食環境から考えるサステナビリティの意義➁【スポーツ栄養の果たす役割 #08】

サステナビリティ(Sustainability)とは、「持続可能性」という意味で、将来にわたって、私たちの社会と地球環境を保ち続けていこうとする取り組みである——。前回はその全体像について詳しく紹介しました。

では、スポーツ栄養を通じた食環境は、サステナビリティにどのように貢献しているのか、あるいは貢献できるのでしょうか。今回は、その現状と今後の可能性について考えてみたいと思います。

例えば、オリンピックや世界選手権で活躍するトップアスリートたちは、日々のトレーニングや筋量の維持のため、動物性たんぱく質を日常的にたくさん摂取しています。ところが、あえて指摘されなければまったく想像も及ばないことですが、その一方で肉や乳製品などは生産過程において温室効果ガスを大量に排出するという負の財産も生み出してしまっているのです。

温室効果ガスはご存じの通り、人間活動によって増加したもので、二酸化炭素、メタン、一酸化窒素、フロンガスがあります。この中で、二酸化炭素は地球温暖化に及ぼす影響がもっとも大きな化石燃料由来の温室効果ガスです(国土交通省 気象庁のHP「温室効果ガスの種類」より)。

水力や太陽エネルギーなどのいわゆる再生可能型エネルギーとは全く異なる化石燃料を消費して、世界中を飛び回るアスリートたちにとって、だからといって罪はありません。とはいえ、ある意味、間接的ではあるけれども、矛盾を強いられる立場に身を置いているのもまた事実。しかし、スポーツ栄養の観点からいえば、この矛盾を解決することこそが、アスリートにとって持続可能な社会の実現への貢献を求められる大きな一助となるのではないかと考えるのです。

なぜなら、アスリートはフェアプレー、スポーツマンシップ、あるいは清廉性といった精神性を培いながら日々過酷なトレーニングに取り組んでいるという意味で、人々の模範となり、信頼するに足る人材だといえるからです。そういったアスリートたちが、サステナビリティの啓発活動に努めてくれることの効果は計り知れません。日本から世界に向けた説得力のある発信源になると間違いなく期待できるからです。

例えば、大豆やソバなどを工夫した日本の料理を食べてもらえば、温室効果ガスの排出量の少ない植物性たんぱく質の活用法を知ってもらうことになります。それによって、たんぱく質の過剰摂取による肝機能障害、あるいは腎機能障害を防ぐことになるし、ドーピングコントロール違反が問題となっているプロテインパウダーやサプリメントに頼らない食生活の教育にもなるでしょう。

東京オリンピック・パラリンピックでは、選手や関係者、さらに多くのスポーツファンに対して「食のおもてなし」が期待されています。日本には世界に誇る食文化があり、その伝統やおいしさばかりが注目されがちですが、実はダイニングの多様性にもあふれていることを忘れてはなりません。すなわち、日本におけるさまざまな食材の料理法や食文化の発信は、持続可能性というキーワードからも、世界のアスリートに向けても貴重な教育の機会となるのではないでしょうか。

このように、スポーツ栄養の果たす役割は、サステナビリティという観点から考えても、今後益々、重要になってくることは間違いないと考えています。

<次回に続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

食環境から考えるサステナビリティの意義①【スポーツ栄養の果たす役割 #07】

昨今、サステナビリティ(Sustainability)という聞きなれない言葉をよく耳にすることはありませんか? サステナビリティとは、「持続可能性」という意味で、将来にわたって、私たちの社会と地球環境を保ち続けていこうとする取り組みです。

例えば、CO2の排出量削減や再生可能エネルギーの利用促進、水質保全など、環境に配慮したさまざまな持続可能な取り組みが行われていることは、皆さんもご存じの通りだと思います。

そして現在では、環境面だけではなく経済活動や衣食住、さらにはスポーツの分野においても持続可能であることが世界規模で求められるようになってきているのです。

2015年の国連サミットにおいて、すべての加盟国が合意した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で掲げられた、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」持続可能でよりよい社会の実現を目指す世界共通の目標であり、2030 年を達成年限とし、17のゴールと169のターゲットから構成されています。

17のゴールは、①貧困や飢餓、教育など未だに解決を見ない社会面の開発アジェンダ、②エネルギーや資源の有効活用、働き方の改善、不平等の解消などすべての国が持続可能な形で経済成長を目指す経済アジェンダ、そして、③地球環境や気候変動など地球規模で取り組むべき環境アジェンダといった世界が直面する課題を網羅的に示しています。SDGsは、これら社会、経済、環境の3側面から捉えることのできる17のゴールを、統合的に解決しながら持続可能なよりよい未来を築くことを目標としています。

とはいえ、これらの目標は、各国政府による取り組みだけでは達成が困難。企業や地方自治体、アカデミアや市民社会、そして一人ひとりに至るまで、すべてのひとの行動が求められている点がSDGsの大きな特徴でもあります。まさにSDGs達成のカギは、一人ひとりの行動に委ねられているというわけです(外務省:『持続可能な開発目標 (SDGs)と日本の取組』より)。

近年では、東京オリンピック・パラリンピック開催に当たり、環境保全や人権問題などに貢献することが望まれ、2012年のロンドン大会から、このサステナビリティがソフトレガシーとして提言されるようになりました。

来年に延期された東京2020大会ですが、そこでは一日4万食を超える食事が提供される予定です。その食材については「持続可能性に配慮した調達基準」として明文化され、気候変動への対応や資源管理、自然共生都市の実現、人権や労働といった多様性などに十分に配慮した食材や国産農水産物が優先されることになっています。

このような取り組みは、世界中から集まるトップアスリートたちの健康や教育のためにも大変重要であることはいうまでもありません。スポーツ栄養を通じた食環境におけるサステナビリティの意義や具体例については、次回に譲りたいと思います。

<次回に続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

サーフィン競技における取り組み②【連載:スポーツ栄養の果たす役割 #06】

今回は、2019年に行われた世界ジュニアサーフィン選手権(米国・カリフォルニア)に帯同したときのお話をしたいと思います。

サーフィン選手にとって、海外での大会期間中の食事といえば、タコスとかピザ、ハンバーガーなどのファーストフードばかりであったことは前回述べた通りです。少ないサポートスタッフの中で、食料を確保することは大変で、とにかく「手っ取り早く手に入るもの」で済ませてしまっているということでした。スポーツニュートリショニストが取り組むジュニア選手の食環境整備として、これほどやりがいのある競技はないと感じたものです(笑)。

とはいえ、私たちがやるべきことに変わりはありません。日本の食事スタイル(3食を規則正しく)を遠征先においても踏襲してもらい、戦いの場であるビーチにおいては、ファーストフードではなく、おにぎりやサンドイッチ、あるいはバナナなど栄養に配慮した安全な補食の提供や水分補給に徹しただけです。

ビーチでは潤沢に食べ物が手に入るわけではありません。それこそ、ファーストフードにしか頼らざるを得ない環境でもあります。だからといって、スポーツニュートリショニストとのかかわりがない環境下においては、選手やコーチ陣に補食を準備もするということは大変な苦労だったと思いますし、ジュニア世代の選手に対して、自身で準備することまで求めるのはハードルが高すぎるともいえるでしょう。

ましてや、たとえ準備していたとしても砂浜には強い陽射しが容赦なく照り続けるため、食べ物も傷みやすい。したがって、衛生管理にも十分に配慮する必要があります。であれば、とりあえずタコスやピザで急場をしのぐという発想は頷けないわけでもありません。

そこで、私が取り組んだことは、食べ物、飲み物をクーラーボックスに入れ、温度管理を徹底し、その場、その場で選手のヒートの時間や体調に合わせて必要なものを取り出し、「今、このタイミングで!」と言って提供していくということでした。おそらくサーフィン界においては、ある意味、画期的な試みではなかったかと思います。

一方で、こんな後日談もあります。あるAという選手のマネジメント会社の方が「今回、松本先生が帯同してくれて一番印象に残ったことは何か?」と、A選手に尋ねたそうです。すると、「ヒートから上がってきたら、バナナとかおにぎりとかドリンクをくれた」と(笑)。

一般的な大人のイメージとしては、ニュートリショニストが、「バランス良くこういうものを食べなさい」、「こういうときにはこういう食事を心がけるべき」などといった模範的な栄養教育や最新のスポーツ栄養学についての講義をするのだと思っている。すなわち、理論的なことを選手に教育するために私が帯同していて、選手には、知識を学んでくることを期待されていたのでしょう。だから、子どもたちの答えには拍子抜けされていたようでした(笑)。でも、選手の言葉は言葉足らずですが、事実です。

この連載を第1回から読んでいただいたいる方々にはすでにご理解いただけていると思いますが、実はそれこそが私が自身の仕事として誇りをもって、最も広めていきたいと思っていたことです。なぜなら、いくら言葉で理解を求めても、実践が伴わなければ意味がなく、体感しなければ次の行動には移しにくいものです。

A選手はこのとき、ヒートの後には次に備えて、リカバリーをしっかりするために、補食をすぐに摂ることでパフォーマンスに影響が出るということを体感しました。そして、このことが心に残り、次からの試合では私が帯同しなくても、補食を用意しようと思ってくれるでしょう。スポーツ栄養は、実践力こそがものをいう世界なのです。

そういう意味において、サーフィン競技に「スポーツ栄養サポートとはこういうものである」ということを知ってもらい、選手の実践力をゼロから育んでいくうえでは、非常にフラットで肯定的な環境だったと思っています。これまでの慣習に左右されない高い順応力もあった。コーチ陣もスタッフも、私たちの役割にはとても理解があり、まさに最適な環境で仕事ができたといえるでしょう。

もしかするとサーフィン界こそ、スポーツニュートリショニストを最も活用してくれている、先進的な競技と自信をもっていえる日も、そう遠くないのではないかと思っています。

<次回に続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。

サーフィン競技における取り組み①【連載:スポーツ栄養の果たす役割 #05】

私が現在、サポートしている競技にサーフィンがあります。実は私、競泳選手を引退してからは長年サーフィンに取り組んでおり、そういう意味では、この競技には特に思い入れがあるといっても過言ではないかもしれません(笑)。

2018年に、一般社団法人日本サーフィン連盟から栄養サポートと世界ジュニア選手権への帯同依頼があったときには、自分自身になじみのある競技のサポートに関われるということとよく知った現場で食環境整備ができるという意味で、まさに念願がかなったという思いでした。

栄養サポートは、主に13~18歳くらいまでのジュニア年代を対象に実施しています。彼ら、彼女たちが取り組んでいるショートボードは2020年東京オリンピックで新たに採用された競技であり、2018年に行われた世界ジュニアサーフィン選手権では日本が団体で優勝するなど、若い世代の成長が大いに期待されている種目として注目されています。

サポートに携わってまず感じたのは、サーフィンという競技と食事をはじめとした体調管理体制がうまくかみ合っていないことでした。その理由を考えてみると、1つ目が、例えば陸上や柔道などのように、学校スポーツとして管理されておらず、たとえ10歳代であっても、すでにプロとして世界の大舞台で活躍している選手たちであるということ。2つ目が、スノーボードなどと同様、ファッション性の高いエクストリームスポーツであるという特性にも起因しているからではないかということ。すなわち、そこには誰にも干渉されない“自由”な気風が漂っており、食生活においてもまたしかりだった、というわけです。

サーフィンの場合、大きな大会になると、ビーチの周りで1~2週間過ごし、連日のヒート(試合の組み合わせのこと)に臨むという戦いが繰り広げられます。各ヒートは最大4名で競い合い、上位2名が次のラウンドに進み、下位2名はリパチャージ(敗者復活戦)に進むことになる。

さらにファイナルでは、本戦の上位2名とリパチャージの上位2名が戦うことになり、優勝するためには最低でも7ヒートを勝ち抜く必要があります。また、1ヒートは原則15~20分で実施され、選手は競技中にパドリングとライディングを繰り返す全力間欠運動が続くため、筋持久力や強い心肺機能、筋パワーが必要となる競技なのです。

そのため、試合期間中の選手の食事内容としては、持久系競技に適した高糖質食の摂取が望まれるわけですが、その間、選手たちは何を食べているかといえば、タコスとかピザなどのファーストフードばかり(笑)。

でも、だからといって、彼ら、彼女たちを責めるわけにはいきません。なにしろ、ビーチカルチャーの周りにいるわけですから、それらの食事こそが彼ら、彼女たちにとっては手っ取り早く手に入る食事の典型だからです。

あるいは、たとえお腹が空いていてもビーチ周辺には何も食べるものがなかったり、飲むものもなかったり…。一方で、緊張感が高まってくると、食べるのも飲むのも忘れてしまったり…。

結局、飲まず、食わずでヒートに臨むことも日常茶飯事だったようです。ビーチでは潤沢に食べ物が手に入るわけでもありません。したがって、もともとそういうことには無頓着であり、だからこそ何の違和感も覚えなかったのでしょう。結局、「試合における食事とは不便でもがまんするものだ」と思い込んでいる選手もいたのです。

私は、かつて競泳選手だったころ、身近に私が抱えている食生活の悩みに相談に乗ってくれる人や体調やトレーニングに合わせた食事を整えてくれる専門職のサポートスタッフがいてくれたら、どんなにいいだろうと考えていたことはすでに述べた通りです。

一方、彼ら、彼女たちのケースは環境の整った都市型の競技よりも栄養サポートの重要性はもっと高いと現場を知ってさらに感じました。また、ジュニア選手の健全な体をつくっていくためには、しっかりした体調管理体制を整え、スポーツニュートリショニストが現場の最前線で指導することの意義は非常に高く、どの競技にも共通している事柄ではないかと思いますが、サーフィンのような独特のカルチャーの上にある競技のジュニアの選手の育成では、さらにその意義は高いのではないかと考えています。

もちろん、座学において栄養教育を実施することも重要ですが、現場において日々のご飯を健全に食べるということに勝る教育はない。同時に、健全な食生活には、自己管理能力はもちろん、スポーツマンシップにも通じる数多くのことが学べるのではないかと思っています。

<次回へ続く>


まつもと・めぐみ

北海道札幌市生まれ。2004年北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学体育学部体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士。

大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。日本スポーツ栄養学会理事。