唾液はどのような液体か？
唾液は一般的に、健康な成人で一日に約1.0～1.5ℓが分泌されます。しかし、個人差が大きいことも明らかにされており、気温や年齢、体調、服用薬剤などの条件で複雑に変動します。
三大唾液腺と呼ばれる耳下腺、顎下腺、舌下腺を中心に分泌されますが、頬粘膜や口蓋粘膜などの口腔粘膜にある小唾液腺からも微量が分泌されます。
唾液は、ウイルスや細菌といった微生物などの増殖を防ぐ各種抗菌物質、細胞の老化を防ぐ「ラクトフェリン」、粘膜を保護する成分である「ムチン」、組織の修復に働く各種成長因子などの多彩な成分を含んでおり、無色透明の見た目以上に機能性に優れた液体です。
唾液には虫歯の予防効果がある
分泌されて間もない唾液は菌を含みませんが、口腔内ではわずか１mℓ中に1億個もの多くの細菌を含むようになります。
その一方で、唾液によって虫歯菌や歯周病菌などの微生物が洗い流される自浄作用が働くほか、リゾチームやペルオキシダーゼ、分泌型IgAなどの抗菌物質が作用し、微生物が増殖するのを抑えます。
また、虫歯は虫歯菌が産生した酸により歯が溶解したものですが、唾液にはpH緩衝能と呼ばれる、飲食物で酸性やアルカリ性に傾いた口の中のpHをイオンなどの働きにより正常な中性域（pH7付近）に戻す作用を持っています。
ところが、間食やおやつで漫然と飲食を続けるとpHが酸性に傾く時間が長引くため、虫歯のリスクは上がりますが、唾液に含まれるカルシウムやフッ素のイオンが再び歯に沈着する「再石灰化」で脱灰された歯のエナメル質が修復されるメカニズムが働くため、すぐには虫歯にならないことが明らかにされています。
唾液には消化作用もある
糖質の分解酵素であるアミラーゼは、唾液腺から分泌される唾液アミラーゼと膵臓から分泌される膵アミラーゼがあります。
唾液アミラーゼは咀しゃくにより食物と混ざることでデンプンと反応し、麦芽糖に分解します。その結果、胃の消化を助け、その後に働く膵アミラーゼの負担を減らすため、胃腸の負担を緩和するのに役立ちます。
また、糖分の分解により血糖値が上がると、血流を介してその情報が脳に伝達され、満腹中枢を刺激することで食べ過ぎを抑制します。
脳の視床下部にある満腹中枢が血糖値の上昇を感知するためには約15分を要するので、食べ過ぎを防ぐためには最低15分以上かけて食べるように心掛けましょう。
唾液は味覚にも影響する
唾液は飲食物に含まれる味成分を溶かし込む性質があるため、味覚にも影響を及ぼすことが知られています。
味覚は、主に舌にある味蕾（みらい）という小器官で感知します。舌の表面には舌乳頭と呼ばれる小さな突起物が多数あり、舌の奥の方に分布する有郭乳頭や葉状乳頭に味蕾が多くあります。
奥歯でしっかり噛むことにより唾液に溶け込んだ味成分が近くにある味蕾細胞を刺激するため、味が持続しておいしく食べることができます。唾液が多く出れば味覚に対する感度が高まるという効果があるので、食前酒として出される梅酒はその効果を期待しています。
唾液が減少する原因や問題点などについて
喫煙や飲酒といった生活習慣と唾液の分泌量は関連性が認められ、タバコに含まれているニコチンの作用で血管が収縮したり、アルコールの摂取で利尿作用が働いたりすると唾液の分泌は減少します。
また、口の中が乾燥する「ドライマウス」は、日本では約800万人が罹患していますが、特に高齢者に多く、高齢患者が中心の私の病院歯科でもよく来院されます（図１）。
（写真：筆者提供）
原因として、加齢による唾液腺の萎縮・機能低下、ストレス、糖尿病に加え、目や生殖器にも乾燥を伴うシェーグレン症候群などが挙げられます。また、薬を多数服用する高齢者では副作用としての口腔乾燥（口渇）があり、血圧を下げる降圧薬や利尿剤等の体内の水分調節に関与する薬剤だけでなく、抗うつ薬・抗不安薬も唾液の分泌を抑制することが知られています。
唾液の減少により虫歯・歯周病のリスク上昇や咀嚼障害、嚥下障害、発音障害、味覚障害などが生じ、QOLが低下する可能性があります。
治療法はジェル状の保湿剤を塗布したり、スプレータイプの人工唾液で潤したりするなどの対症療法が中心です。潤いを与える「加湿」と潤いを維持する「保湿」の両立が大切で、唾液腺を皮膚の上からほぐして押さえる唾液腺マッサージも効果が認められることがあります。
一方、酸味のあるレモンや梅干しなどの食品を食べたり、上下の歯で咀嚼したりすると唾液分泌が促進されますが、よく噛むためには食物繊維の多い野菜（キノコ類、根菜類、海藻類など）を食べる、生野菜を食べるといった工夫をしましょう。
唾液の成分はストレス度合を反映する
唾液の分泌は自律神経である交感神経と副交感神経によりコントロールされており、精神状態によっても変動します。
「緊張してのどがカラカラになった」という経験をされた方も少なくないと思いますが、緊張した時には交感神経が優位になって唾液が減少するのに対して、リラックスした状態では副交感神経が優勢になり分泌が促進されます。
ストレスを測る指標としてストレスマーカーがあり、血液などの体液に含まれているノルエピネフリンや免疫グロブリンなどが報告されています。ただ、血液中のマーカーを採取するためには医療従事者による採血が必要であるため、精神的・身体的な苦痛を伴います。
その一方で、コルチゾールやアミラーゼのように唾液から採取が可能なマーカーもあり、痛みを伴わずに簡便で負担の少ない検査法もあります。
2008年に早稲田大学の研究グループが報告した内容によると、TSSTという課題を使って唾液中のコルチゾール濃度を測定したところ、スピーチや暗算などのストレス時にコルチゾールは上昇し、その後徐々に低下しました（図２）。
一方、2017年に順天堂大学の研究グループが報告した内容によると、農作業の前後に唾液を採取してホルモン量を分析した結果、農作業をした後にはコルチゾールが約1/3に減少し、オキシトシンという幸福ホルモンが増加しました（図３）。
日々の生活で唾液をしっかり出して、健康維持に役立てたいですね。（島谷 浩幸）
【参考資料】
・Izawa S et al.: Salivary dehydroepiandrosterone secretion in response to acute psychosocial stress and its correlations with biological and psychological changes., Biological Psychology, 79, 294-298 (2008)
・山口琢児ほか：農業公園での農作業および自然体験のストレス軽減作用, ストレス科学, 32(2) 169 (2017)
島谷浩幸（歯科医師・歯学博士／野菜ソムリエ）
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院（大阪府）で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会（オールデンタル）の総合優勝（団体）に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン！』（日本テレビ）、『すこナビ』（朝日放送）等
【著書】『歯磨き健康法』（アスキー・メディアワークス）、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』（わかさ出版）等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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