フリーズドライの走り!? 寒天は偶然の産物だった
寒天とところてん。テングサやオゴノリなどの海藻から作られ、同じ物として認識されているが、その歴史と食経験には違いがある。
奈良時代に編纂された「出雲国風土記(いずものくにふどき)」には、ところてんが「お菓子として珍重された」と記述され、少なくとも1300年前から存在していることがわかる。貴族層が食すぜいたく品として扱われていたようだ。
それから遅れること900年。江戸時代に寒天が誕生したが、それは偶然が重なって生み出されたのだった。
京の宿屋「美濃屋」の店主・美濃屋太郎左衛門は、大名の歓待をする中でところてんを振る舞った。一部を外に放置したままだったことを思い出して取りに行くと、冬の寒さでところてんは乾燥し、カラカラの状態になっていた。現在でいうところの「フリーズドライ」だ。
カラカラのところてんをもう一度煮溶かすと元通り固まったが、海藻のにおいが消え、色は白くなり、ところてんにするよりも味が向上していた。ここから寒天の歴史は始まっていく。
当時は「ところてんの乾物」とされていたが、インゲンマメを伝来した中国の高僧・隠元禅師が「精進料理に合う」と気に入り、誕生の経緯から「寒天」と名づけたとされている。
寒天は当初、京や大坂など〝関西限定〟の食品だった。江戸時代末期に関西を訪れた諏訪の商人・小林粂左衛門が、寒天製造に適している気象条件(冬が長く、寒冷で湿度も低い)が岡谷・諏訪地域と酷似していることから、農家の冬季副業として長野の地で寒天作りを広めた。
日本の寒天製造を支える伊那食品工業
最新の工業統計調査(2020年、経済産業省)によれば、長野県における年間の寒天出荷額は約83億円、出荷量は約2276トンに上る。これは国内シェアの約8割に当たり、国産寒天のほとんどが長野県で作られていることになる。
その中で、「かんてんぱぱ」ブランドを展開する伊那食品工業株式会社(本社:長野県伊那市)は、全国的に知られる寒天製造の国内トップ企業だ。
伊那食品工業は1958年に創業。正確には、弱冠21歳の若さで赤字だった同社の経営を任された塚越寛氏(現・最高顧問)の手によって再建された。塚越氏は寒天の用途拡大を実現し、国の産業発展に大きく貢献したことを評価され、のちに旭日小綬章などを叙勲している。
寒天はもともと、ようかんを形作る原料としての需要が主だった。加えて、先物取引の銘柄の一つで投資目的の対象とみられていたこともあって、事業展開が難しいとされていた。
しかし、伊那食品工業は時代の流れで需要が変化することを見越し、市内に工場や研究施設を増設しながら、原料や商品、寒天が持つ健康機能性の発見など、次々と新たな魅力を創出していった。
寒天の原料となる海藻は現在、南米、東南アジア、アフリカなど海外各地からの輸入で賄われている(約7割)。当初、海外では寒天を食べる文化がなかったため、現地業者に技術と知識を提供しながら原料調達をおこなっていたという。
現地業者の生活も考え、安定的に購入をするなど長年信頼関係を構築していった結果、現在まで続く質の高い原料調達ルートを確保するに至った。こうした現地との取り組みは、寒天の食文化を広めるきっかけにもなっており、各国で認知度が拡大しているもよう。
国内外で寒天の需要、魅力を探求し続け、さまざまな用途に拡大させていき、48期連続増収・増益を達成するなど、寒天業界の「One and only(唯一無二)」として安定供給に努めている。
近年では、他分野の事業も積極的におこなっており、明治時代から続く米澤酒造をグループ化。同社のブランド「今錦」の酒は2023年9月、全米日本酒歓評会で金賞を受賞した。他にも、園芸、農業事業など地元に根づいた産業を守っている。
用途が多い寒天、食物繊維の含有量は断トツ
寒天はようかんなどの和菓子をはじめ、洋菓子、ゼリーやプリン、ヨーグルト、調味料などに使用される。変わったところでは、微生物の培養や分離をするための培地、天然由来素材の強みを生かした化粧品の原料と、その用途は幅広い。
これらの物性・機能性はすべて、伊那食品工業の研究・開発チームが見出したもので、時が進んで新たな知見が得られる可能性は高い。
寒天の物性については、「冷えて固まる」ことが挙げられるが、その性質はゼラチンと似ている。ただ、構造上では大きな違いがあり、融点(物が溶ける温度)も異なる。
寒天の融点は一般的に約90℃とされているが、さまざまな温度で溶け出す性質を持つ寒天が研究・開発チームの手によって作り出されてきた。これは、産地や品種の異なる海藻を組み合わせることで実現させている。
栄養成分を見てみると、寒天は植物性の食物繊維が豊富。その含有量は海藻やきのこなど食物繊維が多い食品をしのいで群を抜き(表)、100g中79gが食物繊維、水分と微量のミネラルを含む。
体内への消化・吸収が〝遅い〟食物繊維の特徴から、減量・ダイエット(満腹感の持続=過度な食品摂取の抑制)、整腸(便通改善)、食後血糖値の上昇抑制などが見込まれる。
近年では、寒天から生成される「アガロオリゴ糖(多糖類)」に着目し、機能性研究を進めている。伊那食品工業では、抗炎症作用などが報告されている同品の生産を強化し、寒天のさらなる需要・魅力を探る。
寒天の商品形態は粉末、糸状、つぶ状、タブレット状とさまざまだが、伊那食品工業ではすべてに対応できる技術力を有す。さらに、それらを加工し、生活ですぐに使えるような最終商品も数多くラインアップされている。
B to B(企業への供給)を主とする原料サプライヤーによるB to C(消費者への供給)への参入は近年のトレンドともいえるが、伊那食品工業は早くから家庭向け商品の製造・販売に着手。寒天を中心にさまざまな生活シーンに合った商品展開をしているところから、かなり先進的な事業を展開している。
毎年40万人が訪れる「かんてんぱぱガーデン」
伊那食品工業の本社は、約3万坪の森林の一画にある。同社は「いい会社をつくりましょう」を社是として掲げており、快適な職場づくりもその一環。
自然と調和した場所での労働が心身の健康に好影響を与えること、福利厚生を充実させることを目的とし、市内の緑豊かな広大な土地へと本社機能を移した。
木の香りが際立つ中で仕事をすることで、社員同士の風通しやコミュニケーションは非常に良好。充実した労働環境を保つべく、広大な敷地を社員全員で清掃することから一日が始まる。
本社の隣には研究開発部門(R&Dセンター)など会社機能が存在するが、周辺は一般にも開放されている。数多くの寒天関連商品をそろえる大型店舗、レストラン、美術館、ホール、健康パビリオンなどが並び立ち、敷地一帯は「かんてんぱぱガーデン」と呼ばれる。
かんてんぱぱガーデンは、全国から年間40万人が訪れる長野県屈指の観光スポット。もともと自生していた赤松林の地形を生かすように整えられており、春夏秋冬を感じられる庭園として人気を博す。
人・物・場所がそろった〝テーマパーク〟ともいえるかんてんぱぱガーデンは、伊那食品工業にとって寒天の魅力を伝える重要な役割を果たしている。
スポーツシーンで考える寒天【編集長の目】
かねてスポーツシーンで寒天は有用だと考えていたので、スポーツ栄養学の先生に「活用できる可能性はありますか?」と質問を投げかけたことがある。
その時に返ってきた答えは「バランスのいい食事をいかに保つかが重要なので、個別の食品では考えない。寒天は難しい」とのことだった…。
果たしてそうだろうか? 確かに、バランスのいい食事は大切。だが、万人がそれを実現するのも難しい。効果が見込める自分に合った食品を探索し、活用することを考え続ける意味はあるのではないかと思う。
寒天をはじめ、世界中で食品の物性、機能性研究はどんどん進み、使いやすい商品は生まれ続けている。
今回、伊那食品工業への取材を通じて、寒天は生活にフィットする食品で、商品ラインアップから汎用性が高いと改めて感じた。ここでは、同社の商品に当てはめながら、スポーツシーンで使える可能性を考えてみたい。
寒天と減量・ダイエットについてはすでにエビデンスが出ているため、階級制競技や審美系など減量が必要な競技で役立つと考える。寒天だけを食べればいいというわけではなく、併用といった方が正しい。
例えば、ごはんと一緒に炊くことで、食後血糖値の上昇抑制、満腹感の持続などが期待できるし、いろいろな食品と組み合わせられる汎用性も魅力(寒天を使ったレシピ集)。
プロ・アマ・競技問わず、スポーツ選手と話す機会があるが、「体脂肪率一桁(をめざして減量)」「とにかくプロテイン」の言葉が非常に目立つ…。
数字や鉄板物にこだわるのも理解できるが、専門家に的確なアドバイスをもらったり、食品の機能性を考えたりしながらコンディショニングをした方が明らかに効率的。「寒天はうまく使えるのに…」と思いながら話を聞くことが多い。
その中で、「牛乳寒天」は冷蔵庫で冷やすだけで簡単に作れて、たんぱく質+食物繊維が摂れる優れもの。おいしいし、後味もいいので、運動をする人との相性はいいだろう。
小腹満たし、≒補食として「さくさく寒天」もおもしろい。良質な脂質が摂れるナッツ類とサクサクの乾燥寒天がミックスされている。そのおいしさから手が止まらなくなるのが難点で、食べすぎには注意。
さくさく寒天は「健康機能性+おやつ」のトレンドにも乗っていて、少しでもコンディションを意識するならば、ポテトチップスなどの菓子と置き換えてより健康的な物を選択するのも手だ。
注目したいのは、伊那食品工業が力を入れているアガロオリゴ糖。「寒天水」は同品を原料としており、ほんの少しとろみがかった味わいは独特で、機能性飲料に近い。全競技で水分・エネルギー補給の手段として一考したい。
同社では過去、スポーツチームと組んで限定品を販売していたようだが、寒天の物性・機能性を加味した機能性ゼリー・飲料の需要はスポーツ分野で高いとみている。
スポーツ分野に特化した商品を数多く見てきたが、明確に「スポーツ向け」としていない商品(企業)でもマッチする物はたくさんある。寒天もその一つ。つまり、ほんの一部しか世にお目見えしていない、有用性に気づいていないということだ。
「実は…」という商品・成分を発掘し、紹介することがスポトリの役割だと考えている(編集長・ISSN-SNS)。