海外研究が示す「体力と学力の関係」─日本で不足するエビデンスを前に

今回は、子どもの体力・運動能力と学力について少し紹介してみようと思います。

これまでの運動促進はやはり、体力・運動能力や技術、技能といった直接的な効果に多くの目が向けられてきたと思います。そういった意味では、前回紹介した社会情動的スキルなどは、運動促進をすることでの新たな価値といえます。

そして、今回示す学力に関してはある意味、とてもインパクトのある結果ではないでしょうか。

海外では例えば、韓国の中学生を対象に体力テストの結果と多くの教科の学力との有意な相関を示している研究1やアメリカの中高生を対象に20mシャトルランテストと英語や数学の成績との有意な相関を示している研究2が見られます。

さらにフィンランドでは、9~15歳の子供を対象とした縦断的研究3で有酸素性能力と筋力のいずれの発達も学力発達と関連することが示されています。

この他にも中国などを中心に多くの研究成果が見られていますが、我が国では、まだまだエビデンスが不足しています。そこで、本連載では我々が収集したデータを少し紹介したいと思います。

運動すれば勉強も伸びる? その前に考えるべき「行動様式」の話

具体の話に入る前に一つだけ伝えておきたいことがあります。それは、今回の連載では、運動をすれば勉強もできるようになるということだけを伝えたいわけではありません。

体力や学力といった分かりやすい数値で表せる成果の間に関係が見られたとしても、本当に考えなければいけないのは、それらの数値を高められる子ども達の共通した「行動様式」です。

つまり、前回示した社会情動的スキル(非認知能力)にも出てくる意欲ややり抜く力、頑張る力のようなものが、こういったタイプの子どもの行動様式に大きく介在していることを考えながら読んでいただきたいと思います。

明確に示していくことは、今後、様々な水準や目的で運動に親しむ子どもを増やしていくためには重要な価値観となってくると思います。

体力総合評価と学力の関連性はどこまで強いのか

それでは、我々が収集した具体的なデータを紹介していきます。

図14は、約1500名の小学校6年生(体力データは5年生時点)の文部科学省の全国学力・学習状況調査とスポーツ庁の全国体力・運動能力、運動習慣等調査の結果の関係を示したものです。

体力の総合評価が高い児童ほど、学力テストの合計点が高いことが確認できます。

また、全国学力・学習状況調査は6年生のみですが、自分自身による学力の自己評価という指標で、5年生も含めた高学年というまとまりでの関係を検討した結果が図2です。

ちなみに、6年生のデータを用いて、実際の学力調査と自己評価による結果は極めて相関が高いことを確認しています。結果はほぼ同じ傾向を示しています。この結果は非常に興味深い結果であり、少なくとも小学生段階では体力と学力にはある程度の関係性が認められたと言えると思います。

図1 体力総合評価と学力調査(算国合計点)の関係
文献4を一部改訂
図2 体力・運動能力と学力の自己評価の関係

ちなみに、対象を中学校3年生まで広げて同じ検討をした結果では、中学1年生と2年生では関係性が弱まり、統計的に有意な関係は確認されませんでした。しかし、中学3年生では再び有意な関係性が確認されています。

図3は、学力の自己評価が「とても良い」と「良い」の生徒に注目して、体力総合評価がAおよびBであった児童生徒の割合を示しています。

いわゆる受験が間近にせまった中学3年生において、体力総合評価がAの生徒の割合が最大になっているのは、少し興味深い結果だと思います。

あくまで、推測ではありますが、中学3年生は、それまでに運動活動で養った体力や非認知能力などが、受験に向かう学習面での頑張りにもつながっていることが期待されます。

図3 体力総合評価AおよびB群における
学力自己評価「とても良い」「良い」の割合の学年間比較

運動が学力を高める理由、カギは「行動様式」と「非認知スキル」

ここまで、実際のデータを用いて児童生徒の体力・運動能力と学力には、どうも関係がありそうだということを示してきました。しかし、誰でも想像が着くと思いますが、運動をすること自体が直接的に学力向上につながるとは思えません。

脳機能の向上などを示す研究も見たことはありますが、運動直後に勉強をしているとも限りませんし、かといって、テストの前に運動をしてきて脳機能を活性化させていることもまずないと思います。

では、なぜこのような関係が見られているのかを考えてみたいと思います。これは、冒頭にも書きましたが、いわゆる行動様式の問題だと私は考えています。

つまり、規律正しく物事を行うとか、決められた時間できちっとした行動をとれるとか、あるいは、目標に向かってやり抜く力や忍耐力を持って物事に取り組める。

また、勉強の面では、友達と上手に協力しながら学びを深めることができるなどといった、日々の運動も含めた学習に対する行動様式が体力・運動能力の側面と学力の側面の両方に成果として出ているのではないかと思います。

ここで示した全国学力・学習状況調査は、受験問題のような高度に複雑な問題というよりは、日頃の学校での学習状況を把握することを目的に行われています。ですので、前述のような行動様式を持って、学校での学びに向かうことで、一定水準の成果が得られているのだと思います。

前回の連載を読んでいただいた方は、すでにお気づきだと思いますが、これらの要素は、前回お示しした社会情動的スキル(非認知スキル)の構成要素になっています。やはり、運動を通して、社会情動的スキルを高めることは、さまざまな面での学習に役立つといった点からも大変重要な視点だと思います。

運動実施 →社会情動的スキル(非認知能力)→ 認知能力(体力・運動能力や学力)といった流れが想定され、この流れがうまく進むことで、子ども達は自己効力感も育んでいくことができるのではないでしょうか。

さらに、運動場面などでは、チームで行う運動などを通して自己有用感も感じられるようになれば、他人への貢献などへの気持ちも高まってくるため、社交性や共感、信頼といったものにも繋がりが見られてくると思います。

私は、特に運動の面での子どもの育ちを研究している立場ですので、運動をきっかけに、このような能力やスキルが獲得され、結果的に、今回の連載で示したような学力の面でも成果が見られてくれば、こんなに嬉しいことはないと思っています。(中野 貴博)


  1. Han, G. S. : The relationship between physical fitness and academic achievement among adolescent in South Korea., Journal of physical therapy science, 30(4) 605-8 (2018) ↩︎
  2. Cosgrove, J. M. et al. : Physical Fitness, Grit, School Attendance, and Academic Performance among Adolescents, Biomed Res Int. (2018) ↩︎
  3. Syväoja, H. J. et al.: The Longitudinal Associations of Fitness and Motor Skills with Academic Achievement., Med Sci Sports Exerc., 51 (10) 2050-2057 (2019) ↩︎
  4. 春日晃章, 山次俊介 : 子どもの体力と学力の関係性 ①〜体力の高い子どもは学力レベルも高いのか?〜, 2019年度日本体育学会大会予稿集, 70, 232(2019) ↩︎

中野貴博(中京大学 スポーツ科学部 教授)

体力向上、活動的生活習慣から子どものスポーツ学を研究する第一人者。スポーツ庁や地方行政などと協力しながら、子どもの運動環境の改善、社会の仕組みを変えようと尽力。子どもとスポーツを多角的に捉えた論文も多数発表している。