「運動すれば身体は鍛えられる」と思われがちですが、実際はそう単純ではありません。むしろ重要なのは、「どんな刺激(負荷)を、どのように与えるか」です。トーレニングの質とタイミングが、私たちの身体の「成長」と「回復」に大きな影響を与えます。

前回は、フィットネスと疲労のバランスについて紹介しましたが、今回はその基礎として「負荷」に注目し、身体がどう変化するのか、科学的な視点を交えて考えていきます。

トレーニングの基本原理・原則を知ろう

運動の効果を最大限に引き出すためには、「トレーニングの原理・原則」を理解しておく必要があります。これは、単に回数や時間をこなすのではなく、「どう身体に働きかけ、どう変化を引き出すか」という視点を持つことが重要だからです。

ただし、これらの原理・原則については、文献や専門書によって定義や分類がやや異なるのが実情です。名古屋学院大学大学院・齋藤健治教授は、そうした多様な定義や過去の文献を整理し、「身体が変化する仕組み=原理」と「その仕組みを生かす方法=原則」を図1・2のように分けることが妥当である1)と提唱しています。

図1 身体が変化する4つの変化
(文献1より作図・改変)
図2 効果的に生かす6つの原則
(文献1より作図・改変)

このように、原理・原則を押さえておくことで、「なぜこの種目を、今この強度でやるのか?」という問いに自分で答えられるようになります。これは、自己流でやみくもに続けるよりも、ずっと効果的で、ケガの予防にもなります。

科学的に見る「成長と回復」のメカニズム

運動後、私たちの身体ではさまざまな「適応反応」が起こります。その中でも、代表的なのが筋損傷と再生です。トレーニングによって筋繊維に微細な損傷が生じると、身体はそのダメージを修復しようと働きます。この過程で、筋繊維は以前よりも太く、強く再生されます。

筋肉だけでなく、神経系にも重要な変化が起こります。繰り返しの動作により、脳や脊髄から筋肉への信号伝達が効率化し、動きがスムーズかつ正確になります。これは「神経適応」と呼ばれ、特にトレーニング初期には筋肥大よりも神経系の変化が大きく関与しているとされています。

しかし、これらの適応反応は負荷をかけっぱなしでは成立しません。十分な回復時間が確保されなければ、損傷した組織の修復が追いつかず、筋力の低下やケガのリスクを高めてしまいます。実際、睡眠不足や栄養不足が続くと、回復の質も低下し、パフォーマンスや免疫力の低下にもつながります。

さらに、年齢や発達段階による違いも見逃せません。成長期の子どもは、骨や関節が未発達であるため、過剰な負荷が骨端線や関節にストレスを与え、成長障害を引き起こすことがあります。一方、高齢者では筋力や柔軟性の低下に加え、回復力も弱まっているため、少しの負荷でも筋肉痛や関節痛を招きやすくなります。

こうしたことから、「強くなる」ためのトレーニングと同じくらい、「うまく回復する」ことも成長にとって不可欠です。運動=鍛えることと捉えがちですが、回復こそが身体をつくるプロセスそのものであるという視点を持っておくことが大切です。

〝効かせる負荷〟の3設計

①強度(Intensity)
例えば、筋トレなら「何回で限界が来るか?」という感覚が目安になります。10回で限界を感じる負荷(10RM:Repetition Maximum)は、筋肥大に最も効果的だとされています。また、心拍数やRPE(Rate of Perceived Exertion:自覚的運動強度)などを組み合わせることで、主観と客観の両面から「ちょうどいい強度」が見えてきます。

②頻度(Frequency)
週に何回トレーニングを行うかは、体力レベルや目的によって異なります。例えば、全身を対象とした筋トレなら週2〜3回でも十分に効果が得られます。一方、上級者は部位ごとに日を分けてより高頻度に行うこともあります。

③回復時間(Recovery)
負荷をかけた後の休息が、身体を成長させるための“もう一つのトレーニング”です。特に、筋肉の修復には最低48〜72時間が必要とされ、これを無視すると疲労が蓄積し、逆効果になることもあります。最近では睡眠の質や食事内容も重要な回復要素として注目されています。

自分に合った負荷は「RPE」で見極め

RPEは、運動中に感じる「きつさ」を数値で表す方法で、例えば「楽=10」「かなりきつい=18」など、自分の感覚で調整できるのが特徴です。特に初心者や高齢者では、無理なく続けられる指標として活用されています。

最近では、フィットネスアプリやスマートウォッチで心拍数や運動量が可視化され、自分の負荷管理がより手軽になりました。こうしたツールを活用することで、感覚だけに頼らず、科学的なトレーニングが日常に取り入れやすくなっています。

実践に生かすためのコツ

運動は一度きりで終わるものではなく、「続けてこそ意味がある」活動です。しかし、継続の仕方は年齢や立場によって工夫が必要です。以下にそれぞれの対象に合わせた具体例をご紹介します。

・子供には「楽しい」が大事
鬼ごっこやボール遊び、ダンスなど、自然と体を動かす遊びを通して、さまざまな動作を経験できる環境が理想です。走る、跳ぶ、投げる、回るなどの多様な動きを取り入れることで、神経系の発達を促し、将来の運動能力の土台を作ることができます。

・大人に「最初から頑張りすぎない」「無理せず始める」ことがカギ
例えば、久しぶりに運動を始めるなら、いきなり毎日ジムに行くのではなく、週に2回、20分程度のウォーキングやストレッチから始めるだけでも十分です。

忙しい日常の中では、朝の軽い体操や寝る前のストレッチなど、生活リズムに組み込むことで無理なく継続できます。「頑張る」よりも「気持ちよく続けられる」ことを重視しましょう。

・高齢者は「安全な運動」が大切
椅子に座ったまま行える体操や、片足立ちでのバランス運動など、簡単で安全に取り組める方法を選びましょう。また、エレベーターを使わずに階段を使う、買い物がてら歩くなど、日常生活の中に運動を組み込む工夫も効果的です。昨日より少し多く動けた、という小さな変化を楽しめるようになると、継続へのモチベーションにもつながります。

どの年代にも共通して大切なのが「休むことの重要性」です。疲れがたまっていたり、体に違和感があるときは、無理に動かさず、思い切って休む選択をしましょう。

特に筋肉や関節に痛みがある場合には、「動かない勇気」がケガの予防につながります。日ごろから体調や気分に意識を向け、「今日は少し眠りが浅かったな」「なんとなくだるいな」と感じたら、その感覚を信じて調整することが、結果的にトレーニング効果を高める近道になります。

まとめ

負荷という言葉に対して、「つらい」「大変」といったネガティブな印象を持っている人も少なくありません。でも本来、負荷は私たちの成長を後押ししてくれる味方です。正しく理解し、上手に使いこなすことで、効率的で安全なトレーニングが可能になります。そして、「休む」こともまた、身体を作る重要なプロセス。負荷と回復のバランスを知ることが競技力向上への第一歩です。

前回の「フィットネス–疲労理論」とつなげながら、「いまの自分にちょうどいい負荷ってどれくらい?」を考えるきっかけになればうれしいです。次回は、負荷をどう「継続」につなげていくか、日常生活の工夫も交えて紹介します。

【参考文献】
1) 齋藤健治 : 「トレーニングの原理・原則」に関する一考察, 名古屋学院大学論集 医学・健康科学・スポーツ科学篇, 5(1) 1-14 (2016)
2) 小野寺孝一, 宮下充正 : 全身持久性運動における主観的強度と客観的強度の対応性 -Rating of perceived exertion の観点から-, 体育学研究, 21(4) 191-203 (1976)
3) Borg G : A note on category scale with ‘ratio properties’ for estimating perceived exertion. Reports from the Institute of Applied Psychology, the University of Stockholm, 36 (1973)

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前道俊宏(早稲田大学スポーツ科学学術院講師、東洋大学ライフイノベーション研究所客員研究員)

日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)、鍼灸あんまマッサージ指圧師。スポーツ医科学・臨床現場を架橋する研究を推進し、運動器障害の評価と予防、介入効果の可視化に関する研究に従事している。