歯はスポーツのさまざまなシーンに影響する
握力や背筋力などの最大筋力と身体運動パフォーマンス、または競技の成績が密接に関連性を示すという研究報告は以前から多く認められています。
ですから、身体運動能力を効果的に発揮する上で、筋力が非常に大切であることは言うまでもありません。
その一方で、運動の種類やスポーツ競技の種目によっては筋力の大小だけでなく、瞬発力や筋力発揮のタイミングやスピード、すなわち力発揮特性によっても大きく左右されることもよく知られています。
これらのスポーツ的要素と歯や噛み合わせが強く関連していることを報告する研究が近年数多く出ていますので、いくつか紹介しようと思います。
歯の噛みしめと握力の関係
握力は、その測定された最大値を個人のもつ(静的)筋力の指標とする考えが広く浸透しており、文部科学省が毎年実施している体力・運動能力調査の1項目であることは周知のとおりです。
2003年に東京医科歯科大学の研究グループが行った調査では、健常成人男子14名(平均年齢22.5歳)を対象として、歯の噛みしめの有無と握力の関係を解析しました。
その結果、握力発揮前・握力発揮時ともに噛みしめない群と比較して、両方とも噛みしめた群は握力が約112.1%、握力発揮時のみ噛みしめた群は握力が約112.3%となり、いずれも統計学的に有意差をもって握力が強くなることが明らかになりました(図1)。

この研究結果に対するメカニズムとして、同グループは次のように考察しています。
身体運動時の随意性最大筋力を決定する基本的要因は筋断面積、筋線維組成、神経性の因子の3つです。
前二者は構造学的な要素(因子)であり、本研究プロトコールにおいては筋の構造学的要因の量的あるいは質的変化が起こることはほぼあり得ないので、その影響を無視することができると言えます。
したがって、本研究の結果で認められた噛みしめに伴う骨格筋の筋力上昇効果の機序は、神経系の因子に関連しているものと想定されます。
噛み合わせと身体バランスの安定性の関係
2012年に日本福祉大学の研究グループが行った調査では、65歳以上の1763人を対象として、3年後における過去1年間の転倒経験と歯数および義歯使用の有無との関係について解析しました。
その結果、追跡調査によって過去1年間に2回以上の転倒を経験したことが判明した人は86人となり、転倒経験の割合は歯数が少ないほど高くなりました。
また、転倒との関連性が認められた性、年齢、追跡期間中の要介護認定の有無などを考慮し、ロジスティック回帰分析によりリスク度合いを計算しました。
その結果、義歯も含めた噛み合わせが20本以上ある人と比較して、10~19本の人は転倒頻度が約1.36倍となり、10本未満の人は約2.5倍も高くなることが明らかになりました(図2)。
結論として、歯を失って、かつ義歯を使用しなければ下顎の位置が不安定になり、頭部を含めた体の重心が安定しにくくなる結果、体幹のバランス低下を招いて転倒するリスクが上昇する可能性が示唆されました。

噛む力と瞬発力の関係
スポーツにおける全身運動に対して、咀嚼筋(噛む時に働く咬筋や側頭筋など)の活動が密接に関連していることが近年、明らかにされてきています。
そのため、噛み合わせに関するメディカルチェックをして咀嚼筋の機能を定期的に確認することが、スポーツの機能的な評価をする上でとても重要であると言えるでしょう。
咀嚼筋機能を定量的かつ客観的に評価するための指標として「咬合力(N:ニュートン)」を測定することは非常に有効と考えられており、特に最大咬合力は全身運動時における咀嚼筋の働きを調べるための重要な分析項目の一つであることが知られています。

2020年に明海大学歯学部のグループが報告した研究では、咀嚼筋の機能と陸上競技の種目との関連性を明らかにするために、12校の高校陸上部員207名を対象として、瞬発系種目と持久系種目における最大咬合力を比較検討しました。
その結果、高校男子において長距離群、短距離群、瞬発系群の順で数値は大きくなる傾向を示し、その中でも特に瞬発系群が他の2群と比較して有意に大きい値を示すことが判明しました(図3)。
その一方で、高校女子においては各群の数値の間に有意差は認められませんでしたが、高校男子の場合と同様に、長距離群、短距離群、瞬発系群の順で数値が大きくなる傾向を示しました。
本研究の結果から、グッと強く噛みしめた時に発揮される最大咬合力は陸上競技における瞬発系種目と密接な関係にあることが示唆されました。
以上より、スポーツで優れたパフォーマンスを行う上で重要な位置を占める最大筋力や体幹バランス、瞬発力といった要素が、いずれも歯や噛み合わせに深く関わっていることが分かります。
ですから、歯を健康に保つために毎日の丁寧な歯磨きと、定期的な歯科医院における検診を受ける習慣を欠かさず実践するように心掛けて下さいね。(島谷 浩幸)

【参考資料】
・中禮宏 : 嚙みしめと握力発揮特性の関連性, 口病誌, 70(2) 82-88 (2003)
・Yamamoto T et al: Dental status and incident falls among older Japanese: a prospective cohort study., BMJ Open, (2) 1-7 (2012)
・大川周治ほか:陸上競技選手の咀嚼筋機能について-瞬発系種目と持久系種目との比較-, 全身咬合, 26(1) 1-3 (2020)
島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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