誤嚥性肺炎とは?

近年、日本人の死亡原因の上位に肺炎が挙げられています。厚生労働省が公表する人口動態統計によれば、年齢が上がるごとに肺炎の占める割合が上昇しており、高齢者の健康を考える上でとても重要なのが「誤嚥性肺炎の予防」になります。

誤嚥とは、本来ならば食道に流れていくべき食べ物や水分が何らかの原因により、気道の気管や肺に侵入した状態です(図1)。その際に、口腔や鼻腔、咽頭内の細菌や真菌も一緒に流入してしまうと、感染症として発症することがあります。誤嚥性肺炎とは誤嚥により発症する肺炎のことで、発熱や倦怠感といった症状が出るほか、重症化した場合は命を落とすことも少なくありません。

図1 誤嚥性肺炎

誤嚥すると、機能が正常であれば激しくむせたりすることで誤嚥した物を喀出しようとする防御機構が働きます。これを「顕性誤嚥」といいます。

しかし、気管の感覚低下や咳反射の鈍化などの原因によって、誤嚥してもむせや咳嗽(がいそう:せき)といった反応が出ない場合もあります。これを「不顕性誤嚥」といいます。不顕性誤嚥では外見上、誤嚥しているか否かの判断が困難なため、誤嚥性肺炎のリスクが上昇します。

誤嚥の原因として最も多いのが、摂食嚥下(えんげ:飲み込み)機能の障害です。食事中に誤嚥すると、食べ物と一緒に菌が気管に侵入します。また、食事時だけでなく先述の不顕性誤嚥のように、就寝中であっても唾液を介して菌の侵入が起こることがあります。

嚥下がうまくできない原因

嚥下障害が起きる原因として、器質的(解剖学的)障害と機能的(生理学的)障害の2つに大別されます。また、加齢に伴う機能の低下も影響します。

①器質的(解剖学的)障害
器質的障害とは、口腔や咽頭・食道などの消化管の解剖学的な構造に問題がある場合で、食塊(食べ物や水分が混ぜ合わさったもの)の通り道に障害物があるような状態です。

舌癌や咽頭癌などの口腔・咽頭領域の腫瘍や、その手術後の障害が原因となる場合などです。例えば、舌癌では手術後に舌切除による舌の運動障害が起きることが多く、食塊を口腔内で処理できなくなった結果、咽頭へ送り込めないなどの障害が起きます。

②機能的(生理学的)障害
機能的障害とは、口腔や咽頭の解剖学的な構造が正常でも、それらの諸器官の運動に問題があり、食塊の通り道の動きが緩慢になるような状態です。原因として脳血管障害や筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病などの神経変性疾患のほか、多発性硬化症、脳炎、脳腫瘍、外傷性脳損傷、筋ジストロフィーなどの様々な病変が挙げられます。

③加齢による影響
歯の数が減少して噛む機能が衰えたり、唾液腺が委縮して唾液分泌が減少したりすると、嚥下に悪影響が出ます。また、嚥下反射の衰えなども関与します。しかも、感染症である誤嚥性肺炎はその発症に免疫機能が大きく関係します。免疫力(抵抗力)は20~30歳代をピークに加齢とともに低下していくため、高齢者は若年者と比較して誤嚥性肺炎の発症リスクは高まる傾向があります。

ところで、摂食嚥下障害の典型的な主訴として「飲み込みにくい」「むせる」といった不快症状がありますが、明確な訴えがない場合でも不顕性誤嚥の可能性は常に意識しておくことが大切です。

夜間の咳、繰り返す発熱、食欲の低下、体重の減少などの症状が認められた場合は誤嚥性肺炎を疑って、速やかに各種の検査をする必要があります。

胸部エックス線検査で肺炎所見の有無(肺炎があれば肺に境界不明瞭な白い影が写る)や血液検査で白血球数、CRP値(炎症反応の指標)の増加などを確認し、肺炎か否かの診断をしなければなりません。もし誤嚥性肺炎だと診断されれば、早急に抗菌薬による薬物療法などを始める必要があります。

誤嚥性肺炎の予防に口腔ケアは不可欠

日本において肺炎で亡くなる方の90%以上が65歳以上の高齢者です。入院中の高齢者の肺炎のうち7割以上を誤嚥性肺炎が占め、歯磨きや口腔ケアで口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防には不可欠です。

図2は、2001年に米山武義氏ら1)により報告された研究結果で、口腔ケアが誤嚥性肺炎を防ぐのに効果があることを調べたものです。

口腔ケア実施群と未実施群で比較したところ、実施群は発熱の発生率だけでなく肺炎の発生率も減少し、しかも肺炎による死亡率も有意に低くなるという結果が出ました。

図1 口腔ケアの発熱・誤嚥性肺炎に対する予防効果

また、2008年に報告された研究2)では、福岡県の高齢者を対象に口腔状態と4年間の誤嚥性肺炎での死亡率との関係が調査されました。その結果、1998年時に80歳の697人の中で歯周ポケットのある歯数が10歯以上の場合、肺炎で亡くなるリスクがおよそ4倍になりました(図3)

図2 歯周病と肺炎死亡率の関係

誤嚥性肺炎を防ぐには

①口腔内の加湿・保湿の重要性
高齢者に少なくない割合で、加齢や薬剤の副作用などが原因による唾液分泌の減少が認められます。その結果、口腔乾燥に起因する粘膜損傷のほか、唾液が菌を洗い流す自浄作用や唾液中の抗菌物質(ラクトフェリン、分泌型IgAなど)による抗菌作用が減弱するため、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。そこで重要になるのが、保湿ジェルや人工唾液を活用した口腔内の加湿・保湿です。

加湿とは乾燥した口腔粘膜や歯に潤いを付与することで、保湿とはその潤いを長い時間にわたって持続させることです。

口腔保湿剤は多彩な商品が市販されていますが、近年注目されている配合成分として、抗菌などの作用があるヒノキ由来の天然成分・ヒノキチオールがあります。当院歯科ではこの成分を含んだ保湿剤を使用しています。

②食事時の注意
誤嚥性肺炎を予防するためには、食前の口腔ケアで口腔内を清潔にするだけでなく、食事時の姿勢やむせ・咳の有無を確認したり、嚥下動作を注意深く見守ったりすることも大切です。

それに加えて、食べ物の大きさや形、一度に口に入れる量などにも配慮が必要です。

小さくて噛みやすいものを少量ずつ食べていくのが安全な食べ方の基本ですが、食べやすいと思われがちな、いわゆる「きざみ食」は、食塊がまとまりにくく誤嚥リスクが上昇するので要注意です。介護食ではスムーズな嚥下をサポートするためにゼリー状にしたり、「とろみ」を付与したりします(嚥下調整食)。

このような食形態の調整をすることにより、食塊がまとまって飲み込みやすくなり、粘度が増加して食塊の喉を通る速度が遅くなる結果、嚥下反射に遅延があったとしても誤嚥しにくくなります。

以上のように、定期的な口腔ケアや食事の配慮などで誤嚥性肺炎を防ぎ、命を守りましょう。(島谷浩幸)

【参考文献・資料】
1) 米山武義 他 : 口腔衛生の誤嚥性肺炎に対する予防効果, 日歯医学雑誌, 20, 58-68 (2001)
2) Awano S et al : Oral health and mortality risk from pneumonia in the elderly., J Dent Res, 87(4) 334-339 (2008)
・厚生労働省:人口動態統計.
・島谷浩幸 : 在宅の難病ケアにおける歯科の役割, 難病と在宅ケア, 28(7) 35-38 (2022)

島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)

1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。

【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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