コラーゲン研究の始まりは食肉流通から!?
第1回目の連載で、体内で生合成されるコラーゲン、栄養(食品)摂取からみたコラーゲンと、双方について触れました。今回は、それぞれに関する研究がどのようにおこなわれてきたかをたどっていきます。
生合成されるコラーゲンに関する研究は、実は60年以上前から始まっています。米国の生化学者であるダーウィン・J・プロコップが1960年に「組織および尿中のヒドロキシプロリン(水酸化プロリン)を分析するための方法1)」として論文の中で、ヒトの尿中に水酸化プロリンが含まれていることを明らかにしました。水酸化プロリンはコラーゲンからでしか作られない物質なので、私たちの体の中でコラーゲンが分解されていることの証明になりました。
プロコップの発表を皮切りに、筋肉とコラーゲンに関する研究が活発になりましたが、その背景の一つに家畜飼料学、畜産学が挙げられます。私たちの生活は牛や豚、鶏の肉を食すことで成り立っていますが、家畜飼料学の観点から、これらに早く筋肉をつけさせて食肉として市場へと流通させることができれば、食料の安定供給につながってきます。この考えからコラーゲン、アクチン、ミオシンなどの筋肉組織中のタンパク質を増やす研究が進んでいきました。
筋肉とコラーゲンの研究が進む中、私の知る限りでは1995年以降に骨とコラーゲンに関する研究が加速していきました。特に骨に関しては、日本の高齢者人口が増加に転じた社会背景に伴い、高齢者の健康問題として「骨粗しょう症」がクローズアップされるようになったからです。
骨粗しょう症は、加齢(老化)、閉経後のエストロゲン(女性ホルモン)低下・不足、ビタミンD・カルシウムの摂取不足など、骨密度や骨の強度を維持する成分の量が減少することに起因しています。
骨組織成分の大半はカルシウムなどの無機質で構成されていますが、コラーゲンは無機質を除いた有機質の90%を占める重要なタンパク質です。鉄筋コンクリートに例えると、コンクリート部分がカルシウム、鉄骨部分にあたるのがコラーゲンなので、骨粗しょう症を治療・改善させる(=骨を強くする)ためには、「(鉄骨部分の)コラーゲン産生も大事」と認識されるようになったのです。
骨粗しょう症になると、破骨細胞(骨を壊す働き)がコラーゲンを分解してしまうので、破骨細胞の抑制がカギになります。同時に、コラーゲンを産生する骨芽細胞(骨を作る働き)を促進させることも重要なので、それらの研究、メカニズムの解明が急がれました。
そして、医学的見地の研究から派生して、2005年以降は骨、筋肉、皮膚の合成に役立つ食品や栄養摂取の応用法について検討が進み、コラーゲン、体への吸収効率を高めたコラーゲンペプチドの摂取効果が明らかになっていきました。
コラーゲンをめぐる研究は日本国内でも多岐にわたっていて、「皮膚・創傷治癒」を研究する先生もいれば、水産学の見地から構造や代謝物の分析をおこなっている研究者もいます。また、アミノ酸代謝・コラーゲンと精神作用の関連性を突き詰めたり、物性解析をおこなったりする研究者もいて、各分野で成果を収めています。
われわれは主に「骨・筋肉」の分野で研究を進めており、コラーゲンペプチド(CP)が骨芽細胞の働きを活性化させるメカニズムを発見したのをはじめ、ヒト試験で摂取効果を確認してきました。メカニズムに関しては、次回「CPと骨」をテーマに解説したいと思います。
コラーゲンの研究をめぐって、水産学分野ではかなり早い段階から敏感に捉えられていました。魚肉を採取した後に廃棄される不可食部分にコラーゲンやその他の栄養素が含まれていることに着目し、それらから抽出された物を有効活用しようと考えていたようです2)。また、接着剤やかつての写真のフィルムの原料にもなるので、工業分野では物理化学的な研究が古くからおこなわれてきました。
コラーゲンの代謝物が水酸化プロリンとわかったのはかなり前ですが、健康意識の高まりや健康問題が浮き彫りになった近年になって研究が本格化しました。コラーゲンはいわば、「忘れられていた成分」なのです。CPの研究もまだまだ余地を残しているので、わたしたちを含め、これから多くの研究者によって新たな知見が示されていくと思います。
世界のコラーゲン市場、動向を探る(編集部)
多くの研究者によって積み上げられた成果は、原材料や食品としてのコラーゲンの価値を高める一因になり、社会の需要に沿う商品は消費者へと還元され、経済活動として循環していくことになる。ここではコラーゲン(ゼラチン、コラーゲンペプチドなども含む)が人々にどのように受け入れられているか、市場の動きから分析する。
コラーゲンは多くの分野で需要があることから、すでに世界で大きな市場を形成するに至っている。複数の市場調査レポートによれば、世界のコラーゲン市場は今後5年間で5~6%の成長が見込まれており、市場規模も現状の約40~50億ドル(約5600~7000億円)から約60~70憶ドル(約8400億~9800億円)へと拡大する見通し。<注:1ドル140円換算>
そのうち、私たちが手にする機会の多い食品・サプリメント、飲料分野での伸長が見込まれるゼラチン・コラーゲンペプチドの市場は、2030年までに約7億8000万ドル(約1090億円)規模に達すると予測されている(2021年時点の推測市場規模は約4億9000万ドル=約686億円)。
伸長の要因として、利便性の高い機能性食品・飲料需要の高まりと、医薬品への応用増加に加え、健康意識の高い層に受け入れられている乳飲料、ヨーグルト製品など一般食品にゼラチン・CPが組み込まれるケースが増えていることなどが挙げられる。CPは、骨・筋肉・皮膚など体への作用が期待されるため、ヘルスケアサプリとしての引き合いが強い。
今後の成長が見通せるコラーゲン市場ではあるが、牛、豚、海産物など動物由来の原料は、多様な食生活スタイルの選択、教義的側面、動物保護などの高まりから敬遠される可能性が若干あり、数少ない成長の鈍化要素として懸念される。
最も市場規模の大きい北米では、コラーゲンドリンクなど健康飲料の需要拡大やグミなど菓子類の消費が拡大している。最も高い成長率を示しているのがアジア太平洋地域で、医療分野での需要増加、コラーゲン関連商品の研究・開発が活況を呈していることが成長を後押ししている。
コラーゲンの主要原料サプライヤー(供給メーカー)は、ルスロ(フランス)、ジェリータAG(ドイツ)、テッセンデルロ(ベルギー)、新田ゼラチン(日本)、ニッピ(日本)、DSM(オランダ)ほか。最終商品の販売メーカーは、資生堂(日本)、クロロックス(米国)、リバイブコラーゲン(英国)、アブソリュートコラーゲン(英国)、ネスレ(スイス)のシェアが高い。
【参考文献】
1)D J PROCKOP et al.: A specific method for the analysis of hydroxyproline in tissues and urine, Anal Biochem., (1) 228-39 (1960)
2) 西田 孟 : 魚類の硬タンパク質利用のために, 釧路水試だより52号, 北海道立総合研究機構 (1984)
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コラーゲン研究の第一人者である真野先生、君羅先生に質問がある方はこちらからお問い合わせください。
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真野博、君羅好史(城西大学) 文・構成:編集部
真野博(城西大学 薬学部 医療栄養学科 教授 / 農芸化学博士)
長年、コラーゲンペプチドの運動器への作用に関する研究を進め、数多くの研究成果を残した。日本におけるコラーゲン研究の第一人者。
君羅好史(城西大学 薬学部 医療栄養学科 助教 / 食品栄養学博士)
東海大学体育会から東京農業大学大学院へ進むと研究者へ転身し、多くの研究に携わる。真野教授とともにコラーゲンが持つ作用の真相究明にあたる。