日本食はスポーツや運動に向いているのか?

日本食には、お米とかうどん、そばのような炭水化物が多く、好物にしている人はたくさんいると思いますが、僕は米国で長い間育ってきましたので、実は日本食にそれほど依存しなくても大丈夫なんです(笑)。

何の話かというと、日本食(和食)のスポーツシーンでの価値を考えたときに果たして“使える”物なのかどうか。いろいろと調べてみると、日本食にはスポーツ選手にとってのスーパーフードといわれるものがないのかなと思います。強いていえば、納豆が当てはまりますが、少し脂質が足りない。「おにぎりをたくさん食べる」みたいなこともよく聞きますが、おにぎりはエネルギー食なので、それだけでは不十分で該当しない。

一方アメリカでは、ピーナッツバターをよく食べるんですけど、これが実はスポーツ選手にとってのスーパーフードになるんです。高カロリーでたんぱく質も多く、質のいい脂質も含まれている。スポーツ選手の多くが摂っている食品といっても過言ではありません。「質のいい脂質を摂る」という点でいえば、オリーブオイルを多く使うイタリアやスペイン料理なんかも、スポーツ選手の食として成り立つのではないかと思います。

※オレイン酸(オメガ9系)やリノール酸(オメガ6系)などの不飽和脂肪酸が多く含まれていて、特にリノール酸は体内で生成されないため、食事から摂取する必要のある必須脂肪酸。

さて、日本食を考えてみましょう。日本食はユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、世界中から注目されました。しかし、それは所作や季節感、日本文化との調和などであり、栄養とは全く関係のない部分です。

日本の栄養学の権威にその疑問を直接ぶつけたところ、「日本食はビタミン、たんぱく質、脂質、どれも不十分」とぶった斬っていました(笑)。「日本食はヘルシー」というのはウソではないと思いますが、「スポーツ選手の食」と考えると、それほど向いていないのかもしれません。

実際にプロの外国人指導者もそう考えているようで、海外から日本のチームに就任した時、白米よりも栄養素が高い玄米に変えたり、良質な脂質を摂取する目的でナッツ類を推奨したり、フルーツ(ビタミン)を多く摂るようにしたりして、栄養への意識改革からチームを変えていったという話もあります。やはり、外国人から見ても日本食はそう見られているんだと妙に納得した記憶があります。

僕が長くいた米国は独自の食文化がないので、プロテインとかシェイクだけとか、同じ物を毎日食べても平気、サプリだけでも大丈夫みたいな人とか意外に多いんですね。スポーツ選手にも多くて。まぁ、体の出来が全く違うからとしか言いようがないんですけど(笑)。

あと、日本的な食事のとり方「3度の食事」というのも、スポーツの観点から少し変わっていく必要があるのかと思いますね。「栄養摂取のタイミング」を考えると、朝・昼・晩の3度をきっちり食べるのではなく、1食分を少なくして5、6回食べるとか、補食をうまく使うとか。そういった摂取タイミングを軸にした栄養戦略は各競技で必要になってくるのではないでしょうか。

「食事や食材を楽しむ」、「目で楽しむ」というのはとても大切だし、日本の文化として残していくことは意義があります。でも、それとパフォーマンスを上げる栄養摂取は別物と考えた方がいいと思います。

欧米の強いスポーツ選手は、「頭で食べる」印象があります。つまり、頭で考えて栄養摂取しているということ。だから、外国人監督が日本に来ても、栄養価がそれほど高くない日本食を取り入れなかったわけです。日本人選手も日本食で栄養摂取をしようとすると難しい面が出てくるので、食生活自体変える必要も出てきますね。

BCAAは医療用医薬品!? 食薬区分の謎

この話は少し難しくてのちほど詳しく話そうと思いますので、今回は触りの部分だけ。

日本には「食薬区分」というものがあって、簡単にいえば、食品用原料と医薬品原料を分けて効果・効能を明確にうたえる物、うたえない物を区別する法律です。僕が日本に戻ってきて、海外と大きな違いを感じたのは、栄養素を取り巻くこの食薬区分のルールでした。

スポーツや運動をする人にとってよく聞くBCAA。バリン、ロイシン、イソロイシンといったアミノ酸の混合物で栄養価値の高い物として知られています。スポーツ向けのサプリメントとしても多くの商品が登場していますが、このBCAA、実は我が国では医療用医薬品でもあるということを知っていますか。ほとんどの方は知ることもなく使用していると思いますが。

海外ではBCAAはれっきとした食品扱いです。体内にも存在するアミノ酸が基になっているわけですから、当然ですよね。でも、日本の法律では薬価のついた医療用医薬品としても、食品(サプリメント)としても売られています。つまり、医薬品として処方されたBCAAは保険が適用され、スポーツサプリとして購入したBCAAは保険が適用されない自費扱いということです。同じ物であるにもかかわらず・・・。

食薬区分の規制緩和で、海外では当たり前のようにスポーツシーンで使われるサプリが日本でも使えるようになった例がいくつかあります。ファットバーニング系のサプリに多く使われている「カルニチン」、筋トレ系サプリに使われている「HMB」、そして持久系サプリに最近使われ始めた「β-アラニン」です。これらはすべて、外資系企業が2~3年の月日を費やし、相当の金額を積んで閉ざされた日本の医食制度の門戸を開いた結果です。鎖国日本に黒船到来というわけです。

「タウリン」は、いまだこの壁を壊さていない有用な栄養素の一つです。海外ではサプリ(食品)として当たり前のように売られていますが、我が国ではいまだ医薬品扱いです。単純に食品原料として販売するよりも医薬品原料にしておいた方が都合良く販売できるためで、本来は食品であるべきものが医薬品扱いになっているのです。

この問題はビジネスの要素がとても強く、一見読者のみなさんに関係のない話と思われがちです。しかし、規制緩和でタウリンも食品扱いになれば、効果が期待できる栄養素としてスポーツサプリや食品の開発が進むでしょう。

スポーツや運動もそうですが、国として国民の健康を推進するのであれば、利権や企業に都合のいい法律やルールを外圧に頼らずに、しっかりとグローバルスタンダードに変える必要があるのではないかと常に問題意識を持っています。栄養学博士というよりは一人の国民として、是正に向けて動いていきたいですね。

気になる研究の遅れとスポーツビジネス

特に「日本って変だな」と思う点は、スポーツ選手が被験者になったニュートリションの研究データが極端に少ないことです。研究者もそれほど多くないですね。日本は海外と比べると、倫理的にヒト試験がやりづらい環境にあるといえますが、それにしてもといった印象です。

研究者やデータが少ない原因として、先に述べた栄養摂取の概念が希薄ということと、ビジネスにならないというのが大きいのではないかと考えています。海外では、スポーツ選手と栄養摂取に関する研究に関してはサポート体制が構築されていて、少なくともヒト試験のデータがなくてはビジネスに参入すらできない仕組みになっています。

食事、栄養摂取を踏まえたニュートリションというのは、前にも話したようにスポーツの核になる部分で、健康にも直結する分野といえます。海外ではそれが理解されているから、スポーツ分野にどんどん研究費を投じ、エビデンスが次々と明らかになり、研究データに基づいた商品が生まれてビジネス化する。この流れができていて、結果的にスポーツニュートリションサイエンスが発展していくのです。

一方、日本は栄養への理解が足りないため、現状で同様の流れは作りにくく、研究といえば食事調査や行動変容の結果報告が主になっています。この点で、海外とだいぶ差がついてしまっているなと感じます。

アメリカではスポーツはビジネス。日本は「体育」という言葉からわかるように教育の面が強い。だから、主たる研究機関の一つである大学でもスポーツをビジネスとして捉えて、研究の成果をお金に還元するという発想が出てこないのです。そもそも倫理として人体実験のようなものも敬遠されていますから。

数年前から日本版NCAA「ユニバス」、つまり米国並みに大学スポーツのビジネス化を日本でも進めていこうという試みがあります。現状のままでは、海外との差がどんどん広がっていく未来が予想できますので、乗り越えるべき壁はいくつもあるものの、この試みが軌道に乗ればスポーツニュートリションサイエンスが少し前進するのではないかと期待しています。

青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。