永続企画「ニュートリションな人々」。第15回は、管理栄養士の吉田敦子さんを紹介。
スポーツとはほとんど縁のなかった吉田さんは、自身の子供がスポーツをする時に提供された食べ物をきっかけにスポーツ栄養学の専門資格を取得。学生への講義やスポーツ選手、特にジュニア世代への食育に注力する。
現在は、地元である神奈川県海老名市で獲れる農産物と、食育やスポーツ栄養学を組み合わせながら、地域密着の活動をしている。
運動前のカレーパンに疑問、子供がスポーツ栄養との懸け橋に
編集部 スポーツ現場での経験を積み、国内の認定資格(公認スポーツ栄養士)を取得して活動を続けていらっしゃいます。
吉田敦子(以下、吉田) もともとは、大学卒業後に管理栄養士の資格を取得して、東京ガスが主催する料理教室の講師を務めていましたが、結婚を機に栄養の世界からは一時離れていました。
娘が生まれて育児にひと段落ついてからは、保健センターで病気予防の食事指導、子供の健康診断時に栄養アドバイス、離乳食教室と、管理栄養士の資格を生かした仕事をしていました。
ちょうどそのころ、娘の体形が少しぽっちゃりしてきたので、小学生のバレーボールチームに参加させたことからスポーツ(栄養)との接点ができたんです。
編集部 学生時代に運動歴はあったんですか?
吉田 ごくごく普通の部活動生でした。親になって、子供がスポーツに熱中し、選手としてだんだんと実力をつけていく過程を見ていると、やっぱり熱くなりますよね。他の親御さんたちと楽しみながら見守っていましたね(笑)。
編集部 お子さんの応援を熱心にする中で起きた“カレーパン事件”がスポーツ栄養の世界へ入るきっかけだったそうですね。
吉田 そうなんです。ある日の試合前にカレーパンが出されたことがあって。選手たちはみんな大好物ですから、喜んで食べていました。
ところが、(油っぽい)カレーパンを食べたのが影響したのか、試合になると選手たちのパフォーマンスが明らかに低下していました。動きが悪いから当然、指導者から雷が落ちるわけで、ますます動きが悪くなるという悪循環。そんな光景を目の当たりにしたんです。
編集部 試合前だと少し胃にもたれるというか、他に適している物はあるようにも思えますね。
吉田 そうですよね。その時に、「試合前に揚げ物のカレーパンを食べさせて本当に良かったのか?」とふと思いました。
同時に、「自分は管理栄養士の資格を持っているのに適切なアドバイスをしてあげられなかった」と、反省に近い感情が込み上げてきました。
ちょうど、スポーツ選手にとって適切な栄養があることを知った時期でもあったので、それならしっかり勉強をして、娘(選手)たちがパフォーマンスを発揮できるような栄養の知識を得られれば助けになるのではないかと考え、認定資格を取得することにしたんです。
編集部 得られた知識を娘さんやチームに生かすことができたんですか?
吉田 資格を取得するのにもある程度の期間が必要なので、娘が本格的にバレーボールをしていた時期(中学、高校)には間に合いませんでした。娘もケガに苦しんでいて、なかなか活躍できない状態でしたし。
資格を取得したころには、娘は大学生になり、バレーボールを離れてしまいました。タイミングはズレてしまいましたが、私はスポーツ栄養の世界へ、娘は高校時代にケガで苦しんだこともあって、理学療法士として働いています。
ジュニア世代への意識づけ、保護者の協力は不可欠
編集部 公認資格を取得した後の経歴を教えていただけますか?
吉田 スポーツ系の大学でアスレティックトレーナーをめざす学生に向けて、スポーツ栄養学の講義を担当していました。スポーツ系の専門学校でも同様に、学生にスポーツ栄養学の基礎を教えていました。
現場での指導は、ビーチバレーから始まってプロレベルの競技を見ていました。少し変わったところだとライフセービング。ライフセーバーはご存じの通り、人命救助にかかわる活動なので、体力の消耗が激しいんです。いざという時に動けるように日ごろの栄養摂取は非常に大切です。
世代でいえばジュニアの栄養指導が多く、講習会などでは親御さんへの啓発を続けています。
編集部 プロからジュニア世代までの現場経験をお持ちですが、やはりポイントになるのはジュニア世代からの意識づけでしょうか?
吉田 早くから栄養に目を向けることは大事です。健やかな成長には家庭での食事がカギになりますし、親御さんに対して正しい知識の伝達をすることで、お子さんの食意識は備わっていくものと考えています。
ある程度、人格形成されてから意識を高めるのはなかなか難しいですから、ジュニア世代から食と密接にかかわり、その意味を分かってもらえれば、あとあと楽なのではないでしょうか。お子さん(選手)の自立にもつながってくると思いますし。
編集部 ジュニア世代の親御さんへの講習を通じて、食育、スポーツ栄養学はどのように捉えられていますか? 浸透度といいますか。
吉田 子供の成長を願う気持ちが強いですから、すごく熱心に話を聞いていただいていますので、関心度の高い話題なんだと改めて感じますね。私もその一人だったので、気持ちはわかります(笑)。
今の時代、ネットを中心に情報があふれていて、親御さんも知識が得られる時代になってきました。ですから、大まかなことはわかっていらっしゃると思います。ただ、細かなところまで行き届いていない部分もあると感じています。
編集部 それはどんなことからみられますか?
吉田 例えば、「補食が必要だと思って、子供には毎回持たせているんですけど、体がぽっちゃりしてきちゃって…」と、相談を受けたことがあります。
多分、「いっぱい食べさせる」「エネルギー不足にならないように」という情報から来ているものだと思いますが、肝心の摂取量は子供に任せているということでした。必要以上に食べてしまっているので、体重が増えて困ってしまうのも無理はありません。
また、「動きが悪くなるから、揚げ物は何年も食べさせていません」という親御さんもいましたが、成長期のお子さんにエネルギー源を控えさせるのはもったいないと思うんです。
このことから、断片的な情報はあるものの、「なぜ」「どのくらい」「いつ」必要なのかまでは理解が及んでいないのかもしれません。情報が多すぎてどれが自分の子供に合っているのか、情報に引っ張られて良くない選択をしているのではないかと、危惧しています。
ですから、私が知り合った方々に対しては情報の是正をしながら、簡単にできる調理方法、食材の選択など、家庭でも取り入れやすい形でお伝えするようにしています。これは、東京ガス時代の経験が大きく役立っています。
編集部 スポーツをする人にとってもそうですが、栄養摂取に関してはパーソナルな部分があるので、その人に合った方法も考える必要があるのではないでしょうか?
吉田 そうだと思います。お子さんによっては、夜遅くまで練習をして夕飯が22時とか遅くなってしまうケースもあります。その時に、睡眠時間を削ってまで夕飯を無理やり食べさせるのではなく、練習後のエネルギー補給だけはして、翌朝にしっかり食事をさせた方が健康的です。
一人でも多くのお子さんが健康的に過ごせるように、私たち専門家が奥深くではないですけど、それぞれの生活スタイルを加味しながら指導・アドバイスできる環境を作っていく必要がありますね。
地元・海老名市の食材を使ってスポーツ栄養との融合を
編集部 スポーツと食に加えて、土地柄を踏まえた活動をしているようですね。
吉田 とても重要なジュニア世代に目を向けながら、海老名市の食材を上手に活用しつつ、スポーツにもつなげていけないかと模索しています。
編集部 海老名市は海にも山にも近く、食でいえば東名高速・海老名SAのメロンパンが頭に浮かびますが。
吉田 メロンパンだけではないんですよ(笑)。米作農家も多いですし、野菜などの食材も結構作られています。無農薬の米や果実など、こだわりを持って作っている農家を応援したい気持ちも強いので、食育、スポーツ栄養だけでなく、食材にもクローズアップした活動にも力を入れていきたいと思っています。
編集部 具体的にはどのような活動になるのでしょうか?
吉田 取り組みを進めるにあたって、考えに合った農家との関係性を作ることを始めています。ここが一番重要になってきますから。やはり、日本人なので米を食べてもらいたいのと、脈々と続く日本の食文化を大切にしていきたいと思っています。
米や地域野菜、和菓子、ぬか漬けの魅力を伝える講座をすでにおこなっていますので、海老名市内の学校、スポーツチームにお声がけして一緒に活動できるような体制を整えているところです。
編集部 スポーツ栄養の新しい形といえますね。
吉田 いろいろな専門家が地域の食材を使った取り組みをしていると思いますが、海老名市と縁ができて何か力になれればと思っていますし、実は食材の宝庫であることなどを知ってもらいたいですね。
活動を通じて、海老名産の食材で育った選手がもしトップレベルまで成長して、世界大会などで活躍した時に「やっぱり日本食はいいな」「海老名の食材はおいしいよね」と感じてもらえるようになれば最高ですよね。
※9月からスタートする、長野県の食とスポーツに焦点を当てた企画「長野県特集」では、長野県産食材がスポーツシーンでどのように活用できるのかを解説していただきます。
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