運動分野で可能性を秘めるオロト酸
今注目している新規エルゴジェニックエイドの成分があります。オロト酸(別名:オロット酸、オロチン酸)といって、肝機能促進や滋養・強壮、はたまたシミやそばかす等への効能をうたっている国内の医薬品10製品程度に約35~20mg配合されています。食薬区分の規制緩和によって近年、非医薬品扱い(食品)になった物質で、海外でもマグネシウム塩やリチウム塩がサプリメントや医薬品としても売られています。
「核酸」という言葉を聞いたことがあると思いますが、核酸はすべての生物の細胞内に存在し、遺伝情報を持つ「DNA(Deoxyribo Nucleic Acid:デオキシリボ核酸)」やエネルギー産生にかかわる「ATP(Adenosine Tri Phosphate:アデノシン三リン)」など、生物にとって重要な物質の構成成分です。DNAやATPを構成するヌクレオチド(核酸塩基+糖+リン酸が合体した物)は、プリン塩基を持つ物(プリン体)と、ピリミジン塩基を持つもの(ピリミジン体)の2種類があります。プリン体は尿酸に代謝され、これが増えると痛風の原因となります。
一方、オロト酸はすべてのピリミジン体の前駆体(物質が生成される前の段階)となる物質で、グルタミンから体内で合成されます。また、オロト酸は牛乳の中に多く(75~105㎎/L)存在していて1)、ラットの成長因子とされていたので一時はビタミンB13とも呼ばれました。ヒトは体内で合成できるので、ビタミンではありません。
さて、私がなぜこのオロト酸に興味を持ったか。それは、自らが被検者となった実験でとても興味深い結果を得たからです。
オロト酸のスポーツ関連エビデンス①
低酸素室でトレーニングができる都内のあるジムにおいて、標高4000m相当の酸素濃度(酸素濃度12.8~12.9%)に設定してもらい、入室しました。そして、コロナ感染者の血中酸素飽和度をモニターする機器として昨今ポピュラーになったパルスオキシメーターで、自分の血中酸素飽和度(SpO2:血液中の酸素量を指す)を継続的に測定しました。
入室前は98%あったSpO2が、みるみる低下して89%程度に落ち着きました。そこで、オロト酸を摂取したのです。すると、じわじわとSpO2が上昇して、最終的には92%程度まで回復したのです。同じ酸素濃度の空気を吸っていて、ここまでSpO2の変動が見られたことに大変驚きました。
そこで、このジムに通われている何名かのアマチュアランナーにも試してもらったのですが、やはり同じような結果が得られています。低酸素室で毎週ほぼ同じトレーニング負荷(トレッドミルで30分)で、パルスオキシメーターでSpO2を測定しながら走り込みます。そこで、オロト酸を摂取した場合、その前後の週と比べて明らかにSpO2の低下が抑えられました。 知り合いのマラソンランナーにも試してもらいました。天候やさまざまな要因が同等の40km走練習で、オロト酸を摂取した日と未摂取の日を比較すると、2分もタイムが改善したことがわかりました。
オロト酸のスポーツ関連エビデンス②
呼吸を止めて潜水距離や深さを競うフリーダイビングの選手に、一定距離を泳ぐ練習でオロト酸を試してもらいました。その結果、コントロール群(プラセボ)と比較して潜水後のSpO2の低下が抑えられたのと、それに伴って心拍数の増加も抑えられました。つまり、マラソンランナーの場合と同じで、同じ負荷のかかる状態で酸素消費効率が良くなったことが示唆されます。
「なぜこのような現象がみられるのか?」「メカニズムは?」といろいろと疑問はあります。文献ベースで調べると、低酸素・低血流状態でATPレベルを維持できる効果2, 3)などが動物実験で確認されています。唯一アスリートを対象にしたデータとして、トライアスリートでの試験4)があるのですが、オロト酸のマグネシウム塩を使っており、主にオロト酸の効果というよりはマグネシウムの効果として報告されています。しかし、低酸素室で今回確認された現象の明確なメカニズムについては未解明のままであります。
研究は今後も続行する必要がありますが、オロト酸の効果はリアルだと思います。
【参考文献】
1) Motyl T et al.: Variability of orotic acid concentration in cow’s milk., Endocr Regul, 25 (1-2) 79-82 (1991)
2) Rosenfeldt FL et al.: Mechanism of cardioprotective effect of orotic acid., Cardiovasc Drugs Ther, 12, 159-170 (1998)
3) Porto LCJ et al.: Improvement of the energy supply and contractile function in normal ischemic rat heats by dietary orotic acid., Life Sci, 90, 476-483 (2012)
4) Golf SW et al.: On the significance of magnesium in extreme physical stress., Cardiovasc Drugs Ther, 12, 197-202 (1998)
青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)
米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。