虫歯における経済格差

現在、日本において見逃せない社会問題の一つに、経済的な事情で必要とする医療を受けることができない家庭が少なくない点が挙げられますが、歯科も当然ながらその中に含まれています。

図1のように、家計状況が貧困だとされる層(世帯年収300万円未満等の条件に該当する層)では、虫歯に罹患する率が高いという統計が報告されています。

図1 生活困難世帯における子どもの虫歯の状況

貧困層に含まれる人たちは、歯磨きでできる虫歯予防といった口に関する健康についての知識や意識(デンタルIQ)が低いことも知られていますが、親子ともに虫歯が多くなる傾向が認められています。

経済的にゆとりがない家庭では、価格の安い菓子類で子どもの空腹を紛らわせたりしているので、おやつや間食を「だらだら食べ」してしまうことが常態化します。

結果として、口の中が酸性環境となる時間が長くなるため、酸で歯が溶かされてできる虫歯になりやすくなります。

深刻なケースになると、歯ブラシや歯磨剤すら与えられない子どももいることが報告されており、経済的な背景により虫歯の罹患率が影響を受けるのは明らかなのです。

貧困層は医療機関を受診しない傾向

2007年に公表された総務省の家計調査によると、貧困層に含まれる人ほど医療機関に行かない傾向が認められています。

しかも、特に歯科で顕著な差異があったため、歯科の治療費が家計に及ぼす影響は決して少なくないことが分かりました(図2)。 

図2 収入別、1世帯あたりの年間医療費の家計支出

ところで、乳歯が健全な形を保つことで永久歯の萌出が正しく行われますが、虫歯などが原因で早い時期に乳歯を失ってしまえば噛み合わせや歯並びが悪影響を受け、歯磨きがしにくい状態になってしまいます。

その結果、将来的にますます虫歯や歯周病になりやすくなるという悪循環に陥ります。

虫歯の痛みや歯ぐきの腫れの痛みなどで普段の食事が満足にできなくなってしまうと、栄養の偏りが生じ、成人になってから高血圧症や糖尿病等の生活習慣病になりがちだということも報告されています。

このように、経済的な貧困で口の中の管理が疎かにされてしまう問題は、単に口の中に限られた問題ではなく、将来的な全身の健康にも影響を及ぼすのです。

虫歯における地域格差

子どもが生活している社会環境などの要因によって、虫歯罹患率に顕著な地域格差が生まれていることも報告されています。

厚生労働省が公表した3歳児歯科健康診査における都道府県別虫歯有病率の推移を参照すると、都道府県全体としては大きく減少する傾向があります。

その一方で、北海道や東北地方、九州地方等では虫歯の有病率は高値を示し、東京都や愛知県等の都市部においては低い水準になっていることが判明しています。

具体的にデータを比較してみると、2003年に全国で最小であった東京都に対して最大の沖縄県では、約2.2倍に及ぶ有病率の差が認められました。

しかし、2021年に同じく最小・最大であった東京都と沖縄県のデータを比較してみるると、その差は約3.1倍でギャップがさらに拡大し、地域格差がより顕わになっていることが明らかになりました関連図

その理由としては、人口一人当たりの歯科医院の数が都市部では多く、地方や郊外地域では少ないといった要素が考えられます。

歯科に限らず、内科などの一般開業医は経営的な戦略もありますので、より人が集中する、患者さんがより集まりやすい人口密集地を選択して開業する傾向にあります。

ですから、歯科医院の密度が低い僻地では虫歯治療を受けることが難しいだけでなく、虫歯予防に対する歯磨き指導やモチベーション向上が不十分になって家庭での口腔管理が不満足となる結果、虫歯の罹患率が上昇してしまうのです。

虫歯格差を改善するための提案

①治療費を抑えるには、やはり予防が重要

一般的に虫歯が悪化するにつれて治療費が多くかかり、治療に要する回数や期間も増加します。

例えば、奥歯の溝にある小さな虫歯であれば麻酔を使うことなく、虫歯を削った後に歯と類似の色をしたCR(コンポジットレジン)樹脂を埋めてしまえば、1回の治療回数で完了します。

それに対して、虫歯が進行して歯と歯の間(隣接面)まで及んでしまうと、型取りして銀歯を入れるといった複数回の治療が必要になることもあります。

さらに進行し、痛みを伴う虫歯で神経を取り除く治療や感染を起こした歯根の治療になれば治療回数がさらに増え、治療期間も長期化して1か月以上に及ぶことも少なくありません。

助成によって1回の治療費が500円以下に抑えることができたとしても、治療回数が増加すればそれだけ治療費もかさんでしまいます。

その一方で、毎日の念入りな歯磨きに励むとともに、歯科医院に行って3か月や半年に1回の定期検診を受け、口の中の健康状態をチェックする習慣があれば、仮に虫歯ができたとしても早期発見で最小限の処置で対応することができるでしょう。

虫歯になるリスクが高い溝が深めな奥歯にシーラント処置を施すなど、予防的な治療を受けることも重要です。

②インターネットをうまく活用しましょう

現代はネット技術の進歩によって自宅にいながらでもスマホ一つで多彩な情報を入手できますから、効果的に活用しましょう。

例を挙げれば、日本歯科医師会のホームページには「日歯8020テレビ」という歯と口の健康に関する情報番組があり、虫歯予防に対する口腔衛生指導なども含めた各種の動画を無料で視聴することができます。

③地域における歯科保健活動に参加しましょう

家庭環境とは関係なしに、虫歯を予防できる環境を作ることができれば、虫歯になりにくくすることが期待できます。

約20年にわたって12歳児の虫歯罹患率で全国最少になった新潟県は、1981年に全国に先駆けて「むし歯半減10か年運動」を開始するなど、行政や県歯科医師会、大学、教育委員会等が一体となった取り組みで知られています。

フッ素を用いたうがい洗口は9割を超える小学校で実施されており、文部科学省の令和2年度調査によると12歳児の虫歯罹患率は全国で最も少なく、0.3本でした。

個人(各家庭)でフッ化物洗口という生活習慣を何年にもわたって継続するのは困難ですが、フッ化物洗口実施小学校では、どのような家庭の子どもでも学校に行きさえすれば、虫歯予防する生活習慣を送ることが可能だというメリットがあります。

以上のように、ネットや自治体の取り組みなども積極的に活用しながら、一つでも多くの問題点を改善し、虫歯における格差を解消するようにしたいですね。(島谷浩幸)

【参考文献】
・足立区, 足立区教育委員会, 国立成育医療研究センター研究所社会医学調査部 : 子どもの健康・生活実態調査, 平成27年度報告書 (2016)
・総務省:2007年家計調査
・厚生労働省:3歳児歯科健康診査(2003年, 2021年)
・文部科学省:令和2年度学校保健統計調査

島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)

1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。

【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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