スポーツニュートリショニストも選手とともに 現場で戦う存在でありたい③【スポーツ栄養の果たす役割 #04】 

前回の締めくくりにおいて、「食事・栄養というのは、選手にとって最後の切り札であり、いわゆる‟伝家の宝刀”といえるものなのかもしれませんね」と述べました。今回は、私がそう思う理由について、もう少し具体的にお話ししてみたいと思います。

アスリートにはとかくスランプといった不調がつきものです。スランプとは、一時的もしくは長期的に調子を崩してしまい、普段通りの実力が発揮できない状態を指し、残念ながら周期的に訪れるというケースも少なくありません。「スランプ=悩み」と置き換えてもいいかもしれません。記録が伸びない、なにをやってもうまくいかない、ケガが絶えない、何度も疲労骨折をしてしまう…など、まさに人それぞれに悩みを抱えているものです。

悩みの数だけ、スランプにもさまざまな要因が考えられますが、私はそのバロメーターの一つとして、食事・栄養の成否にこそ大きな比重が委ねられているのではないか、と考えています。一方で、だからこそスランプを克服するための打開策も食事・栄養の成否にかかっているのではないか、と思うのです。

実際、前述のような悩みを抱えている選手の場合、自問自答を繰り返し悩み抜いた末に、食事を見直すべきではないのではないか、と私のところに相談にやってくる選手が少なくありません。

あるいは、「なんとなくしっくりこないのだけれど…」と言って相談にやってくる選手もいます。「なんとなく」という違和感は、トップアスリートほど、生理的にも心理的にも敏感にその変化をキャッチするものです。そして、そういう選手に対しては、私たちはまず貧血(鉄栄養状態の不良)を疑うことが多いことも述べておきたいと思います。ちなみに、軽度の貧血は一般的な健康診断ではなかなか見つけることができないのですが、選手にとっては軽度であってもパフォーマンスを低下させるやっかいな症状です。食生活の偏りや疲労感などから、それを疑うことが多いのが特徴といえるでしょう。

そういう意味でいうと、私たちは貧血のほかにも、代謝系疾患や大腸の病気などを疑い、専門の病院を紹介することも実は少なくありません。選手本人は、「なんとなく食欲がない」「下痢が続いている」「疲れがとれない」「食べても太らない」など、病院に行くほどではないけれども、食に関わる不調を相談にやってくるのです。そして、よくよく話を聞いてみると、これは専門の医師の診断と治療が必要だな、と。

食事・栄養を見直すことが選手にとって不調の原因を見つけ、スランプから抜け出すきっかけに成り得ることがあり、いわゆる‟伝家の宝刀”といえるものかもしれないと言ったわけには、そういう理由があったからなのです。

<次回へ続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

スポーツニュートリショニストも選手とともに 現場で戦う存在でありたい②【連載:スポーツ栄養の果たす役割 #03】 

「スポーツニュートリショニストも選手とともに現場で戦う存在でありたい」——この目標を具現化し、さらにフィールドを広げていくためには、練習現場や試合会場において、かつての私自身がそうだったように、選手やコーチたちが私たちに対してぜひこの場にいて欲しいと望んでもらうことが大事。そのためには、現場における私たちの役割について理解してもらうことはもちろん、実際にそのメリットを感じ、納得してもらわなければなりません。

とはいえ、それは一朝一夕にできるわけではありません。なぜなら、食事というのは、それによって飛躍的にかつ目に見えてパフォーマンスが高まるわけではないから。したがって、地道な活動によって信頼関係を構築し、少しずつでも理解者を増やすことこそが、私たちのフィールドを広げていくための方策ではないかと思っています。

例えば、私はあるトップアスリートを学生時代からサポートしていましたが、今では、彼からの依頼で個人栄養士となって試合会場はもとより選手控室まで入ることのできるIDを発行してもらうようになりました。彼の体調や試合の経過に合わせて、食べ物、飲み物などすべての栄養を管理するのです。

彼が大学を卒業した後も大事な試合のときほど、「松本先生に帯同してもらってサポートしてほしい」とオファーしてくれることは、なによりも私自身にとって大きな励みとなったとともに、まだまだ道半ばではあるけれども、当初の目標に大きく近づくことができたという喜びにもなっています。今では、私の栄養サポートに対する思いの最大の理解者でもあります。

また、別の競技のあるトップアスリートが彼の後輩であるA選手に対してアドバイスした言葉もとても印象に残っています。A選手はもともと、炭酸ジュースが大好きで日々欠かすことなく飲んでいました。すると、当然のことながらコンディショニングにどうしても影響してしまい、なかなか体重コントロールが思い通りにいかない。そこで、私がA選手に指導しているところを見た彼が次のように言ったのです。

「松本先生のいうことを聞いたからといって、お前の記録が良くなるという保証はないかもしれない。今は調子も良さそうだ。だから食事を律しようという気持ちがすぐに芽生えないのはわからなくはない。けれども、自らの栄養管理を努めとしてしっかり遂行できなければ、強い選手には絶対にならない」。なるほど、と思いましたね。栄養の本質といったものをズバリ捉えているな、と。そこには私自身の学びもありました。

若い選手の場合はとくに、調子が良ければ良いほど、食事には気を使わなくなるものです。朝食を抜いたからといって、どうってことはないだろう、と。食事というのはそういう意味で、優先順位はあまり高くない。したがって、私たちを必要ともしない。実際、調子が良い選手ほど私たちに連絡はありません(笑)。ところが、試合に勝てなくなったり、記録が伸びてこなくなると、コーチを含めて頼りにされてくるのです( ´艸`)。

だから、私たちのスタンスとしても、調子のいいシニアの選手にはこちらからあえて何も言いませんし、わざわざアクセスすることもありません。実際、私たちのアドバイスがストレスになってはいけませんし…(笑)。

ところが、コンディションがマイナスに転じたり、現状を打破したいときなどは、最終手段として最も頼りになるのは食事なのかな、と。そういう意味で、食事・栄養というのは、選手にとって最後の切り札であり、いわゆる‟伝家の宝刀”といえるものなのかもしれませんね。

<次回へ続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

スポーツニュートリショニストも選手とともに 現場で戦う存在でありたい①【連載:スポーツ栄養の果たす役割 #02】

実際にスポーツ栄養の世界に身を置いてみると——。前回述べた通り、私のようにアスリートのセカンドキャリアとしてこの道を志したという人は、当時としてはまだわずかでしかなかったであろうと想像します(おそらく現在もまだ少数派ではないかと思いますが…)。そういう意味では希少価値だった(笑)。

だからでしょうか、当初、私が選手時代に思い描いていたスポーツ栄養の仕事内容とは大きなギャップを感じたものです。果たして、選手が求める要望と一致しているのだろうか、栄養士側の一方通行になってはいないだろうか、と。

当時の栄養サポートといえば、現場とは一線を画したレクチャーを中心とした座学が主流。いわゆる、教室の中で「バランスよく食べることが大事…」等、選手に対してスポーツ栄養の重要性を説く、定期的に実施される啓発活動が主な役割として捉えられていました。おそらく、当時はまだ現場において選手に寄り添いながら活動するということがあまり考えられていなかったのではないかと思います 。

一方、私が考えていたスポーツニュートリショニストの役割とは、選手個々の食事内容から体調面までを一元的に管理すること。したがって、選手時代の理想が具現化するまでには、それからしばらくの時間を要することになります。

そうした私自身の‟心の消化不良”に大きな一石を投じてくれたのが2008年に開催された北京オリンピックにおいて、女子ソフトボール日本代表の栄養サポートを担当された鈴木志保子先生(神奈川県立保健福祉大学教授、一般社団法人 日本スポーツ栄養協会 代表理事)の存在です。

鈴木先生は、それ以前から現場の指導陣や選手たちとの意思疎通を図り、チームもしくは個人の目標を明らかにした上で、その目標に向かって計画的に取り組むマネジメントの必要性をずっと唱えられかつ実践されていました。

そうした地道な活動が、これ以上の説得力はない‟金メダル”という実績を勝ち取ることによって、その必要性を実証されたのです。すなわち、スポーツニュートリショニストも現場の最先端において、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように、ともに戦う存在なのだ、と。それは、まさに私が理想としていたスポーツ栄養士の姿に合致するものでした。

ところで、私の経歴はちょっと変わっていて、大学では食物栄養学科を専攻しましたが、大学院は農学研究科に学び、学位も「農学博士」です。 もちろん、大学院においてもスポーツ栄養学についてもっと深く追究したいと思い、大学3年のときには関東のさまざまな研究室を訪問してみたのですが、残念ながら、当時はまだ私が理想としていた‟現場”における実践活動について専門的に学べる場所を見つけることはできませんでした。

どうしようかと悩んでいたところ、私の地元である北海道を拠点に研究活動をされている先生方から「では、こっちに残って基礎研究をしっかり叩き込み、その後、あなたの目指すスポーツ栄養の道に進んでみてはどうか」とアドバイスを受けた。

よくよく考えてみると、地元北海道には食品や栄養学の研究をするには日本でもトップクラスの教授陣がそろっている北海道大学があるではないか、と。今、振り返れば、うまく言い含められたかなと思いますが(笑)。

研究テーマをジワリジワリとスポーツ栄養の方向に舵を切っていく中で、当時、筑波大学教授だった鈴木正成先生(故人)や日本スポーツ栄養学会の前身である日本スポーツ栄養研究会の初代会長である田口素子先生(現・早稲田大学教授)との出会いがありました。

そういう意味では、決して遠回りしたとは思っていません。むしろ農学研究科で学んだからこそ、従来の概念にとらわれないさまざまな視点を養うことができたのではないか、と。それは現場で活動する際に、今でも私自身の大きな強みになっていると感じています。

<次回へ続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

もし、あのときスポーツニュートリショニストが身近にいてくれたら…【連載:スポーツ栄養の果たす役割 #01】 

「スポーツ栄養」とは、アスリートの競技パフォーマンスを最大限に引き上げるために、「何を、いつ、どれだけ、どのように摂取するか」について指導、教育するスポーツ・体育の分野における食事術です。

「術」というと、テクニカルな部分に注目が集まり、厨房を主戦場として、「あっ、選手たちのごはんをつくる人ね」というイメージが先行してしまうかもしれません。確かに、そういう面もありますが、それはあくまでも‟一部分”でありすべてではありません。ここが勘違いされやすいところでもあります。

スポーツ栄養の道を志す方々の多くは、子供の頃からスポーツが大好きで、自身もスポーツに親しんでいることがそもそもの出発点になっているのではないかと思います。

一方で、アスリートとして競技歴を積み重ね、セカンドキャリアとしてスポーツニュートリショニストの道を選択したという人もいるでしょう(ただ、そういうケースはまだまだ多くはないようですが…)。実は、私自身がそうでした。

私は競泳選手だった学生の頃、合宿や海外遠征に行ったとき、いざ試合に臨もうとするときに、すぐにお腹をこわしたり、吐いてしまったり、あるいはナーバスになって食欲をなくしてしまうという選手でした。

いわゆる、重要な局面においては必ずといっていいほど、食にまつわるさまざまなトラブルを抱えてしまう選手だったのです。したがって、残念ながら本当の意味で‟強い選手”になることは叶いませんでした。

やっかいなのは、毎回トラブルのパターンが異なっていたことです。症状が同じであれば、まだ対策は立てられると思いますが、そうではない。あるときは急にお腹をこわしてしまうケースだけれど、このときは便秘したり、吐いてしまったり…ということが突発的かつランダムに訪れるのです。

一体、何を食べたり飲んだりすればいいのか。それとも、何も食べないほうがいいのか。果たして、この悩みを誰に打ち明ければ的確なアドバイスをしてもらえるのか。

当時であれば、スポーツドクターやトレーナーの方々に求めることになるのでしょうが、そういった方々も食に関する専門家ではありません。しかも、症状は慢性的ではなく、重篤でもないので病院で診てもらうほどでもない。結局、悩みは自分で抱え込み解決する道を模索するしかありませんでした。

ましてや、食事に対する悩みというのは、どちらかといえば、それほど大きな問題としてとらえられず、どちらかいえば「二の次」に据え置かれ、選手の自己管理に委ねられるところが大きいものです。

しかしながら、みずからのパフォーマンスを最大限に発揮しようと思ったら、やはり何を食べ、何を飲むのかということは、選手にとって死活問題といっても過言ではありません。

アスリートは、「違和感」という言葉をよく使います。たとえば、「ちょっと肩に違和感があって、いつも通りに投げられない…」など、究極を追い求めようとするトップアスリートほど、生理的あるいは心理的にしっくり来ないという感覚に敏感なのものです。お腹の調子などは特にそう。ちょっとした異変でも違和感を覚えてしまいがちなのです。

前述の通り、私の場合の違和感はいつもお腹を発信源としていました。だから、何を食べればいいのだろう、何を飲めばいいのだろう、と常に試行錯誤していたものです。しかし、あれをやってもダメ…、これをやってもダメ…。まさか、競技以外のことで、こういった悩みがつきまとうとは夢にも思っていませんでした。

だからこそ、あの頃はいつも、身近に私が抱えているこの悩みを相談し解決してくれる人がいてくれたら、どんなにいいだろうと考えていたものです。それは、とりもなおさず競技に集中できる「安心」を得たかったから。

もし、当時、食環境を整えてくれる人が傍にいてくれたら、みずからの記録をより更新できたはずだ、と。それが私自身のスポーツニュートリショニストになりたい、いや、絶対になるんだと思った大きな動機づけになっています。

<次回へ続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。