今回のテーマは「そのベストコンディションはなぜ生まれたのか?」です。

練習や試合の時に最高のパフォーマンスを発揮する選手たちを見て、「どうしてあんなにうまくコンディションを合わせられるの?」と感じたことはありませんか? その秘密の一端となるのが、今回ご紹介する「フィットネス-疲労理論(Fitness–Fatigue Theory)」です。

コンディション管理の〝科学的な土台〟を学ぶことで、練習や試合にどう生かせるのか? 一緒に読み解いていきましょう!

そのベストコンディションはなぜ生まれたのか?

大舞台で100%の力を出し切るアスリート。その裏には、綿密に計画されたトレーニングと休養の積み重ねがあります。彼らのベストな状態は、もちろんすべてではありませんが、その多くが偶然ではなく「作られた結果」であると思います。

試合で最高のパフォーマンスを発揮するためには、競技に必要な要素(筋力、スピード、持久力など)を最適な状態に整えていく必要があります。このように、目標とする地点に向けて身体的・精神的状態を整える過程を「コンディショニング」と呼びます。

中でも身体的な要素(フィットネス)の向上は、コンディショニングの中心的な作業のひとつであり、これを実現する手段が「トレーニング」です。

スポーツ現場では、「トレーニングの後はしっかり休めば強くなる」といった考えがあります。これは「超回復理論」という考えに基づいており、身体に強い負荷をかけることで、一時的な疲労が起こり、休養を取ることで元の状態よりも高いパフォーマンスレベルに回復するという、シンプルかつ直感的な理論です(図1)

図1 超回復理論を示すグラフ
(参考文献より改変)

しかし、スポーツ現場では近年、「回復して終わり」ではないことが明らかになってきました。「どのタイミングで、どのくらいの疲労が抜け、フィットネスがどのように蓄積されるか」。この〝時間差〟を読み取ることで、パフォーマンスのピークを意図的に生み出すことが可能になります。

トレーニングは、フィットネス向上というポジティブな効果だけでなく、疲労というネガティブな側面も伴います。だからこそ、トップアスリートたちは「どのタイミングで何をするか」にこだわり、疲労の蓄積と回復のサイクルを綿密に管理しています。

特に、試合本番に向けては「疲労が抜けた後に、フィットネスのピークが来るように」計算されているのです。その考え方のベースにあるのが、今回のテーマであるフィットネス-疲労理論です。

フィットネス-疲労理論とは?

この理論は、トレーニングによって生まれる「身体的な要素(フィットネス:Fitness)」と「疲労(Fatigue)」が、それぞれ異なる時間経過(時間差)で現れ、その差によって最終的な準備状態(Preparedness)=コンディションが決まるという考え方です。

フィットネス(Fitness): トレーニングによって身体能力は向上し、その効果は比較的長期に現れる傾向があります。

疲労(Fatigue): トレーニング直後には必ず短期的な疲労が生じ、パフォーマンスを一時的に低下させます。

つまり、トレーニング直後は「フィットネスは高まっているが、疲労によって実力が発揮できない」状態が生じます。この2つの要素を重ね合わせてみると、図2のような形になります。

図2 フィットネス–疲労理論を示す二曲線グラフ
(参考文献より改変)

ここで大事なのは、「フィットネス(+)」と「疲労(−)」を足し合わせたものが、実際のコンディション(=準備状況)になるという考え方です。

たとえフィットネスが高くても、疲労が大きければその差は小さくなり、実際のコンディションは悪化します。逆に、疲労がしっかり抜けた状態でフィットネスが維持されていれば、準備状況(コンディション)は最大化されるというわけです。

このように、疲労が回復したタイミングでフィットネス効果がしっかり残っていれば、パフォーマンスは最大化されることになります。これが、いわゆる「コンディショニングがうまくいった状態」です。

フィットネスと疲労の「時間差」を読む

フィットネス-疲労理論の中で最も重要なのは、「時間差」の概念です。

体はトレーニング後すぐには回復しませんし、疲労もすぐには解消されません。トレーニング後の数時間から数日間、体は疲労状態にあり、回復を開始していますが、そのプロセスには時間がかかります。この時間差を読めるようになることが、アスリートにとって重要な要素となります。

筋肉の回復は一般的に、トレーニングから24時間後、48時間後にピークを迎えるとされています。これを理解することで、「どのタイミングで再度トレーニングを行うべきか」、「どのタイミングで試合に臨むべきか」が見えてきます。

一方で、過度なトレーニングや疲労の蓄積があると、体は回復を遅らせ、最適なタイミングでトレーニングや競技に臨むことができなくなります。フィットネスと疲労の時間差を読んで、最適なトレーニング計画を立てることが、コンディショニングにおける肝となるのです。

では、この「時間差」をどのように読めばいいのでしょうか? 例えば、ある選手に対して試合3日前に強度の高いトレーニングを行い、当日に疲労が抜けている状態を作れれば、フィットネスの効果が最大化されることになります。ただ、これは競技の種類や特性、年齢、性別によっても異なってきます。

陸上でいえば、マラソン選手とスプリンターとでは当然、疲労回復に必要な時間も変わってきますので、「個別性」への理解も、コンディション調整を成功させるカギになります。

理論をどう生かす? ~現場での応用方法~

では、これらの理論を現場でどのように生かしていけばいいのでしょうか? 以下のような方法が代表的な取り組みとして挙げられます。

① トレーニングスケジュールの設計
理論に基づき、過負荷と回復をバランスよく組み合わせた計画を立てます。例えば、週に数回の高強度トレーニングの間に、疲労を軽減する低強度の回復セッションを挟むことで、身体への適切な刺激と回復を両立させることができます。

図2で示した通り、フィットネスよりも疲労の方が早い周期で変化する特性を理解していると良いかもしれません。

② 回復の促進
トレーニング効果を最大化するためには、質の高い回復が不可欠です。栄養補給、睡眠、ストレッチ、マッサージなどを積極的に取り入れましょう。また、メンタル面のケアとしてリラックスできる時間を設けることも、長期的なパフォーマンス維持に有効です。

③ パフォーマンスのピーク調整
試合に合わせてベストな状態に仕上げるには、「テーパリング(調整期間)」が効果的です。これは、試合数日前からトレーニング量を段階的に減らし、疲労を抜きながらフィットネスを維持する方法です。

競技や個人差に応じた調整が必要ですが、計画的に行えば、試合当日に最大のパフォーマンスを引き出すことが可能です。

まとめ

パフォーマンスのピークは偶然ではなく、計算されたトレーニングと休養の結果です。

「フィットネス-疲労理論」は、ベストコンディションを作り出すための土台となる考え方。フィットネス向上と疲労回復の「時間差」を正確に読み取ることが、効果的なスケジューリングや試合当日のパフォーマンス最大化に繋がります。理論を知ることで、現場での「判断」がより戦略的になります。

【参考文献】
・L. Chiu, J. Barnes : The Fitness-Fatigue Model Revisited: Implications for Planning Short- and Long-Term Training., Strength and Conditioning Journal , 25(6) 42-51 (2003)

【前道先生への質問を募集します!】
トレーニングや怪我予防など、読者の皆さんが持つ疑問に前道先生がお答えします。
五輪やトップスポーツ現場での経験を持つ有識者から直接アドバイスいただける機会は少ないので、ドシドシ質問をお寄せください。質問はこちらから。

※返信のために、お名前(ハンドルネームでも可)・連絡先(メールアドレス)が必要になります。

前道俊宏(早稲田大学スポーツ科学学術院講師、東洋大学ライフイノベーション研究所客員研究員)

日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)、鍼灸あんまマッサージ指圧師。スポーツ医科学・臨床現場を架橋する研究を推進し、運動器障害の評価と予防、介入効果の可視化に関する研究に従事している。