効果的です。ただし、劇薬に分類されるので取り扱いは要注意です。
半世紀以上も前に日本で開発された製品ですが、現在は世界各国で子供たちを中心にう蝕抑制に使われ、「子供たちをドリルから解放する」と高く評価されています。

写真:筆者提供
サホライドの作用
初期虫歯の進行を抑える
サホライドは高濃度のフッ素と殺菌効果の高い銀を含み、相乗効果が期待できます。
サホライドのフッ素濃度は約55000ppmで、市販の歯磨き粉の約40倍、歯科医院で塗布するフッ素の約6倍です。
初期の虫歯の場合、サホライドを塗布するだけで虫歯の進行を抑えることができます。歯を削らずに短い時間で処置が完了するのが大きな利点です。
ただし、歯が黒く変色するので、永久歯の前歯などの目立つ部位に使うのは注意が必要です。
二次う蝕を防ぐ
二次う蝕は、過去に虫歯治療で入れた修復物と歯の境界部に二次的に形成された虫歯(図2)で、歯を削った後、修復物を入れる前にサホライドを塗れば予防効果が期待できます。
塗布した部分は修復物で隠れるので、黒くなっても目立ちません。
知覚過敏の症状を抑える
サホライドを塗れば歯に対する温度変化や接触刺激の伝達が弱まるため、冷水がしみるなどの過敏な症状を抑えることができます。

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サホライド処置における対象年代別の臨床応用
サホライドは小児から高齢者まで使うことが可能で、保険が適用されます。サホライドの処置法に関して年代別に解説します。
小児に応用するケース
歯磨きを嫌がってブラッシングが満足にできない小児は虫歯リスクが高いですが、3歳前後の幼児でもスムーズに処置できるため、私も必要に応じて活用しています。
恐怖心で嫌がる子供に虫歯治療を強いると、ますます歯医者嫌いになる可能性が懸念されます。
そのようなケースでは、一時的に虫歯が進行するのを抑えるサホライドは有効です。将来的に子供が成長して虫歯治療が可能になれば、黒く変色した部位は白い詰め物に置き換えましょう。
成人に応用するケース
奥歯や歯の裏面、歯の間などの外見では目立たない部分は黒くなっても支障がないため、サホライドが適応されることがあります。
実際の虫歯治療では、詰め物を外れにくくするために健康な歯を一部削ることがあるので(維持形態といいます)、小さい虫歯にサホライドを用いると、健康な歯を削るリスクを避けることができます。
また、虫歯になりやすい要介護者や薬の副作用等で唾液が少ない人にも効果的です。
高齢者に応用するケース
加齢や歯周病で歯ぐきがやせると歯根が露出しますが、歯根表面は硬いエナメル質がないため知覚過敏や虫歯リスクが上昇します。
歯根面にできる根面う蝕(図3)は、2006年に大阪大学の研究グループが報告した調査では、60~78歳の高齢者287人のうち53.3%という高割合で認められました。
高齢者における虫歯治療は麻酔薬で血圧が上昇するリスクがあるなど、歯を削る治療を避けた方が望ましいケースが少なくありません。日本歯科保存学会のガイドラインでも根面う蝕に対する歯を削らない非侵襲性処置は推奨されています。

写真:筆者提供
サホライド治療を受ける際の注意点
皮膚や衣服に付着すると黒くなる
口の粘膜や皮膚、衣類、器具などに付着すると銀成分が沈着して褐色や黒色になりますが、付着した物によっては脱色が困難な場合があるため要注意です。
サホライドは透明の液体ですので粘膜に付着した時は気が付きませんが、時間の経過とともに次第に黒変します。付着した場合は速やかに水などでしっかりと洗い流しましょう。
苦味を感じる
処置中に舌で舐めたりすれば、苦味を感じます。特に歯科治療に対して恐怖心がある子供は苦味を感じると動いてしまうため、うまく処置できません。
口の処置に慣れていない子供は、歯磨きの練習から始めるなど、歯科治療に安心感を抱くようになってからサホライド治療を受けて下さい。
虫歯の進行の抑制には限界がある
すでに深くまで進行している虫歯の場合には、サホライドでも進行を抑えることができないケースがあります。サホライドの効果を望めるかどうかは、歯科医師が症状やレントゲン写真等の精査をした上で判断します。
サホライド治療後も歯磨きは必須
サホライドを塗っても、歯磨きが不十分ならば虫歯は進行します。サホライドの治療後も口腔ケア(歯磨き)を徹底することが重要です。
以上より、サホライドは塗布するだけで虫歯を抑制できて便利である反面、塗布した部分が黒くなるなどのデメリットもあります。歯科医師とよく相談した上で、有効に活用しましょう。
【参考資料】
・サホライド液歯科用38%(ビーブランド・メディコーデンタル)添付文書(2023)
・福島正義:SDF法による高齢者根面う蝕のマネージメント, 老年医学, 33(4) 400-404 (2019)
・日本歯科保存学会編:う蝕治療ガイドライン 第2版, 永末書店 (2015)


島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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