高校バレー3冠1を達成し、無名だった神奈川県立釜利谷高校を全国屈指の強豪へ育て上げた蔦宗浩二監督。

その後、母校・順天堂大学に指導の場を移し、理論と検証を重ねながらチームを大学日本一へと導いた。

そして、約20年ぶりに高校バレーの現場へ戻った名将は、武相学園中学・高校で中高一貫指導に取り組む。

就任当時、全国的には無名に近かったチームは、新興勢力として年々力をつけ、釜利谷や順天堂で築いた方法論は再び形になりつつある。

連載「指導者たちの心得」第9回後編では、蔦宗監督の順天堂時代から現在に至る指導哲学を追う。

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Kiyohiro Shimano(編集部)

蔦宗監督率いる釜利谷高校のライバル校に所属し、1994年春高バレーに出場。スポトリ運営・編集責任者。

社会に出る大学生に施した「リーダー教育」

編集部・島野(以下、島野) 1997年に2度目のインターハイ(IH)制覇を成し遂げた後、釜利谷を離れられました。

蔦宗浩二監督(以下、蔦宗) 公立の場合、一定の期間を過ぎると異動があったからさ。そのタイミングで、順天堂大学に戻ったんだよ。

監督として呼ばれたんだけど、どうせなら大学院で勉強(研究)をし直したいと思ってね。

40歳の大学院生(笑)。博士前期課程2年の間に1部リーグで優勝したよ。

島野 すぐに結果を出したわけですね。それにしても、研究に対する熱意がすごいです。

蔦宗 そうなんだけどさ、大学院生だから給料が出ない(笑)。生活面で問題が出てきたから、後期課程3年の前に仕方なく大学を離れたんだよ。

その後は、高校の教諭に戻って選手の指導をしながら、小学生チームの面倒も見ていたんだ。

島野 研究・指導も続けたい、でも生活もある。そのあたりは相当悩まれましたか?

蔦宗 そうだね。まぁ、生活が大事だから。

だけど、しばらくして恩師2から「大学に戻ってこい」って、後期課程のカリキュラムをドサッと渡されてさ(笑)。

正直、無理だと思っていたんだけど、生活を維持できる条件が整ったから戻ることにしたんだよ。

この頃は、研究をしながら週20時間以上の講義をして、バレーも教えていたから、一番ハードだったかもしれない。

島野 研究者・指導者として約20年間在籍した順天堂大学では、2009年全日本インカレで準優勝、翌年に優勝。釜利谷時代を合わせ、率いたチームを6度目3の日本一へと導きました。

大学では指導者として何を一番重視していましたか?

蔦宗 俺が来た時の順天堂は、1部リーグでも下位の方だったんだ。チームを見渡して、一番気になったのは、リーダーの不在。

リーダーがいない組織がどうなるかは、スポーツに限らず、想像できるだろう。

だから、「自分が先頭に立つ」という意識を植えつけること、自立を促すことを中心に考えた。

例えば、レシーブリーダー、生活リーダーみたいに、全員に何かしらのリーダーになってもらった。

一人ひとりに責任感を持ってもらいたいから、最初は主将を置かなかったんだよ。

島野 「全員リーダー制」というのはかなり面白い取り組みですね。

蔦宗 大学生といえども、「考える」って機会があまりないような感じだったから、創意工夫練習ノートを各自作ってもらって、試合や練習で気づいたことや思ったことを書かせた。

それで、レシーブやスパイクとか、プレーに関するリーダーにノートを提出する。

各リーダーは練習やプレー内容を全部把握しているから、変なことを書くと「ハイ、書き直し」ってダメ出しする。

そういうやりとりを繰り返していくと、自分で研究するようになって、結果的にチーム全体が良くなっていくんだ。

島野 勝利だけでなく、社会に出る準備をさせる意識も強かったのでしょうか?

蔦宗 チームを強くするための練習はもちろんやるんだけど、卒業したら社会に出なきゃいけない。

社会に出ると、自分で調べたり、自分の考えを声に出したりしないと通用しない。大学はそういうことを学ぶために来ているわけでしょ。

卒業後にVリーグへ進む学生もいるけど、大半は教員になる。だから、社会性を身につけるための指導には力を入れていたんだ。

〝無名〟の武相で挑む、「強い神奈川」への回帰

蔦宗浩二監督の歩み(順天堂~武相)

島野 順天堂を退任された後、武相学園(中学・高校)の監督として神奈川のバレー界に帰ってきました。

蔦宗 久々に戻ってきたけどさ、神奈川のバレーはかなり厳しくなったな4

昔は、藤沢商業(現・藤沢翔陵)、橘、法政二、秦野南が丘(現・秦野総合)とか、全国で勝てる(上位に入れる)チームが県内にいくつもあったじゃない。

3冠の時(1993年)だって、同じ県内のあなたのチーム(筆者の1学年上)が全国で2番目に強いって言われていたもんな。

島野 そうでしたね。1990年代は予選の参加校が200近くありましたが、今は学校やチーム数・競技人口も減っていますから、その影響もあるかもしれません。

蔦宗 話を聞くと、バレーのうまい子はみんな、神奈川から離れちゃうんだって。何かね…。

武相に来た理由の一つはその点(人材流出の阻止)も大きい。

各年代で指導してきた俺の理論を県内のチームに残すことで、いろいろな変化があると思ったんだよ。「強い神奈川」に戻れればいいよな。

島野 これまで「武相」の名前はバレー界でほとんど聞きませんでした。

スタートとしては釜利谷の時と似ているのではありませんか? そういえばユニフォームも似ていますね。

蔦宗 ユニフォームはたまたまだよ。あれが安くていいモノなんだ(笑)。

対人レシーブができるかどうか(最低限のレベル)で考えれば、釜利谷の初期と同じだったかもしれないな。

俺が来てから、体育館を定期的に使えるようになったらしいから、環境は武相の方がいいよね。

島野 バレー界の名将を迎える学校の力の入れ具合がわかります。印象はどうですか?

蔦宗 先生たちがすごく熱心。誘われた時もそうだし、武相に来てからもいろいろとバックアップしてもらっている。

教育実習生の指導教官として武相へ行ったことがあるんだけど、生徒がみんなきちんとあいさつをするから、もともといい印象は持っていたよ。

島野 そうですね。みなさんあいさつしてくれました。中には、取材に行ってもあいさつがない場合もあります。時代なんですかね?

蔦宗 最悪だな(笑)。時代なんか関係ないよ。チームが強くても、最低限のことはさせないとダメ。学校に来た人には誰でもあいさつする。それが基本だよ。

島野 武相は高校だけではなく、附属中学もあります。両方指導されているんですね。

蔦宗 そう。最初は高校の監督をお願いされていたんだけど、来てから1カ月後に中学生も見ることになってね。大会1週間前じゃ、どうにもならなかったな(笑)。

中学生と高校生を合わせると50人以上の大所帯になっちゃったからさ、一人で見るのも限界で、順天堂の教え子2人を呼んだんだ。

島野 選手の育成期間が6年と長く見られることになります。この点をどう考えますか?

蔦宗 駿台学園(東京都)や日本航空(山梨県)なんか、全国で勝つチームは中高一貫。今はそういう流れなんだろうね。

まぁ、中学生の時に基礎をしっかり指導できるメリットはある。

例えば、サーブレシーブの時、オーバーハンドで取っちゃうケースがあるけど、ケガのリスクがあるようなプレーをしないように最初から教えられる。

良くないクセも早いうちから矯正できるし、イン・アウトの微妙な判断なんかも、感覚として体に覚え込ませるような練習もできる。

中学から見ている子が多いから、いきなり身長が伸びたり、プレーぶりが突然良くなったり、6年間だと変化の幅は大きいな。

島野 中学は監督就任間もなく、いきなり全国大会へ出場していますね5。以降は、毎年県大会で上位に入る強豪になりました。

中学のトップレベルでプレーした選手がそのまま進学し、近年高校も上位に食い込み始めました。一貫指導の強みが出ていますね。

蔦宗 武相は中学生と高校生が一緒に練習しているんだよ。練習メニューもだいたい同じ。

高校生が中学生を教えることもあるし、選手同士でよく会話をしている。いい雰囲気であることは確か。

高校から武相に入る選手もいるけど、中学から指導を受けている選手とでは、俺の考え方への理解度や動きに当然差が出てくる。

その点は気を使うし、工夫しているよ。全員武相中学出身者でチームを組めるわけがないからね。

島野 釜利谷・順天堂の時と指導の違いはありますか?

蔦宗 理論は変わらない。自分の課題を見つけて創意工夫練習ノートに書く。それを俺がチェックする。自主性を促すことが根本にある。

直接練習をつけるのはコーチたちに任せて、選手たちを観察するような形だな。肩が強かったから、昔は何時間でもボールを打てたけど、今は無理(笑)。

食事やトレーニング(栄養編で解説)も〝強度〟は下がったけど、ポイントを押さえて指導している。

場慣れさせるために、Vリーグや大学のチームにも練習試合の相手をしてもらっているけど、本当は海外遠征とか行かせてあげたいんだよ。

武相の選手は勉強も頑張るから、みんな成績が良かった釜利谷の後期にどこか似ている。自分の考えをはっきり口にできるし、行動的。

武相ではこれまでの指導の中で、言わなくてもできている部分は削り、選手の成長に直結する部分だけを残している感じだな。

島野 中学生・高校生が、高校・大学のトップレベルで結果を出した指導を受けられる恩恵はとても大きいと思います。

保護者から「蔦宗先生にぜひお願いしたい」という声が上がるのもうなづけます。

蔦宗 そうなの? 俺にはわかんないや(笑)。

選手たちはとても熱心だし、意識が高い。例えば、遠くから通学している子が「朝6時に学校へ来てサーブの練習してもいいですか?」なんて言ってくる。

しっかり寝た方が体が大きくなるし、疲労も残らないから、原則朝練はしないんだ。でも、自発的に言ってくるから認めちゃうんだよ(笑)。

選手たちがやり過ぎないように、こっちが抑えることの方が多い。

島野 指導の中に、選手たちの進路も頭に入っていますか?

蔦宗 当然だよ。選手たち全員の進路も最後まで面倒を見る。ずっとそう。

全員が大学のトップレベルでできるわけではないけど、「この子は指導者に向いているな」とか、選手たちの性格を考えて、可能な限り将来プラスになるような進路に導きたい。

そこは、指導者としての責任がある。

島野 チーム全体で好循環になっていることがよくわかりました。

〝蔦宗イズム〟を継承した武相が再び強い神奈川にしてくれるのを期待したいですね。

蔦宗 武相はバレーをする環境が整っているし、神奈川でバレーを真剣に取り組みたい選手たちの受け皿になるといいよな。

武相のような学校を積極的に〝活用〟してもらいたいよ。東京へ行くんじゃなくて(笑)。

名将のメッセージ「全国優勝できるように育ててきた」

島野 中高一貫指導が実を結んで、2025年の春高予選では1・2年生主体のチームながらベスト4入りと、全国への道がはっきり見えてきました。

釜利谷の時も5年目あたりからチームが上昇していったので、どこかリンクしています。当時のチームを意識しますか?

蔦宗 それはないな。いつも入ってくる選手を見ながら、将来を見据えてチーム作りをするから。

一人ひとり能力が違うし、良さも違ってくる。とにかく、選手が持つ良さを見極めることが大事だな。それができなくなったら、現場を離れるしかない。

選手たちには「いいもの(練習の成果)を出せ」「人と違うことをしろ」と言い続けている。

何も考えないで練習する人っているじゃない? そうではなく、「成果の上がる努力をしよう」ってね。

島野 選手たちの成長・チームの強化には、監督の考えを練習の場で体現する指導陣のサポートも欠かせませんね。

蔦宗 コーチの細中久里寿(現・監督)は、高校・大学・実業団で日本一になった経験があって、勝ち方を知っている。俺の理論もよく理解している。

もう一人のコーチ、金泰炯(キム・テギョン)は、教え子の中でも非常に優秀。

顧問の藤井(宏人)先生はバスケットボール出身だけど、スポーツを知っているし、若いのにとてもしっかりしている。あと、運転がうまい(笑)。

山﨑(一真)先生は、部活だけでなく寮や学校生活でも選手たちをよく見ている。

指導の世界っていうのは、理論や実践が大事なんだけど、義理や人情もわかっていないとやっていけない。この4人なら大丈夫だ。

島野 最後に、新チームへの思いを聞かせてください。

蔦宗 指導者として「負けたくない」「選手に勝たせてあげたい」というのが根底にある。

去年の春高予選は、大事な所でミスが出て準決勝で負けちゃったんだけど、負けたからダメということでもない。

逆にいえば、ノーミスをめざすようなスケールの小さなバレーでは、県で勝てても全国では勝てないんだ。

その点、今の主力は中学生の時から見てきて、身長も伸びてきているし、プレーも良くなってきた。何より破壊力がある。

4月には素晴らしい選手たちが入ってくるから、チームはもっと良くなる。とても期待しているよ。

だから、関東大会はもちろん、まずはIHを逃さないことだな。全国大会に出ないと話にならない。

「勝つ」って感覚は、全国優勝した時にだけ味わえる。彼らが全国優勝できるように育ててきたし、今のチームなら、その可能性は十分にあると思っているよ。

※蔦宗監督は2025年12月21日に死去。本記事は同月17日の取材を基に構成し、生前の所属先である武相学園、蔦宗監督のご家族の確認・了承を経て公開。

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武相学園中学・高等学校
1942年、歴史学者・石野瑛が「向学心旺盛な若者の『夢』と『希望』を実現させる学校が必要」との教育信念から創設。2022年には創立80周年を迎えた。

4度の甲子園出場を誇る野球部などスポーツが盛んで、プロ選手やオリンピアンを数多く輩出している。お笑い芸人・出川哲郎の母校としても有名。


  1. 春高、IH、国体(現:国スポ)の高校主要3大会を同一年度にすべて制することを指す。達成は極めて困難とされる。国スポは通常、各都道府県選抜でチーム編成されるが、高校単独で出場する場合もある  ↩︎
  2. 中長距離/マラソン指導者・澤木啓祐氏。2度の五輪に出場。指導者として、順天堂大学を9度の箱根駅伝総合優勝に導いた。同大スポーツ健康科学部学部長、日本陸上競技連盟副会長などを歴任 ↩︎
  3. 神奈川県選抜の監督を務めた1995年国体(現:国スポ)優勝を含む ↩︎
  4. 2006年以降、IHと春高において、神奈川県勢でベスト4以上に進出したのは1校のみ ↩︎
  5. 中学バレーは原則、神奈川県大会べスト4以上で関東大会出場、関東大会ベスト4以上で全国大会出場。武相中学は蔦宗監督就任以前、県大会での上位進出はない ↩︎