2020年12月13日、WBO女子世界スーパーフライ級タイトルマッチ(10回戦)が行われ、東洋太平洋&日本女子バンタム級王者の奥田朋子(ミツキボクシングジム)が、チャンピオン・吉田実代を破り、王座に就いた。
日本、東洋太平洋のタイトル2冠を達成してから約1年。同世代の女性に向けて年齢関係なくできることを証明し、自分の生きざまをリングで表現する奥田が、実力、自信をさらに上積みして世界の頂点に立った。
古武術で体の使い方を「最適化」
コロナ禍で揺れた2020年、ボクシング界も大きな影響を受けた。3月以降、試合はすべて中止になり、無観客での試合が可能になったのが7月。10月以降もPCR検査で陽性が認められた場合、試合が即中止になるなど厳しい措置がとられた。いつもなら当たり前にできたことできない環境になったが、選手たちは感染予防に努めつつ、頂点を目指して日々努力を続けた。
「普通ではない状況になってしまったので、試合を運営する側はものすごく気を使ったと思います。その中でも試合ができたことはありがたかったですね」と、奥田はボクシング関係者の努力への感謝を口にした。世界タイトル戦に臨む奥田と対戦相手は念のため、2週間前、5日前、計量当日と3度のPCR検査を行い、健康面、安全面で万全を期した。
世界タイトル戦までの臨戦過程について、奥田は「実はそれほどコロナの影響は受けませんでした。厳しい時期はジムに行くことができませんでしたし、集まって練習をするのもどうかと思って控えていました。ただ、一人でできる練習はあるので、結果的にこれまで通りのトレーニングが詰めました」と語る。
練習では力を出せても、試合になると緊張してしまう――大事なところで力を発揮できない自分を変えようと、学生時代から取り組み始めたメンタルトレーニングは続けている。今の奥田があるのもメンタル強化の賜物といっても過言ではない。
自分の向上につながることを求め、常にアンテナを張っている奥田は今回、古武術を本格的に取り入れることにした。古武術は、桑田真澄氏(読売ジャイアンツ1軍投手チーフコーチ補佐)が現役時代、投球フォームやトレーニングに取り入れて結果を残したことで話題になった。
体の使い方を最適化・効率化が期待できる古武術を体得することで、「小さな力で大きなパワーを生み出す」「余計な動きを少なくし、エネルギー消費を抑える」。奥田はこの2点を求めた。
実は、前回の試合(2冠タイトル戦)前に取り組み始めたが、期間が短くて効果測定ができなかった。古武術に触れて1年以上経った今回の試合で、明らかな効果が認められたようだ。
奥田は、「初動(パンチの打ち初め)がわかりにくいため、相手が反応できず、明らかにパンチが当たりやすくなったと感じました。試合後の筋肉痛も軽かったので、疲労感もなくダメージは最小限。バッチリでしたね」と、効果を実感する。
2冠タイトル戦では、食のコンディショニングに努めて結果を残した奥田だが、今回は体の使い方を工夫してのタイトル奪取。来たる防衛戦に向けて、自分をさらに高めてくれる何かをすでに見つけているに違いない。
同僚のリベンジを果たした世界タイトル戦
初めての世界タイトル戦で見事勝利した奥田。日々の努力が成果に結びついたことはいうまでもないが、大きな力となった人物が2人いる。ミツキジム会長代行でプロモーターの春木博志氏と、スーパーバンタム級・フェザー級の河村真吾選手だ。
春木氏は、対戦相手を探していた前世界王者陣営と交渉し、今回の試合を実現させた。河村選手は過去に、全日本フェザー級新人王を獲得したことのあるプロ歴10年のベテラン。
世界タイトル戦に臨むにあたり、諸事情でセコンドにつけない春木氏に代わり、河村選手がセコンド入りすることになり、奥田のトレーニング面も含めて試合当日まで全面サポートすることになった。
奥田と河村選手は日ごろから一緒に練習している仲間。選手の心を理解し、プロボクサーの先輩で経験豊富な河村選手のサポートは奥田にとって心強かった。奥田は、「気心が知れた仲なので、思っていることをぶつけやすいというか。河村君はやりづらかったかもしれませんが(笑)。ボクサー同士、通じる物があるのでやりやすかったですね」と話す。
今回の試合は、本来のバンタム級から階級を一つ下げることになり、減量の不安があった。減量は作業と捉えているため、奥田にとって苦ではない。ただ、今回は通常よりもさらに1.4kg減らすことになり、話が違った。それでも、河村選手から受けた「しっかり食べて減量しましょう」のアドバイスで、無理のない減量に成功。見事計量をクリアした。
「いろいろと効果的なアドバイスをもらって助かりました」と奥田がたたえれば、河村選手は「練習でも試合でも、自分が定めたことをきっちり遂行できる」と評価する。互いに過ごした時間が信頼関係を深めていった。
今回初の世界タイトル戦とはいえ、奥田が勝ちにこだわる理由があった。王座に就く1カ月以上前、“トレーナー”の河村選手が一足先に東洋太平洋タイトルマッチに挑むも惜敗。河村選手の相手と試合を控える奥田の相手が同門ともあって、さながらリベンジマッチの様相を呈した。
河村選手のサポート、古武術による体さばきと消費効率の向上、メンタルトレによる平常心で臨んだ奥田は、「体が軽くて、緊張もせず、力を出せたと思います。序盤は少し動きが硬かったんですが、それは十分に体が温まっていなかったから。すぐにダウンを奪えたので、勢いに乗れました」と、試合を振り返った。“セコンド”の河村選手も「相手が予想通りの動きをしてきたこと、奥田選手との動きに違いがあったことから、かなり早い段階で勝ちを意識しましたね」と、分析する。
試合は、奥田の負傷により6Rで中断されたが、終始優勢に進めた奥田が判定勝ちを収めた。「相手選手が対戦したかったのは外国人選手と聞いている。来日が難しい状況だったため、私に出番が回ってきた」と話す通り、今回に限ってはコロナ禍によってめぐってきた運も味方した。それでも、初世界戦でタイトル奪取という結果が色あせることはない。
奥田を全面サポートした河村選手は試合後、「ただただ勝ってうれしかった。でも、すぐに戦いたくなりましたね。今度は自分の番ですよ」と、奥田の活躍に触発され、自身のタイトル奪取を誓った。
大舞台で発揮する「自信力」が花開く
春木氏は、世界の頂点に立った奥田の強さの秘訣について「体の強さ」と「自信力」を挙げる。体の強さが土台にあって、それに体力、スピード、相手との距離感、気持ちの強さが乗って「自信」に変わり、この「自信力」が選手本来の強さの源になる。多くの選手を育ててきた春木氏はこのように見ている。
奥田も長い間、柔道で培った体の強さ、トレーニングによって培った体力、スピード、相手との距離感、メンタルトレで培った気持ちの強さ、そして多くの大きな試合を経験して培った自信力。これが、奥田のこれまでの人生に積み重なって花開き、世界王者へと導いた。
春木氏は「年末年始、ゴールデンウィーク、お盆と休まず練習したことでモチベーションが維持され、すべてにおいてパワーアップしました。年齢的な肉体の衰えも全く見られませんし、むしろまだまだ伸びしろはあります」と、これからの活躍に大きな期待を寄せる。
次戦はおそらく前王者とのリターンマッチになる。前王者もチャンピオンベルトを奪い返すため、必死で挑んでくるはずだ。春木氏は「前王者との防衛戦をクリアすれば、海外での試合も含めて強い相手との対戦も現実味が帯びてくる。どの相手でもどんな試合でも結果を残して、実力を証明してもらいたいですね」と語れば、奥田も「コロナ禍でどうなるかわかりませんが、試合が決まったら全力で臨むだけです」と意気込む。
「30歳を過ぎても、全力でできることを同年代の女性に証明したい」と、ボクシングを通じてメッセージを送り続ける奥田。衰えるどころか進化を続けている。人の心を揺さぶるのに男女は関係ない。リングで生き様を見せつけ、結果を出す。奥田の戦いぶりを見て勇気づけられる人も少なくないはずだ。
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