取材の裏側を伝える「サクッと取材・編集メモ」です。編集長が取材を通じて感じたことや思ったことを、3分で読めるボリュームにまとめました。

米国の学生スポーツ事情に精通する在米スポーツライター・谷口輝世子さんのコラムも合わせてご覧ください。
#03谷口輝世子さん連載記事一覧取材・編集メモ

「審判は絶対」、日米で決定的に異なる前提

谷口さんに「米国の学生スポーツ事情について連載してほしい」と依頼し、記事を編集する中で、日米の違いがより鮮明になってきました。

日本では「指導者による暴力」が大きな問題になる一方、米国では「審判への暴力」が深刻化しています。良くも悪くも「審判の判断は絶対」という意識が根強い日本なので、正直なところ、この記事には強い違和感を覚えました。

そして何より衝撃的だったのは、審判の安全が保たれないことで、新規審判の約8割が2年以内に辞めてしまうという事実です。

スポーツを支える土台そのものが揺らいでいる米国の現実を突きつけられました。

日米のユース世代保護者をひとくくりにできない理由

記事の中で、谷口さんが保護者として感じた「ユースの競技チームの保護者が一番やっかい」は非常にリアルです。

もっとも、これは連載#01で触れられているように、名門校からプロへの道が現実的に続いているスポーツ大国・アメリカならではの事情ともいえるでしょう。

私は取材の中で、相手選手を口汚くののしったり、審判に悪態をつく保護者を目にしたことがあります。ただし、それは周囲が引くほどの行動を取る〝過激派〟で、ごくごく少数に限られます。

一方で、大半の親御さんは我が子と真剣に向き合っています。中には「子どもに良い物を食べさせたいから、農業に携わっている」と話してくれた方もいました。

体感として、日本のユース世代の親御さんは「慎ましやかに、熱心」。

ただ、その「熱心さ」の向かう方角が、国民性や将来の進路意識と結びつくことで、日米の大きな違いとして表れているのだと感じています。

「声の大きな超少数派」が空気を歪める

誤審防止ではなく、抑止や記録を目的とした審判カメラの使い方は、正直なところ盲点でした。

日本では、保護者による審判に対する直接的な暴力はほとんどないといえます。しかし近年、判定映像がSNSで拡散され、誹謗中傷の対象になるなど、別の形での圧力や攻撃は確実に増えてきています。

そして、全体の空気を歪めているのは、いつでも「声の大きな超少数派」。多数派の良識ある声がかき消されることが多々あります。

これは、日本のスポーツ文化が徐々に「欧米化」している兆候の一つかもしれません。ショーアップなど良い部分だけを取り入れればいいはずなのに、なぜか望ましくない側面まで模倣してしまう。個人的にはこの流れは嫌ですね。

日本では、審判への暴力対策よりもSNSの使い方から教育していく必要があるでしょう。正直、制度だけで解決できる問題ではないからこそ、最終的に問われるのは、スポーツにかかわる一人ひとりの「良識」なのだと思います。

スポトリ

Kiyohiro Shimano(編集部、ISSNスポーツニュートリションスペシャリスト)