歯周医学とは?
近年、歯周病と全身的な疾患との関わりがクローズアップされて「歯周医学」と呼ばれており、注目されています。
歯周病は文字通り、「歯の周りの病気」で、歯の周囲にある歯ぐき(歯肉)、歯を支える骨(歯槽骨)などの歯周組織(図解)が、歯と歯ぐきの境界部にある歯周ポケットに存在する歯周病菌の毒素などによって起きた炎症反応により破壊される病気です。
その症状として、「歯ぐきが赤くなる(発赤)」「腫れる(腫張)」「血が出る(出血)」といった炎症症状に加え、さらに進行すれば「歯ぐきがやせる(歯肉退縮)」「歯がぐらついて噛めない(動揺)」「膿が出る(排膿)」「口が臭う(口臭)」といった不快症状で食事や日常生活に支障をきたします。最終的には動揺が大きくなり、自然と抜け落ちる「自然脱落」に至ります(症状の画説)。
「歯周医学」はこの歯周病を原因として、妊娠トラブル(早産・低体重児出産)、動脈硬化症、糖尿病、骨粗しょう症、発熱などに関係することが知られており、妊婦に対して実施される歯磨き指導もこれに基づいたものです。
そのメカニズムとして、次のような流れが考えられています。
まず、歯周病菌やその構成物が歯周ポケットの内部で炎症を引き起こし、血管に侵入することから始まります。そして、菌や産生した毒素(菌表層の内毒素など)が血流に乗ることによって全身を巡り、サイトカイン(免疫機能を調整する働き ほか)やプロスタグランジン(PG)、インターロイキン(IL)など生理活性物質(ケミカル・メディエーター)を賦活化させて、身体の各所で悪影響を及ぼすのです。
今回は歯周病と妊娠トラブルに焦点を当てて、その関連性について詳細を解説していこうと思います。
妊娠トラブルにつながる歯周病のメカニズム
世界保健機関(WHO)は、早産を「22~36週での出産」、低体重児を「2500グラム未満の新生児」と定義しています。
早産(あるいは、その結果としての低体重児出産)の原因としては、細菌感染症や妊娠中毒症、喫煙などが報告されています。
妊娠中は女性ホルモンが活発化する影響によって「妊娠性歯肉炎」という特徴的な歯肉の炎症反応が起きやすいことが明らかにされています(図1)。特に妊娠中~後期にホルモンレベルが上昇するため要注意です。
また、妊娠中は間食が増えたり、いわゆる「つわり」でえずいて歯磨きが十分にできなかったりして、口腔内が不衛生になりやすい傾向にあることも歯周炎を増悪・進行させる要因になっています。
さらに、歯周病菌の一種「プレヴォテラ・インターメディア菌」は発育因子として胎盤で産生されるホルモンのエストロゲンを利用するため、妊婦では増殖しやすい傾向にあることが報告されています。妊娠時に、この菌が歯周病の局所で爆発的に増殖すれば、出血しやすく浮腫性の歯周炎になります。
出血があれば、血液成分を栄養素とする歯周病菌が非常に増えることによって内毒素の産生が増加し、サイトカインを誘発しやすくなります。その結果、子宮に影響が及んで早産や低体重児出産といった妊娠トラブルにつながると考えられています。
そのメカニズムとして、ケミカル・メディエーターであるPGの一種「PGE2」は子宮筋を収縮させる作用があるため、早産を誘発することが明らかになっています。
歯周病と妊娠トラブルを関連づける研究報告
1996年にOffenbacherらが報告した研究1)では、アメリカのノースカロライナ大学に通院中の妊婦124人を対象に、歯周病と妊娠トラブルとの関連性を調べました。
その結果、重度の歯周病に患っている妊婦は早産(低体重児出産)の危険率が6.8倍となり、特に初産では7.4倍にも及ぶことが明らかになりました。
この危険率はタバコやアルコール、高齢出産、産科器官の感染などのリスク因子と比較しても数倍に達する格段に高い数値であり、妊婦に対する歯周病予防の重要性が示唆される結果となりました(図2)。
また、2005年にLopezらが報告した研究2)では、870名の妊婦を対象として、歯周病治療・指導と妊娠トラブルとの関連性について調査を実施しました。
その結果、口腔衛生指導を含む歯周病治療を受けた妊婦群(580名)は受けない群(290名)に対して、早産のリスクが75%、低体重児出産の発生率が38%減少することが明らかになりました(図3)。
ところで、2023年に11年ぶりに大きく改訂された母子健康手帳ですが、2012年度から導入された母子健康手帳の省令様式では「妊娠中と産後の歯の状態」を記載するページに、「歯周病は早産等の原因となることがあるので注意し、歯科医師に相談しましょう」という文言が記載されました。
歯周病は歯を失う最大の原因であり、ゆっくりと進行して気づかないことも多いため、健康的な出産のためにも歯と歯ぐきの境界にある歯周ポケットを意識した歯磨きで、歯周病の予防に努めたいですね。
【参考文献・資料】
・日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康 (2015)
・日本歯科医師会:母子健康手帳活用ガイド【一部抜粋版】(2012)
1) Offenbacher et al.: Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight., J Periodontol, 67 1103-1113 (1996)
2) Lopez NJ et al.: Periodontal therapy reduces the rate of preterm low birth weight in women with pregnancy-associated gingivitis., J Periodontol, 76 2144-2153 (2005)
島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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