はじめに

僕は今まで海外生活が長く、臨床栄養や栄養剤ビジネス、商品開発に携わり、日本に帰国後、スポーツニュートリションの世界に身を投じました。それで、スポーツが盛んな欧米を見てきた中で、日本では「ん?」と思うことが数多くあり、欧米と同様のことができない、もしくは、制度や仕組み自体を変えなければ前進しないだろうなと思って日々を過ごしています。

この連載で訴えていきたいのは、グローバルスタンダード。つまり、日本のスポーツニュートリションも世界標準に立って物事を進めていかなければならないということ。現状をみると、海外とはだいぶ差があります。しかし、差があるからと嘆いているばかりでは何も始まりません。

僕のキャラクター的に(笑)、耳の痛い話、際どい話が多くなるかもしれませんが、栄養学博士、企業人として日本のスポーツニュートリションに関する問題提起、海外の最新情報、海外で注目されているサプリメント原料など、さまざまな角度からぶった斬っていきたいと思います。

「栄養」がプライオリティになっていない日本

外国と日本の決定的な差として、まず感じることは「栄養への理解度」ですね。これは、プロをはじめとするすべてのスポーツチーム、指導者、選手を含めていえることだと思います。知り合いのスポーツニュートリショニストによると、チームに所属して指導・サポートができたとしても、予算編成の都合で真っ先にお役御免になるのが栄養関係者だそうです。僕の目からすると、この流れはとてもおかしく見えます。

そもそも栄養は生きる上での基本。それをおろそかにすることでどれだけ損をするかは想像がつくと思います。スポーツをする上でもそこは変わらないどころか、パフォーマンスを上げられることができる一手が栄養であって重要度を高くすべきなのに、日本ではなぜか置き去りになってしまっている。一方、海外では栄養を戦略的に考えるのが当たり前で、優先順位はとても高いのです。

ですから、戦略的な栄養介入を考える上でニュートリショニストの介入は不可欠になってきますし、海外ではトレーナーやドクターと同等に捉えられているのです。指導者が持つ知識だけでチームをマネジメントするのにも限界がありますから、栄養の専門家の介入によるチーム強化はごくごく自然の流れになってきます。

日本がグローバルスタンダードに向かうためには、「指導者が栄養の重要性を理解する」。これが今、日本のスポーツ界で必要なのではないかと考えています。僕もことあるごとに指導者のみなさんへ訴えていますが、理解してくれる方もいれば、そうでない方もいる。それぞれですね。

傾向として、スポーツ栄養学に理解のない、知らない世代の監督・コーチに教育されて選手時代を過ごした指導者は、なかなか受け入れにくいのかなといった印象です。でも、それだとチームは強くならないし、日々進化を続けるスポーツニュートリションを取り入れていかなければ、ますます世界に後れをとることになります。

僕に近い人の話として、こんなことがありました。あるチームの監督が交代することになって、挨拶がてら「チームの強化策には栄養戦略が不可欠」と説いたそうです。その監督は栄養の知識が全くなかったものの、すぐに理解を示してくれた。即刻、ニュートリショニストによる栄養講習会を行って、チーム強化に栄養を組み込んだのです。そのチームは、時間がかかったものの、好結果を上げるに至っています。もちろん、監督の指導力の賜物かもしれませんが、好成績の裏に栄養が果たした役割は決して小さくなかったと考えていますし、指導者が栄養を受け入れたことで好転したモデルケースともいえます。

グローバルスタンダードを日本に根付かせるために、指導者の意識改革と栄養への理解。これは、スポーツ文化の成熟、発展に欠かせないものではないでしょうか。

「食事」と「栄養摂取」の違いを理解すべき

食事と栄養摂取。何となく言葉は似ていますが、意味合いが全く違います。特に日本では、「まず食事が大事」という考えがあって、大半の関係者はそのように考えていると思います。

食事は嗜好や環境も踏まえて考える一方で、栄養摂取はAという成分を必要量摂取するとこれだけ体が変化する、パフォーマンスが向上するといったシンプルにサイエンスベースで物事を考えます。大まかに分けましたが、日本では後者の意識が圧倒的に足りないと感じます。

栄養摂取の概念から考えていけば、食事だけではどうしても足りない物が出てきて、特にスポーツ選手は活動量・エネルギー消費が多く、摂取したい栄養素もたくさんあって、それらを食事だけで補おうとすると当然無理が出てきます。

ですから、足りないところをサプリメントで補って、無理なく効率的に栄養を摂取する考えが必要になってきます。僕がサプリのメーカーに所属していることとは別として(笑)、こうした考えがグローバルスタンダードといっていいでしょう。

「エルゴジェニックエイド(競技力を向上させるサプリメント)」という言葉がありますが、日本ではほとんど使われていません。やはり、食事>栄養摂取の考えが根強いことに起因します。栄養素でパフォーマンスを上げたり、コンディショニング、つまりマイナスから0以上に引き上げたりする考え方の理解が足りていないのではないかと考えています。この一線を超えるのがドーピングなんですが、その知識はスポーツファーマシストが詳しいですね。

米国でエルゴジェニックエイドの代表格ともいえるクレアチンは、ある調査によれば大学生スポーツ選手の3割が摂取しているようです。ところが、日本ではあまり知名度がありません。スポーツ分野でのベースサプリとして認識されている物を有効活用できていないということになります。

クレアチンは、「脳震とうのダメージ軽減」「脳機能の改善」など、スポーツ分野にとどまらず、各方面での研究が進んでエビデンスも続々と出てきています。健康にも寄与するクレアチンの情報が広く知れ渡っていないのはもったいないですね。カフェインも米国ではエルゴジェニックエイドとして使用されていますが、日本ではカフェインを積極的に摂取するという話があまり出てきません。

さらにいえば、サプリメントの成分や期待される効果を理解し、選手に正しく伝えるのがニュートリショニストに求められる技量の一つと考えています。そのためにも、ニュートリショニストもサイエンスベースの栄養摂取という考えを持たないと選手にアドバイスはできません。ですから、食事、栄養摂取を分けて考えたり、片方のみを考えるのではなく、ニュートリションの観点から双方を合わせて考えていくことが、今後専門家にも求められる素養になると思います。

僕が提言していることは理想ではありますが、日本が目指してもいいと思っています。それにしても、決してサプリメントを上手に使えていない中で、日本のスポーツ選手はすごく健闘していると思います。食事も含めた栄養戦略、サプリメントの有効活用をすれば、日本人はもっと強くなっていきますよ。

青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。