連載#08では、運動前の動的(アクティブ)ストレッチについて紹介しました。今回からは運動後の「静的(スタティック)ストレッチ」を取り上げていきます。
多くの方は、運動後にゆっくりと筋肉を伸ばす静的ストレッチを無意識に行っているかと思います。
「なぜ運動後なのか?」「この時、身体の中で何が起きているのか?」など、静的ストレッチの意味をきちんと理解することで、パフォーマンスアップにもつながるのです。
まずは、静的ストレッチの基本と身体が柔らかくなる仕組みから解説します。
ウォーミングアップの意味|運動前に最適な動的ストレッチ(実践)
静的ストレッチとは ~動的ストレッチとの使い分け~
静的トレッチは、筋肉を一定の長さまでゆっくりと伸ばし、その姿勢を一定時間(通常30〜60秒)保持するストレッチ方法です。
反動をつけず、静止した状態で筋肉の伸張を維持することが特徴です。
前回までに取り上げた動的ストレッチと静的ストレッチの主な違いは表1の通りです。この使い分けが、今回のテーマの核心になります。

なぜ運動後なのか? ~運動前に避けるべき理由~
結論からいえば、運動前の長時間の静的ストレッチは、パフォーマンスを低下させる可能性があることが明らかになっています。
最新の大規模研究では、静的ストレッチの長さによって運動パフォーマンスへの影響が異なることが示されました。
例えば、60秒以上の静的ストレッチを行うと最大筋力が大きく低下し、特に強い力を発揮する動作で影響が目立ちます。
一方、30秒以内の静的ストレッチであれば影響は小さく、ジャンプなどの動作ではほとんどパフォーマンスは低下しません。
なぜパフォーマンスが下がるのか?
運動前の静的ストレッチでパフォーマンスが下がる理由は、身体が「リラックスしすぎた状態」になるためです。
長時間の静的ストレッチを行うと、筋肉を動かす神経の働きが一時的に弱まり、筋肉の反応が鈍くなります。
また、筋肉が柔らかくなりすぎると力がうまく伝わりません。これはタイヤの空気が抜けすぎた状態に似ています。
さらに、静的ストレッチはリラックスを司る副交感神経を優位にするため、運動に必要な「戦闘モード」の神経状態に入りにくくなり、結果としてパフォーマンスが低下します。
では運動前と運動後でストレッチをどう使い分けるのか。基本的に運動前は動的ストレッチを優先し、静的ストレッチは1部位30秒以内、その後、必ず動的な動きを入れることが大事になります。
運動後は静的ストレッチを積極的に活用し、各部位30〜60秒ゆっくり伸ばすリラックスと柔軟性向上が大事になります。
「昔の部活では運動前にやっていた」という方も多いと思いますが、科学の進歩によって、より効果的な方法がわかってきました。
身体が柔らかくなる仕組み

「ストレッチをすると、柔軟性が高まる」。これは多くの人が知っている事実ですが、体の中では実際に何が起きているのでしょうか。
2025年に発表された大規模研究により、関節可動域が広がるメカニズムが明らかになりました。柔軟性向上には、主に3つの要因が関与しています。
①伸ばされることへの慣れ
研究によると、柔軟性が高まる最大の理由は、筋肉が伸ばされる際の「痛い」「つらい」といった感覚に身体が順応することにあります。
筋肉そのものが大きく伸びているというより、「この程度までなら安全だ」と脳が判断できるようになるイメージです。
これは、筋肉が伸びすぎないように監視している「筋紡錘」という感覚センサーの働きが関係しています。
ストレッチを繰り返すことでこのセンサーの感度が適度に低下し、より深い可動域まで動かせるようになります。
この要因だけで、柔軟性向上の約60〜87%を占め、1回のストレッチでも効果が現れ、継続するほどその影響は大きくなります。
②筋肉そのものが物理的に柔らかくなる
冷えたゴムが硬く、温めると伸びやすくなるように、筋肉もストレッチを行うことで粘弾性が変化し、伸びやすくなります。
この影響は柔軟性向上の約13〜32%を占め、1回の実施でも一定の効果がありますが、継続することでより明確になります。
③長期間ストレッチを続けることで、筋肉の構造自体が変化する
6週間以上の継続により、筋肉を構成する「筋節」の数が増え、筋肉が構造的に長くなる現象が起こります。
この要因が占める割合は約6%と小さいものの、根本的な変化であるため重要な意味を持ちます。
これらをまとめると、短期的には「伸ばされることへの慣れ」が柔軟性向上の大部分を担い、筋肉の物理的な柔らかさがそれを補助します。
一方、長期的に継続することで、感覚の順応に加え、筋肉の柔軟性の向上や構造的変化が加わり、より安定した可動域の改善が得られます。
つまり、ストレッチは1回でも即効性がありますが、続けることでより本質的な身体の変化につながるのです。
静的ストレッチの効果 ~最新の研究報告から~
①柔軟性が確実に広がる
静的ストレッチの最大の効果は「柔軟性向上」です。
最新の研究報告では、効果の大きさとして、1回の実施である程度の柔軟性向上が得られた一方、継続した場合は1回実施の約2倍の効果があるとしています。
また、最も効果的な実施方法を検討した結果、1回のストレッチであれば、60秒が最適で、合計時間は同一部位につき最大4分までと示されました。継続して行う場合、週あたりの合計時間は5分以上、期間は6週間以上とされています。
運動後に主要な部位を各60秒ずつ伸ばすだけでも効果があり、週5分以上を6週間継続すれば、顕著な柔軟性向上が期待できると結論づけています。
②長期的には筋力アップも期待できる
最近の研究では、ストレッチ1回につき15分以上、週5回以上、6週間継続といった特定の条件下で、静的ストレッチによる筋力向上効果が報告されています。
ただし、一般的な運動後の5〜10分程度のクールダウンでは、この効果は期待できません。ヨガやピラティスのように、ストレッチを主目的として本格的に行った場合の効果です。
③筋肉痛への効果は限定的
運動後の静的ストレッチは、筋肉痛を明確に軽減する効果がないとされています。
最新の知見では「痛みそのもの」は大きく減らせないものの、関節の動きやすさの回復には効果的であることがわかっています。
激しい運動をした翌日の「ズキズキ感」は残るものの、「身体が固まって動きにくい」という感覚は改善されやすく、「リラックス効果」「心理的な満足感・安心感」など、メンタル面の価値も静的ストレッチの重要な効果といえます。
最新の知見を踏まえた実践のための基礎原則
静的ストレッチを効果的に行うために、いくつか押さえておきたい基本原則があります。
まず目を向けるべきは「時間」です。1回(部位)あたり30〜60秒を目安に体を伸ばし、特に60秒キープすると最も効果が高いとされています。また、単発でも一定の効果は得られますが、週あたりストレッチ時間を合計5分以上、6週間以上継続することで、柔軟性の向上はより確実になります。
次に「強度」です。ストレッチは強く行えば良いわけではありません。目安となるのは、「気持ちよく伸びていると感じる強度」、「痛みが出る直前で止めること」です。「痛いほど効く」という考え方は誤りで、むしろ逆効果になることもあります。
ストレッチ中の「呼吸」も見落とされがちです。「ゆっくりと深い呼吸を続ける」「息を止めない」「特に吐く息で力を抜く」を心がけましょう。これにより、筋肉がリラックスし、伸びやすくなります。
「姿勢」については、無理に可動域を広げようとせず、基本姿勢を保つことが大切です。反動を使ったり、他の部位で代償したりせず、大きな筋肉から小さな筋肉へ順番に行うと安全かつ効果的です。
柔軟性の改善には「継続」が欠かせません。人と比べる必要はなく、「自分のペースで続けること」が最も重要です。

静的ストレッチを実施する上で…
軽く体を温めてから、落ち着いて行うだけで効果は大きく変わってきます。しかし、静的ストレッチも万能ではありませんので、表2に挙げた注意点などに気をつけて実施しましょう。

まとめ
静的ストレッチは、運動後や入浴後に行うのが最適です。運動前に長時間行うと、パフォーマンスが低下する可能性があります。
柔軟性向上の主な理由は「伸ばされることへの慣れ」であり、60秒のストレッチを週5分以上、6週間継続することで最大の効果が期待できます。さらに、長期的には筋力向上につながる可能性も示されています。
次回は、運動後のクールダウンとしての具体的な方法や、部位別のストレッチ、柔軟性トレーニングとしての実践的なプログラム例をご紹介します。
【引用文献】
・Ingram LA et al.: Mechanisms Underlying Range of Motion Improvements Following Acute and Chronic Static Stretching: A Systematic Review, Meta-analysis and Multivariate Meta-regression. Sports Med (2025)
・Ingram LA et al.: Optimising the Dose of Static Stretching to Improve Flexibility: A Systematic Review, Meta-analysis and Multivariate Meta-regression. Sports Med (2024)
・Warneke K et al.: Revisiting the stretch-induced force deficit: A systematic review with multilevel meta-analysis of acute effects. J Sport Health Sci (2024)
・Warneke K et al.: Effects of Chronic Static Stretching on Maximal Strength and Muscle Hypertrophy: A Systematic Review and Meta-Analysis with Meta-Regression. Sports Med Open (2024)
・Wei Y et al.: The impact of various post-exercise interventions on the relief of delayed-onset muscle soreness: a randomized controlled trial. Front Physiol (2025)
・Afonso J et al.: The Effectiveness of Post-exercise Stretching in Short-Term and Delayed Recovery of Strength, Range of Motion and Delayed Onset Muscle Soreness: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Front Physiol (2021)
・Chaabene H et al.: Acute Effects of Static Stretching on Muscle Strength and Power: An Attempt to Clarify Previous Caveats. Front Physiol (2019)
・Guo W et al.: 60-Second Static Stretching of Lower Limb Muscles Disrupts Muscular Performance and Control in Active Male Adults. J Sports Sci Med (2025)
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前道俊宏(早稲田大学スポーツ科学学術院講師、東洋大学ライフイノベーション研究所客員研究員)
日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)、鍼灸あんまマッサージ指圧師。スポーツ医科学・臨床現場を架橋する研究を推進し、運動器障害の評価と予防、介入効果の可視化に関する研究に従事している。





















