パフォーマンス低下? ドーピング違反? ワクチン接種とスポーツ選手の安全性についてファーマシストに聞いた

<初公開日時:2021年4月22日>

東京五輪開催まで100日を切った。多くの困難に見舞われながら急ピッチで準備が進み、五輪の象徴である聖火は各県を巡っている。ここまでくると、「中止」「延期」の可能性は限りなく低いとみていいのかもしれない。五輪は予定通り開催されるようだ。

五輪ムードが徐々に“高まりつつある”中で先日、一部メディアが「東京五輪出場選手への優先的な新型コロナウイルスワクチン接種を検討」といった内容を報じた。関係者らは世論の反応を鑑みて報道を真っ向から否定した。一方で、感染拡大・予防のために五輪代表選手への優先接種を促す国もあることから、完全に消えた話とはいいづらい。

ワクチン接種に関しては、多少の問題点があるものの、現状の閉そく感を吹き飛ばす大きな武器になる。日本国内での接種率はさておき、ワクチンの存在が五輪開催へとまい進する要因になっていることはいうまでもない。

五輪に出場する選手、それに準ずるレベルの選手は競技力の公平性を保つため、ドーピングコントロール下での競技が義務づけられている。当然、選手たちは、自分が使用するワクチンを含めた医薬品などの安全性を把握しておかなければならない。現在、世の中の最大の関心事であるといっていい「ワクチン接種」。そもそもスポーツ選手の健康上、使用しても問題ないのか。ドーピング検査には引っかからない物なのか。

この疑問に答えてくれるのがスポーツと薬のスペシャリスト「スポーツファーマシスト」。薬剤師の国家資格を有し、スポーツ選手が医薬品、サプリメントを安全に使用できるようアドバイス・注意喚起してくれる頼もしい存在だ。栄養摂取とともに、これから知っておかなければならない分野である。

今回は、合同会社イルホープ※1)・小野創平氏、スポーツ現場で活動する薬剤師・砂本沙織※2)氏のスポーツファーマシスト2人に、スポーツをする上でのワクチンを含めた医薬品との向き合い方について見解をうかがった。

※1)サプリメント商品、サプリメント商品に使用される原料にドーピング禁止物質が含まれていないかを専門的に検査・分析する。ドーピングについて勉強したい方、詳しく知りたい方はこちら(合同会社イルホープ公式ブログ)に役立つ情報が公開されています。

※2)医薬品に関する使用、ドーピングに関する質問がある方は、こちらからご連絡ください。

スポーツ選手のワクチン接種に問題はないのか

まず確認したいのは、「スポーツ選手がインフルエンザなどの一般的なワクチンを接種しても問題ないのか」という点だ。砂本氏はこのように答える。

「スポーツ選手がワクチン接種をすることで気にする点として、①ドーピング規則違反になるのか、②競技パフォーマンスに影響するか。この2点だと思います。

①の答えは『理論的にはほぼないと判断できる』です。新型コロナウイルスを含む一般的なワクチンは、世界ドーピング防止機構(WADA)が定めた『禁止物質』『禁止方法』のどちらにも当てはまりませんし、WADAがリリースしたQ&A(no.11)でも、『新型コロナウイルスに対するワクチンは禁止物質・方法を含むと考えられておらず、検査結果に影響するものではないでしょう』と記されています。

また、②に関しては、『ワクチン接種後の全身・局所の副反応による運動パフォーマンスの低下は否定できない』です。しかし、だからといって、ワクチンを接種しない方がいいかというとそうではありません。スポーツ選手は接触が多い場合もあり、感染リスクがかなり高いともいえます。感染するリスクとワクチンの副反応のリスクを比べると、接種することが推奨されています。

もし、副反応が出てしまった場合でもほとんど、通常2~3日で軽快するといわれていますので、大事な試合前などのタイミングを避けて接種すると良いと思います」

接種のタイミングを考えれば、ワクチンは予防策としても有効で、スポーツ選手への影響は限定的といえる。砂本氏によれば、インフルエンザの場合、ワクチン接種による免疫持続期間は5カ月とされており、その間の感染リスクやかかった場合の重症化のリスクは低下する。ただし、インフルエンザに絶対患わないわけではないとのこと。この点は、予防接種を受けたのにかかってしまった経験を持つ人もいるので、効き目が100%とは言いきれない部分はある。

新型コロナウイルスワクチン接種によるスポーツ選手への影響は?

次に、新型コロナウイルスワクチンについて考えてみたい。現在、日本国内で接種されているのは、米国・ファイザー社製「コミナティ筋注」。スポーツ選手が接種することで起こりうる影響について、小野氏は「短期、中長期で分けて考えることができる」と話す。

「短期的なものでいえば、コミナティ筋注は約8割の人に注射部位の疼痛、2~3割の人に注射部位付近の筋肉痛がみられるというデータがあります。筋肉注射なので当然ではありますが、注射後数日間は痛みを伴い、プレーに集中できない可能性が考えられます」

ドーピングコントロール下にある選手は一般的なワクチンと同様、競技環境、スケジュールを鑑み、接種のタイミングを考えたい。

「中長期的なものに関しては、データが少ないのであくまで推測としてお答えします。理論上、mRNAワクチンは数日で体内からなくなってしまいますし、遺伝情報を直接書き換え、筋肉の質を変えるなどの影響を及ぼすことはありませんまた、国内で広く使用されてきた一部のワクチンのように、感染時と同様の症状が出ることも考えられません」

最も早くコミナティ筋注を接種する可能性があるスポーツ選手は、優先接種の検討が噂されている東京五輪代表らになるが、五輪以降は多くの競技者も対象になってくる。改めてワクチンの安全性について聞いた。

「コミナティ筋注とドーピングをひもづける場合、①成分的な問題、②物理的な問題が浮上します。①については、ドーピング禁止リスト(禁止表国際基準)に掲載される成分はなくどのセクションの類似物質にも該当しません②は『用途』『注射の量』などの観点からドーピング行為にあたりませんし、mRNAは遺伝情報を書き換えるわけではないので、接種が禁止行為とはみなされません」(小野氏)

「医薬品はサプリメントやプロテインとは異なり、主成分、添加物などの含有成分がすべて表示されています。ですから、そうではないサプリのように、アンチ・ドーピング認証をする必要がありません。使用している医薬品の含有成分と、禁止リストを照らし合わせて、規則違反となっている成分が入っていなければ、理論上、安全に使用することができます。WADAは新型コロナウイルスワクチンの接種を推奨していますので、現時点ではスポーツ選手によるワクチン接種は問題ないといえるでしょう」(砂本氏)

WADAは日々、スポーツ選手の健康を守るため、ワクチン接種に関する医学的な情報収集に努めている。現状ではワクチン接種を推奨しているものの、万が一ネガティブな情報が出てきた場合は、その危険性に関する情報発信を即座に行う姿勢をみせている。

砂本氏は「新型コロナウイルスワクチンについては、今後蓄積されたデータに基づいて、見解が変更される可能性もある」としながら、現時点で罹患や重症化のリスクを下げるメリットを示す十分なデータがあり、スポーツ選手が接種する意味は大きいとしている。

小野氏はコミナティ筋注について、「mRNAという言葉が先走り、精子や卵子に影響を及ぼすと考える方も少なくないでしょう。でも、理論上、遺伝子情報に直接影響を及ぼすわけではないので、これから妊娠・出産を計画されるママ、パパのスポーツ選手にも、現在授乳しているママのスポーツ選手にも安心して使用できると考えます」と、安全性を強調する。

いずれにしろ、スポーツ選手がワクチンを含む医薬品を使用する場合、自己管理が大切になってくる。選手がすべきことは「医師、薬剤師などの専門家に安全性を確認する」「使用した医薬品の内容の記録を残す」である。実際に、五輪出場レベルの選手は口に入るものを自己管理し、競技力の向上、コンディショニングに努めている。

今回、2人のスポーツファーマシストから見解を示してもらったが、明確で論理的な返答からワクチンに対する不安が少し払しょくされたのではないか。また、今後日本に導入されるであろう、英国・アストラゼネカ社製ワクチン、米国・モデルナ社製ワクチンについてもエビデンスに基づいた安全性の観点から、接種の判断をする必要がある。

現在、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)と日本薬剤師会が共同で認定を行う「スポーツファーマシスト」の有資格者は意外と多い。半面、スポーツ現場で有効に活動できていない現状もある。スポーツ選手の生命にかかわるドーピングに直結する医薬品やサプリメントの専門知識を持っているにもかかわらず、である。

最近ではスポーツチームに専門家を派遣して、選手の安全性について指導・サポートする動きも出てきた。日本国内では欧米と比べて周回遅れではあるものの、ようやくサプリメントのアンチ・ドーピングに関するインフラが整いつつあり、医薬品についても関心を高めていくべきである。

成熟したスポーツ文化を日本国内で根づかせるために、スポーツ関係者がスポーツファーマシストの持つ責任と知識を理解し、現場で活躍させる機会を増やしていくことが大切だ。そして、スポーツファーマシストの役割、能力を実際に示していくことが、活躍の場を増やす近道になってくる。

<参考情報>

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<初公開日時:2021年4月22日>


島野 聖大  / しまの・きよひろ

スポーツ新聞社勤務を経て、テレビ、ネット、雑誌とすべての媒体でライター・記者、編集職を経験。前職の食品関連メディアでは編集記者として取材活動する中でスポーツニュートリション分野を開拓し、日本初の一般向けスポーツニュートリション専門誌を創刊(運営母体の事業悪化により休刊)。企画立案から営業、制作まですべてを担当した。スポーツ関係者・従事者ら、食品・栄養業界の研究者や開発者らへの豊富な取材経験を持ち、双方の分野に通じる。

2018年に独立。日本のスポーツニュートリション分野の発展を願い、スポーツ、健康、食品・栄養業界への取材活動を続ける。2020年2月、給食メーカー「株式会社ミールケア」と共同でWEBマガジン「すぽとり」を立ち上げ、編集責任者に就く。

回転翼航空機(ヘリコプター)操縦士のプロライセンスを所持するものの、営業トークにしか使えず、完全に宝の持ち腐れ。数十年も前に出場した「春高バレー」というパワーワードをこすり倒し、取材活動を行う。

ニュートリションで日本と世界に橋を架ける 【ニュートリションな人々 #02 ~青柳清治さん④~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介するオープニング企画。第2回目は、栄養学博士で株式会社ドーム執行役員(サイエンティフィックオフィサー)の青柳清治さんの半生をお送りする。

長い間欧米の企業で要職を務め、現在は日本のスポーツニュートリション分野の発展に力を尽くし、幅広い活動を行っている。

スポーツニュートリションを身近な存在に

アンチ・ドーピングに関する食品業界への周知活動は一息つき、青柳さんは使ってもらう側への理解を求めることにシフトチェンジしている。アスリートはもちろん、スポーツ業界の専門家や指導者などにアンチ・ドーピングの重要性を訴えるため、日常業務の合間を縫って活動を続ける。

アンチ・ドーピングの周知活動以上に、青柳さんが今最も力を入れているのが、スポーツニュートリショニスト、管理栄養士、スポーツファーマシスト、学生、企業人が月1回集まるすぽべん(スポーツ栄養勉強会)での活動である。

「すぽべん」では、ニュートリションはもちろんのこと、運動生理学、生化学などスポーツを取り巻く学術に関する議論や発表が定期的に行われ、幅広くさまざまな視点からスポーツや運動を掘り下げているのが特長である。

2017年には「すぽべん」のメンバーが中心となり、海外の最新知見を日本語訳したスポーツ栄養ガイドライン「Nutrition and Athletic Performance」を刊行した。海外の最新情報を日本にも導入し、スポーツニュートリションの発展のために日夜研究が進められている。さらに、翌年には国際スポーツ栄養学会のポジションペーパー「ISSN Position Stand: Protein and Exercise」を和訳して世の中に提供している。また、海外のスポーツニュートリション関係者・研究者が一堂に会する、国際スポーツ栄養学会(issn)東京大会「issn Tokyo」の大会長として、準備に奔走している。

「海外の最新情報を届けることはとても大事なこと。そもそもどこから情報を取っていいのかもわからないし、難しいのではないかと思っています。『すぽべん』では、なかなか知り得ない海外のスポーツニュートリション、その周辺情報も積極的に活用しながら、国内の最新知見を組み立てて、情報を発信していきたいと思っています」

青柳さんのこれまでの活動を振り返り、共通しているのが海外の最先端を日本に導入すること。ある意味、海外と日本に橋を架ける役割を担っていたといえる。

これは、海外生活が単に長かったからではなく、研究者やビジネスマンの視点を持って日本を見つめていたからこそ、足りないもの、取り入れなければならないものがわかったのだろう。

現在、日本のスポーツニュートリション分野は、イノベーションが進んでいる。その中で、深い知識と広い視野を持つ青柳さんの存在は欠かせまい。これからの活動に注目したい。

<完>

ニュートリションで日本と世界に橋を架ける 【ニュートリションな人々 #02 ~青柳清治さん③~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介するオープニング企画。第2回目は、栄養学博士で株式会社ドーム執行役員(サイエンティフィックオフィサー)の青柳清治さんの半生をお送りする。

長い間欧米の企業で要職を務め、現在は日本のスポーツニュートリション分野の発展に力を尽くし、幅広い活動を行っている。

スポーツニュートリションへの高い関心

臨床栄養分野で長く活躍していた青柳さんがなぜスポーツニュートリション分野に“転身”したのか。話はアボット社在籍時にさかのぼる。

当時アボット社が所有していたニュートリションブランド「EAS」は、「栄養とトレーニングで体の状態を変化させる」という肉体改造プログラム(Body for Life)を展開していた。

スポーツ栄養学と筋トレ、および有酸素運動を融合した3カ月のプログラムで、多くのアメリカ人が実績を出していた。青柳さんも肉体改造をするためにプログラムを実行したところ、劇的に変化したことを実感する。

もともと栄養が体に及ぼす影響を専門に研究していたこともあり、体作りとニュートリションの相関と重要性を即座に理解した。トレーニングの知識を独学で学び、パーソナルトレーナーの資格も取得した。

海外でトレーナーの資格を取得する過程で講座を受ける中、半分がニュートリションの話で、トレーニングとニュートリション、スポーツとニュートリションは切っても切り離せない関係であることがわかった。

「僕の専門分野である臨床栄養と、スポーツニュートリションはとても似ている。例えば、スポーツでいえば、アスリートがパフォーマンスアップのためにトレーニングを積み、プロテインやアミノ酸を摂取して筋力強化、筋肉増量を図る。

一方で、健康に気をつけている人や中高年の方は、フレイルやサルコペニアの予防という観点から毎日の運動に加えて、プロテインやアミノ酸を摂取する。

『筋肉をつけるためのニュートリション』とすれば、競技スポーツも健康も考え方は同じなんですよね。運動をする人が増えている日本でも、食べることが密接な関係を持っていることをもっと知ってほしいですし、その考えは浸透しつつあると思っています」

 アンチ・ドーピング認証システムの是正を目指し…

青柳さんを語る上で欠かせないのは、サプリメント製造にかかわるアンチ・ドーピング分析の必要性を食品業界に植えつけたことだ。

東京五輪の開催決定を機に国内でもアンチ・ドーピングの機運が高まり、ドーピングコントロール下にあるアスリートが口にする物の安全性が問われることになった。

アスリートに商品を提供しているサプリメント・食品メーカーは当然、ドーピング物質の有無に関する分析をして安全性を担保したいが、さまざまな理由があって日本では数年前まで、事実上メーカーがアンチ・ドーピング分析を行うことができなかった。

こうした状況が続いていた中、青柳さんは「高度なアンチ・ドーピング分析・認証を日本でも可能にする」「海外の分析力に長けた機関と連携する」「これまでアンチ・ドーピング分析ができなかったメーカーの受け皿を作る」-この3つのミッションを遂行すべく、水面下で動いた。

国際的なアンチ・ドーピング認証「インフォームドチョイス(IC)」を展開しているイギリスの大手分析機関「LGC」と日本での展開について粘り強く交渉し、2016年秋にICは日本に上陸した。

「最初はLGC社に全く相手にされなくて・・・。連絡しても返答がないという時期もありました。それでも、日本国内のアンチ・ドーピングに関する体制の問題や、東京五輪が迫る中で、LGC社が日本でマーケティングを展開する意義などを説いていくうちにこちらの思いをわかってくれて、ようやく前に進むことができました。

このプロジェクトは、メーカーに所属する僕が訴えるのはもちろんですが、健康食品の規格に熟知しているバイオヘルスリサーチリミテッド社・池田秀子さんの協力は欠かせませんでした。池田さんが持つ専門知識や実績がなければ、ICがこれほど日本に受け入れられなかったでしょう」

余談ではあるが、スポーツニュートリション分野で人気が高まっているHMB※1を日本に持ち込んだのは青柳さんと池田さんである。

当時、海外でHMB含有の臨床栄養製品を製造・販売していたアボット社は日本での展開を目指していた。その担当者が青柳さんだったのだが、食薬区分2の関係でHMB含有製品の日本での販売は認められていなかった。

そこで、青柳さんは食品規格の専門家である池田さんに相談し、HMBを日本国内で展開できるように働きかけ、品質や効果・効能に疑いのなかったことがわかり、僅か2年というスピードでHMBが食品・サプリメントで使用できるようになったのだ。

※1 正式名称「βヒドロキシβメチル酪酸」。期待される効果としては、筋肉の合成・筋疲労の軽減などがある。

※2 日本では食品と薬品で使用できる原料が分けられており、HMBは食品やサプリメントに配合できなかったが、2010年に認可された。

ICを展開するLGC社では、商品にドーピング物質が検出されていないことを証明する分析結果をHP上で開示しており、アスリートは一目で安全性を確認できる。また、もし分析の過程でドーピング物質が検出された場合、メーカー側に伝えて迅速に対応できるよう、極めてオープンな体制をとっている。

ドーピング問題には、コンタミネーション(製造過程での異物混入)や配合原料がそもそも禁止物質で気づかずに使用していたなど複雑なので、機会があるときに説明したい。

こうして出会った2人がタッグを組み、アンチ・ドーピング分析・認証を日本でも可能にしたのだ。近年では、LGC社のアンチ・ドーピング分析プログラムを利用するメーカーが急増しており、その数は2020年2月時点で40社を超える。

国内のスタンダードとなりつつある中で、スポーツサプリメントメーカーの大半は利用しているといっていい。また、グローバルな視点から見ても、名だたるブランドがプログラムを利用していることから信頼性・知名度は高い。

「メーカーが商品のアンチ・ドーピング分析を受けるのは当たり前のことだと思いますよ。もし、サプリメントからドーピング物質が検出されたら、アスリートの人生をめちゃくちゃにしてしまいますから。これまでは分析を受けられる機関がなかったので仕方ありませんでしたが、食品業界ではアンチ・ドーピングの意識が変わってきています。

一番大切なのは、使っていただくアスリートや消費者のみなさん。アンチ・ドーピングの考え方や、食品やサプリメントにICの認証マークがついている意味をよく知ってもらわなければなりません。だから、これからもいろいろな場所で多くの方に会って、地道に説明していきます」

<④に続く>

ニュートリションで日本と世界に橋を架ける 【ニュートリションな人々 #02 ~青柳清治さん②~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介するオープニング企画。第2回目は、栄養学博士で株式会社ドーム執行役員(サイエンティフィックオフィサー)の青柳清治さんの半生をお送りする。今回はVol.2。

長い間欧米の企業で要職を務め、現在は日本のスポーツニュートリション分野の発展に力を尽くし、幅広い活動を行っている。

アメリカのノウハウを日本へ導入、世界中を飛び回る日々

青柳さんがアボット・ラボラトリーズで病態別栄養の研究・商品開発を進めていたころ、日本には栄養剤に配合する良質な原料が数多く開発されていた。

原料探索のため、頻繁に帰国するようになり、臨床栄養の専門家とも交流をもつようになった。専門家らと日米の臨床栄養に関する意見交換などをするうちに、NST(ニュートリションサポートチーム)が日本国内に存在していないことに気づく。

NSTは、患者に最良の栄養療法を提供するため、医師・看護師・管理栄養士・薬剤師などのスペシャリストで構成され、欧米ではNSTが現場でチーム医療を施すことが当たり前だった。

そこで、青柳さんは日本国内の専門家や関係者に最先端の現場を見学してもらい、日本とアメリカの橋渡しをした。この活動を契機に、日本版NST誕生への流れに変わり、現在ではNSTは医療現場で定着している。

日本へ頻繁に行くことが多かったため、1998年に大日本製薬とアボット社の合弁会社「ダイナボット」(現:アボット・ジャパン)の栄養剤関連の総責任者として赴任。10数年ぶりに日本を中心に活動することになった。ここでも日米の違いを発見することになる。自らの専門分野である病態別栄養の研究が日本では行われていなかったのだ。そこで、アメリカで行っていた仕事をそのまま日本にも流用することにした。

また、医師の栄養への理解を深めることを目的に、日本静脈経腸栄養学会と合同で、アボット社が開発した臨床栄養教育プログラム「トータルニュートリションセラピー(TNT)」の国内普及プロジェクトにも携わった。TNTは今でも多くの医師が受講しており、NSTにはTNTを受講した医師が1名常勤する必要になっている。

さらに、「日本人の新身体計測基準値(JARD2001)」の確立にも一役買った。身体計測は患者の栄養状態を知るため(栄養アセスメント)に重要な項目だが、当時は欧米人の指標を使って日本人に当てはめていたため、意味をなさないことが多かった。

日本栄養アセスメント研究会と一緒になって、栄養アセスメントキット(皮脂厚や腕の周囲長を測定する道具)を普及させ、さらに年齢、男女別など日本人の体格の基準を事細かく決めていった。

「アメリカと日本ではやはりいろいろな違いがあって、特に優れたプログラムだったTNTとJARD2001の普及活動は当時力を入れていて、日本の臨床栄養分野の発展に少なからず貢献できたのではないかと思っています。自分でも誇らしい仕事をしたと胸を張れます」

海外の最先端ノウハウを日本へ“輸出”する役目をいったん終え、アメリカに戻った青柳さんは世界を舞台に栄養剤ビジネスを展開する要職に就いた。もちろん、力を注いできたTNTの普及活動を、今度は南米、東南アジアで進めていった。2009年までの7年間世界中を飛び回り、1年間のうち8割は海外出張という多忙な日々が続いた。

2009年からは、アボット・ラボラトリーズがシンガポールに栄養研究所を設立することになり、現地に赴任。研究者を集めたり、分析機器を取りそろえたり、試作品開発の施設づくりまで、まさしくゼロからのスタートで研究所を立ち上げた。

一定の成果を挙げた後、アメリカ製薬大手「GSKグラクソ・スミスクライン」へ移籍。ヘルス事業部で薬事、品質管理、開発すべての部門を統括する責任者を務めた。歯磨き粉「シュミテクト」、「アクアフレッシュ」、入れ歯洗浄剤「ポリデント」、入れ歯安定剤「ポリグリップ」、総合感冒薬「コンタック」など、日本でもなじみ深い商品の開発に携わった。

ビジネスは順調だったが、ここで自らがライフワークとしていたニュートリションから離れた仕事をする毎日に疑問が生じる。

「ニュートリション分野に戻りたい」-そう思っていた矢先に乳業大手「ダノン」からの誘いを受けて移籍。日本国内でもヨーグルト需要が爆発的に高まっていた2012年のころだ。

研究開発部長を務め、OIKOS(オイコス)、Bio(ビオ)に携わった。そして、2015年1月、現所属先である「ドーム」のスポーツニュートリションブランド「DNS」の責任者として辣腕を振るっている。

<③に続く>

ニュートリションで日本と世界に橋を架ける 【ニュートリションな人々 #02 ~青柳清治さん①~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介するオープニング企画。第2回目は、栄養学博士で株式会社ドーム執行役員(サイエンティフィックオフィサー)の青柳清治さんの半生をお送りする(全4回)。

長い間欧米の企業で要職を務め、現在は日本のスポーツニュートリション分野の発展に力を尽くし、幅広い活動を行っている。

“アメリカ人”として青春時代を送り…

青柳さんは1976年、エレトロ二クス関係の販売会社に勤務していた父の転勤でアメリカ合衆国のロサンゼルスに渡った。中学2年生の時だ。当時を振り返り、青柳さんはこう語る。

「あのころは今ほど日本人を受け入れる体制が整っておらず、全く英語が話せなかったし日本人もほとんどいないのでずいぶん苦労しました。でも、周囲の人たちに本当に親切にしてもらってね。無事に高校を卒業することができたんです。もう日本人というより、アメリカ人として生活を送り、青春時代を過ごしたといっていいでしょうね(笑)」

ちなみに近年の在米邦人の数は約50万で推移しているが、1997年に25万人を突破して以降、約20年で倍増している。青柳さんが渡米した1976年当時、もっと日本人が少なかったことを考えれば、「ほぼアメリカ人として生活を送り・・・」という言葉はうなずける。

今ほど日本の文化や国民性に寛容ではない時代。言葉ではいえない辛酸も味わっただろう。語学習得、勉学に精力を傾けて高校卒業時には成績優秀者として表彰されるまでに至った。

青柳さんは大学を決める際、日本に帰国する考えはなく、アメリカで永住しようと考えていたことから、南カリフォルニア大学(USC)、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)、オクシデンタル大学(Oxy)の3校に進路を絞った。いずれも、アメリカの名門大学で多くの著名人、政治家、研究者などを輩出している。

USCとUCバークレーは比較的大きな規模で学生数も多い一方、Oxyは比較的小規模で特定の分野に偏らずさまざまな分野が学べる、いわゆる「リベラル・アーツ・カレッジ」。一学年も少数でじっくり勉強できる環境だと思い、後者を選択した。2学年上にはバラク・オバマ前大統領がいる。物心つく頃からダーウィンの進化論に共感を覚えていた青柳さんは、大学で生化学を専攻する。

「僕はね、生粋の『ダーウィニアン』。なぜ人間がここまで進化したのかを考えると面白いよね。古くから人間が脈々と受け継いできたDNAが進化して、今に至ると思っているんです。生化学を極めれば、その答えに少しでも近づけるのかなと思っているんですよ」

みっちり勉学にいそしみながらも4年間の大学生活を満喫した後、青柳さんは「日本人なのに日本のことを何も知らない」と感じ、日本国内でアミノ酸の研究・開発を行う企業で研究者としての職に就いた。

糖を微生物で発酵し、アミノ酸を生産する技術の応用でアルギニンを生成し、アルギニンの生産株からオルニチン、シトルリンを生産する技術を見出した。それが1985年。今でこそ消費者の認知度が高いアルギニン、オルニチン、シトルリンのアミノ酸3種はこの頃から研究が行われ、青柳さんはその黎明期にかかわっていたのである。

その後、アミノ酸の用途開発の研究に携わることになる中で探求心が強くなり、社内留学制度を利用してイリノイ大学の大学院に進む。ここで、アミノ酸研究の第一人者、デイヴィッド・H・ベイカー博士に師事し、研究スキルを磨いていった。留学期限の2年で、通常は4年かかる博士課程も修了できるメドがついたため、退職してそのままアメリカに残って栄養学博士号を取得した。

博士号を取得後、アメリカ製薬大手「アボット・ラボラトリーズ」に入社。オハイオ州にある研究所で病態別栄養学の研究に従事した。ここではリウマチの栄養治療をテーマに用途開発研究を進め、在籍中には3つの米国特許を取得した。

「リウマチは自己免疫異常が原因で、免疫組織が自分の関節を壊してしまい、痛みが発生するメカニズムになっています。このときⅡ型コラーゲンをごく微量に摂取すると免疫系が変化して自分の抗原を攻撃しなくなり、リウマチが改善されるということを突き止めました。アボット社在籍時にいろいろな研究をさせてもらって、薬ではなく栄養をきちんと摂ることで病気の予防に役立つことがよくわかりました。この時期はとても面白かったですね」

そのほか、栄養摂取による抗炎症作用の研究にも力を注ぎ、EPAが持つ作用に着目。EPAを配合した栄養剤「オキシーパ」の開発に着手した。オキシーパはやけど等でICUに搬送される患者用の栄養剤で、長期間ICUに入ることを余儀なくされた患者に飲ませると、EPAの抗炎症作用から早期にICUから離脱できるという臨床効果が得られている。ほかにも、COPD(慢性閉塞性疾患)患者向け、糖尿病患者向けの栄養剤を次々に開発し、病気の予防や治療という観点から栄養摂取の有用性について考えるようになった。

<②に続く>