神戸女子大学・坂元美子先生による「Z世代におくるスポーツ栄養講座」。第10回は女子選手の三主徴(Female Athlete Triad:FAT)の一つ、「月経障害」がテーマ。
専門家たちは、対応を間違えると引退後や成人になってからも苦しめられる障害として警鐘を鳴らしている。選手、指導者、保護者が一体となって、月経に対する理解を深めると同時に、環境作りも進めていく必要がある。
Z世代:欧米で10~20歳を指す言葉として使われている。スポトリでは「成長世代」と同義と捉えて使用する。
女子選手特有の「月経障害」
FATのうちの一つ「月経障害」は、「利用可能エネルギー不足」や「骨障害」とは異なり、女子特有の生理現象からくるものなので、男子には起きないものです。
体重が軽ければ軽いほど有利になる競技や常に減量しないといけない競技の選手によくみられる症状です。また、スポーツをしていない成人の女性にも起こり得ることなので、注意点を押さえておきましょう。
競技のために女子選手が減量する場合、筋肉(除脂肪)量まで減らしてしまうと競技能力の低下につながってしまいますから、「まずは体脂肪を落とそう」という考え方の人も少なくないのではないでしょうか。ところが、女子には月経が訪れるので、単純に体脂肪を落とせばいいとはいえません。かえって悪影響を及ぼすことにもなります。
周期的な月経を迎えるには、正常な女性ホルモンの分泌が不可欠です。分泌を促すためにはある程度の体脂肪が必要になってきます(月経発来には体脂肪率17%以上、安定した月経の発来には22%以上)※)。減量を意識するあまり、必要な体脂肪までそぎ落としてしまうと、女性ホルモンの分泌に異常をきたし、月経障害の発症リスクが高まってきます。
また、女性ホルモンの分泌は精神状態に大きく影響される点もありますので、日常ですごく落ち込むような出来事があると、月経が遅れたり、止まったりすることもあります。
特に、スポーツを頑張っている女子選手は、「試合結果や自身のパフォーマンスに納得がいかない」、「高すぎる理想を求めるコーチング」、「合宿続きで落ち着けない」「指導者が頻繁に代わる」といった悩みの種がただでさえ多いうえに、毎日激しいトレーニングをするわけですから、心身でストレスを受けている状態といえるでしょう。
こうしたことから、ホルモンバランスが崩れて月経障害に陥るケースが多々見受けられます。
※) 松田貴雄, etal.: 競技種目別スポーツ障害と外傷の画像診断, 女性アスリート 無月経と拒食症のリスク画像診断, 28(8) 821-829 (2008)
月経障害にはいろいろな種類がある
月経障害にはいくつかのケースがあります。年齢的なものでいえば、通常なら12歳ごろに来る初経が10歳未満で起きてしまう「早発月経」、15歳になっても月経がない「遅発月経」、18歳になっても初経がない「原発性無月経」があります。
月経周期の異常としては、正常な周期(28日前後)よりも早く(24日以内に)月経が来る「頻発月経」、35日以上月経がない「希発月経」、基本的に90日以上月経がない「無月経」に分類されます。
正常なら1週間程度続く月経ですが、月経の持続日数の異常も挙げられます。8日以上月経が続く「過長月経」、反対に2日以内で月経が終わってしまう「過短月経」があります。他にも出血量が多かったり、少なかったり、出血時に血の塊が混じったりすることもあります。
最近では、月経開始に伴い、体に痛みが出て日常生活に支障をきたす「月経困難症」、月経開始前から不安やイライラなどに襲われ、心身に異常が出る「月経前症候群」も健康上の問題として挙げられています。
月経への意識が低くなりがちなスポーツ現場
今、女子のスポーツ現場では「痛みもないし、気持ちも楽だから、月経は来ない方がいい」と考えている選手が多いようです。とても悲しいことですね。月経が正常に来ないということは、明らかに良くないコンディションです。
この状態でいくらトレーニングをしても効果は上がりません。人間の本能を無視してまで競技をすることは決して健全とはいえず、引退した後の生活にもかかわってきます。心身ともに健康な状態で試合に出場し、結果を出す。これが「真のアスリート」なのではないでしょうか。
「月経はなくて当たり前」というのは完全に間違った考えです。選手自身が月経に関する正しい情報に接し、知識を得ていく必要があります。そして、私たちスポーツニュートリショニストはもちろん、親御さん、指導者ら選手・チームを取り巻く周囲も、月経への理解を深めて選手が間違った方向に行かないよう、協力しながら導いていくことが重要です。
月経の自己管理と指導者の理解
月経障害の予防に一番大切なのは、「基礎体温をつける」ことです。自身のホルモンバランス、周期を知ることにつながるからです。そして、正常な月経周期を迎えるためには、自分にとって理想的な体脂肪率も同時に把握しておきましょう(参考記事:体脂肪率の求め方)。
例えば、トップスポーツ選手、メディア露出の多い人が公表する体脂肪率にならって、無理な減量を行う選手もいるのですが、正解とはいえません。
それよりも、自分が最も良いパフォーマンスを出せた時、好結果を残した時、月経が正常にきている時の体脂肪量、体脂肪率を覚えておき、常に頭に入れて意識的にコントロールすることの方が大切です。
選手は体が重く感じたり、月経による痛みがあったりする場合、無理にトレーニングをしない選択をするのもありだと思います。むしろ、月経周期に合わせたトレーニングメニューを自分で考える、もしくは指導者に作成メニューを提案することも必要になってきます。それくらい、自己管理を徹底すべきことだと考えます。
月経に関しては、指導者側の理解も求められます。選手が「今日は月経で体調が悪いので、練習を休みたい」と指導者に伝えると、「まだ月経なのか!」「トレーニングが足りていないんじゃないか!」と、逆に叱責されるという話をよく聞きます。FATを理解していませんし、選手とコミュニケーションが取れていない指導者ということになりますね。一昔前と比べれば少なくなってはいますが、いまだにこのような”パワハラ”指導が行われている現場があるのも事実です。
月経は、女子選手にとっては当たり前の生理現象です。指導者側は、選手がいつでも月経の悩みや相談を打ち明けられるような環境を作ってあげてほしいものです。
月経障害が起きてしまったらすぐに婦人科へ
月経障害は前回お話しした摂食障害と同様、「病気」です。症状が出たら専門医の診察を受けて治療しなければなりません。
月経障害の専門は婦人科なので、思春期の女子選手にとって行きづらい所ですし、気が引けるかと思います。しかし、「一時の恥」という言葉もあります。症状を放置し、治療が遅れて大事な試合に出られなくなっては本末転倒です。選手生命を脅かす事態にもなり得ます。もし、症状が出ても適切に対応すれば、それだけ復帰も早くなるのです。
そして何より、女子選手は引退後も月経と向き合って生きていくのです。月経障害の治療を疎かにすると、女性らしく生きていくための大きな障害に発展する恐れもありますから、軽く考えず真剣に受け止めましょう。
FATで重要なのは「常に予防を心がけること」「症状が出たら病院へ行く」。これにつきます。月経障害の場合、月経周期、ベストな体脂肪率の把握、指導者側の理解、周囲の気づきなど、選手のコンディションを安定に保つためには、問題の共通認識をもって当たることが好成績に結びつく要因につながるのではないかと思っています。
坂元 美子(神戸女子大学) 文・構成:編集部
神戸女子大学卒業後、仰木彬監督、イチローが在籍するオリックス・ブルーウェーブ(当時)の栄養サポートを担当。在任中に球団の栄養サポート体制を構築、日本シリーズ制覇も経験した。その後、スポーツ系専門学校を経て母校に戻り、健康スポーツ栄養学科で教べんを執る。
特に、サッカー・野球の栄養指導・サポートに定評があり、強豪校での指導経験が豊富。企業との共同研究、スポーツサプリメント開発を手掛けるなど、活動の幅は広い。プロのスポーツ現場で雇用された管理栄養士の先駆け。