子どものスポーツ参加や体力向上のことを考える際には、子ども自身への様々なアプローチや指導者、教員などの指導方法、教授方法の改善が重要であり、これらに関する研究成果なども多く存在します。
一方で、幼児期や児童期の子どもにとって家庭や保護者の影響は大きく、場合によっては、子ども自身の意識以上に子どもの行動を規定する要因にもなり得ます。あわせて周辺環境なども重要な要因となりますが、実はこれも保護者の意識や価値観に裏付けされる形で家庭環境や住環境へと反映されていることが少なくありません。
つまり、保護者が子どもの運動やスポーツ参加にどのような意識を持っているか、また、保護者自身が運動やスポーツに対して、どのような距離感でいるかが重要になってくると考えることができます。そこで、今回は保護者の運動に対する嗜好性や意識と子どもの運動嗜好性や運動参加などとの関係について考えていきたいと思います。
保護者の〝運動好き〟は子どもにも影響
最初に、保護者の運動嗜好と子どもの運動嗜好の関係について見てみます。以降に示す図は、私が1539名の小学校5・6年生児童とその保護者に質問紙調査を実施した結果の抜粋です。
図1は保護者の運動嗜好と子どもの運動嗜好の関係を示したもので、保護者が運動やスポーツをすることが好きなほど、子どもも運動が「とても好き」と回答する割合が明らかに大きくなっています。
逆に、保護者が運動やスポーツをすることが嫌いなほど、子どもも運動が「きらい」や「あまり好きではない」と回答する割合が明らかに大きくなっています。つまり、保護者の運動やスポーツに対する嗜好性と子どもの運動に対する嗜好性には強い関係があると言えそうです。

次に図2、3には、それぞれ、父親と母親の運動実施と子どもの運動嗜好の関係を検討した結果を示します。この図を見ると、やはり、運動実施頻度の高い保護者の子どもほど、運動が好きな傾向にあることがわかります。特に「運動はしない」と回答している保護者とそれ以外の保護者の子どもの運動嗜好には、かなり大きな違いがありそうです。
つまり、運動とは完全に距離を置いてしまっているような家庭においては、子どもも運動の機会が少なくなってしまっており、結果的に運動を好きと感じていない可能性が考えられます。


実際に、父親の運動実施状況と子どもが体を動かして遊ぶ機会の関係を示した図4を見ると、やはり、父親の運動実施状況と子どもが体を動かして遊ぶ機会には、強い関係があることがわかります。
ちなみに、ここでは父親の結果しか示していませんが、母親においても統計的に有意な関係が確認されました。ただ、父親の方がより強い関係が確認されたので、父親の運動実施状況との関係を示しています。

さらに、保護者の意識面との関係を検討してみました。図5は、子どもの運動嗜好およびからだを動かして遊ぶ機会の頻度による、保護者の子どもの運動に対する意識の違いを表しています。
ここで、保護者の子どもの運動に対する意識は「子どもと体を動かして一緒に遊ぶ」「子どもとスポーツ観戦に出かける」「子どもとテレビでスポーツ番組を見る」「子どもとスポーツのことを話す」「子どもに体を動かして遊ぶようにすすめている」の5項目の合計点(25点満点)で示しています。つまり、この得点が高いほど、保護者が子どもの運動に対して高い意識を持っていると考えることができます。

結果を見てみる、と運動嗜好の高い子どもや体を動かして遊ぶ機会の多い子どもの保護者ほど、子どもの運動に対する意識の得点が高くなっていることが確認できます。当然かもしれませんが、保護者が子どもの運動に対して高い意識を持つことは、子どもの運動嗜好性の向上や運動機会の増加につながると考えることができます。
環境を整備することで運動離れの抑制を
さて、ここまで見てみると、保護者の運動嗜好や運動実施状況は、強く子どもに影響を及ぼしていることがわかります。なんとなく、当たり前のような気もしますが、これは、遺伝なのでしょうか。
私が考えるには、いわゆる生物学的な遺伝というよりは、環境遺伝のようなものではないかと思っています。つまり、運動やスポーツに接する機会が少ないことで、楽しいと感じる瞬間や仲間と運動を通して交流するような時間が少なくなり、結果的にあまり運動が好きではないといった感情を抱く子どもになっていることが考えられます。
ここで、私が以前に行った実践研究での興味深い結果を紹介します。この実践研究では、普段運動不足と感じている小学校1・2年生37名を集めて、2時間×8回の運動実践を行った際の実践中の歩数を検討しています。つまり、参加した子どもは、普段あまり運動に積極的ではなく、どちらかというと苦手意識のある子どもです。
しかし、この実践の特徴は、そういったタイプの子ばかりが集まって運動をしている点です。これによって、子どもは劣等感をあまり覚えることがなく、運動ができた可能性があります。このような点を踏まえて、図6の結果を見てください。図6は、運動が好き/好きではない、保護者の子どもの実践中の歩数の違いを比較したものです。この結果を見る限り、運動実践中の歩数は保護者が運動が好きではない児童の方が有意に多くなっています。

この結果は、保護者の運動嗜好性と児童期前半の子どもの運度意欲の関係は小さく、子どもに適切な運動機会を提供することで、保護者の運動嗜好性に左右されることなく、その後の運動離れを抑制できる可能性を示していると思います。
また、この実践研究は前述の通り、あまり運動が得意でない子どもが多く集まった環境でのものです。このことが、子どもが積極的に運動に関われることにつながった可能性も考えられます。言い換えると、どのような子どもであっても、環境設定や実践内容によっては、十分に運動に意欲的に取り組める可能性があり、本質的には、他の子どもと同程度の運動欲求を持っているのかもしれません。もちろん、一つの実践研究だけですべてを語れるとは思っていませんが、この結果は非常に興味深い結果だと思います。
そして、この実践研究の結果は、今回の連載の前半で示した保護者の運動嗜好や運動実施状況と子どもの運動嗜好との関係は、どちらかと言えば環境遺伝であって、どのような保護者の子どもであっても設定する環境によっては、十分に積極的に運動に関わることができることを示してくれていると思います。
これらの結果を踏まえて、今回の連載をまとめるとすれば、「子どもの運動嗜好や運動機会は環境遺伝の影響が大きく、保護者が現在、過去において運動が好きであったり、得意であったりしなくても、子どもの運動への意識を高め、良い環境の提供を心がけることで、どのような子どもでも十分に運動への嗜好性を高めることができる」と言えます。
保護者の方から「私も運動苦手だったから…」という声をよく耳にしますが、今回の結果をご覧いただいた上で、ぜひ子どもが持っているであろう、本質的な運動欲求に応えるような機会提供に積極的になっていただける方が一人でも増えていただけたら嬉しく思います。(中野 貴博)



中野貴博(中京大学 スポーツ科学部 教授)
体力向上、活動的生活習慣から子どものスポーツ学を研究する第一人者。スポーツ庁や地方行政などと協力しながら、子どもの運動環境の改善、社会の仕組みを変えようと尽力。子どもとスポーツを多角的に捉えた論文も多数発表している。