今回は、2019年に行われた世界ジュニアサーフィン選手権(米国・カリフォルニア)に帯同したときのお話をしたいと思います。

サーフィン選手にとって、海外での大会期間中の食事といえば、タコスとかピザ、ハンバーガーなどのファーストフードばかりであったことは前回述べた通りです。少ないサポートスタッフの中で、食料を確保することは大変で、とにかく「手っ取り早く手に入るもの」で済ませてしまっているということでした。スポーツニュートリショニストが取り組むジュニア選手の食環境整備として、これほどやりがいのある競技はないと感じたものです(笑)。

とはいえ、私たちがやるべきことに変わりはありません。日本の食事スタイル(3食を規則正しく)を遠征先においても踏襲してもらい、戦いの場であるビーチにおいては、ファーストフードではなく、おにぎりやサンドイッチ、あるいはバナナなど栄養に配慮した安全な補食の提供や水分補給に徹しただけです。

ビーチでは潤沢に食べ物が手に入るわけではありません。それこそ、ファーストフードにしか頼らざるを得ない環境でもあります。だからといって、スポーツニュートリショニストとのかかわりがない環境下においては、選手やコーチ陣に補食を準備もするということは大変な苦労だったと思いますし、ジュニア世代の選手に対して、自身で準備することまで求めるのはハードルが高すぎるともいえるでしょう。

ましてや、たとえ準備していたとしても砂浜には強い陽射しが容赦なく照り続けるため、食べ物も傷みやすい。したがって、衛生管理にも十分に配慮する必要があります。であれば、とりあえずタコスやピザで急場をしのぐという発想は頷けないわけでもありません。

そこで、私が取り組んだことは、食べ物、飲み物をクーラーボックスに入れ、温度管理を徹底し、その場、その場で選手のヒートの時間や体調に合わせて必要なものを取り出し、「今、このタイミングで!」と言って提供していくということでした。おそらくサーフィン界においては、ある意味、画期的な試みではなかったかと思います。

一方で、こんな後日談もあります。あるAという選手のマネジメント会社の方が「今回、松本先生が帯同してくれて一番印象に残ったことは何か?」と、A選手に尋ねたそうです。すると、「ヒートから上がってきたら、バナナとかおにぎりとかドリンクをくれた」と(笑)。

一般的な大人のイメージとしては、ニュートリショニストが、「バランス良くこういうものを食べなさい」、「こういうときにはこういう食事を心がけるべき」などといった模範的な栄養教育や最新のスポーツ栄養学についての講義をするのだと思っている。すなわち、理論的なことを選手に教育するために私が帯同していて、選手には、知識を学んでくることを期待されていたのでしょう。だから、子どもたちの答えには拍子抜けされていたようでした(笑)。でも、選手の言葉は言葉足らずですが、事実です。

この連載を第1回から読んでいただいたいる方々にはすでにご理解いただけていると思いますが、実はそれこそが私が自身の仕事として誇りをもって、最も広めていきたいと思っていたことです。なぜなら、いくら言葉で理解を求めても、実践が伴わなければ意味がなく、体感しなければ次の行動には移しにくいものです。

A選手はこのとき、ヒートの後には次に備えて、リカバリーをしっかりするために、補食をすぐに摂ることでパフォーマンスに影響が出るということを体感しました。そして、このことが心に残り、次からの試合では私が帯同しなくても、補食を用意しようと思ってくれるでしょう。スポーツ栄養は、実践力こそがものをいう世界なのです。

そういう意味において、サーフィン競技に「スポーツ栄養サポートとはこういうものである」ということを知ってもらい、選手の実践力をゼロから育んでいくうえでは、非常にフラットで肯定的な環境だったと思っています。これまでの慣習に左右されない高い順応力もあった。コーチ陣もスタッフも、私たちの役割にはとても理解があり、まさに最適な環境で仕事ができたといえるでしょう。

もしかするとサーフィン界こそ、スポーツニュートリショニストを最も活用してくれている、先進的な競技と自信をもっていえる日も、そう遠くないのではないかと思っています。

松本 恵(日本大学)

北海道札幌市生まれ。2004年 北海道大学大学院農学研究科応用生命科学博士課程後期修了。日本大学 体育学部 体育学科教授。管理栄養士。日本スポーツ協会公認 スポーツ栄養士。
大学では、陸上競技、柔道、トライアスロン、スキージャンプ選手などの栄養サポートに携わる。スポーツ貧血の改善・予防、試合時のコンディショニング・リカバリーなど幅広い研究をするとともに、ソチ・オリンピックではマルチサポート・ハウス ミール担当など多岐にわたり活動。