アメリカのスポーツに広がる暴力

 「スポーツと暴力」と聞くと、日本では、指導者による選手への暴力を思い浮かべるのではないだろうか。

アメリカの「スポーツと暴力」は、日本と同じようにコーチが選手へ暴力をふるうことやチーム内のいじめ以外にも、さまざまな暴力の問題がある。

まず、スポーツを観戦する観客間の暴力である。アメリカで最も人気のあるプロスポーツとされるNFLでは、観客のうち40%近くが競技場の内外で身体的な暴力、酩酊、迷惑行為を目撃したというデータがある。

よく知られているように、アメリカは深刻な銃の問題を抱えており、2023年には高校スポーツの場(駐車場等を含む)で銃撃事件が55件も起こっている。

このほかにも、試合中に対戦相手にルールの範囲を超えた暴力や乱闘が起こることもあり、これらはテレビ中継にも映し出される。

ユース・高校スポーツで標的となる審判

今回は、アメリカにおけるスポーツと暴力の問題のうち、ユースや高校生年代を中心とした審判への暴力を取り上げたい。

10年以上前だが、筆者の住む隣の市で、成人のレクリエーションサッカーの試合で審判が殴り殺されるという事件があった。

全米審判協会(NASO)が公表しているデータによれば、審判員の置かれている環境が浮かびあがってくる。

2023年にNASOが実施した大規模調査によれば、審判員の約51%が、コーチ、選手、観客らのふるまいによって「安全に不安を覚えた」と回答している。実際に暴力を振るわれた人も全体の約12%いる。

また、審判員に「スポーツマンシップの問題をひき起こしているのは誰か」と質問したところ、保護者が約40%、コーチが約25%を占めている。選手自身は10%未満であった。

「スポーツマンシップが最も劣っているのはどのレベルか」という質問には、競技のユースチームという回答が50%近くあり、次いで高校が20%近く、大人のレクリエーション約14%、子どものレクリエーション約13%となっている。

これは、筆者の「ユースの競技チームの保護者が一番やっかい」という体感とも一致している。

数字で見る審判不足の深刻さ

アマチュアの審判にもわずかながら報酬が支払われているが、敬意を払われることなく、安全に不安を覚えるようなふるまいをされるといった状況が、各地で審判不足を招いている。

各州の高校体育協会が加盟するNational Federation of State High School Associations(NFHS)は2017年に公開した記事の中で、全米の調査結果として、新規に審判員として登録した者のうち、約80%が2年以内に現場を離れる傾向があると紹介している。

審判が足りないことで、高校運動部の試合が中止になったり、本来は金曜日の夜に行うアメリカンフットボール部の試合を木曜日にずらすなどの対応を迫られている。

ここでも、審判不足の主な理由は、問題ある保護者のふるまいだとしている。筆者が目にした審判に暴言を浴びせたり、脅迫めいた行動をとる保護者はたいてい「自分の子どもを守るため」と自らの言動を正当化する。

たとえば、相手のプレーヤーが我が子に対して危険なプレーをしたのに審判が見ていなかったと怒りをぶつける。こういった姿を見ていると、選手に暴力をふるった日本の指導者が、強い選手に育てようとするあまりに、つい行き過ぎた指導をしたという釈明をするのと似ているとも思う。

2020年以降はコロナ禍により、審判不足に拍車がかかった。NFHSでは、コロナ禍のあと、全米レベルでおよそ5万人ほどの審判が減ったとしている。観客、コーチ、選手の態度を改めるように働きかけるとともに、審判になる人を増やすキャンペーンも行っている。

ただし、2025年にはいると、審判不足問題は底を打ったようで、わずかだが増加の傾向がみられた。

法とテクノロジーによる対策の模索と日本への示唆

前述したようにユーススポーツや高校スポーツの審判不足は2010年ごろから指摘されるようになってきたが、それ以前からも審判は脅威にさらされてきた。

1990年代半ばには、高校生のレスリング選手が審判に頭突きをして意識を失わせたというニュースや高校生アメフト選手が審判を殴ったというニュースがある。この他にも、ひとりの選手だけでなく、複数の選手、時にはコーチも加わって、集団で審判を襲った事件もあった。

このような暴行事件は、暴行罪として裁かれてきたが、ときには、ゲームの一部であるとして軽視されたりもした。

アメリカには、社会に不可欠な特定の職種への暴行、たとえば、医師、消防士、陪審員への暴行はより重い処罰を科すという法もある。これを審判員に対しても適用するべきではないかという動きが出てきた。

初めて働きかけがなされたのは1984年のことで、NASOが審判員に対する暴行に関するモデル法案を出した。今では23州で審判を守るための法がある。

例えば、カリフォルニア州では州法で以下のように定めている。

「スポーツ審判員が参加する高校、大学、その他の組織化されたアマチュアまたはプロの競技大会の直前に、大会中に、または大会直後に、当該スポーツ審判員に対して暴行が加えられ、かつ、その罪を犯した者が被害者が職務を遂行中であることを知っていた、または合理的に知るべきであった場合、その罪は、2000ドルを超えない罰金、 または郡刑務所における1年を超えない禁錮、もしくは罰金及び禁錮の併科とする」

このほかに、アラバマ州やデラウェア州では審判に対するハラスメント、嫌らがせ、侮辱なども処罰の対象にしている。

こういった法の多くは、1990年代から2025年現在にかけて施行されているが、2010年ごろから2020年にかけて審判が減り続けていたことから鑑みると効果を上げているとはいえない。

新しい対策として審判にボディカムをつけることにした高校体育協会もある。2025年6月にアメリカで開催されたサッカーのクラブ・ワールドカップで、判定の透明性を上げるなどのために審判がボディカムをつけたが、これとは別の目的だ。

2024年からワシントン州高校体育協会とワシントン州審判協会は、スポーツマンシップに反するテクニカルファウル、審判員にとって危険な環境を生む事象(乱闘、観客の乱入)、試合中断や再開遅延を招く差別的・嫌がらせ行為を撮影し、記録するためである。

ワシントン州審判協会は、英国の男子の草の根サッカーで審判がボディカメラを着用していることからアイデアを得た。米スポーツ専門局「ESPN」電子版によると、ワシントン州の審判協会は50台のカメラを購入し、残りの50台はカメラメーカー「リビール・メディア」から寄付されたという。

試合開始前には、両チームがルール確認するが、そのときに審判がカメラを装着し、どのようなときに録画をするかなどの通告がある。あくまでも商業的利害関係のあるリビール社の調査ではあるが、導入から半年後の調査では半数近くの審判が「カメラ導入後、選手や観客の行動に変化が見られた」とし、「半数は試合の審判中に受ける罵声が減ったと回答した」という。

審判に対して何かアクションを起こそうとするときに、カメラがあることを思い出すことで、それが抑止力になっているのではないかということだ。

ただし、このような審判のボディカメラにも課題はある。ノースカロライナ州の高校体育協会では、コストの問題とプライバシーの観点から導入を見送り、審判への報酬増額で審判不足を乗り切ることを決めた。

日本では審判が暴行されるような事件はあまり発生しないが、それでも、最近では、ジャッジが正確だったかを巡ってSNS上で動画がさらされることもある。

審判技術の向上のため正当な批判はあってしかるべきだが、安全なスポーツ環境を考えるときには、審判の安全も見落としてはいけないだろう。(谷口 輝世子)

谷口 輝世子(在米スポーツライター)

アメリカのプロスポーツから子どものスポーツまでをカバー。著書に「お金から見るアメリカの運動部活動(生活書院)」など。