ここが変だぞ! 日本のスポーツニュートリション ~後編~【Dr.Aoyagiのスポーツニュートリションをぶった斬る! #02】

日本食は果たして、スポーツや運動に向いているのか?

日本食には、お米とかうどん、そばのような炭水化物が多く、好物にしている人はたくさんいると思いますが、僕は米国で長い間育ってきましたので、実は日本食にそれほど依存しなくても大丈夫なんです(笑)。

何の話かというと、日本食(和食)のスポーツシーンでの価値を考えたときに果たして“使える”物なのかどうか。いろいろと調べてみると、日本食にはスポーツ選手にとってのスーパーフードといわれるものがないのかなと思います。強いていえば、納豆が当てはまりますが、少し脂質が足りない。「おにぎりをたくさん食べる」みたいなこともよく聞きますが、おにぎりはエネルギー食なので、それだけでは不十分で該当しない。

一方アメリカでは、ピーナッツバターをよく食べるんですけど、これが実はスポーツ選手にとってのスーパーフードになるんです。高カロリーでたんぱく質も多く、質のいい脂質※)も含まれている。スポーツ選手の多くが摂っている食品といっても過言ではありません。「質のいい脂質を摂る」という点でいえば、オリーブオイルを多く使うイタリアやスペイン料理なんかも、スポーツ選手の食として成り立つのではないかと思います。

※)オレイン酸(オメガ9系)やリノール酸(オメガ6系)などの不飽和脂肪酸が多く含まれていて、特にリノール酸は体内で生成されないため、食事から摂取する必要のある必須脂肪酸。

さて、日本食を考えてみましょう。日本食はユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、世界中から注目されました。しかし、それは所作や季節感、日本文化との調和などであり、栄養とは全く関係のない部分です。

日本の栄養学の権威にその疑問を直接ぶつけたところ、「日本食はビタミン、たんぱく質、脂質、どれも不十分」とぶった斬っていました(笑)。「日本食はヘルシー」というのはウソではないと思いますが、「スポーツ選手の食」と考えると、それほど向いていないのかもしれません。

実際にプロの外国人指導者もそう考えているようで、海外から日本のチームに就任した時、白米よりも栄養素が高い玄米に変えたり、良質な脂質を摂取する目的でナッツ類を推奨したり、フルーツ(ビタミン)を多く摂るようにしたりして、栄養への意識改革からチームを変えていったという話もあります。やはり、外国人から見ても日本食はそう見られているんだと妙に納得した記憶があります。

僕が長くいた米国は独自の食文化がないので、プロテインとかシェイクだけとか、同じ物を毎日食べても平気、サプリだけでも大丈夫みたいな人とか意外に多いんですね。スポーツ選手にも多くて。まぁ、体の出来が全く違うからとしか言いようがないんですけど(笑)。

あと、日本的な食事のとり方「3度の食事」というのも、スポーツの観点から少し変わっていく必要があるのかと思いますね。「栄養摂取のタイミング」を考えると、朝・昼・晩の3度をきっちり食べるのではなく、1食分を少なくして5、6回食べるとか、補食をうまく使うとか。そういった摂取タイミングを軸にした栄養戦略は各競技で必要になってくるのではないでしょうか。

「食事や食材を楽しむ」、「目で楽しむ」というのはとても大切だし、日本の文化として残していくことは意義があります。でも、それとパフォーマンスを上げる栄養摂取は別物と考えた方がいいと思います。

欧米の強いスポーツ選手は、「頭で食べる」印象があります。つまり、頭で考えて栄養摂取しているということ。だから、外国人監督が日本に来ても、栄養価がそれほど高くない日本食を取り入れなかったわけです。日本人選手も日本食で栄養摂取をしようとすると難しい面が出てくるので、食生活自体変える必要も出てきますね。

BCAAは医療用医薬品!? 食薬区分の謎

この話は少し難しくてのちほど詳しく話そうと思いますので、今回は触りの部分だけ。

日本には「食薬区分」というものがあって、簡単にいえば、食品用原料と医薬品原料を分けて効果・効能を明確にうたえる物、うたえない物を区別する法律です。僕が日本に戻ってきて、海外と大きな違いを感じたのは、栄養素を取り巻くこの食薬区分のルールでした。

スポーツや運動をする人にとってよく聞くBCAA。バリン、ロイシン、イソロイシンといったアミノ酸の混合物で栄養価値の高い物として知られています。スポーツ向けのサプリメントとしても多くの商品が登場していますが、このBCAA、実は我が国では医療用医薬品でもあるということを知っていますか。ほとんどの方は知ることもなく使用していると思いますが。

海外ではBCAAはれっきとした食品扱いです。体内にも存在するアミノ酸が基になっているわけですから、当然ですよね。でも、日本の法律では薬価のついた医療用医薬品としても、食品(サプリメント)としても売られています。つまり、医薬品として処方されたBCAAは保険が適用され、スポーツサプリとして購入したBCAAは保険が適用されない自費扱いということです。同じ物であるにもかかわらず・・・。

食薬区分の規制緩和で、海外では当たり前のようにスポーツシーンで使われるサプリが日本でも使えるようになった例がいくつかあります。ファットバーニング系のサプリに多く使われている「カルニチン」、筋トレ系サプリに使われている「HMB」、そして持久系サプリに最近使われ始めた「β-アラニン」です。これらはすべて、外資系企業が2~3年の月日を費やし、相当の金額を積んで閉ざされた日本の医食制度の門戸を開いた結果です。鎖国日本に黒船到来というわけです。

「タウリン」は、いまだこの壁を壊さていない有用な栄養素の一つです。海外ではサプリ(食品)として当たり前のように売られていますが、我が国ではいまだ医薬品扱いです。単純に食品原料として販売するよりも医薬品原料にしておいた方が都合良く販売できるためで、本来は食品であるべきものが医薬品扱いになっているのです。

この問題はビジネスの要素がとても強く、一見読者のみなさんに関係のない話と思われがちです。しかし、規制緩和でタウリンも食品扱いになれば、効果が期待できる栄養素としてスポーツサプリや食品の開発が進むでしょう。

スポーツや運動もそうですが、国として国民の健康を推進するのであれば、利権や企業に都合のいい法律やルールを外圧に頼らずに、しっかりとグローバルスタンダードに変える必要があるのではないかと常に問題意識を持っています。栄養学博士というよりは一人の国民として、是正に向けて動いていきたいですね。

気になる研究の遅れとスポーツビジネス

特に「日本って変だな」と思う点は、スポーツ選手が被験者になったニュートリションの研究データが極端に少ないことです。研究者もそれほど多くないですね。日本は海外と比べると、倫理的にヒト試験がやりづらい環境にあるといえますが、それにしてもといった印象です。

研究者やデータが少ない原因として、先に述べた栄養摂取の概念が希薄ということと、ビジネスにならないというのが大きいのではないかと考えています。海外では、スポーツ選手と栄養摂取に関する研究に関してはサポート体制が構築されていて、少なくともヒト試験のデータがなくてはビジネスに参入すらできない仕組みになっています。

食事、栄養摂取を踏まえたニュートリションというのは、前にも話したようにスポーツの核になる部分で、健康にも直結する分野といえます。海外ではそれが理解されているから、スポーツ分野にどんどん研究費を投じ、エビデンスが次々と明らかになり、研究データに基づいた商品が生まれてビジネス化する。この流れができていて、結果的にスポーツニュートリションサイエンスが発展していくのです。

一方、日本は栄養への理解が足りないため、現状で同様の流れは作りにくく、研究といえば食事調査や行動変容の結果報告が主になっています。この点で、海外とだいぶ差がついてしまっているなと感じます。

アメリカではスポーツはビジネス。日本は「体育」という言葉からわかるように教育の面が強い。だから、主たる研究機関の一つである大学でもスポーツをビジネスとして捉えて、研究の成果をお金に還元するという発想が出てこないのです。そもそも倫理として人体実験のようなものも敬遠されていますから。

数年前から日本版NCAA「ユニバス」、つまり米国並みに大学スポーツのビジネス化を日本でも進めていこうという試みがあります。現状のままでは、海外との差がどんどん広がっていく未来が予想できますので、乗り越えるべき壁はいくつもあるものの、この試みが軌道に乗ればスポーツニュートリションサイエンスが少し前進するのではないかと期待しています。

<前編を読む>

<次回へ続く>


青柳清治 / Seiji Aoyagi, PhD  栄養学博士、(株)DNS 執行役員

米国オキシデンタル大学卒業後、(株)協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得。以降、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年に日本へ帰国後、ウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店・(株)ドームのサプリメントブランド「DNS」にて責任者を務める。2020年より分社化した株式会社DNSでサイエンティフィックオフィサーを務める。

ここが変だぞ! 日本のスポーツニュートリション ~前編~【Dr.Aoyagiのスポーツニュートリションをぶった斬る! #01】

はじめに

僕は今まで海外生活が長く、臨床栄養や栄養剤ビジネス、商品開発に携わり、日本に帰国後、スポーツニュートリションの世界に身を投じました。それで、スポーツが盛んな欧米を見てきた中で、日本では「ん?」と思うことが数多くあり、欧米と同様のことができない、もしくは、制度や仕組み自体を変えなければ前進しないだろうなと思って日々を過ごしています。

この連載で訴えていきたいのは、グローバルスタンダード。つまり、日本のスポーツニュートリションも世界標準に立って物事を進めていかなければならないということ。現状をみると、海外とはだいぶ差があります。しかし、差があるからと嘆いているばかりでは何も始まりません。

僕のキャラクター的に(笑)、耳の痛い話、際どい話が多くなるかもしれませんが、栄養学博士、企業人として日本のスポーツニュートリションに関する問題提起、海外の最新情報、海外で注目されているサプリメント原料など、さまざまな角度からぶった斬っていきたいと思います。

「栄養」がプライオリティになっていない日本

外国と日本の決定的な差として、まず感じることは「栄養への理解度」ですね。これは、プロをはじめとするすべてのスポーツチーム、指導者、選手を含めていえることだと思います。知り合いのスポーツニュートリショニストによると、チームに所属して指導・サポートができたとしても、予算編成の都合で真っ先にお役御免になるのが栄養関係者だそうです。僕の目からすると、この流れはとてもおかしく見えます。

そもそも栄養は生きる上での基本。それをおろそかにすることでどれだけ損をするかは想像がつくと思います。スポーツをする上でもそこは変わらないどころか、パフォーマンスを上げられることができる一手が栄養であって重要度を高くすべきなのに、日本ではなぜか置き去りになってしまっている。一方、海外では栄養を戦略的に考えるのが当たり前で、優先順位はとても高いのです。

ですから、戦略的な栄養介入を考える上でニュートリショニストの介入は不可欠になってきますし、海外ではトレーナーやドクターと同等に捉えられているのです。指導者が持つ知識だけでチームをマネジメントするのにも限界がありますから、栄養の専門家の介入によるチーム強化はごくごく自然の流れになってきます。

日本がグローバルスタンダードに向かうためには、「指導者が栄養の重要性を理解する」。これが今、日本のスポーツ界で必要なのではないかと考えています。僕もことあるごとに指導者のみなさんへ訴えていますが、理解してくれる方もいれば、そうでない方もいる。それぞれですね。

傾向として、スポーツ栄養学に理解のない、知らない世代の監督・コーチに教育されて選手時代を過ごした指導者は、なかなか受け入れにくいのかなといった印象です。でも、それだとチームは強くならないし、日々進化を続けるスポーツニュートリションを取り入れていかなければ、ますます世界に後れをとることになります。

僕に近い人の話として、こんなことがありました。あるチームの監督が交代することになって、挨拶がてら「チームの強化策には栄養戦略が不可欠」と説いたそうです。その監督は栄養の知識が全くなかったものの、すぐに理解を示してくれた。即刻、ニュートリショニストによる栄養講習会を行って、チーム強化に栄養を組み込んだのです。そのチームは、時間がかかったものの、好結果を上げるに至っています。もちろん、監督の指導力の賜物かもしれませんが、好成績の裏に栄養が果たした役割は決して小さくなかったと考えていますし、指導者が栄養を受け入れたことで好転したモデルケースともいえます。

グローバルスタンダードを日本に根付かせるために、指導者の意識改革と栄養への理解。これは、スポーツ文化の成熟、発展に欠かせないものではないでしょうか。

「食事」と「栄養摂取」の違いを理解すべき

食事と栄養摂取。何となく言葉は似ていますが、意味合いが全く違います。特に日本では、「まず食事が大事」という考えがあって、大半の関係者はそのように考えていると思います。

食事は嗜好や環境も踏まえて考える一方で、栄養摂取はAという成分を必要量摂取するとこれだけ体が変化する、パフォーマンスが向上するといったシンプルにサイエンスベースで物事を考えます。大まかに分けましたが、日本では後者の意識が圧倒的に足りないと感じます。

栄養摂取の概念から考えていけば、食事だけではどうしても足りない物が出てきて、特にスポーツ選手は活動量・エネルギー消費が多く、摂取したい栄養素もたくさんあって、それらを食事だけで補おうとすると当然無理が出てきます。

ですから、足りないところをサプリメントで補って、無理なく効率的に栄養を摂取する考えが必要になってきます。僕がサプリのメーカーに所属していることとは別として(笑)、こうした考えがグローバルスタンダードといっていいでしょう。

「エルゴジェニックエイド(競技力を向上させるサプリメント)」という言葉がありますが、日本ではほとんど使われていません。やはり、食事>栄養摂取の考えが根強いことに起因します。栄養素でパフォーマンスを上げたり、コンディショニング、つまりマイナスから0以上に引き上げたりする考え方の理解が足りていないのではないかと考えています。この一線を超えるのがドーピングなんですが、その知識はスポーツファーマシストが詳しいですね。

米国でエルゴジェニックエイドの代表格ともいえるクレアチンは、ある調査によれば大学生スポーツ選手の3割が摂取しているようです。ところが、日本ではあまり知名度がありません。スポーツ分野でのベースサプリとして認識されている物を有効活用できていないということになります。

クレアチンは、「脳震とうのダメージ軽減」「脳機能の改善」など、スポーツ分野にとどまらず、各方面での研究が進んでエビデンスも続々と出てきています。健康にも寄与するクレアチンの情報が広く知れ渡っていないのはもったいないですね。カフェインも米国ではエルゴジェニックエイドとして使用されていますが、日本ではカフェインを積極的に摂取するという話があまり出てきません。

さらにいえば、サプリメントの成分や期待される効果を理解し、選手に正しく伝えるのがニュートリショニストに求められる技量の一つと考えています。そのためにも、ニュートリショニストもサイエンスベースの栄養摂取という考えを持たないと選手にアドバイスはできません。ですから、食事、栄養摂取を分けて考えたり、片方のみを考えるのではなく、ニュートリションの観点から双方を合わせて考えていくことが、今後専門家にも求められる素養になると思います。

僕が提言していることは理想ではありますが、日本が目指してもいいと思っています。それにしても、決してサプリメントを上手に使えていない中で、日本のスポーツ選手はすごく健闘していると思います。食事も含めた栄養戦略、サプリメントの有効活用をすれば、日本人はもっと強くなっていきますよ。

<次回へ続く>


青柳清治 / Seiji Aoyagi, PhD  栄養学博士、(株)DNS 執行役員

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得。以降、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年に日本へ帰国後、ウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店・㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」にて責任者を務める。2020年より分社化した㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務める。

Z世代からプロまで、サッカーニュートリションならお任せあれ!【ニュートリションな人々 #05 ~鈴木いづみさん 後編~】

ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。久々となる第5回目の主人公は、博士(スポーツ健康科学)で日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士の鈴木いづみさんです(全2回)。

サッカーは血で戦う競技、体脂肪と鉄がカギになる

明治在籍時代に培った経験からサッカー栄養のベースを作った鈴木さんは、2000年からJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉の選手寮の栄養アドバイザーとなる。2010年よりクラブと正式契約を交わし、計18年にわたって、トップから育成年代まで多くの選手へ指導・サポートし、コンディショニング面からチームを支えた。

「長くサッカーに携わってきた中でわかったことは『サッカーは血で戦う』です。体重と体脂肪率の管理に加え、血の中身をいかに管理するかが最も重要。つまり、持久力をサポートするヘモグロビンの量とフェリチン(貯蔵鉄)を長いシーズンにわたっていかに高値で維持するか。これがすべてといっていいと思います。体内で鉄が不足すると走れなくなりますからね。走ることが生業のサッカー選手が意識すべき点だと思います」

鈴木さんは現在、チーム契約のほかに、個人のプロサッカー選手と契約し、試合日程に合わせて1週間単位の栄養マネジメントを行っている。試合が日曜日の場合、前日(土曜日)、当日は高糖質食、試合後24時間(日、月曜日)は運動による筋損傷をケアするために、フェノール化合物(アントシアニンなど)、ω-3多価不飽和脂肪酸(α-リノレン酸、EPAなど)、ビタミンDなど抗炎症が期待されるエレメンツを含む食品の摂取を促す。その翌日(火曜日)はオフのためリフレッシュデーとして好きな物を食べてよい。ただし、翌日(水曜日)からチーム練習なので試合でロスした体重を元に戻す作業も同時に行う。体重が戻っている状態で、試合に向けて鉄を貯蔵するための食生活を試合前日まで続ける。週2で試合がある場合はさらにタイトなマネジメントになるものの、基本的には年間を通じてこの工程を踏み、厳しくチェックしている。

選手個人へのマネジメントは、労力がかかるうえに管理能力も問われる。そして、何より求められるのは「成果」だ。例えば、鈴木さんのサポートを受けた選手が「1年間ケガをしなかった」「出場時間がチームトップ」「スプリントパフォーマンスが前年より向上した」など、具体的な成果が出なければ次の仕事につながらず、ビジネスにもならないシビアな世界。鈴木さんは、あくまで成果を強調する。

「指導・サポートしたからには、絶対に結果を残さなければならない。これがフリーランサーとしての私の信条です。2020年はコロナ禍ということもあり、とても難しい仕事を余儀なくされました。強行日程による選手への負担は大きく、気を抜くとあっという間に体重が落ちる。外部との接触が制限されたことで採血もままならず、血液指標の動態がわからない。そういった中でとにかく体重管理には例年以上に細心の注意を払いました。それでも、シーズンを通じてベスト体重を一定に保てたことや、ケガをしなかったこと、安定的にハイパフォーマンスを発揮してシーズンを無事に乗り切ったことで、結果は出せたかなと思っています」

教育と研究、人とのつながりを大事に

鈴木さんが現在、ライフワークにしていることが2つある。「育成年代への教育」と「学び」だ。スポーツ栄養関係者に問われる、相反する課題に対して真剣に向き合っている。

育成年代への教育は、ジェフ千葉時代の同志でアカデミーコーチをしていた武田雄哉さんと連携し、選手・保護者への栄養教育を施す。武田さんはジェフ千葉を退団後、東京都世田谷区に本拠を置く「駒沢サッカークラブ」で副理事長に就き、未来のトップ選手への指導を行う。同クラブは、育成年代の男女サッカー、男女フットサルチームがあり、都内でも上位の成績を誇る古豪。鈴木さんをはじめとする各分野の専門家もチームにかかわっている。

「昨年4月から月1回、選手に向けてオンラインの栄養講習会を実施しました。サッカー選手に必要な栄養摂取、食品の選び方、さらには特殊な状況が続いている中で、免疫力を上げる食事や自粛期間中の食事に関することと、アドバイスは多岐にわたりました」

本来なら選手たちの顔を見ながら講義をして、理解の深化を促すが、オンラインが主になっている昨今、なかなか難しい。画面を見ただけでは選手が本当に理解してくれているのかもわかりづらい。選手の理解度を図るためにどうすればいいか。武田さんと鈴木さんは一計を案じ、「おにぎり選手権」を企画した。

「練習後に食べるおにぎり」をテーマに、選手たちが講習で学んだサッカー選手に必要な栄養を含む具材を使って、おにぎりを自作するというもの。そして、鈴木さんが専門家の立場から「おいしさ」「うんちく(食材の栄養情報)」「見ため」など、さまざまな角度から審査してランキングをつけた。詳細は後報するが、選手、保護者を巻き込んだおにぎり選手権は、選手たちの理解度を確認するのに大いに役立った。

「武田さんとは馬が合うというか(笑)。長い雑談の中でいろいろと話しているうちに、この企画が浮上しました。ほとんど武田さんのアイディアです(笑)。今後は他チームとの対抗戦とか、プロ選手との対決とか、幅を広げていければと思っています。選手が楽しく、競いながら参加できるスポーツ食育として普及させたいですね。オンライン時代でも工夫次第で、きちんと教育できることも示せたと思います」

育成年代への教育をする一方、スポーツ栄養研究の向上も忘れない。トップスポーツ現場での経験が豊富で、スポーツ栄養の発展に情熱を注ぐ鈴木さんだが、行き詰まりを感じた時期があったという。「対エリートアスリートでは現場経験だけでは勝負できない、しっかりとしたサイエンスがなくては」と。

一念発起した鈴木さんは順天堂大学院でスポーツ健康科学を学び直し、博士号を取得。企業との共同研究に携わったり、海外のスポーツニュートリションに関する最新情報を有志とともに翻訳したり、研究分野での実績を着々と積んでいる。

また、スポーツ関係者が集まる私的勉強会「すぽべん(SPOBEN」の活動も熱心に行う。すぽべんは栄養分野だけでなく、スポーツ医科学に関するさまざまな分野の研究者と実践者が集まり、自身の研究や活動内容を発表してディスカッションする場だ。

「少人数から始まったすぽべんですが、今では数十人規模になりました。いろいろな研究内容を聞くことで刺激されますし、とても参考になります。また、スポーツ医科学分野のHUB機能を持たせ、人と人、仕事と仕事をコネクトすることにも注力しています。興味のある方はぜひご参加いただきたいですね。参加要件はすぽべんメンバーの紹介があること、加入1年以内に自身の研究に関するプレゼンの意思があることです。多様なパッションに触れるとともに求める情報がきっと見つかるでしょう」

スポーツの先行きが不透明な中でも「とにかく楽しく仕事をさせていただいています」と、笑顔で話す鈴木さん。自身が組み立てた栄養マネジメントが成果につながった時の達成感は他では味わえないという。

鈴木さんは、厳しさもやりがいも感じながら、スポーツ栄養の最前線で活躍を続けている。「10年後はスポーツ栄養分野がもっと発展しているはずなので、その時にいい仕事ができるように常に勉強を続けています」と、その目は未来を見据えている。

<完>


鈴木いづみ / Izumi Suzuki

博士(スポーツ健康科学)、日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士、順天堂大学スポーツ健康科学部 協力研究員、とちぎスポーツ医科学センター 協力栄養士

1990年 女子栄養大学栄養学部栄養学科 卒業。1990~1998年 明治製菓(株)ザバススポーツ&ニュートリション・ラボ。2004~2013年 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科 准教授。2015年 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士前期課程修了。

アトランタ大会(1996年)女子バスケットボール日本代表、ロンドン大会(2012年)競泳日本代表・萩野公介選手など、五輪選手への指導・サポート歴多数。ジェフユナイテッド市原・千葉の全年代の栄養教育に携わった。現在は、Jリーグ 北海道コンサドーレ札幌、および個人のプロサッカー選手との契約のほか、、地域のタレント発掘育成事業など育成年代の教育に力を注いでいる。

ムキムキマッチョよりもお父さんのお腹【米国のスポーツニュートリション事情 #02 ~後編~】 

後列右から2番目がイェーガー博士

米国の食品・サプリメントのトレンドは、5~10年の期間を経て日本に上陸するといわれている。米国のトレンドや動きをいち早くキャッチすることは、日常的にスポーツをする人にとって生活面やパフォーマンスアップ、コンディショニングにも大いに役立ってくる。

今回は国際スポーツ栄養学会(ISSN)特別会員でIncrenovo社代表のラルフ・イェーガー博士に最新の米国のトレンドを聞いた。後編では、スポーツへの向き合い方やスポーツニュートリションの考え方の変化、若い世代で人気が爆発しているeスポーツとニュートリションの関連性などを解説する。

「6パック」はもういらない!? 

スポーツ分野では、人々の求める物が変わってきています。一言で「スポーツ」といっても、競技スポーツの高いレベルで活躍する人、健康意識が高く自発的に運動をする人、ライトに体を動かす人など層がいくつかに分かれており、範囲が非常に広くなっています。それぞれの生活スタイルや食の志向なども踏まえて考えていく時代に変わってきました。

その中で、「ボディポジティビティ」という考えが生まれ始めています。「自分の体にもっとポジティブになろう」といった意味で、できることを自分のペースでやるといったものです。

以前は、特に男性にみられた傾向ですが、ジムに行ってマッチョな体に鍛え上げる人が多く、その考えが好まれていました。しかし現在では、一般の人がそこまで体を鍛え上げるにはやはりハードルが高く、敬遠されるようになってきました。Googleのワード検索数を調査したところ、マッチョな体の代表的なワード「6パック」を検索する人は年々減少傾向にあることがわかっています。

その代わりに「Dad Bod(ダッドボッド=お父さんの体)」という言葉が注目されています。「お腹が出ていてもいいじゃない、無理せず健康的に体を動かしていれば」という意味で、消費者のニーズが完全に変わっています。

「ボディポジティビィ」「Dad Bod」の考え方から、商品パッケージの見せ方も変わってきています。以前であれば、6パックを全面に押し出したパッケージ、広告などが販売数につながっていましたが、現在ではネガティブに捉える消費者が増えてきているため、受けなくなっているのです。加えて、6パックを助長するような流れは、SNSなどでも批判の対象になることもあります。

一方で、女性の志向にも変化が出てきています。5、6年前までは、ダイエット目的でライトに体を動かす人が多かったのですが、最近では体の強さを求めてハードなトレーニングを積む人が増えてきました。

そのため、女性もより効果の高い食品・サプリメントを摂取するようになってきました。男女のスポーツ・運動への意識、強度が逆転し、女性の方がよりストイックに体を鍛え上げるようになっています。

欧州の調査会社によると、スポーツニュートリション系女性商品の割合は市場の6%で、その大半がダイエット目的の物でした。しかし、現在では、男女が同じ物を摂取する傾向になっており、女性向けのスポーツニュートリション商品は減少していっています。男女で商品を差別化した戦略が、米国ではそれほどうまくいかなかったという背景もあります。

ジェネレーションZに圧倒的な支持を受けるeスポーツ

マーケティングの面でもここ5年間で大幅に変わってきました。今米国の多くの企業の注目を浴びているのが、ジェネレーションZといわれる10~20歳代。生まれた時からデジタルが身近な彼らはSNS(YouTube、Instagram、Tiktokなど)を活用して情報発信し、それらを使って情報を得ています。自ら発信できるメディアが出現したことで、戦略の転換を強いられています。

この世代に圧倒的な人気を誇るのがeスポーツ。競技スポーツも依然人気が高いですが、それを上回る支持を獲得しつつあります。毎年2月には全米で最も人気のあるNFL(アメリカンフットボール)の王者決定戦「スーパーボウル」が開催されていますが、同時期に行われたeスポーツの大会のビューがそれを上回ったようです。

eスポーツは、競技スポーツに求められるフィジカル面の強化よりも、メンタル面の強化が重要になってくるため、「注意力や集中力を高める」、「脳を覚醒させる」、「興奮させる」などといった“効果”が求められます。

スポーツニュートリションの市場でも、eスポーツは競技スポーツと同列に扱われつつあります。店舗でもネット販売でも、運動前、中、後と摂取タイミングのサプリメント陳列棚が分かれていますが、eスポーツの人気が爆発したことで、「メンタルのプレワークアウト」というジャンルが生まれました。

eスポーツの人気拡大により、スポーツニュートリションの概念がより広くなり、ターゲットの若年齢化ととともに、マーケティング戦略を合わせていくといった流れがここ数年で確立されていくでしょう。

実に45%の商品がNO添加物!

米国では今、食品やサプリメントの製造・開発に関する変革が進んでいます。その代表的な例が「クリーンラベル」。これは、食品原料など商品ラベルに記載する表示をいかに少なくするかといった取り組みです。

食品やサプリメントのメーカーはこうした世間の流れに乗って、大きく舵を切っているようです。それにより、甘味料や保存料などの食品添加物の使用を最低限、もしくはカットする傾向が進み、“添加物フリー”の商品は実に市場全体の45%に上っています。

また、「ナチュラル」もキーワードになります。例えば、甘みをつける場合、人工甘味料を使用するのではなく、ハチミツ、羅漢果といった自然な物を使うようになっています。ナチュラル志向を全面に押し出したマーケティングも目立ってきています。

食品添加物の使用は、今後購買層の中心になってくるジェネレーションZには全く受け入れられないので、今後もこの流れは強くなると予想しています。

スポーツニュートリションのパーソナライズ化

米国人のサプリメント摂取状況は約75%で、スポーツニュートリションの市場は年々約9%ずつ拡大しています。プラントベースがリベラルな若い世代に受け入れられていることもあり、今後市場が大きく変わるものと思われます。

スポーツ分野ではやはりプロテインが圧倒的な人気です。そのほかでいえば、脂肪燃焼系、テストステロンブースター(男性ホルモンの分泌促進)、電解質系の水分補給、クレアチン、ケトジェニック(良質な脂質の摂取)などが商品売り上げのトップ20を占めています。また、スポーツニュートリションの中でも、持久系、瞬発系、摂取タイミングなど、さらに細分化されていきます。

選手やスポーツ愛好家を取り巻く環境も科学分野との融合により進んでいきそうです。スポーツジムなどのトレーニング施設で血液検査や遺伝子検査が導入され、例えば、カフェインに応答しにくい人やビタミンDが欠乏している人、腸内細菌叢の測定など、各個人の体質と食情報の関連をわかりやすく把握できるようになっていきます。

昔と比べて個々の生活が複雑化している中で、こうした科学的に得られた知見を用いて、体重を増やしたい人、維持したい人、健康を保ちたい人といった、さまざまなニーズに応えられるようなニュートリションのパーソナライズ化が一層進んでいくでしょう。

日本は独自の市場が形成されるので、先に触れた流れがすべて当てはまるわけではありません。ただ、欧米の流行を発端に全世界へ波及している近年の傾向から考えると、日本にも少なからず同様の流れが生まれる可能性があります。

<完>

プラントベースプロテインが急拡大【米国のスポーツニュートリション事情 #02 ~前編~】 

米国の食・サプリメントのトレンドは、5~10年の期間を経て日本に上陸するといわれている。米国のトレンドや動きをいち早くキャッチすることは、日常的にスポーツをする人にとって生活面やパフォーマンスアップ、コンディショニングにも大いに役立ってくる。

今回は国際スポーツ栄養学会(ISSN)特別会員でIncrenovo社代表のラルフ・イェーガー博士に、最新の米国のトレンドを聞いた。前編では、世界中で人気が高いプロテイン市場の変化について解説する。

プラントベース(植物性)プロテインの勢いがすさまじい!

近5年における米国の食品・サプリメント市場で最も大きな変化は、プラントベース(植物性:ピー=エンドウマメ、ライス=米など)プロテインの販売数、知名度が急激に上がってきている点です。

プロテイン市場の割合でみると、依然動物性(ホエイ、カゼインなど)プロテインが60%のシェアを占めているものの、残りの40%がプラントベースになっています。そのうち、プラントベース単体のプロテインが20%、動物性とのミックスが20%と、すさまじい勢いで伸長しており、大きな成長カーブを描いています。

プラントベースプロテインが米国で流行している大きな理由は2つあります。一つは科学的な研究が進み、エビデンスが非常に多く出てきていることが挙げられます。

以前まではエビデンスの少なさから、プラントベースは動物性よりも劣るといった印象がありました。近年、注目度が増すとともに研究が進んでいったことで、健康やスポーツ分野で効果が見込める、または実証されたデータが示されてきました。

もう一つは、社会的な背景です。プラントベースの食品を摂取する世代というのが比較的若い層で、非常にリベラルな思考を持っています。現在行われている大統領選を見てもわかるように、消費者の中心である若い層が政治や環境問題などに高い関心を寄せ、活動にも積極的に参加しています。その流れから、環境に良い食品、食材を好んで選ぶ傾向があります。

プラントベースプロテインは動物性と比較すると、消化・吸収で劣る部分があります。その点を補うため、消化酵素(プロテアーゼ、パパイヤ、キウイなど)を配合して消化・吸収能を高める商品設計がされていました。

しかし、最近ではそのトレンドが変化し、消化・吸収の向上に加えて、腸内環境を整える乳酸菌を配合する商品が多くなってきました。日本だけでなく世界中で乳酸菌の利点や効能は一般に普及しているため、プロテインと乳酸菌を組み合わせた商品の登場はトレンドになっていくと思われます。

また、ヨーロッパの調査会社が米国や日本をはじめとする20か国のプロテイン市場をリサーチした情報によると、日本では19%の商品にプラントベースプロテインが配合、または含まれていて、日本人になじみが深く食経験の長いソイが大半を占めています。

一方、米国では、ピー、ライスを中心に、ヘンプ(麻の実)など多くのプラントベース素材がさまざまな商品に配合されており、消費者のニーズに応えるべくラインアップが多様化し、市場の拡大に拍車をかけていくのではないかと予想しています。

健康的な「プロテイン」のイメージ

米国人の間では、プロテインがスポーツシーンでのリカバリーや筋肉の合成などに役立つといった以上に、「健康に良い食品」といったイメージが浸透しています。サプリメントというより食品として捉えるようになってきました。

商品パッケージに「プロテイン+」「プロテイン配合」などの表記があるだけで、消費者が商品に手を伸ばす傾向がみられます。googleで「プロテイン」という言葉がどのくらい検索されたかを調べたところ、2015年以降、季節差はあるものの、検索数は右肩上がりの状況が続いています。

味の面でも工夫や変化がみられるようになってきました。プロテインの定番といえば、バニラ、ココア、ストロベリーなどがありますが、技術の改良やフレーバー、味の新素材が出現したことによって、バリエーションが増えてきています。

中には、小さいころランチボックスによく入っていた「チョコチップクッキー」味のように、子供のころの記録を呼び起こさせる、情に訴えかける物(味)もラインアップされるようになってきています。

もっとユニークなのが「レインボーキャンディー」味、「ユニコーン」味など、一見どんな味かわからない物も出てくるようになりました。これは、消費者の想像をかき立てて、興味を引くという米国ならではのマーケティング戦略といえます。

<後編に続く>