運動動作は「アウトプット」

多くのスポーツ選手は日々、自身のパフォーマンス向上のため、トレーニングはもちろん、食事、睡眠などを工夫・選択していることと思います。これから数回にわたり、脳神経の視点からみた効率の良いトレーニングと、その理論をお伝えできればと思います。

この記事をお読みいただいている方は、ご自身でスポーツされている方(プロ・アマチュア問わず)、スポーツを指導されているコーチ、スポーツをしているお子さんを持つご父兄だと思いますが、パフォーマンスが向上するとはどういったことでしょうか?

多くの場合、次のようなことが想定されるでしょう。
・足が速くなる、敏捷性が上がる
・ボールを強く蹴る、投げる、打つ
・正確な位置、狙ったところにボールを送る
・思い通りに体を動かせる
・環境、状況が変化しても安定的にスキルを発揮する
・怪我をせず、コンスタントに試合に出場する

概ねこれらを目指してトレーニングをしていると思います。脳神経の視点でいうと、これらはすべて「アウトプット(出力)」に当たります。

アウトプットを向上させる手段として、動作改善のトレーニング、ウエイトトレーニング、ラダートレーニング、バランストレーニング、反復練習、メンタルトレーニングなどを選択します。

私が経験した指導現場では、アジリティが低い選手にはラダートレーニング、パワー不足の選手にはウエイトトレーニング、当たり負けする選手にはプランク、スキルが低い(パスが不得意など)選手には技術練習、スプリント時に腕が振れない選手には腕を振るドリルなど、大半のコーチがこのような手段をとります。

これらに共通していえることは、「アウトプットを強引にアウトプットで変えようとしている」ということです。

確かに、ラダートレーニングなどをすると、練習そのものは上達します。しかし、それが試合で発揮できているかというと、そうではない選手が多くいます。

もちろん、上記の手段で解決できるのであれば良いトレーニングといえますが、上達しないのであれば、アウトプット以外のアプローチで何ができるのかを考える必要があります。

神経ループと2つの脳

アウトプットの対義として「インプット(入力)」があります。スポーツ現場ではアウトプットに注力するあまり、インプットの概念が薄いように感じます。これを意識することが脳神経トレーニングの肝になってきます。

脳神経トレーニングを理解するための第一歩として、私たちの体において神経系がどのような働きをするのかを解説します。

神経系は簡単にいえば、「インプット」「解釈」「決定」「アウトプット(出力)」と4つの段階に分けられ、これからがうまく機能することで、さまざまな動作・思考などが可能になります(図1)

図1 神経系のループ

詳しく見ていくと、目、関節、筋肉、耳、鼻、舌など全身に張り巡らされた受容器(外部からの刺激を感覚として受け取る)の幅広いネットワークから「感覚入力」や「求心性情報」を受け取ります。求心性情報には光・熱・匂い・感触が含まれます。

これらの情報は受容器から神経系に送られ、脳に到達します。脳に到達すると、求心性情報は統合され、私たちが理解できるように解釈されます。そして、脳はこの情報を基に、次に何をすべきかを決定し、行動や運動などの出力を生み出します。

図2 神経系の構成

もう少し詳しく解説すると、神経系(図2)を構成する基本的な要素は神経系と脳といわれています。神経系の基本的な構成要素は、中枢神経系と末梢神経系です。

中枢神経系は、情報を受け取って処理する脳と、 脳との間で信号を伝達する脊髄からなります。末梢神経系はもう少し複雑で、感覚、運動ニューロン(神経細胞)に枝分かれしていきます。

脳を具体的に見ると、第一の脳(古い脳)と第二の脳(新しい脳)の部分に分けることができます(図3)

図3 第一の脳と第二の脳

まず、第一の脳は合理的ではない脳と考えられています。その最大の関心事は「脅威から身を守る」ことで、脳幹、扁桃体、海馬、視床、大脳辺縁系などで構成されています。最終的に第二の脳へと流れ込むすべての情報のゲートキーパーであり、脳の奥深く、脳の後方部にあります。

機能としては、「呼吸」「血圧」「消化」「体温の調節」など、人間が生きていくために非常に大事な仕事をしています。意識的には動かせませんが、この部分の機能が落ちるとパフォーマンスが上がらないだけではなく、不調の原因にもなります。

一方、第二の脳は、「意識的思考」「記憶」「言語」「創造性」「意思決定」「運動」「意識」など、高次の脳機能を司ります。

私たちは、第二の脳が主導権を握っていると考えるかもしれませんが、環境や優先度など生存に基づく行動の影響を受けながら2つの脳が協力して働いています。

基本的に、第一の脳の仕事は「生存と安全」であり、意識的で高度な思考にはあまり関心がないといわれています。したがって、第二の脳の主な仕事は、「第一の脳を抑制すること」であり、第二の脳が第一の脳を上書きする能力があるからこそ、私たちは社会的な行動をとり、人間らしい生活をすることができるのです。

脳神経トレーニングの意味

これまで、現場でおこなわれている一般的なトレーニングで、第一の脳にアプローチするようなものないように思われます。

脳神経トレーニングを学ぶことにより、プレーの課題(アウトプット)が、インプット・解釈によるものかもしれないという視点を持つことができ、変化の出ないトレーニングをやり続けるよりもはるかに効率的になるといえます。

さまざまな視点を持つことは、指導者として非常に重要です。人の身体は複雑で一つの視点で解決できることに限りがあるからです。

前述した従来の「アウトプット」のためのトレーニングでは、直感的な発想になりがちで、効果が出る選手、出ない選手を比べた時、選手の取り組み方や姿勢、用具の使い方を問題視する考え方になってしまいます。このような発想が、いまだになくならないパワハラの原因の一つかもしれません。

アウトプット以外の異なる視点(脳機能への意識)が持てれば、例えば、バランス能力が低い選手は、「前庭(平衡感覚を司る)に課題があるのではないか?」、アジリティ能力が低い選手は、「小脳(運動機能の調節などを司る)に課題があるのではないか?」など、異なる視点へと移すことができます。

実際、サッカーでミスを繰り返す選手(前庭に課題)に、脳神経トレーニングをおこなったところ、パス、ドリブルのミスが減少しただけでなく、アジリティ、スプリントスピードなど、スキル以外の改善もみられました。

選手の課題をある程度特定し、効果的なアプローチをすることで、トレーニングの効率が飛躍的に上がります。中には、神経のスピード(瞬間的に)可動域の向上や筋力の発揮が上がるなど、早期に効果が現れることもあるのです。

今回は、インプット・アウトプットの概要、基本的な脳の働きなどを解説しました。次回からは、具体的な方法(トレーニング)について紹介していきます。(竹内康弘)

竹内康弘(元浦和レッズコーチ・脳神経トレーナー)

年齢問わず、日本・ドイツで10年以上、プロアスリート、世界大会出場選手ら延べ500人以上を指導。

ドイツの機能神経学とサッカーを掛け合わせたトレーニングに出会ったことをきっかけに、機能神経学、応用神経科学を学ぶ。

現在は、サッカーコーチとして活動する傍ら、体の不調を改善したい人や競技力を向上したいアスリートに向けてトレーニングセッションを提供する。

スポーツコーチ、トレーナーや治療家など、その他、健康課題に取り組む企業を対象に脳神経トレーニングの普及活動も積極的におこなっている。

<指導歴>

2013~2016:帝京平成大学女子サッカー部

2016~2017 :ドイツユースチーム(U-19)

2017~2019:南葛SC

2019:岡山湯郷Belle

2019~2022:INAC東京(INAC神戸の下部組織)

2022~2024:浦和レッズ