クレアチンの新たな研究展開

スポーツサプリメントでプロテインの次に多く使われているのが「クレアチン」です。すぽとりの読者であるスポーツ関係者がクレアチンと聞けば、筋肉をつきやすくしたり、筋疲労を軽減したりする効果を求めて摂取していると思います。ところが、クレアチンのスポーツ以外の分野での利用が近年着目されていて、エビデンスも出始めています。

そもそも、体内で合成されてATP系エネルギー代謝の重要な役割を担っている物質ですから、骨格筋以外にもエネルギー要求量が多い組織に存在しているので、サプリメントとして摂取した場合、多岐にわたって役割があるのは当然といえば当然の話です。

クレアチンは骨格筋以外にも脳、心筋細胞、肝細胞、腸細胞、精子などの分布が確認されています1)。そこで、国内でも体外受精や顕微授精等を含めた不妊治療を保険適用することが議論されている中、今回はクレアチンの男性不妊症用サプリメントとして大変興味深い結果を得ましたので、ご紹介したいと思います。

世界保健機関(WHO)の調査によると、不妊の約半数が男性側の何らかの原因があることが報告されています。その大半は精子形成障害、つまり精子が形成される過程で何かしらの理由で質の悪い精子ができてしまい、自然受精に至れないのが原因とされています。一方、精子無力症といって、精子そのものは正常なのですが、精子の運動率と前進運動率が低下してしまう症状があります。つまり、卵子に向かって泳いでいけない状態です。

精子は図のような形をしていて、鞭毛の付け根(中部)に多く存在するミトコンドリアで作られるエネルギー(ATP)を利用し、尻尾を回転させながら前進します。アスリートの筋肉で瞬発力を生み出すATPを再生するのと同じメカニズムです。

そこで精子の運動率に深く関与しているのが、精漿(せいしょう)という精液の液体部分の成分であることが報告されています2)。まだその全容は解明されていませんが、精漿には精子が目的(受精)達成に必要なさまざまな生理活性物質やホルモンが含まれていて、クレアチンもそのうちの一つです。

精子無力症の男性不妊患者の精液中のクレアチン濃度は、正常男性より低い傾向にあることもわかっています。さらに、男性不妊患者の精液に顕微鏡下でクレアチンを少量添加して観察すると、精子の直進運動率が向上したという報告もあります 2) 。しかし、それは治療費の高い顕微授精の場合のみに使える方法であって、より自然な受精を望むカップルには精液中のクレアチン濃度を上げることが望まれます。では、どのようにすると、それが可能になるのでしょう? 以下、今回我々が得た知見(妊活サプリとして特許出願済)です。

サプリメントとして経口摂取したクレアチンが筋肉や脳に蓄積することはわかっていますが3)、精液に移行・蓄積するというデータは今までありませんでした。そこで、一般的に使われているアスリートのクレアチンローディングと同じプロトコール(20g/日を1週間、その後5g/日を3週間)で精子無力症の男性不妊患者29名に飲んでもらいました。

そうすると、精液中クレアチン濃度が摂取後2週間でも約2倍に増加してそれと連動するように精子の運動率が有意に増加しました。5g/日や10g/日でスタートしても同じような結果を得ています。詳細は、11月11日に開催される第66回日本生殖医学会で、共同研究者の寺井一隆先生(杉山産婦人科新宿)が発表予定です。

これはかなり画期的な発見と思います。つまり、アスリートがクレアチンのサプリメントを摂取して筋中のクレアチン濃度を上げるのと同じく、精液のクレアチン濃度を短期的に上げて精子をアスリートにさせることができるのです。また、2週間という短期的に効果が得られるということは、パートナーの排卵日に合わせてクレアチンを飲み始めれば良いというメリットもあります。

クレアチンが軽度の脳震盪のダメージを軽減したり4)、高齢者やリハビリに効果があるなど、さまざまな用途で研究されています。スポーツ以外でも、今後期待が望めるエルゴジェニックエイドといえるでしょう。 

【参考文献】
1) Brosnan ME et al.: New insights of creatine function and synthesis. Adv Enzym Regul47, 252-260 (2007)

2) 増田隆昌 ほか : 精液中微量成分と生活習慣および妊孕性との関連について, 第18回日本Men’s Health医学会 (2018)

3) Kreider RB, Jung YP.: Creatine supplementation in exercise, sport, and medicine., J Exerc Nutr Biochem15(2) 53-69 (2011)

4) https://www.dnszone.jp/magazine/2019/17143

青柳 清治(栄養学博士、一般社団法人 国際スポーツ栄養学会 代表理事)

米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得後、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。2015年にウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店と務める㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」の責任者を務める。2020年より㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務め、2023年3月より一般社団法人 国際スポーツ栄養学会代表理事。