順天堂大学は、世界クラスの日本人体操競技選手に特徴的な脳ネットワーク構造があることを明らかにした。これは、同大大学院スポーツ健康科学研究科・冨田洋之准教授(2004年アテネ五輪・体操金メダリスト)、医学研究科放射線診断学・鎌形康司准教授、青木茂樹教授、脳神経外科学・菅野 秀宣先任准教授、スポーツ健康科学研究科・和気秀文教授、内藤久士教授らが行った共同研究によるもの。研究に関連する論文はJournal of Neuroscience Research誌オンライン版に公開されている。

従来のスポーツ科学では優れたアスリートがもつ身体的な特徴、エネルギー供給能力、技の特徴など身体特性に主眼が置かれていた。しかし近年、一流のアスリートの鋭敏な感覚、精密な運動制御能力、的確な状況判断を行う意思決定能力、強い意欲などの優れた脳機能に注目が集まっている。これらの脳機能は長期にわたる集中的な運動トレーニングによって得られた神経可塑性(脳が学習する仕組み)に基づいていると考えられるようになってきた。研究グループは、2020年に世界クラスの体操競技選手の脳のある領域の体積が一般人に比べ大きく、競技成績に相関することを世界で初めて報告している。

研究は、世界大会で入賞歴のある現役日本人体操競技選手10名と体操競技経験がない健常者10名の男性を対象に行われ、MRIで脳内を撮影し、脳のネットワーク解析法を用いて、両者の脳の構造を比較した。また、競技成績(Dスコア=技の難しさなどを評価するもの)と脳の構造との関連についても解析した。

研究の結果、体操競技選手群では、対照群に比べて、感覚・運動、安静状態、注意、視覚、情動といった体操競技に密接なかかわりのある機能を司る脳領域間の神経接続が強くなっていることがわかった(図1A)。また、これらの脳領域間の神経接続のうちいくつかの接続が床運動、平行棒、鉄棒のDスコアと有意な相関関係があることがわかった。床運動は空間認識、平衡・姿勢感覚、運動学習などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、平行棒は視覚運動知覚、手の知覚を含む感覚運動などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、鉄棒のDスコアは視空間認識、エピソード記憶、意識、視野内の物体認識と関連する脳領域を結ぶ神経接続とそれぞれ有意な正相関がみられた(図1B) 。いずれも各体操競技種目に密接に関連する脳機能を司る脳領域間の神経接続であり、これらの脳領域間を結ぶ神経接続が各体操競技種目の神経基盤として重要である可能性を示している。

これらの結果から、世界クラスの体操競技選手では体操競技と密接に関連する脳機能を支える特殊な脳ネットワークが構築されていることが明らかになり、競技力をさらに高めていくためには、視空間認識、視覚運動知覚、運動学習などそれぞれの体操競技と関連する脳機能の向上が重要であることが示唆された。卓越した体操競技力の神経基盤として特徴的な脳ネットワークが構築されており、これらの脳ネットワークは体操競技と密接に関連する脳機能を司ることが同研究によって明らかになった。

この成果から、脳のネットワークを評価することで、体操競技選手の各種目への適性やトレーニング効果の客観的評価に役立つ可能性があることを示した。一方、世界クラスの体操競技選手の脳ネットワークの特徴が、長期間の集中的な体操競技トレーニングによるものなのか、生まれつき各個人が有している特徴なのかについてはいまだ検証されていないため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要がある。順大は今後、他の運動競技についても同様の検討を行うことで各競技における世界クラスの選手人材の育成に役立てることにしている。

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編集部