はじめに
私は日々、スポーツ栄養士としてプロチームの選手を中心に栄養指導・サポートなどを行っています。スポーツ選手は、日々のトレーニングや練習によって消費されたエネルギーを食事からとる必要があり、時にはその必要量がかなり高いハードルになります。
一般的に食事は、団らんや空腹を満たすという目的がありますが、スポーツ選手にとっての食事の第一目的は「栄養補給」をすること。お腹が減ったかどうかで食事をするのではなく、目の前に置かれた食事を武器に、自分は勝ちを取りに行くという気持ちで食べて欲しい――常日頃、私が選手に伝えていることです。選手自身もそれを認識し、ここ数年で選手の食意識が全体的に高くなっている感覚がでてきましたが、実際に「何を」「どれぐらい」という質問に答えられる選手は少なく、まだまだ改善できる余地あると思っています。
あらゆる栄養素の中で、運動をする人が一番意識を上げてほしい栄養素は「炭水化物」です。その理由として、瞬発的な運動はもちろん、持久的な運動の主なエネルギー源になるのは、筋肉や肝臓に蓄えられているグリコーゲン(炭水化物)だからです。つまり、スポーツ選手のガソリンとなる炭水化物をなくして、よいパフォーマンスは得られないと断言してしまってもいいでしょう。
スポーツ選手や運動習慣のある方は、その活動量に見合った高いエネルギー量の中でも、特に炭水化物を多くとる必要があり、エネルギー比率で約50~60%になります。例えば、1日4000kcalのエネルギーが必要な選手の場合、炭水化物は約550g摂取する必要があります。これは、ご飯に換算すると約5合に相当します。
もちろん、実際には、他の食材や水分補給、補食などからも炭水化物がとれますので、ご飯5合までとる必要はありませんが、それでも炭水化物がいかに重要で必要量のハードルが高いかを理解できると思います。この1日4000kcalを摂取する場合、3食はもちろんしっかりと主食を食べるようにしますが、それだけでは不足する恐れもあるため、補食を取り入れることも重要です。トレーニング後に疲労回復を目的としたリカバリー食としておにぎりなどの補食を積極的に入れていきましょう。(管理栄養士・吉谷佳代)
米を摂取する3つのメリット
炭水化物を含む食品の中でも、スポーツ選手にとって一番効率のよい食材は「米」です。その理由は3つあります。
第一に、米の栄養成分です。表11)で、米、パスタ、うどん、食パンの主要な栄養成分を比較しました。ご飯はエネルギー量や炭水化物量が多く、とても効率のよい炭水化物食材です。
また、米の炭水化物は「多糖類」という種類で、持続力のある炭水化物の食品です。持続力があるということは長い時間、練習や試合で使うエネルギー源として働いてくれるという特長があります。さらに米は、炭水化物食材の中でも脂質が少なく、生活習慣病のリスクが低いことがわかります。脂質を含む食品は、消化吸収も時間がかかることが知られていますので、低脂質の米はスポーツ選手の胃腸に負担をかけにくい食材ということも魅力です。
第二に、米は粒状であることから、パンや麺類よりも「しっかりよく噛める」というメリットがあります。図12)は食品の可食部10g当たりの平均標準咀嚼回数を示すものです(咀嚼回数ガイドを基に作成)。ここから、蕎麦の15回やピザの29回などに比べても白米は41回とよく噛む数値になっていることがわかると思います。よく噛めるということは、消化酵素が出やすくなり、消化・吸収をより効率的にすることができます。また、噛むことによって脳が刺激され、自律神経のコントロールや記憶力などを促すことも期待できます。
第三に、米は加工度が低く、添加物が少ないことも利点です。麺類やパン類などは加工や保存するうえで、どうしても添加物が必要となります。もちろんそれは健康上、全く問題なく摂取できるレベルですが、ないに越したことはありません。そのような点から、米は安心して摂取できる優れた食材であるといえます。
摂取タイミングやシーンで米を賢く使い分ける
スポーツ選手にとっての米の重要性について触れたところで、次に米の種類について説明していきましょう。白米、玄米、雑穀米などさまざまな種類がありますが、それぞれ異なる性質や特長があり、スポーツの目的やシーンに合わせて使い分けが必要です。まず、玄米は稲の実からもみ殻を取り除いた精製度の低い物、白米は玄米から糠や胚などを取り除いて精製された物です。また、雑穀米はあわ、キビ、押し麦、キヌア、黒米など複数の雑穀をブレンドした物をいいます。
その中で、白米の一番の特長は何といっても「味」です。精製されることにより口当たりが良く、甘みも感じやすくなります。一方、栄養価を比較した際には雑穀米や玄米などには劣ってしまいます。図21)で白米を100とした時の主要な栄養素を比較しました。
白米に比べて、雑穀米、玄米ともに顕著に優れているのは食物繊維です。スポーツ選手は、タンパク質も意識して摂取している場合が多く、どうしても肉類や魚類などの動物性タンパクを多くとるために悪玉菌が増え、腸内環境が悪くなる傾向にあります。腸の健康のためにも、食物繊維は積極的にとっておきたい栄養素です。
さらに、玄米は食物繊維の他にもビタミンB群を多く含み、特にビタミンB1については白米の約8倍も含まれています。ビタミンB1は炭水化物が体内でエネルギーに変換される際に一緒に働くビタミンですので、こちらもスポーツ選手は意識的にとるようにしましょう。
また、栄養価の他にも、消化・吸収面でも異なる性質を持っています。玄米や雑穀米はその食物繊維の高さゆえに、「GI値が低い」「吸収が緩やかで血糖値を上げにくい」特長がある一方で、消化に時間がかかり、胃腸に若干の負担を伴うデメリットも併せ持っています。白米については、GI値が高く、消化吸収がよいため胃腸に負担をかけることなく速やかなエネルギー源になります。
このような特長をスポーツシーンに置き換えて考えた時に、消化が良い白米は早くエネルギー源を取り入れたい運動前や試合日の朝食や直前の食事、ハードな運動を行った後の胃腸機能が低下しているリカバリー食として適しています。また、夜遅くなる場合や落ち着いて食事を摂取できるオフ日、減量時などは玄米食を選ぶようにするといいでしょう。白米から玄米などに変える時は、個人の消化能力の違いによって、お腹が張るケースもあるので、少しずつ混ぜて使ってみるなど、様子を見ながらにした方がいいでしょう。それぞれの米の特徴を知り、食事の目的に合わせて選びましょう。
最近では、「炭水化物は筋肉にならない」や「炭水化物は太る」といった誤った認識から「低糖質食」という糖質を制限する選手も見受けられるようになりました。一時的に体重が急激に落ちますので、効果的な減量法のように思われがちですが、実際にはエネルギー不足により、筋肉量が落ち、基礎代謝量や筋力が低下する「カタボリック状態」に陥るリスクがあります。まずは、必要エネルギー量の約50~60%は炭水化物でしっかと摂取できるようにしましょう。
近年、食の欧米化や生活スタイルの変化などから日本人の米離れが深刻化し始めています。ただ、スポーツ選手のパフォーマンスアップを考えた際に、米はその土台を作る最適な食材といえるでしょう。まずは、今日の食事から見直しをしてみるのはいかがでしょうか。
【参考文献】
1) 日本食品標準成分表2020年版
2) 斎藤 滋,柳沢幸江 : 料理別咀嚼回数ガイド, 風人社 (2002)
吉谷 佳代(管理栄養士)
徳島大学卒業後、江崎グリコ㈱で商品企画・開発を手がける。独立後はスポーツ栄養学の専門家として、プロスポーツから部活動現場まで幅広く活動する。日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士。