クレアチン×脳震とうのエビデンスが着々と

前回はクレアチンの男性不妊症用サプリメントとしての可能性について、われわれの新たな知見をご紹介しましたが、今回は引き続きクレアチンに関する話題です。

国際スポーツ栄養学会(ISSN:International Society of Sports Nutrition)の「Exercise & sports nutrition review update: research & recommendation1)」によると、スポーツにおけるクレアチンの効果は最もエビデンスが多く、エルゴジェニックエイドとして確固たる位置にあります。クレアチンは筋中にある程度の量は自然に存在しますが、サプリメントとして摂取することによって筋中の濃度が上げられ、パフォーマンスアップに有用なことがわかっています。その一方、クレアチンのスポーツパフォーマンスにおける効果以外で、近年とても興味深い報告があります。

2017年に学術雑誌「Concussion」に掲載されたレビュー2)では、脳震とう(軽度の外傷性脳損傷)において、損傷後の治療、もしくは予防策としてのクレアチン摂取に関してエビデンスと考察がまとめられています。

クレアチンはアミノ酸(グリシン、アルギニン、メチオニン)から、主に腎臓と肝臓で合成されて筋肉に移行・蓄積します。そして、脳でも同じく合成されるのと同時に、血中からも脳に吸収されて蓄積することがわかっています。最近の研究で、クレアチン20g/日を5日間続けた場合、筋中のクレアチンは約20%増加するのと同時に、脳中のクレアチンも約10%増加することがわかっています3)。前回ご紹介したように、経口摂取したクレアチンは筋肉以外にも、エネルギー要求量が高くヒトにとって重要な精液や脳にも移行していることになります。

ヒトにおけるクレアチンの脳神経系に与える影響に関する臨床研究は1報あって、1~18歳の外傷性脳損傷患者においてクレアチン0.4g/体重㎏を6カ月投与した結果、記憶喪失、認知障害、頭痛、言語障害などを緩和する効果が報告されています4)。このデータはあくまでも損傷後の介入(治療)になりますが、近年考察されているのは、アスリートが予防的にクレアチンを摂取して脳中の含量をあらかじめ増加させることにより、いざ脳震とうになった際に脳へのダメージ軽減が可能ではないかという仮説です。

脳震とうモデルの動物実験において、損傷前に予防的にクレアチンを飲ませると脳損傷が36~50%軽減、ミトコンドリア機能の維持、酸化防止、ATP量の維持などの結果が得られています5)。動物とヒトではクレアチンの代謝は異なりますが、ヒトでも経口摂取したクレアチンが脳に移行・蓄積することを考慮すると、予防的にクレアチンを摂取して脳震とうのダメージを軽減させる可能性は多いにあるといってもよいかと思います。

Deanらのレビュー2)では、メカニズムについてこのように推測しています。それは、脳震とうの神経病理と、細胞内でのクレアチンの役割にかなりのオーバーラップがあるということです。特に脳における損傷後の血流低下と低酸素状態でのエネルギー(ATP)必要量の増加時でのクレアチンの役割が重要と示唆しています。その他、ATPには衝撃によっておこる細胞膜の脱分極やカルシムイオン濃度の上昇などを抑制する働き(ATPバッファー)がありますから、クレアチンリン酸系の役割が重要になります。

    酸素欠乏状態における認知機能の変化

間接的なエビデンスにはなりますが、Turnerら6)は脳震とうの病理の一つである、脳の酸素欠乏状態における神経科学的および心理学的な機能への経口クレアチンの影響をヒトで実験しました。

クレアチン20g/日を7日間摂取した群とプラセボ群とで、酸素濃度が10%(通常の半分)の空気を90分吸わせて動脈血酸素飽和度(SpO2)を80%程度に低下させた状態でさまざまな心理テストを行いました。その結果、クレアチン摂取群では心理テスト(図)や筋電図の反応がプラセボ群と比較して有意に改善されました。

脳はエネルギー代謝的に非常に活発な組織で、体積は身体の2%程度にもかかわらず基礎代謝量の20%を使います。よって絶え間ないエネルギー供給が必要です。しかし、脳震とうなどのダメージによって酸素供給が減少した際に、クレアチンリン酸系によるエネルギー供給を万全にしておくことが、脳細胞・脳機能を救ってくれる結果につながる可能性は否定できません。サッカーやラグビーのようなコンタクトスポーツの競技者にとって、もはやクレアチンの常用はパフォーマンスアップのためだけではなく、いざという時のために摂取すべき当たり前のサプリメントであると考えます。

【参考文献】
1) Kerksick et al.: ISSN exercise & sports nutrition review update: research & recommendations.,  JISSN15, 38 (2018)

2) Dean PJA et al.: Potential for use of creatine supplementation following mild traumatic brain injury., Concussion2(2), 34 (2017)

3) Rawson ES.: Creatine supplementation : from basic science to bro-science and beyond., The 16th Annual ISSN Conference and Expo, (2019)

4) Sakellaris G et al.: Prevention of traumatic headache, dissiness, and fatigue with creatine administration. A pilot study., Acta Paediatr97(1), 31-34 (2008)

5) Sullivan PG et al.: Dietary supplement creatine protects against traumatic brain injury., Ann Neurol48(5) 723-729 (2000)

6) Turner CE et al.: Creatine supplementation enhances corticomotor excitability and cognitive performance during oxygen deprivation., J Neurosci35(4) 1773-1780 (2015)

青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。