世界では当たり前の「マルチスポーツ」

「マルチスポーツ」とは、一つの種目に特化してスポーツを実施するのではなく、複数の種目を並行もしくは、時期を分けながら行うスポーツ実施の形態を言います。例えば、シーズンごとに行うスポーツ種目を変えるのもマルチスポーツの形態の一つです。

近年、子どものスポーツ実施に関しては「マルチスポーツで行う方が良いのではないか」といった検討がなされています。このような検討は、我が国では新しい発想のような感じを受けますが、世界的に見ればごく当たり前のスポーツ実施形態とも言えます。

日本では、一つのことをやり遂げるのが美徳というような考えが古くから存在していますが、海外ではこのような考えはあまりなく、小さい頃はいろんなことをした方が良いというのが一般的な考え方です。

それによって、いろんな体の動き方も経験することができますし、指導の方法や練習方法、トレーニング方法に関しても、種目や指導者によって様々であることを考えれば、子どもの頃のマルチスポーツ体験がいろんな意味で子ども自身の幅を広げることにつながるし、人間的な成長を促すことにもつながるというのは当然ではないでしょうか。

つまり、グローバルスタンダードはマルチスポーツなのです。

マルチスポーツをめぐる海外の事例

海外では、子ども達が複数のスポーツ種目を行うのは普通のことです。例えば、スポーツ大国・アメリカでは、サマーシーズンとウィンターシーズンに分けて子ども達はスポーツを実施していることが多いです。サマーシーズンでは野球やバレーボールなど、ウィンターシーズンではバスケットボールやアメリカンフットボールなどを行います。

実際に、私が2010年から2011年にかけて在外研究員として1年間アメリカに滞在していた時に知り合った、現地在住の日本人家族の子ども達は、夏に野球、冬にバスケットボールをしていました。そして、その場で会う顔ぶれは同じ子もいれば、夏は違うスポーツをやっていて、冬はバスケットボールで一緒になるなんていう子もいましたが、子ども達はそんなことはお構いなしで、楽しくスポーツを行っていました。

そして、日本的にいえば1年の半分しかそのスポーツをやっていないにもかかわらず、彼らは十分にうまく、しかも楽しむことができていました。他にもシーズン制でスポーツを行っている国は多くあります。

また、ドイツのように学校部活動は存在せずに、国民の多くが地域クラブでマルチスポーツを実施する国もあります。ドイツ方式は、我が国でも総合型スポーツクラブの育成が推し進められていたときに有名になりましたが、多種目多世代型で運営され、生涯を通して参加が可能な形はある意味ではスポーツ実施の理想と言えるかもしれません。

残念ながら、総合型スポーツクラブに関しては、思うように日本には根付いていませんが、マルチスポーツに関しては少しずつ取り入れられてきており、最近は学校部活動でもマルチスポーツを大前提とする部活動もあり、大変人気があると聞いています。

データから見るマルチスポーツの優位性

さて、ここからはマルチスポーツ実施のメリットについて少し紹介したいと思います。

最初に紹介するのは、高校時代における単一競技実施群と複数の競技実施群でのスポーツ傷害発生状況を比較した研究1)です。結果として、一つのスポーツに特化してスポーツを実施していた群の傷害発生率が高くなっていることを示しています。また、特にチームスポーツにおいて、その傾向が顕著になることも示されています(図1)

図1 単一・複数競技歴によるケガの発症率比較
(文献2より改変)

次に、筆者が収集したデータを紹介します。ご存知かと思いますが、近年、学校部活動の地域移行化が進められています。背景には教員の働き方改革もありますが、これを機に様々な改革が試みられているのも事実です。

その中の一例に小学校部活動の改革を行った市があります。この市では、従来から小学校の部活動が盛んに行われていたのですが、これを地域移行するのと同時に、週に3種目の部活動に参加することが可能な実施形態へと改革しました。まさに、マルチスポーツです。

そこで、この市で部活動を実施している児童3446名を対象(有効回答:2159名)に、実施種目数と体力や運動嗜好、運動時間、睡眠習慣などを調査してみました。

まず体力との関係ですが、図2にあるように、マルチスポーツを実施している児童の方が自らの体力を高く評価しています。さらに運動嗜好に関しても、運動が好きな児童ほど、マルチスポーツを選択していることがわかります(図3)

図2 実施種目数による体力x22自己評価の違い
図3 実施種目数による運動好きの違い

また、運動時間との関係では、平日に関しては当然、マルチスポーツの児童の方が有意に長かったです。ここで、注目すべきは「週末」です。週末に学校部活動は実施されていませんが、平日にマルチスポーツを実施している児童の方が週末も運動時間が長くなっていました(図4)。つまり、部活動のない日であっても多くのスポーツに親しんでいる児童の方が主体的にスポーツに参加している可能性が考えられます。

図4 実施種目数による運動時間の違い

続いて、マルチスポーツと睡眠の状況を検討してみました。図5に示したように、いずれの学年においても平日、学校がある日の就寝時刻はマルチスポーツを実施している児童で早くなっていました。

結果的に睡眠時間に関しても、マルチスポーツを実施している児童の方が良好なことが確認されており、特に、4、5年生では3種目実施の児童で平日の平均睡眠時間が7時間未満の児童は一人もいませんでした。同様に6年生においても3種目実施の児童で平日の平均睡眠時間が6時間未満の児童は一人もいませんでした。

図5 実施種目数による平日の就寝時刻の違い

まとめ

このように、マルチスポーツは子どもの運動発達や人間的成長が期待できることはもちろん、実際に体力や運動時間、生活習慣、そして怪我の発生といった点においても良好に作用していることが示唆されます。

一方で、競技力は同じ種目を継続した方が良いのではという声も聞こえてきそうですが、実はそんなことはありません。確かに早期専門化により早い段階で良い成果を生むことはあるかもしれませんが、ある意味ではその点は我が国の弱点であるとも言えます。

早期専門化による怪我のリスクの高まりや、創造性、他の競技への応用性の欠如などの問題も指摘されています。海外では、運動動作やスキルの転移という発想がありますが、この点もシングルスポーツが中心の日本では出てきづらい環境にあるように思います。

事実、海外を始め、最近はトップアスリート達が若い頃はマルチスポーツを実施していたことも明らかになっています。世界的なバスケットボールのスーパースター、レブロン・ジェームス選手は、高校までバスケットボールとアメリカンフットボールを両方やっていて、どちらのスポーツで大学に進むかを迷ったといいます。

女子サッカーのレジェンドで、アメリカ代表で活躍したアビー・ワンバック選手は、高校時代にバスケットボールで全米に名をとどろかせていました。このように、競技力の面でも、必ずしも一つのことをやり続けることが近道とは限りません。

何よりも、様々なスポーツの楽しみを知り、それを実施していく中で子ども達には成長していって欲しいと思いますし、少しでも多くの選択肢を子どもに与えてあげるのも我々大人の大切な役割であると思います。(中野貴博)

【参考・引用文献】
1) 大山高 : マルチスポーツを科学する, 青娥書房 (2023)
2) Y. Nagano T. Oyama : Early Sport Specialization Trends and Injuries in Former High School Athletes Specialized in Sports., Open Access Journal of Sports Medicine, 7(14) 1-7 (2023)

中野貴博(中京大学 スポーツ科学部 教授)

体力向上、活動的生活習慣から子どものスポーツ学を研究する第一人者。スポーツ庁や地方行政などと協力しながら、子どもの運動環境の改善、社会の仕組みを変えようと尽力。子どもとスポーツを多角的に捉えた論文も多数発表している。