先日閉幕したパリオリンピックでは、日本代表選手らの目覚ましい活躍に加え、ブレイキンなど新種目も注目された。2028年ロスオリンピックで、野球・ソフトボール、クリケットなどが復活し、フラッグフットボール(タックルのないアメリカンフットボール)が新たに加わる。
国際オリンピック委員会など運営母体の性質に極めて大きな疑問符はつくものの、新たな競技の魅力を発信・発見する場として、オリンピックはまだ機能している。
そして、2032年ブリスベン(オーストラリア)オリンピックに向けて、新競技採用の検討が始まっている中、日本でも徐々に広がりを見せる競技がある。テックボールだ。
現在、世界レベルで戦える選手でありながら、日本テックボール協会(JTF)会長として普及を進める早稲昭範(WASSE)さんに、競技の魅力や2032年に向けた活動などについて聞いた。
複数の競技を融合したテックボール、その世界的な動き
テックボールは、「最大3回までに相手へ返球」「手・腕のボールコントロール不可」など、卓球・サッカー・バレーボールの要素を組み合わせた、ハンガリー発祥のスポーツ(動画:競技の説明)。
2012年に競技化構想が持ち上がり、2014年に「テックテーブル」が完成、2017年に国際テックボール連盟(FITEQ)とJTFが同時に設立されて普及活動はスタートした。
誕生から10年足らずの競技ではあるものの、世界での普及速度はすさまじい。2024年現在、すでに160カ国以上にテックボールが伝播し、そのうち80カ国以上で各国のオリンピック委員会に承認される協会が存在する。
2032年五輪の正式種目化をめざして各国が動いている中、WASSEさんは日本国内での強化・普及活動など、選手・組織を率いる立場でさまざま活動をおこなっている。
テックボールは、リフティングやトラップを駆使するため、サッカーの要素がより大きい。サッカーが盛んなヨーロッパではプロサッカーチームの施設に常設され、ウォーミングアップ目的で選手が活用する。サッカー界でテックボールは比較的ポピュラーなものだ。サッカー選手らが、テックテーブルを使ってプロの技を披露する動画などは話題になった。
また、独自の進化をたどってきたテックボールは、商業ベース(スポンサー確保)ですでにプロ競技として成り立っている。世界大会で優勝すると数千万円規模の賞金が得られ、年間を通して開催されるワールドシリーズ(毎月1~2回)でも優勝賞金は数百万円規模に上る。
セパタクローやフットバレー、フットテニスなど、類似する競技の世界王者らが続々と参戦し、競争の激化に伴ってレベルも飛躍的に上がっている。
WASSEさんは「テックボールは、ボールを使った異種格闘技戦。足を使う競技もそうですが、元・現役プロサッカー選手の参加もあり得ますし、今後もっと盛り上がっていくと思います」と、普及に手応えを感じている。
テックボールの魅力と戦略的な競技性、トレーニングの側面も
現在、国内唯一のプロテックボール選手であるWASSEさんはもともと、リフティングやドリブルなど個々の技術を魅せる方向へと進化させた「フリースタイルフットボール(FF)」のプロパフォーマー。ギネス世界記録を保持するほどの実力者だ。
高校・大学と強豪でサッカーを続け、ケガを機に19歳でFFの世界へ飛び込んだ。その後、プロになってイベントや仕事など順調にこなしていたWASSEさんが、なぜ競技誕生間もないテックボール選手へ転向したのか?
「JTFの設立当時、強化の一環として『女子でリフティングの上手な選手にやってもらおう』と、僕と活動を共にしていた菅原佳奈枝選手に声がかかりました。彼女から『一緒にやってみませんか』と誘われたのがきっかけです。
リフティングにはかなり自信がありましたし、正直簡単に勝てると思っていましたが、全く歯が立たず…。でも、すごく面白くてハマりましたね(笑)。それからは、FFの活動を休止して、テックボール1本で活動するようになりました」
テックボール転向後、すぐに頭角を現したWASSEさんは、菅原選手と組んで初めて世界大会に出場。当時、男女ペアで大会に臨んだのは菅原・WASSE組のみだったが、ベスト16と善戦した。現在、男女シングルス、男女ダブルス、ミックスダブルの5種目あるものの、「本当の意味でのミックスダブルスを味わえるのがテックボール」と、WASSEさんは男女で対等に楽しめることを強調する。
「『3回までに返球』というルールの中で、男子選手がトラップした後、必ず女子選手につながなければなりません。その逆もしかり。そこには、男女による体格差、身体的な強さの差はほとんど関係なく、お互いの連携、男女の掛け算によって成立する競技なんです」
そして、競技を象徴するのがテックテーブル。両サイドにできた傾斜によって、ボールの急加速・不規則性を生み出す。選手に問われるのは、技術もさることながら頭脳・戦略の部分も重要になってくる。
「ボールがあちこちへ散るので、常にシャトルランをしているのと同じ運動量ですね。シングルスはとてもハードです。ダブルスになれば、体力の消耗を押さえられますが、その分連携力が必要になってきます。
相手からのボールへの反応、ボールの落下地点の予測に加え、トラップした後のボールをどこに持って行くのか、スマッシュ(強打)するのか、ドロップ(軽打)するのかの状況判断など、結構考えることは多いんです。
足や胸を中心に競技するので、サッカーの括りではあります。トラップ技術の向上に役立ちますし、傾斜によってボールは加速したり、バウンドが変わったりするので、サッカー中に起こるリアルな状況が再現されています。サッカーの技術を高めたいお子さんには打ってつけだと思います」
テックボールで求められるものはサッカーに限らず、どの競技にも問われるもの。自分がおこなう競技以外で、状況判断、反応速度など必要な能力を伸ばすトレーニングとして捉えることもできるし、子どもの体力や運動能力向上の観点からも有効な競技かもしれない。
日本国内での普及へ、解決すべき課題と戦略
現在、国内のテックボール競技人口は100人前後。主に、関東(東京)と近畿(京都)でリーグ戦がおこなわれており、それぞれの上位者が将来の日本代表として世界と戦う。トップ層における〝戦力の充実〟は、競技人口増の足掛かりにもなる。
「世界で活躍する選手を輩出すること。これが普及への一番の近道だと思っています。選手層を厚くするめに、セパタクローの日本代表、ヘディス(ヘディング×卓球)の日本王者、上肢や下肢の切断障がいを持った方々がプレーする「アンプティサッカー」日本代表らに声をかけ、転向を促しています。
現役から退いたプロ選手や過去にサッカーをしていた人たちにも、セカンドキャリアとして考えてもらいたいです。サッカーを愛する人たちがもう一度輝ける場として、テックボールが役に立ってくれればうれしいです。
相手とのコンタクトがないので、ケガのリスクは低いですし、30歳代以降の方でも十分活躍できる競技ですよ。関連のある選手たちと連携してテックボールを盛り上げていきたいですね」
一方で、ボトム層へのアプローチも課題になる。世界的に見て、テックボールファンはかなり多い。WASSEさんによれば、FIFAなど国際的な競技団体の公式SNSフォロワー数で、FITEQは上位に位置するという。また、WASSEさんが披露したテックボールの動画も多くの人が鑑賞している。
しかし、観て楽しめるテックボールを実際に競技するかは別問題と、WASSEさんは冷静に分析する。
「JTF設立当初、テックテーブルを全国に寄贈して、競技を知ってもらおうと試みました。ただ、効果があったかといえば、判断が難しいところではあります。
いまだに、サッカーのウォーミングアップなどレクリエーションとみられ、競技としてはまだまだ認知されていないのだと思います。僕たちがいくら『やってください!』といっても成り立つ世界ではありませんからね。
将来性のある競技ということを訴えながら、本気でテックボールをやりたい人を増やし、競技場所も徐々に増やしていく。競技として成り立って行く過程こそを大事にしていきたいですね」
WASSEさんはプロモーション戦略として、テックボールの世界大会招致を目論む。過去、2019年ラグビーワールドカップなど、大きなスポーツイベントを国内に招致したことで絶大な効果が得られた事例はいくつもある。
「世界レベルの技を見てもらえる環境を作ることも必要。その点からいえば、ワールドシリーズの日本戦招致。日本の代表的なランドマーク、例えば、ライトアップした増上寺や東京タワーの下でプレーするとか、見てもらうための演出もできるのがテックボール。
派手でかっこよくて、誰でも健全にできるスポーツといったブランディングにも力を入れたいですね」
世界的な人気を誇る競技が、日本ではそれほど広がっていないといった状況はよくある。ビーチバレー、ポロ、クリケット、フットサル…。競技黎明期のテックボールもまだその範疇にはあるが、WASSEさんはスポーツ文化として根づかせるために前へ進む。
テックボールができる主な場所
【SOLumコミュニティフィールド】(WASSEさんのホームフィールド)
埼玉県吉川市美南3-25-1 イオンタウン吉川美南 東街区3F
【J-SOCIETY FOOTBALL PARK CHOFU】
東京都調布市染地2-50
【ミズノフットサルプラザ千住大橋】
東京都足立区千住関屋町19-1
【セレッソフットサルパーク】
大阪府大阪市北区大淀中5丁目12-39
【VS PARK ららぽーとEXPOCITY店】
大阪府吹田市千里万博公園2-1 EXPOCITY
【ミズノスポーツプラザ京都伏見】
京都府京都市伏見区桃山町大蔵 伏見桃山城運動公園内