ラグビー・リーグワンのサントリーや日本代表で活躍してきた大久保直弥氏は、いくつかの競技を経て、自分に合ったラグビーと出会い、トップレベルにまで到達した。

前編では、新しい競技に挑戦するたびに0からスタートをしながらも、一線級の活躍ができた理由を探った。

現役生活を終えて指導者に転身してからは、築いてきたキャリアで得た知識・経験を生かしながら、多くのチームをコーチ・指揮。サントリー監督時代にはチームを日本選手権優勝に導くなど手腕を発揮した。

そして昨夏、日本代表の底上げに重要な世代となるU20の日本代表HCに就任、新たな挑戦が始まっている。

後編では、大久保HCの指導哲学、「自分も成長したい」と意気込むU20日本代表の将来へ向けた思いなどを聞いた。

前編:複数の競技で活躍した大久保HCのキャリア振り返り


大久保 直弥 U20日本代表HC
1975年9月27日 神奈川県川崎市生まれ

<選手歴>
南大師中/野球 → 法政二高/バレーボール → 法政大学/ラグビー → サントリー(1998-2003) → ニュージーランドNPC(2004) → サントリー(2005-2008) 日本代表キャップ:23

<指導歴>
サントリー/コーチ・HC(2010-2015)→ NTTコミュニケーションズ/コーチ(2015-2018)→ サンウルブズ/コーチ・HC(2018-2020)→ ヤマハ発動機/HC(2021)→ 静岡ブルーレヴズ/コーチ(2021-2022)→ U20日本代表/HC(2023-)

名将・エディーの下で〝ハードな修行〟の日々

編集部 リーグワンや世界の舞台で選手として活躍された後、指導者へ転身されました。

大久保HC 実は、引退後の1年間は実家の豆腐店を手伝っていたんです。人生で初めて、スポーツと離れた生活をしていました。

結果的にいえば、1年間空いたことがいろいろなことを考えるきっかけになりましたね。実家の仕事を通じて一般社会と交わり、ラグビーを一歩引いた目線で捉えることもできました。

編集部 1年後にコーチとして古巣へ帰還することになりました。

大久保HC 当時、エディー(・ジョーンズ)がサントリーの監督を務めていました。エディーは、僕がサントリーに入団した時からコーチとして在籍していて、指導も受けていたので、彼のラグビーをよく理解していました。

編集部 師匠と弟子の間柄だったんですね。

大久保HC そういう考え方は好きじゃないんですけどね…。選手と監督から、コーチと監督という関係性に変わるんですけど、まぁ、彼の下でチームを強化するために馬車馬のように働きましたよ。それこそ10年分くらい(笑)。エディーが日本代表HCに就任するタイミングで、チームを引き継いで監督を務めました。

編集部 日本代表のレベルを一段引き上げたエディー氏ですが、どのように映っていますか?

大久保HC エディーはもともと学校の先生をしていたので厳格なんです。選手やコーチ陣に求められるタスクレベルは高いし、プレッシャーも大きい。

ずっとラグビーのことを考えていて、睡眠時間もわずか。いいアイデアが浮かんだら、即実行。見ている世界がまるで違うんだなと思いました。

一緒に仕事をする身としては大変でしたけど(笑)、その分学んだことは多いです。厳しい態度も、「チームを勝たせたい」という一心からきているのはわかっていましたし、自分でもものすごく努力をする人なので、みんながついて行ったんだと思います。

ラグビーはメンタルの上に戦術や技術がある

編集部 競技に長く携わっていますが、HCのラグビー観を教えてください。

大久保HC ラグビーは、F1のようにスピードを感じる場面もあれば、パリ・ダカールラリーのように泥臭く、険しいコースを走るような要素もあります。ち密な部分(技術・戦術)ももちろんありますが、メンタルがモノをいう競技だと思っています。

いろいろなチームを分析してきましたが、各国のスタイル・戦術・技術はほぼ似ていて、差もそれほど感じられません。だから、指導・強化をする上でどこに目を向けるかを考える必要があります。

楕円形のボールはどこに転ぶかわからないし、自分が思うようにプレーできるとは限らない。理不尽なことが多々起きるのがラグビーです。プレー中に起きる理不尽に対して、選手たちはどのように対応すればいいのか。ここは大切なポイントとしてみています。

編集部 技術や戦術以上に、内面の成長がより求められるということですか?

大久保HC マインドセット(物事の考え方)、理不尽への耐性など、土台となるメンタルの上に知識(戦術)や技術を乗っけていく。僕が現役の時もそうでしたし、今もそれは同じ。ラグビーに不変的に求められるものだと思いますね。

ラグビーにおいて技術はとても大切です。でも、技術の高い選手ばかり集めても、チームはいっさい回らないんです。面白いチームにはなりますけど。

経験則からいえば、1人得点できる選手がいて、あとは体を張れる献身的なプレーをする選手を集めた方が強い。試合では、一人で対応できる(物理的・心理的)プレッシャーの大きさではないですから。

編集部 世界と戦う時、内面の差は出てくるものなのでしょうか。

大久保HC どんなスポーツでもいえるかもしれませんが、高校・大学とうまい選手は、周囲からチヤホヤされ、厳しいことも言われず、野放し…みたいなことってよく聞きますよね。内面が足りていなくても技術だけは高いから、プレーも派手だし、注目もされる。

でも、そんな状況で育った選手に限って、国内では通用しても、よりプレッシャーが大きくなる局面ではショボンとしてしまう。何人も見てきましたよ。

技術は大切。でも、内面・メンタルがしっかりしていること。世界で戦う必須条件といえますし、足りないことがあるならば、指導者がキチッと指摘してあげなければいけない。

対話を通じて「言葉にする力」を引き出す

編集部 内面もそうですが、選手自身の弱点を克服してもらうために、指導者はどのように接する必要があると考えていますか?

大久保HC 例えば、10歳代の時からメンタルの弱さがあって、それが活躍できない原因になっているとします。

課題が見えているのであれば、本人が言語化し、どのように対応させるかを指導陣がしっかりサポートしてあげる。そうした環境を早いうちに提供してあげられたら、結果が変わるかもしれないし、違う成長の形があるのではないかと思います。

編集部 言葉にするのは難しい面もありますよね。自身が理解していないとできないことですし。

大久保HC そう。だから、僕の場合(プロ選手の指導時)は選手たちに繰り返し理由を聞くようにしていました。「今のプレーはなぜそうなった?」「何で〝逃げた〟?」とかね。ただし、全員の前では質しません。あくまで1対1で向き合い、課題をクリアするために一緒に考える。

最初のうちは選手たちも、「あー、うー」としか言葉が出てこない。仕方ないですけどね。でも、選手たちと対話を続けていくと、リアクションがどんどん良くなって、少しずつ言葉にできるようになっていくんです。

これは、改善されてきている、本人も手応えを感じている兆候です。そんな時に選手たちは一番伸びる。

言葉でしっかり表現できるようになれば、理解できているということなので、同じような課題、新たな問題が起きた時に「こうすればいいんだ」という引き出しになってきます。

僕も経験しましたが、選手たちは必ず壁にぶつかります。それがいつになるのか、その時が来たら乗り越えられるのか。そこを見極めながら、プレー面はもちろん、「なぜ」と向き合える能力、きちんと伝えられる能力も伸ばしてあげたい。

編集部 選手たちとの対話をとても大切にされているんですね。

大久保HC 選手たちとコミュニケーションを密にしますけど、決して自分の考えを押しつけるようなことはしません。どうしても、経験、語彙力などから、指導者の言葉の方が強くなってしまいますからね。そこは気を使うところです。

ラグビーでも教え過ぎちゃっている部分はあると思うんです。答えを与えたら、考えることをやめてしまうし、考える習慣も身につかない。

編集部 バレーボール時代に受けた馬場信親監督の指導が生きている感じです。

大久保HC まさにそうですよ。「じっと我慢する」「教え過ぎない」。ラグビーには答えがあると思っていないし、広い視野で選手たちと接したいんです。

編集部 言葉にする力。選手の成長に必要とのことですが、実戦でも問われる能力なのでしょうか?

大久保HC 大いに関係があります。例えば試合中、カバーできていない所がある、失点につながる場面があるなど、多くの問題が発生します。この問題に気づいた時、どう解決するかを考えた時に、他の14人にもしっかり伝える(共有する)必要があります。

伝え方や言葉の強弱はありますけど、トップレベルの選手、経験のある選手は、言葉にする能力や周りの選手を使うことに長けているんですよ。

一人で対応できなければ、周囲の選手に助けを求める。そうなれば、自分も良くなるし、チームも良くなっていく。ラグビーは1人ではできませんから。

「メチャクチャ楽しい」若い選手たちへの指導

編集部 現在指揮するU20日本代表に話題を移します。ワールドラグビーU20トロフィー2024(7月2日~7月12日@スコットランド)に向けて、伸び盛りの選手たちと向き合うことになりました。

大久保HC これまで数百人にも上るプロ選手を相手に仕事をしてきましたが、若い世代の指導は初めてです。自分も勉強しながら成長していきたいですし、ラグビーを教える以上に必要な要素がたくさんあるので、メチャクチャ楽しいですよ。

今まで培ってきた経験とU20の育成をどう紐づけるかを考えた時に、肌感覚としてノウハウが通じないなというのは一方であります。

編集部 それでも「初めてでも前に進んでいく」というのはある意味、HCがキャリアを通じておこなってきました。

大久保HC そうですね。U20の選手たちと向き合うにあたって、まずペンタゴン(五角形)チャートを作って、一人一人の現時点での能力を視覚化しました。それを選手たちに渡しています。

チャートは、測定可能な評価「スピード」「パワー」、データでは測れない客観的な評価「技術」「タフさ」「アダプタビリティ(適応力)」で構成されています。

選手たちには、チャートから自分の能力がどのくらいなのかを知ってもらいつつ、「この先、世界で戦いたいのならここを伸ばしていこうね」みたいな対話から始めています。

編集部 能力の視覚化はすごくわかりやすいですね。

大久保HC チャートは、U20の選手だからこそわかってもらいたいというのもあります。経験を積んでいくとだんだん自分の型ができてきますし、固まったスタイルを変えるとなると大変な作業になります。

でも、若い選手たちであれば、まだ型にはまっていないし、五角形を意識しながら日々を過ごしてもらえれば、先に導けると思っています。

編集部 適応力の項目があるのも特徴的です。

大久保HC 代表に集まってくる選手たちはそれぞれ、チームや土壌が違うわけです。しかも、代表で集まれる時間というのは限られています。それでも、すぐにチームにフィットできるか。将来、世界で戦う時になっても、ここは求められる能力でもあるんですよ。

編集部 「自分を見つめてほしい」というメッセージとも受け取れます。

大久保HC 僕も経験しましたが、ワールドカップとか厳しい試合の中で、一人ではどうしようもないことがあります。そんな環境に置かれた時、自分がどう感じるか。僕は現役時代、そこで感じたことを競技に生かしていた部分もあります。

U20の代表合宿では、格上の社会人チームにお願いして相手をしてもらっています。その中で選手たちには「まずはやってみな」と。おそらく太刀打ちできないでしょう。

それで、フィジカルで勝てなければ、「自分の体は戦うレベルになっていない。だから、もっとウェイトをやらなきゃ」って感じてもらえればいい。

スピードで歯が立たない、抜かれてしまう。その時に、他の選手にどうサポートしてもらうかを考えたり、学んだりしてもらえればいい。

経験、学びを得る機会を作ることで、選手たちの成長に少しでもつながってくれればという思いです。

知識を活用できる「知恵」を持つ選手になってほしい

編集部 U20の選手たちの体づくりについても触れたいのですが、どのように考えていますか?

大久保HC ニュートリションでいえば、リーチ(・マイケル)。彼をよく知っているんですけど、大学時代はガリガリに痩せていたんですよ。その理由は、走り過ぎ、トレーニング強度の不足、それに筋肉の素になる栄養摂取の問題というのがありました。

その後、彼は改善・克服して、日本代表には欠かせない選手になりました。つまり、世界と戦う上で食事とトレーニングに目を向けるのは当たり前。そこに意識が向いていない選手は戦えないということになります。

だから、トロフィー大会に向けた強化合宿では、「セットピース(リスタート時のセットプレー)」に加え、「ウェイトトレーニング」「食事」にも重点を置くことにしていて、特にFWの選手には「筋肉量2kg増」を目指してもらおうと思っています。

編集部 「何を食べるか」は、選手たちも気になる部分ではあると思います。HCがラグビーを始めたころと比較して、栄養の情報はどんどんアップデートされています。その点から、どのように捉えていますか?

大久保HC 食事もトレーニングの一環と考えれば必要ですし、知識や情報も持っていた方がいいんですが、要は使い方ですよね。

僕は、「知恵のある選手」に育ってもらいたいと思っているんですよ。知識と知恵は混同されがちですが、得られた知識や経験を上手に実践できるのが知恵のある選手。

トップリーグなんて、ハードな試合が年間20~25試合ありますし、ラグビーの選手寿命も長くなっている。キャリア全体を通して、「自分の体に何が必要か」「試合後に何を食べるか(飲むか)」「自分に合っているか」などを見極めることがとても重要。「あれいいよ、これいいよ」って言われて、すぐに飛びついて実践するようでは…。

もっといえば、海外に行くと、何でも手に入るとは限りません。食環境が変わっても、知識を使って自分に必要な物を探す知恵が必要になってきます。

編集部 HCから見て「知恵のある選手」はいましたか?

大久保HC サントリーのコーチ時代、チームにオーストラリア代表(111キャップ)のジョージ・スミスがいました。彼は、ラグビー選手っぽくない体格で、何でも食べるし、試合の後はビールも浴びるように飲む。ただ、練習はものすごくハードにやる。

僕は究極、それでいいんじゃないかと思うんですよね。「ん!?」と思うところがあるかもしれませんが、彼は得られた知識や経験から、最もパフォーマンスが発揮できる方法を選択して、結果も残しているわけですからね。彼は知恵のある選手といえると思いますよ。

今の時代、情報はいくらでも入ってきますし、真偽不明の情報に振り回されてしまうこともあるかもしれません。だからなおのこと、自分の体と対話をしながら、食事・栄養摂取、トレーニングを考えてもらいたいですね。

27、31年ラグビーワールドカップにつながるU20日本代表を

編集部 HCのタスクとして、トロフィー大会での結果も求められています。

大久保HC もちろん、試合で勝つことを目標として置いています。ただ、勝つことが必ずしも成長につながるとも思っていません。U20の世代が27年、31年のワールドカップで主力を務められるようなビジョンも持っておく必要があると常に思っています。

編集部 HCともつながりの深いエディー氏が日本代表HCに復帰されました。連携も取りやすいのではないですか?

大久保HC エディーが復帰したんでね。サントリー時代のような重労働はもう…(笑)。それは冗談として、これまで代表とアンダー世代のつながりが何となく薄いなとは感じていました。

今は、僕がU20のメンバー選考をしていますが、今後日本代表とのコミュニケーションが出てきて、エディーの考える代表チームのコンセプトに合う選手、必要とする選手などが共有できれば、僕としても育成しやすい。強化する上で、上下世代の一貫性というのはあって然るべきですよね。

何よりU20で頑張れば、その先の代表も見えてくる。こういう流れがあると、選手たちにとって大きなモチベーションにもなってきます。

これまでのU20日本代表の指導・育成レビューを見てみると、「指導陣と選手のズレ」が課題として挙がっていました。この課題を踏まえ、変に選手たちを大人扱いすることなく、将来につながるようなチームづくりを進めていきたいと考えています。(取材裏話

U20日本代表の動向

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