歯磨き〝できない〟わが国の現状
歯磨きは子どもから大人まで、毎日の習慣として私たちの生活の一部となり、広く浸透しています。歯磨きの目的は食渣(食べかす)の除去、口臭予防のエチケットなどが挙げられますが、第一の目的はやはり「虫歯や歯周病の予防と進行抑制」です。
ではここで、わが国の歯科領域における統計資料のデータを見てみましょう。
・1日に2回以上歯磨きする人の割合: 79.2% [令和4年厚生労働省・歯科疾患実態調査]
・虫歯を経験している人の割合(図1): 25歳以上のすべての年齢層で80%以上 [同・歯科疾患実態調査]
・国民医療費(歯科): 平成19年度(2兆4996億円)、平成23年度(2兆6757億円)、平成27年度(2兆8294億円)、令和元年度(3兆150億円)、令和3年度(3兆1000億円)[厚生労働省・国民医療の概況]
以上の3つのデータを見て、疑問に思わないでしょうか? 通常、1日に2回以上きちんと歯磨きすれば、虫歯にはなりにくいはずです。しかし、8割近い人が1日に2回以上の歯磨きをするのに8割以上の人が虫歯になった経験があり、歯科の国民医療費も年々増加しています。皮肉にも、歯磨きを毎日しても結局は虫歯になるという悲しい現実があるのです。
歯磨きは数よりも質。特に夜は念入りに
昨今のデンタルケア市場では、さまざまな歯ブラシや歯間ブラシ、デンタルフロスといった歯の清掃用具に加え、各種成分を含む歯磨剤やデンタルリンスなどがあふれかえっています。
しかし、先述のように1日に2回以上磨いても8割の人が虫歯になるのはなぜでしょうか? 答えは明白です。歯磨きは回数ではなく、質が重要だからです。
朝昼の忙しい時間帯にササッと簡単に済ませる歯磨きでは、必ず磨き残しができます。その代わりに夜のゆとりのある時間だけでも、時間をかけて丁寧に歯磨きしましょう。
この〝夜にしっかり磨く〟というのは非常に大切です。なぜなら、就寝中は自律神経の働きで唾液分泌が減少し、唾液の抗菌作用が弱まるからです。つまり、寝ている間に虫歯や歯周病の原因菌が増殖しやすいので、寝る前にじっくり丁寧に歯磨きするのが重要なのです。
毛先が細い歯ブラシを使いましょう
・細い毛先の方が細部まで届く
どれだけ力を入れて磨いても歯ブラシの毛先が当たらないと、狭い隙間に磨き残しがたまります。逆に細い毛先をうまく当てれば、弱い力でも歯垢をうまく掻き出せます。
毛先が硬い歯ブラシは、ゴシゴシと力強く歯の表面を擦ることができ、磨いた部分はツルツルになって歯磨き後の爽快感があります。しかし、硬い歯ブラシは毛先の細くないものが多く、硬い歯ブラシで磨ける部分は歯の平らな表面(平滑面)や溝、隙間の浅い部分に限られます。その結果、奥歯の溝や歯間などの狭い隙間に毛先が届かず、虫歯ができやすくなります(図2)。
・歯ぐきのマッサージ効果が期待できる
毛先の細い歯ブラシは歯ぐきに適度な刺激でマッサージ効果を与え、血流を促進します。その結果、歯ぐきの健康回復が期待できます。
歯ブラシの交換時期ですが、歯ブラシのヘッドの部分を裏側から見た時、ヘッドの両脇からブラシの毛先が見えたら毛先が開いた証拠です。マッサージ効果の維持の意味でも、新しい歯ブラシに交換しましょう。
・高価な歯ブラシがいいわけではない
歯ブラシを選ぶポイントとして、上記以外でもいくつかあるので参考にしてみてください(図3)。
奥の方まで磨けるため、ヘッドは小さい方がいいでしょう。把持部(持ち手)は、丸型だと回転してしまい、強く握りにくくなるので、平たい物が望ましいです。歯や歯ぐきに均等に力が加わるため、毛先は真っすぐそろった物を。歯に負担がかかり過ぎると、すり減って知覚過敏の原因になります。
高価な歯ブラシが清掃効果に優れるとは限りません。100円程度の歯ブラシでも、毛先をうまく使って磨けば清掃効果は上がります。つまり、〝普通の歯ブラシ〟で十分なのです。
歯磨剤は適量を使いましょう
歯磨剤、いわゆる歯磨き粉ですが、大半の製品がミント等の清涼剤を含むため、歯磨剤を多く使用すると清涼成分で口の中がサッパリし、爽快感や満足感を得ることができます。しかし、その爽快な感覚と、実際に口の中がキレイになったかどうかは全くの別物です。
歯磨剤の多くが発泡剤を含み、ブクブクと泡が口中を満たして汚れを浮かす効果がありますが、すぐにうがいをしたくなり、十分に磨かないまま短時間で歯磨きが終わります。
実際にはちゃんと磨けていないのに磨いたつもりになってしまう――言い換えれば、〝歯磨きができた〟と錯覚してしまうのです。
歯磨剤を使う時は、小豆大の量を目安に最小限で使うのが効果的かつ経済的です。
適材適所で清掃用具を使い分けましょう
個々の歯や修復状況(詰め物・冠)により、適材適所の清掃用具を使い分けましょう。
残念ながら、歯ブラシだけで完全な歯垢除去はできません。歯間部は歯間ブラシが必要で、隙間の大きさに応じてサイズを選びます。サイズの合わない歯間ブラシは歯ぐきを傷付けたり清掃効率を下げたりするので、自分に合うサイズを歯科医院で選んでもらいましょう。
また、歯間ブラシの形状にL字型と真っ直ぐなI字型がありますが、奥歯はI字型だと挿入しにくいためL字型が適します(図3)。
さらに、隣同士の歯の接触部(コンタクト)は歯間ブラシが通らないため、デンタルフロス(糸ようじ)が不可欠です。
歯間部は虫歯ができやすい部位のため、適した用具で十分なお手入れを心掛けて下さい。
仕上げは含嗽薬でしっかりブクブク消毒
歯ブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロスなどの清掃用具を駆使しても落とせない汚れがあります。
例えば、歯と歯ぐきの間(歯周ポケット)が深い場合は毛先が届きません。その場合、含嗽薬(うがい薬)で歯磨き後に仕上げのブクブクうがいをすれば、消毒成分がある程度の細菌を除去してくれるので効果的です。含嗽薬は水で薄めて使うタイプが多いです。(島谷浩幸)
【参考資料】
・島谷浩幸:頼れる歯医者さんの長生き歯磨き, わかさ出版 (2019)
・島谷浩幸:歯磨き健康法ーお口の掃除で健康・長寿ー, アスキー・メディアワークス(2008)
島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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