ニュートリション関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。7回目の主人公は、エビデンス重視の米国で十分な知識や経験を培ったスポーツダイエティシャン・讃井友香さん。

スポーツニュートリション先進国のアメリカで教育を受け、厳しい資格試験をパス。現在、プロのスポーツダイエティシャンとして活躍中だ。長い米国生活を経て2019年に帰国してからは、スポーツ選手への栄養サポートはもちろん、日本に足りない「エビデンス」の概念を根づかせるべくさまざまな活動を行っている。

国家資格を取得するまでの長くて険しい道のり

編集部 讃井さんは米国暮らしが長くて2019年に帰国したそうですね。久々の日本はいかがですか。

讃井友香さん(以下、讃井) 米国暮らしが長くてほとんど日本らしさを感じずに過ごしてきました。これから取り戻していこうと思います(笑)。若いうちに帰国して日本のいい所を感じつつ、米国で培った知識を生かして日本のスポーツニュートリション分野の発展に少しでも貢献していきたいです!

編集部 米国にはどのくらいいたんですか?

讃井 自動車メーカーに勤めていた父の仕事の関係で海外赴任が多く、私は米国で生まれました。ただ、1歳の時に帰国したので米国のことはほとんど覚えていませんでした。小学3年生の時に再び渡米することになって、それからずっとオハイオ州が生活の拠点になっていました。

編集部 米国でかなり厳しい国家試験をクリアして資格を取得されていますが、RD(Registered Dietitian:管理栄養士)を目指したきっかけを教えてください。

讃井 高校生のころ、一家でカナダへ引っ越さなければならなくなったんですが、米国とカナダでは学習プログラムが異なっていて複雑なので、私だけ米国に残って高校の寮で生活していました。まぁ、一人暮らしをするとだいたい好きな物ばかり食べるようになりますよね。米国はフライドチキンとか揚げ物王国ですから、ヘルシーな物がない(笑)。

最初のうちは楽しんでいたんですけど、だんだん飽きてきて。良くない物を食べているわけですから、当然体調にも変化が表れました。高校ではバレーボール部に所属していたんですが、プレーにも影響するようにもなりました。その時ですかね、健康や運動パフォーマンスと食事が密接にかかわっていると実感したのは。

食べることが好きでしたし、もともと栄養関係の仕事をしようとは思っていて、スポーツ分野志望ではあったものの、自分がどの分野に適性があるのかを見極める必要があったので、勉強をして知識や経験を蓄えてから進む分野を決めようと考えていました。

編集部 高校卒業後にオハイオ州立大学へ進学して、RDの国家資格取得のためにスタートするわけですが、日本とはだいぶカリキュラムが違うようですね。

讃井 簡単にいえば、大学1、2年生時は基礎、大学3年生時は臨床中心のエビデンスに基づいた栄養の基礎を学ぶ期間になっています。ここまでは日本と近いものがあるかもしれませんが、大学4年生になると一気に実践的になって、1年間で1200時間の管理栄養研修が義務づけられます。

研修先は病院(9週間)、老人ホーム(3週間)、フードサービス(6時間)、外来患者クリニック(6週間)、ウェルネス関連(6週間)、フリーランス栄養士(6週間)で、いろいろな栄養現場へ赴きました。月~木曜日はフルタイムの研修、金曜日は授業、空いている時間にバイトとかなり忙しい毎日でしたが、本当に勉強になりました。

さまざまな現場で経験を積むことで、どのようなことを求められる仕事なのかが理解でき、自分に向いている分野はどこなのかが見極められるようになるのです。私の場合、ウェルネス関連の研修を受けていた時に「やっぱり、スポーツがやりたいな」と感じ、進むべき道が定まりました。

自分の将来を左右する研修先ですが、実は自由に選択できるわけではありません。自分が希望する分野、現場に“採用”してもらえるように自分をPRしなければならないのでプレゼンテーション能力も問われます。そして、研修先がこちらの熱意や姿勢、スキルを評価して初めて受け入れてもらえるのです。

しかも、研修先を選択・決定する期間というのは1年に1回しかなく、入学時から高い意識をもって準備をしておく必要があります。私の場合は、大学側がいろいろな分野の栄養士の働いているところにコーディネートしてくれましたが、そうでない環境だとかなり大変かもしれませんね。

編集部 1200時間のさまざまな現場での研修、研修先への自己PRと売り込み、疑似就職活動といえばいいでしょうか。かなり自分が鍛えられるシステムですね。でも、これはRDの資格を取得するための前段階の話ですよね。

讃井 そうです。RDの受験資格は2024年から「大学で修士号取得」が必須条件になるので、大学へ行ってきちんと勉強して経験を身につけないと、そもそも資格取得のスタートラインにすら立てません。

国家試験に合格して初めてRDを名乗ることが許されますが、一生モノの資格ではなく、5年ごとに更新期があります。その間も大学院で勉強したり、新たな資格を取ったりするなどして、継続的に学習して知識を蓄積していかなければ現場で活躍することはできないのです。

RDができることは、「スポーツやメディカルなどの現場で専門的な栄養指導や教育を施すこと」になります。米国では、栄養に関するアセスメント、診断、栄養介入などはRDの資格を持つ人しかできません。

RDの資格がなくても、フィットネス愛好家や一般人へのビジネスとして参画することはできますが、プロや大学などが専門家を雇用する場合、資格がなければ雇わないという土壌ができあがっています。

膨大な時間をかけて、苦労して資格を取得しているわけですから、私たち有資格者の職域はしっかり守ってくれているといえます。また、州ごとに資格を守る法律も定められています。

編集部 なるほど、日本とはだいぶ違う印象です。スポーツでいえば、日本では資格が乱立していて、極端な話、素人でも指導ができてしまう環境です。

例えば、とても発信力のある人が話した内容がいかにも正しいように伝わって、本当は間違っている情報なのにどんどん拡散されていく。こうなると、せっかく苦労して国家資格を取り、知識や現場経験をしっかり積んだ人が活躍できる機会が減り、正しい情報が伝わらなくなります。

そもそも、スポーツ分野で活躍できる機会がそれほど多くないという大きな問題は置いておきますが。

讃井 米国ではありえない話ですね。RDが活躍できる分野、現場はたくさんあって、スポーツ分野も同様です。プロフェッショナルが多くいればいるほどサポートが充実し、選手のパフォーマンスが上がっていくので、どんどん強くなっていきます。競技を取り巻く環境、有資格者の保守についてはしっかりと整備されているといえるでしょう。

編集部 スポーツ大国たるゆえんはこういったところにも表れるわけですね。

トップスポーツ現場で指導・サポート経験を積む

編集部 研修先でいろいろな現場を経験してRDを取得しましたが、スポーツニュートリションのスペシャリストになるためにどんなことをしたのでしょうか。

讃井 「ベストな自分を目指すためのニュートリション」というのがスポーツ分野で問われることですが、私の性格に合っていると思いました(笑)。

ただ、私が大学で専攻していたのは臨床栄養学といって病気の人が少しでも良くなるための栄養学です。臨床栄養にも興味はありましたが、スポーツ分野へ進みたい思いと学んできたことが少し交わらない感じでした。

だから、スポーツ分野で必要な栄養学、運動生理学、サプリメンテ―ションなどを一から学び直そうと思って、コロラド州立大学(UCCS)大学院(健康科学部スポーツ栄養学科)に進むことにしました。

編集部 コロラド州といえば、高地トレーニングのメッカですよね。世界中のスポーツ選手が合宿で利用する場所としても有名です。

讃井 まさにそうですね。UCCSのあるコロラドスプリングスにはオリンピック・パラリンピックトレーニングセンター(OPTC)があって、ボクシング、レスリング、空手、柔道などのコンバットスポーツ、ダイビング、サーフィンなど、さまざまなタイプの競技・選手が合宿に来ます。

UCCSはOPTCとも接点があるので、うまいこと現場で勉強する機会がないかなと。実際、狙い通りになったわけですが。

編集部 すぐにトップレベルで勉強できる機会が得られるのは恵まれていますし、学ぶことができれば貴重な体験になりますよね。

讃井 大学院2年生の時にOPTC専属のスポーツダイエティシャンの下についていろいろな経験をさせていただきました。

運動生理学者、トレーナー、科学者などで構成されるスポーツサイエンスチームの手伝いをしながら、彼らが議論する会合にも参加させてもらって、トップレベルの世界を垣間見た気がします。

OPTCは選手の強化はもちろんですが、選手を被験者にしたデータ取得が頻繁に行われていて、研究の要素もある施設といえます。

例えば、東京五輪の暑さ対策。五輪出場予定の選手を対象に東京の暑さと同じ環境を作れる疑似空間を作ってトレーニングさせ、選手が流した汗を分析して電解質やナトリウムがどれだけ消失したのかなど、ありとあらゆるスポーツサイエンスの研究が行われていました。

編集部 スポーツ研究の最前線という感じですね。

讃井 まさにそうです。それで、私がOPTCで主に行っていたことは、選手への栄養カウンセリングや講習などのアウトプットですね。

一方、RD同士で文献をシェアしてディスカッションしたり、考察して見解を掘り下げたりして、最新の情報・見解をインプットすることも盛んに行っていました。

米国は何よりエビデンスが重視されますので、当然、自分が持っている情報をアップデートし続けなければ、話についていけません。

数人のRDで一つテーマを決めて、「これはネガティブな情報だから、現場では使えないね」とか、「この情報を現場で使うにはもう少し議論の必要がある」とか、エビデンスベースの話を頻繁にしました。

こうしたディスカッションを通して得られた情報は、選手にできる限りかみ砕いて説明し、食への理解を深めてもらうようにしていました。

ただ、選手への伝達の仕方はかなり気を使うところで、簡単に伝えた方がいいのか、エビデンスを絡めて伝えた方がいいのか。いかに誤解されないように正しく伝えるかが大事で、コミュニケーションに関することは指導されましたし、強く意識しなければならないんだと思いました。

選手たちにはとにかくトレーニングに集中してもらって、選手のパフォーマンス向上、コンディショニングにかかわる必要な栄養情報を取得して提供するのが、私たちRDの仕事です。だから、エビデンスに基づいた情報や知識は最新で最低限のことは頭の中に入れておく必要があるのです。

編集部 なるほど、日本でも米国のようにエビデンス重視の考えが浸透するといいと思います。ところで、UCCSではスポーツ分野での“修行”以外に、ユニークな活動をされていたそうですね。

讃井 地元食材を活用して食への理解を深めてもらう「フード・ネクスト・ドア(FND)」という活動です。私の大学院生活はOPTCでの修行、UCCSウェルネスセンターで栄養士としての講習、そして、FNDの活動と大きく3つありました。この活動も非常にいい勉強になりました。

米国は「大きな農場で大量生産を」といった考えで、日本のように一つの食材を丹念に育てるような文化がありません。コロラド州は比較的農業が盛んな地域で、いろいろな物が豊富に生産され、米国内では珍しく食材を大切に扱います。

コロラド州の地域特性を理解しているUCCSは、学生にも地産地消の大切さを教育する意欲が高く、学内でも積極的に推進しています。

FNDは、農協や大学が運営している農場から食材を取り寄せて大学院生たちが栄養バランスや目的に応じた献立を考えて調理し、大学の施設で提供するものです。

米国人は野菜を食べない、栄養バランスが悪いなど、ご存じの通り食に関する問題がいろいろあるんですが、FNDでは食への理解を深めるために「どうやったら食べてもらえるのか」「どうしたら健康的な食生活を送ってもらえるのか」。

そういった観点から常にメニューを考えなければならないFNDの活動で、食のプロモーション能力を培うことができました。

米国の生活では、日本人の私がやりたいことを後押ししてくれて、知っておきたいことを学ばせてくれる環境や人に恵まれました。本当にそれがありがたかったですね。

エビデンス重視の日本へ、専門家が活躍できる日を願う

編集部 充実の米国生活を終えて日本へ帰国。現在は「Athlete Food Connection(アスリートフードコネクション)」を設立し、フリーランスのスポーツダイエティシャンとして活動していらっしゃいます。スポーツ関連企業との提携、東京五輪ラグビー米国代表選手への栄養サポート、エビデンス情報の蓄積など幅広いですね。

讃井 日本に帰ってきたのは、「一度日本で暮らしてみたい」といった私の興味からで(笑)。ただ、自分が培った知識や経験を生かして日本のスポーツニュートリションのレベルアップに一役買いたいという思いは持っています。

編集部 先ほども触れましたが、日本では資格を持っていてもスポーツ現場で活躍する機会があまりない環境ではあります。

讃井 帰国後にいろいろと調べてみたんですが、RDの資格を生かしてスポーツ現場で仕事をしようとしても、求人というか、機会がほとんどないという状況でした。「あれ、私が日本でやれることがない…」みたいな。

編集部 その背景として、スポーツニュートリションが現場で最重要視されていないため、専門家が介入しにくいという現状が挙げられます。

また、現場にかかわるには独特の徒弟制度というか、縦の関係も大きいと思います。エビデンスを構築するということもなかなか難しい環境なので、少し面食らうことがあるかもしれませんね。

讃井 帰国してからある会合に参加したんですが、実践研究やエビデンスの話は確かに不足しているなと感じましたし、私と同じように海外で資格を取得した人も同様の感想を持っていました。

編集部 この海外との格差というか、もっと発展させるために何が必要なんでしょうか

讃井 おそらく「英語が読めない」「英語が話せない」ということが影響しているのかなと思います。英語に対して距離感があると、海外の最新情報を自分で取りに行くこともしないのではないでしょうか。

英語を身近に感じれば、興味が沸いてくると思いますし、日本にはない情報を取得できる点で知識の蓄積には一役買うと思います。

それで、英語に強い専門家が一人でも多く増えてほしいと思い、私の会社で英会話レッスンのサービスを始めました。

初級~中級を私、中級~上級を外国人と2人のスポーツダイエティシャンが担当し、基礎英語はもちろん、専門用語や現場での経験談を踏まえてレッスンを進めます。スポーツ分野に進みたい学生さん、海外志向の有資格者の方などを対象にしています。

もう一つ、スポーツニュートリションに関するエビデンスを重視し、志を同じくする専門家の方たちと「スポーツ栄養の図書館 LOUNGE」を運営しています。

エビデンスが絶対的に足りない日本にもっと必要な情報を残していこうという試みです。それこそ、OPTCで行っていたような議論や考察を行っています。

あまり多く話すと宣伝になるので(笑)、詳細はアスリートフードコネクションのHPでご確認していただければと思います。もちろん、スポーツ選手などへの栄養サポートも行っています。

編集部 とても素晴らしい取り組みだと思います。若手の専門家の方々が新しい視点でどんどん日本のスポーツニュートリションの在り方を変えていってほしいですね。今後の目標ややっていきたいことはありますか。

讃井 スポーツダイエティシャンが活躍できる場所をもっと増やしていきたいですね。先ほどご指摘されたように、今日本では「スポーツ栄養士」の人数がとても多い一方で働く場所がないという問題があります。

いろいろな競技やチームがあるのに、それで本当にいいのかなと思っています。これを変えるには、私たちができることをいろいろな形で知ってもらい、必要な存在であることを地道に証明していくだけです。

そのためには、繰り返しになりますが、最新の情報を蓄積しておくこと、エビデンスに基づいたスポーツ栄養学の教育、栄養サポートを進めていくことだと思います。問題点や志を共有する仲間たちとともに世界を変えていくくらいの気持ちで取り組んでいきたいですね。

編集部 東京五輪もいよいよ始まります。ラグビー米国代表のサポートを担当されていますが、コロナ禍でのサポートも難しかったでしょう。

讃井 この1年間は、決まっていた現場サポートの仕事がなくなってしまいました。ただその代わりに、私しかできないことを見つめ直し、アスリートフードコネクションを設立して新しいことを始められたので、結果的に前進したと捉えています。

代表選手たちとはリモートでのサポートがほとんどでやりにくい部分もありましたが、無事にここまできました。あとは選手たちがパフォーマンスを発揮して、無事に帰国してくれることを願っています。

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