モーターコントロールは、神経と筋肉の連携を最適化し、関節の可動域を改善するトレーニングです。各関節の可動性が高まることで、筋肉が効率的に働き、全身の動作がスムーズになります。
今回は、運動パフォーマンスと可動域の関係、モーターコントロールが競技者にどのようなメリットを生み出すのかを解説します。
動きの良い関節は筋力の発揮を上げる
「関節の可動性」と「筋力」は通常、別々に語られることが多いですが、実は密接な関係があります。
1956年に「関節の動きそのものが筋肉の活動を反射的に活性化、または抑制する」といった理論に基づき、「関節運動反射(Arthrokinetic Reflex)」が提唱されました。つまり、関節の可動性が筋力に直接影響を与えるという概念を科学的に裏付けています。
具体的には、股関節のモビリゼーション(機械受容器※への刺激)をおこなった研究で、股関節外転の筋出力が平均17.35%向上したことが報告されています。一方で、足首や足のケガによって股関節外転や内転の筋出力が低下するという事例も多く報告されています。これらの研究結果は、関節の可動性が筋肉の働きにどれほど重要であるかを示しています。
※機械的な刺激を受容する知覚終末の総称。皮膚、筋、腱、関節などの変化を検出することで、外部との接触や自己の運動や姿勢の変化を感知する。
可動域の向上と運動パフォーマンスへの影響
スポーツでは、日常の動作では経験しないような複雑で多方向の関節運動が求められます。関節の可動域が広がることで、以下のようなメリットが得られると考えられます。
①筋力の効率的な発揮:関節が正しく動くことで、筋肉の働きを最大限に引き出し、各競技で共通して必要なスプリント力やジャンプ力の向上が見込めます。
②競技特性への適応:競技特性に応じた動きを学びやすくなり、実際のプレーに生かすことができます。各関節がスムーズに動き、効率よく力を伝えることができ、野球での投球動作、サッカーでのキックの際などに効果的といえます。
③ケガの予防:関節のスムーズな動作によって、不自然な負担やストレスが軽減します。サッカーやバスケットボールのような激しい方向転換を伴う競技では、可動性の向上がケガのリスク軽減に大きく寄与します。
パフォーマンスの低下を招く恐れのあるトレーニング
ウエイトトレーニングや一部の特化したトレーニングでは、動作の可動域が特定の範囲内に制限されることが多くあります。例えば、スクワットやベンチプレスは、筋肥大に有効ですが、同じ動作でおこなわれることが多いため、スポーツに求められる多様な動作パターンを十分にカバーできないことがあります。
また、非常に重い重量を上げる場合、関節に大きな負荷がかかります。関節運動反射の働きからすると、筋肉の働きを抑制することがあります。例えば、スクワットやデッドリフトで膝や腰に過剰な負担がかかると、可動性の低下や痛みの原因になるだけでなく、筋力の発揮が著しく低下する可能性があります。
バランスボールでのトレーニングは、不安定な環境に対して耐える動作が中心です。この「耐える」動作は、関節にこわばりをひき起こし、結果的に動作のスムーズさを損なう可能性があります。サーフィン、乗馬など不安定な場所での競技には一定の効果がありますが、野球、バスケットボールなど安定したサーフェイスでおこなう競技にはあまり有効ではありません。
モーターコントロールと相性のいい競技とは?
モーターコントロールは、関節の可動域改善が見込まれますが、どの競技者により効果的なのかを考えてみましょう。
①体重制限がある競技(柔道、ボクシングなど)
体重制限がある競技では、筋肉量を増やさずに筋力を向上させることが求められます。モーターコントロールは、関節の可動性を高めることで筋肉の効率的な働きを引き出すため、体重を変えずにパフォーマンスを向上させる理想的なトレーニングといえます。
また、柔道のような多方向の動きが求められる競技では、関節がスムーズに動くことで技の切れ味が増し、ケガのリスク低減が見込めます。
②長距離系競技(駅伝、サッカー、バスケットボールなど)
駅伝など長距離走では、関節の可動域を高めることでランニング効率が向上し、走破タイムを短縮することにつながってきます。
ランニング効率はサッカーやバスケットボールなどにも求められますが、反復運動、急停止や方向転換などの動作も加わってきます。可動性が高まることで、方向転換や急停止も安定しておこなえるようになるため、プレーの質を向上させることにもなります。
その他、握力と運動パフォーマンスが関係しているといわれる野球、テニス、ゴルフなどにも効果的かもしれません。足のモーターコントロールをおこなった結果、全身の筋肉や神経系に効果を及ぼし、握力の向上につながった事例もあります。
次回以降は足首、肩といった主要な関節に焦点を当て、それぞれのモーターコントロール実践方法を紹介していきます。これらの部位は、多くのスポーツにおいて運動パフォーマンスの向上やケガ予防のカギを握る部分であり、改善することで競技特性に応じた多くのメリットが得られる可能性があります。(竹内 康弘)
竹内康弘(元浦和レッズコーチ・脳神経トレーナー)
年齢問わず、日本・ドイツで10年以上、プロアスリート、世界大会出場選手ら延べ500人以上を指導。
ドイツの機能神経学とサッカーを掛け合わせたトレーニングに出会ったことをきっかけに、機能神経学、応用神経科学を学ぶ。
現在は、サッカーコーチとして活動する傍ら、体の不調を改善したい人や競技力を向上したいアスリートに向けてトレーニングセッションを提供する。
スポーツコーチ、トレーナーや治療家など、その他、健康課題に取り組む企業を対象に脳神経トレーニングの普及活動も積極的におこなっている。
<指導歴>
2013~2016:帝京平成大学女子サッカー部
2016~2017 :ドイツユースチーム(U-19)
2017~2019:南葛SC
2019:岡山湯郷Belle
2019~2022:INAC東京(INAC神戸の下部組織)
2022~2024:浦和レッズ