指導者たちが選手育成、チーム強化のためにどのようなことを考え、取り組んでいるのかを追求する連載企画「指導者たちの心得」。
第3回目は、2022年全国高等学校総合体育大会(インターハイ:IH)女子ソフトボール部門で8度目の優勝に導いた神奈川県立厚木商業高等学校・宗方貞徳先生の心得。
平成、令和と時代をまたいで、全国制覇を成し遂げたソフトの伝統校を率いる名将は、チームを強くすることよりも大切にしていることがある。
女子ソフト伝統校を率いる名将の履歴
小・中は野球をやっていて、ソフトは高校に入ってから始めたんですよ。私の学生時代は野球が大人気で、部員数も50~60人いました。
そんな時代でしたが、私が進んだ神奈川県立伊勢原高校は前年にIHで優勝をしていたこともあって、野球ではなくソフトを選びました。そこから長いつき合いになるわけです。
教師を目指して国士舘大学へ進み、チームも強くて全日本学生選手権(インカレ)でも準優勝まではできたんですけどね。結局、選手時代に優勝を経験することはできませんでした。
神奈川県の教員採用試験に合格して教職の道へ進み、平塚市立山城中学校で6年間、金目中学校で4年間教えました。中学の教員は望む部活動の指導ができるわけではありませんでしたが、運良くソフト部を持つことができました。その後、平塚商業高校へ転任することになりました。
平塚商業は、高校女子ソフト界では知らない人がいないほどの名指導者・利根川勇先生が鍛え上げ、IH優勝を果たすなど強豪として知られていました。利根川先生はその後、厚木商業へ移られ、名門校に育て上げました。
私は、利根川先生が転任した7年後に平塚商業を率い、その後11年間、県内で利根川先生としのぎを削りました。そして、2008年に厚木商業へ移って利根川先生の下で顧問を務め、1年後にバトンを受け継いで今に至ります。
この2年間は、新型コロナウイルスの影響で、満足に練習ができない時期があったり、大会自体が開かれなかったり、生徒の気持ちを思うといたたまれなくなります。それでも、今の3年生たちが頑張り、悔しさを味わった卒業生の思いを胸に、IHで結果を残してくれました。
2022年度で定年退職しますが、引き続きジュニア世代の強化、普及にも力を入れていくつもりです。ソフト部は昔、県内の中学校で300、高校でも100以上ありました。今は、総体的に生徒数が減っている以上に、ソフト部が減っている状況です。
ソフトは国際大会で何度も好成績を挙げている、日本が世界に誇る競技です。ソフト部が当たり前に学校に存在し、競技に取り組む生徒が増えるように、これからもソフト界の将来を考えて動いていければと思っています。
変わりゆく指導現場、それでも変わらないもの
長く指導していますけど、時代がどんどん変わっていくのを目の当たりにしています。私が学生だったころ、ずいぶん昔にはなりますけど、「先生に叱られるお前が悪い」と、ある意味親御さんが学校を信じて生徒を預けていただく部分がありました。
今は、教員と生徒・親御さんの双方でコミュニケーションをとって、協力しながらより良い学校生活を作っていくようになりました。親御さんは学校に対して意見が言いやすくなり、いってみれば「生徒が教員を観察・評価する時代」に移っています。
3年間学校に預ける親御さんは昔の指導を知りませんし、今の時代に昔の価値観を当てはめると「ん!?」と思うことでしょう。だから、今の時代に指導者が合わせていかなくてはなりません。
その点でいえば、私も生徒との接し方はずいぶん変わってきました。それはそうですよ。私は年齢を重ねていきますが、教える生徒たちはずっと15~18歳の高校生と変わりませんから(笑)。年齢差がそれほどなかった若い時は気軽に冗談を言い合えていても、今は親子以上に年齢が離れていますからね。同じようなことをしても受け取り方は違ってきます。
時代の流れとともに年齢差のギャップを感じていた時、生徒との距離が離れないように、ソフト部では管理ツールを活用しながらコミュニケーションを図るようにしました。部活ノートと同じようなものですね。口では言いにくいことでも、文字にして送ることで素直に気持ちが伝えられる。
ただ、それでも「大事なことは自分の言葉で直接伝える」ということは、時代が変わっても、年齢にかかわらず、人として問われることだと思います。今は、LINEやメールなど文字で伝えることが当たり前の世の中になっています。ツール上でコミュニケーションが取れるとはいえ、「『体調が悪い』とコメントしたから、先生はきっと自分のことをわかってくれているだろう」と指の操作だけで完結し、察してもらうことに慣れてしまってはいけません。
ツールでのやりとりで、私もある程度生徒の状況は把握していますけど、だからといって、私から「大丈夫か?」「練習を休むか?」と声はかけないようにしています。頑張り過ぎてしまう生徒にはさすがにストップをかけることはありますが、基本は見守る形ですね。
コンディションを整えるのはスポーツ選手の務め。練習をセーブするのか、頑張るのか。自分で考え、どうしたいのかを直接相手に伝えることは大事なことです。社会に出れば、必ずしも他人が自分を察してくれるとは限りませんから、なおさら自分の意思をしっかり「言葉」にすることは大切だと思います。
食事や栄養摂取、トレーニングの考え方も変わってきました。栄養に関しては、女子生徒を預かっている以上、生理問題などを含めて敏感でなければいけないと思ってきました。まぁ、私がいうことは「よく食べて、よくトレーニングをする」くらいのことですが、細かい点は専門家に栄養講習をしてもらったり、補食を用意してもらったり、管理ツールもうまく活用しています。
ケガやコンディションについても、隣町にいるソフト専門のお医者さんにお任せしています。例えば、痛みがあるけど、多少無理をしても試合で投げられるのか(出られるのか)、投げたとして何球までOKなのかなど細かく診断してもらえるので、生徒の状態と症状を見て出場させるのか、練習をさせるのかを判断する基準にもなっています。
生徒をめぐる練習環境などは時代にかかわらず、大事と思ったことは早くから取り入れてきました。信頼できる専門家が周囲にいるので、この点は変えていないというより、進化してきたといった方がいいかもしれません。指導者が競技に関して必要なことを理解し、受け入れ、あとはコンディショニング、トレーニングの専門家に託す。これでいいのではないでしょうか。
少し話は逸れますが、部活動の顧問問題は是正されていくべきと考えています。私は教員になってから、望んで運動部を指導する立場になりました。でも、私のような教員ばかりではないのも事実です。特に、育児をしている教員が顧問を務めると、普段練習を見て、土日・祝日は遠征、大会、練習試合などに加えて、学校の仕事もしなければなりません。時代とともに少しずつ負担は増えています。
日本のスポーツ界は変化してきているので、指導現場も当然変化する必要はありますね。分業するとか、外部指導者を認めるとか、教員の負担を減らすシステム作りに関して議論すべきですが、俎上に載っては消えていく難しい問題でもあります。
時代の流れによって、やり方は変えていく必要があります。だけど、根底にあるものは無理して変える必要はない。そう考えています。私の場合、「厳しさ」。練習、規律、叱咤激励などいろいろとありますけどね。
自分では年齢とともに変えているつもりですが、昔から知っている人たちから見れば「宗方先生、全然変わらないな」「相変わらず、いいゲキを飛ばしているな」と思っているかもしれませんね(笑)。でも、それはそれでいいとも思っています。
監督の前に教員、選手の前に生徒
ソフト部の生徒たちには「高校生なのだから、学校生活を第一に考えなさい」といっています。練習に早く行かないといけないから、教室の掃除などクラスのことはほどほどにしてチームに合流してしまうとか、学校の委員会活動に参加しないとか。それは一切認めていません。
練習に遅れてもいいから、クラス・学校優先。現に、ソフト部の生徒たちは全員委員会に入っていますし、文化祭など学校行事には必ず参加しています。練習をサボるための口実に、行事を理由にするのは良くないですが、そんなことをする生徒はいませんね(笑)。
高校生は放課後、自由な時間になったらアルバイトをしたい人はすればいいし、友達と遊んでもいい。ソフト部の生徒はそれを部活動に当てている。高校生なのだから、優先順位を間違ってはいけないと思います。
生徒に徹底している以上、私も同じ心持ちできました。私はソフトボール部の監督である前に教員です。あくまで、教員として給料をいただいているのであって、ソフトボール部を強くすることだけが仕事ではないのです。会議があるのに部活の練習へ行くとか、生徒指導の立場にあるのに職務を怠るとか、大事な試合の前日だから他の先生に用事を頼むとか。それは絶対にできません。
そんなことをしていたら、他の先生や生徒に応援してもらえませんし、好成績を収めてもどこか他人事になってしまうのではないでしょうか。「私たちは強いから特別なんだ」と増長する気持ちが私や生徒たちにあると、他の先生方も気を使ってしまうでしょう。
学校の運営方針から「IHをめざす」「目標は全国優勝」となると、どうしても競技が最優先になる。部活の強弱によって学校内、生徒間の格差が生まれてしまわないともいえません。世の中にはいろいろな考えがありますからね。ただ、生徒の将来を考えれば、学校生活を疎かにして部活動にしか居場所がない状況になることは、どうしてもいいとは思えないのです。
ありがたいことに、ソフト部はグラウンドを専用で使わせてもらっています。公立高校ではなかなかできないと思うんですよね。どんなに強い部活のある高校でもグラウンドや体育館の割り振りがあって、みんなが交代して使う。でも、うちは学校の理解の下、練習環境を整えてもらい、質の高い練習が積めています。
高校生として当たり前のことをしていれば、自然と周囲に応援してもらえる。そう思うのです。だから私は、生徒がクラスや行事に積極的に参加する姿勢を評価していますし、いってみれば技術は二の次。生活態度がしっかりしてくれば、練習に対する姿勢や意識も変わってくるのです。「学校優先」。これは、指導哲学としてずっと大事にしています。
2年後の新生“厚商”に向けた新たな伝統づくり
利根川先生が「ソフトの厚商」を作り上げ、私が引き継ぎましたが、生徒集めはとても苦労する点でした。神奈川県の公立高校は他県と違い、中学の部活動実績を評価した入学、いわゆる推薦制度(都道府県によって名称は異なる)が設けられていません。
ですから、“好待遇”で入学してもらうなんてことはなく、学校の指導方針、練習環境に納得して来てもらう。「厚木商業に行きたい」という生徒たちは幸い、中学時代に全国を経験したり、全日本に選出されたり、レベルが高い。当然、他校から“好待遇”の条件を示されますが、それを断って「(私が)3年間しっかり指導する」という約束を信じて来てくれるわけですから、生徒への指導と将来、一人前の選手に育て上げる責任があります。
生徒集めには中学校とのつながりも大切なことです。長年、近隣の中学生を招いた合同練習をしたり、厚木商業の練習試合を見学してもらったり、高校生が中学生に基本練習を教えたりしてきました。こうしたつながりが縁で厚木商業に来てくれる生徒もたくさんいました。
定年を迎えるため、実はここ数年は生徒集めに力を入れることができず、IH優勝の3年生が抜けて、今残っているのは2年生が2人です。2024年度に厚木東高校との統合を控えていることもあって、ソフト部の行く末や後任問題などはっきりしないところがありました。
その状況では、「3年間しっかり指導する」という約束が果たせなくなるので、どうしても「うちにおいでよ」と無責任に生徒は誘えませんでした。きっと親御さんにも「宗方先生の指導を受けさせたいけど、最後まで見てもらえないのでは?」という心理もあったと思います。
それでも、やっと課題が整理されてきて、厚木商業のマインド(ユニフォーム、練習環境など)を維持しながらソフト部は存続し、後任には秋山渉先生が就くことになりました。私も秋山先生をサポートする形で、引き続き指導に携わっていきたいと思っています。部員が集まれば、来年度から新体制で再スタートすることになります。
地域の方々、長年サポートしていただいている専門家や練習の手伝いをしてくれる人たち、引退後も次の進路の準備をしながら後輩の練習につき合ってくれる3年生、そして、応援してくれる学校。ソフト部はいろいろな方々の協力を得て、ここまでくることができました。
人とのつながりや周囲の応援、こうした伝統を大事にしながら魂を受け継いでいってほしいですし、“厚商”の新しい伝統を秋山先生中心に作っていってほしいと願っています。
神奈川県立厚木商業高等学校
1972年、神奈川県央地域唯一の商業高校として設立。会計・情報などビジネス系の資格を取得できるように生徒への教育をおこなう。
2024年度には隣接する厚木東高校と統合予定(校名未定)で、全日制の普通科と総合ビジネス科を併置する。
ソフトボール部は全国大会の常連で、IH8度、全国高校女子選抜大会(選抜)8度優勝はともに歴代最多。卒業生には、2008年北京、2021年東京五輪ソフトボール金メダリスト・山田恵理などがいる。
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