はじめに

私が勤務する大阪府の堺平成病院は障害者病棟60床等を含む全296床の病院です。

私は病院内の歯科で約20年にわたり診療を行い、現在は5名の歯科衛生士と協力しながら虫歯や歯周病治療、抜歯や義歯作製・調整などに加え、入院患者に対する口腔ケア等、口腔領域の全般的な対応を実践しています。

この連載では、現代社会における歯科のさまざまなトピックスや話題を取り上げて論じさせていただこうと思います(歯科医師/歯学博士・島谷浩幸)。

歯には人生が刻まれている

口の中は、いわば「人生の縮図」ともいえるでしょう。歯の状態を見れば、過去の虫歯の治療歴だけでなく、これまでの歯磨き習慣や性格の一部も垣間見ることができます。

保険適用外の高価なセラミック素材の冠をかぶせている歯があれば、経済状態や歯に対する意識の高さも反映します。

また、噛み合わせで歯がひどく擦り減っている人は、ストレスを感じて歯ぎしりや食いしばりを繰り返してきた可能性を表します。

そのような歴史を刻みながら歯は人生とともに歩み、変化していきます。

乳歯から永久歯へ、歯は成長とともに萌出する

生後およそ6カ月で下顎前歯から生え始め、3歳頃に乳歯は生え揃います。子どもの乳歯は全部で20本ですが、大人の永久歯は32本。つまり、20本が新しく生え変わり、12本がさらに奥から生えてきます。

生え変わりの年齢に個人差はありますが、6~7歳頃に始まり、最後に生え変わるのが10~12歳頃です。その後も第二大臼歯や第三大臼歯(親知らず)が生えたり、10年近くにわたって歯の痛みや腫れなど、子供や親にとって悩みの多い時期になります。

しかし、ようやく大人になっても日々の食生活や歯磨き習慣などに問題点があると、年齢とともに歯が失われる現実があります。

歯を失う原因の過半数は「歯周病」と「虫歯」

図1 歯を失う原因(資料1より改変)

厚生労働省の歯科疾患実態調査によると、歯を失う原因として、虫歯(29.2%)を凌いで最も多いのが歯周病(37.1%)になります(図1)。この2つを合計すると実に6割を超えますので、大切な歯を守るためには、これらの疾患の予防と対策が不可欠なのはいうまでもありません。

歯周病と虫歯(う蝕)は「口腔二大疾患」と呼ばれ、国民の大多数が罹患する、いわば「国民病」です。では、各疾患について歯を失う過程を詳しく見ていきましょう。

歯の周りが破壊される「歯周病」

図2 歯の構造

歯周病は文字通り、歯の周りの病気で、歯の周囲にある歯ぐき(歯肉)、歯を支える骨(歯槽骨)等の歯周組織(図2)が、歯周ポケットに存在する歯周病菌の毒素などによって起きた炎症反応により破壊される病気です(図3)

歯周ポケットは歯と歯肉の境界部にある溝のことで、正常では1~2mm程度の深さで「歯肉溝」と呼ばれています。しかし、病的に4mmを超える深さになると歯周ポケットと名前が変わり、歯周病と診断される基準の一つとされています。

図3の歯石は細菌等の集合体である歯垢(プラーク)にカルシウム(Ca)などが沈着して石灰化したものですが、よくできやすい部位に、下顎前歯舌側(歯の裏側)や上顎大臼歯頬側(歯の外側)が知られています。

歯ぐきの発赤、腫張、出血、腫張といった炎症症状のほか、さらに進行すると歯ぐきがやせる(歯肉退縮)、歯がぐらついて噛めない(動揺)、排膿、口臭といった不快症状が出て、食事や日常生活に支障をきたすようになります。最終的にはぐらつきが大きくなり、自然と抜け落ちる「自然脱落」に至ります。

図3において自然脱落した歯の歯根部表面に付着した歯石が褐色なのは、深い歯周ポケットの血液成分が長年にわたり沈着したためであり、高齢者の歯に特徴的な歯石であるといえるでしょう。

図3 さまざまな歯周病症例(写真:著者提供)

歯自体が破壊される「虫歯」

虫歯は、食物中の糖分を栄養源にして虫歯菌の産生した酸が、Caやリン(P)などから成る石灰質の歯を溶解してできた穴です。

代表的な虫歯菌はストレプトコッカス・ミュータンス、いわゆるミュータンス菌です。

初期(C1)は無症状ですが、進行して穴が深くなると次第に冷たい水がしみるようになり(C2)、さらに進むと温熱痛、そして歯の中央部の歯髄組織(歯の神経)が強く刺激され、何もしなくてもズキズキと激しく痛む自発痛を感じるようになります(C3)。

さらに進行すると、歯髄は腐敗して失活するため痛みは和らぎますが、歯根だけが残った残根歯になります(C4)(図4)

図4 虫歯の進行段階(写真:著者提供)

こうして口腔二大疾患と呼ばれる歯周病・虫歯で歯を失っていきますが、80歳で20本以上の歯が残る高齢者の割合は増加の一途を辿っており、すでに5割を超えています(図5)。若い頃から歯を大事にする習慣が大切なのは、いうまでもありません。

歯周病や虫歯は早期発見・早期治療が基本です。日ごろの丁寧な歯磨きに加え、定期的に歯科医院で健診を受けるようにしましょう。

図5 8020達成者の割合(資料2より改変)

【参考資料】
1) 厚生労働省・8020推進財団:第2回永久歯の抜歯原因調査報告 (2018)
2) 厚生労働省:歯科疾患実態調査(平成5、11、17、23、28年、令和4年)

島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)

1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。

【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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