アスレチックディレクター(AD)の役割と責任

アメリカの学校の運動部には存在し、日本の学校の運動部には一般的に存在しない仕事がある。アスレチックディレクター(Athletic Director)である。学校の運動部全体の管理運営責任者で、いわば「運動部門の管理職」だ。
ADは、運動部のコーチ人事を担い、外部コーチも含めた運動部のコーチの上司にあたる立場でもある(ここでは教員・外部を問わず、運動部の指導を担う人を「コーチ」とする)。
また、運動部の活動規則づくりの中心人物であり、予算や用具の管理を行う。さらに、州の高校体育協会、学区の教育委員会、学校長と、現場のコーチや保護者の間に入り、さまざまな調整役も務める。
アメリカでも「運動部の指導はできるだけ教員が行う」ようにしているが、希望者がいない場合は外部から探す。
教員の中に適任者がいないかにアンテナを張り、欠員が埋まらない場合は外部コーチを探し、採用に足る人物かどうかを見極めることが、ADの重要な仕事になる。
最終判断は学区の教育委員会や校長とともに行うが、募集から適性の確認まで、実務の大部分はADが担う。
各州では、州の教育当局や州の高校体育協会(中学を含む場合も多い)が、指導に必要なコーチ資格や講習受講の要件を定めている。
ADは、教員・外部コーチが所定の講習を受けて資格を得ているかを確認しなければならない。
加えて脳震とうの対応規則、熱中症を防ぐための活動規則など、安全に直結するルールも州ごとに整備されているので、運動部がこうした規則を守って活動しているかを確認するのも、ADの役割だ。
ここまでで、ADが「スポーツの知識とマネジメント能力を併せ持つ管理職」であることが見えてくるだろう。
筆者が取材したADは、体育科主任との兼任、副校長との兼任、コーチ兼任、フルタイム(専任)と、形態はさまざまであったが、この両方を兼ね備えていた。
不適切指導が起きたとき、ADはどう動くのか

ADの仕事に共通しているのは長時間労働である。運動部の練習やホームでの試合に立ち会い、生徒が安全に活動できているかを見守るからだ。
アメリカの運動部の公式戦は平日夜にも行われる。他の教員と同じように朝から学校に出勤し、平日の夜に行われる運動部のホームゲームを見守って帰宅する。
職住がかなり近い場合には、一度家に戻り、家族とともに早い時間に夕食を食べて、夜の試合の見守りという仕事に戻っている人もいる。
彼らはなぜ試合に立ち会うのか。試合では他校とトラブルになることもある。移動用バスが故障することもある。これらのハプニングに対し、調整や介入を行う。そして各部のコーチが適切に指導しているかも確認している。
もしコーチが、蹴る、叩くなど生徒の身体の安全を脅かす虐待行為をしたり、激しく罵倒するなど不適切な方法で指導していたりする場合、ADは一時的に指導を停止するなどの措置をとることが一般的だ。
何が起きたのかを調査し、評価し、学区の上位管理者にも報告する。深刻な違反だと判明した場合には学区教育委員会がコーチを解雇する。
ADがいない日本の現実
日本では、学校の運動部で虐待じみた指導が疑われたとき、生徒や保護者はまず校長に報告することが多いのではないか。
しかし校長が、すべての運動部が日々どのように活動しているかを把握するのは現実的に難しいだろう。
生徒側から虐待的指導の訴えがあっても、指導者側が「強度の高いトレーニングをしただけだ」と反論した場合、コーチングの知識や州の高校体育協会規則を熟知していなければ、問題を調査し評価するのは難しいかもしれない。
日本の校長が劣っていると言いたいのではない。校長の業務量に、運動部の活動モニターが上乗せされているので、負担が大きいのではないかということだ。
筆者はこれまで複数のADに取材してきたが、日本の中学・高校にはこの職がないと説明すると、彼らは「では誰がその仕事をしているのか」と不思議がった。
校長や教頭が担っていると伝えると、「それでは忙しすぎて、ADの仕事まで手が回らないのではないか」と率直な感想を口にした。
アメリカでは、彼らがいなければ対外試合を行う運動部は成立しない、という感覚が共有されている。
保護者対応とコーチ評価の仕組み

ADに取材するときには「これまでコーチを解雇したことがあるか」とも尋ねてきた。多くの人が「やめてもらったことがある」と答えた。
その一方で、コーチを保護者から守ることも、彼らの重要な仕事だ。保護者の理不尽な要求が続けば、コーチが疲弊して辞めてしまうからだ。そうなれば運動部は持続可能ではなくなる。
保護者からの報告や苦情は多様である。
件数が多いのは「なぜ、うちの子の出場時間が短いのか」、「なぜ試合に出られないのか」といった出場機会に関するもので、このほかにも「コーチの采配や戦術がおかしいのではないか」という批判も出る。
一方で、采配や選手起用の問題とは別に「部内でいじめられているようだ」、「飲酒や喫煙が広がっているようだ」、そして「コーチが虐待的な行為をしている」という訴えもある。
保護者からのさまざまな相談事に対して同じ重みで対処しているとリソースが破綻する。だから、より深刻で、より早く介入しなければいけないものを優先させ、保護者からの無理難題には毅然とした応対をするようになっている。
具体的な対応策としては、前回の連載でも述べたように、運動部の理念を明確にし、それを具体化した規則をあらかじめ整えている。
保護者とのコミュニケーション方法を多くの学校がルール化している。
「子どもの出場時間などについてコーチに直接質問はできない。どうすればより良い選手になれるかは質問できる」といった線引きがその典型だ。
もちろん、虐待的指導が疑われる場合には、生徒と保護者はコーチに説明を求めることができる。コーチが対話に応じない場合は、「ADに連絡する」としていることが多い。保護者から報告を受けたADが調査を行う。
生徒、保護者とコーチの間でトラブルが発生したときだけでなく、シーズンごとにはADが各指導者を評価する。評価の方法をインターネット上で公開している学区もある。勝敗は主な評価対象にはしていない。
スポーツを理解して指導を行っているか、生徒の成長を助けているか、安全に配慮しているか、関係者、保護者と良好な関係を築いているかなどである。
アメリカでの虐待的指導への対応は、ここまでにレポートしてきた流れがオーソドックスである。
もちろん、ADがいて、事前に決めた規則があっても、常にスムーズに進むとは限らない。
ADがコーチの虐待行為を看過してしまうケースもあれば、保護者の理不尽な無理難題への対応に疲れて、不適切な指導をしていなくても、コーチとの再契約を避けることもある。
それでも、学校現場を知り、スポーツを理解し、州の高校体育協会とつながって規則を把握した上で運動部をマネジメントする専門職が校内にいる意義は大きいと考える。(谷口 輝世子)
谷口 輝世子(在米スポーツライター)
アメリカのプロスポーツから子どものスポーツまでをカバー。著書に「お金から見るアメリカの運動部活動(生活書院)」など。























