ナイキジャパングループ合同会社(以下、ナイキ)と、スポーツを通じて世界中の子どもや若者の支援に取り組む「ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団(以下、ローレウス)」は10月16~20 日、「女の子のためにスポーツを変えるウィーク – COACH THE DREAM – 」を開催した。

5日間のイベントでは、選手、指導者、研究者、プロテニスプレーヤー・大坂なおみらが参加し、女子をめぐる競技環境の未整備、スポーツ参加人口の減少など、課題解決に向けた議論などがおこなわれた。

Day4:ガールズセッション
Day5:指導者研修

スポーツ参加女子の減少が顕著な日本

ローレウスによれば、活発な(スポーツをする)子どもたちは、学校生活の充実、その後の人生でも健康度や幸福度が高い一方で、全世界でこうした環境に身を置けるのは5人に一人としている。

女子のスポーツ参加減少の主な原因になっているのは、ロールモデルとなる選手がいないこと、女子特有の心身の変化などに理解を示す指導者が少ないことなどが挙げられる。日本ではこれらに加え、女子選手の活躍を報じなかったり、競技とは無関係の話題を先行したり、特定のスポーツ選手だけを取り上げたりする、メディアの偏った報道姿勢も大きな問題である。

日本は世界的に見て、ジェンダーギャップが大きいとされており、2024年現在で148カ国中118位と下位グループに位置し、先進国の中では最も後れをとっている。それを示すかのように、女子のスポーツ参加の減少に歯止めがかからない状態が続く。

スポーツ庁によると、1週間の総運動時間60分未満は、小学生男子が9.0%に対し、女子が16.2%で、中学生になると男女差はさらに広がり、男子が11.3%、女子は25.1%(4人に一人)になっている。また、中京大学スポーツ科学部・中野貴博教授の研究結果では、「運動が好き」とする女子の割合が小学4年生を境に急激な減少傾向をたどっている(参考記事)

世界的に見ても女子のスポーツ参加は減少傾向で、これを危惧したナイキとローレウス、大坂選手は「プレー・アカデミー with 大坂なおみ(以下、プレー・アカデミー)」を2020年に設立し、女子のスポーツ環境を抜本的に改革しようと世界で動き始めた。

取り組みを主導するナイキのヴァネッサ・ガルシア・ブリトー氏(写真)に、「女子(選手)をめぐる指導者の質(FATへの理解、接し方など)や環境について、世界ではどのような傾向にあるか」と質問したところ、以下のように話した。

「女子に対する指導者の質を上げる。その点こそが、プレー・アカデミーを始めたきっかけの一つであり、大きな意義でもある。世界でも日本でも課題は共通していて、スポーツ大国・アメリカでも女子スポーツの現場ではトラブルもあるし、問題解決には根強い部分がある。ただ、選手や指導者が声を挙げられるように私たちがサポートし、世界的な流れを作ることで前進させたいと考えている」

世界的なスポーツブランドが課題を認識し、改善のために行動することはとても大きい。

選手、指導者、研究者が議論、問われるメディアの報道姿勢

Day3:東京サミット(右から來田教授、恩塚氏、世古さん、田中選手)

3日目には、本イベントのメイン企画「東京サミット」がおこなわれ、日本社会と女子をめぐるスポーツ環境の課題について、來田享子氏(中京大学教授・ジェンダー領域専門)、恩塚亨氏(前バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ)、田中美羽選手(女子野球・読売ジャイアンツ)、世古汐音さん(桃山学院教育大学)が議論した。

世古さんは過去、指導者の理解不足など環境が原因で競技を断念したことがある。日本が抱える問題の根本を捉えた実体験を示した上で、「自身が味わった苦い思いを繰り返さないような環境づくりをすることが大事。私のようにスポーツで嫌な思いをする人がなくなるように、(来春からの)教職の現場で課題に取り組みたい」と話した。

來田教授は、選手、現場、報道の観点から男女格差を指摘。スポーツに参加する女子の減少について、規範となる(憧れや尊敬の対象になる)女子選手がいないことを示唆し、日本ではそうした存在が生まれにくいと話した。また、スポーツ現場でも指導者の大半が男性に偏っている状態で、女子の気持ちがわかる女性指導者が増加することの必要性を訴えた。

さらに、メディアの報道姿勢についても触れ、來田教授が示した「ある一日のスポーツ関連ネット記事の男女割合」では、実に9割以上が男子選手の話題で、女子選手の話題は直接競技とは無関係のものが多く、記事内容にも大きな違いがあるとした。

田中選手も來田教授に同意し、「女子野球日本代表は世界大会で7連覇しましたが、ほとんど取り上げられませんでした。メディアに取り上げられることで、競技を広められる側面もあります。競技自体を知ってもらうために、踊ったり、きれいな恰好したりした方がいいんですかね…」と、困惑しながら現状を説明した。

ディスカッション後の囲み取材では、メディア陣が田中選手に対して「(報道のジェンダーギャップを解決するには)どうしたらいいですか?」と逆質問。メディア側が当事者意識を持っていない上、問題の本質を捉えていない質問が相次ぎ、不毛なやりとりが長時間にわたって繰り広げられていた(参加したメディアは結局、この話題について報じていない)。

パリ五輪で女子日本代表チームを率いた恩塚氏は、異性への指導の難しさについて、「女子選手を率いる際、長年指導をしている人の話をうかがったが、結論としては『わからない』が本当のところ。これは、事前に話を聞いたとしても、実際に接してみないとわからないという意味。同じ人間として接することが大事」と話した。

また、女子のスポーツ参加増加については「競技のハードルを低くする(スポーツとしての楽しさを強調する)ことが課題の解決になるのではないか」とした。

女子への接し方など基本をマニュアル化

イベント中、プレー・アカデミーと提携する日本の指導団体が参加し、活動内容を紹介した。指導団体らは主に、女子に対する指導者の在り方をジェンダー平等の観点から捉えている。ジェンダー平等の促進、女子指導の質を向上するために、「女の子のスポーツ参加を促す指導者ガイド」マニュアルを作成し、これに基づいて活動を続けている。

マニュアル作成には、女子スポーツ研究の第一人者である順天堂大学女性スポーツ研究センター・小笠原悦子氏も携わっており、現場・研究者らが問題を抽出し、改善策を示した。

マニュアルは、「7つのアプローチ」と題して、女子と接する意識、心構えなど入門編の側面が強いものの、指導者・保護者の立場に立った効果的なアドバイスが記されている。

マニュアル作成に携わった関係者は、「これがすべてとは思っていない。触れなければならない内容はまだまだあり、追加していく予定」と、内容をアップデートしていくとしている。

スポトリ

Kiyohiro Shimano(編集部、ISSN-SNS:スポーツニュートリションスペシャリスト)